人格の覚醒
十六歳になった次の日、自分の中のもう一つの人格が覚醒した。
最初は気のせいだと思っていたけれど、頭の中から話し掛けて来るアイツは確かにいた。
それがこの頃、変な事を言うようになった。
『お前は人間じゃない』
そう、毎日毎日繰り返す。
もう耐えられない。
「父さん。少し良いか?」
「うん?珍しいな」
軽く笑う父さんに、思い切って人格の事を打ち明けた。
「そうか・・・とうとうお前にも来たか・・・・」
どう言う事だ?
「何だよそれ」
一瞬戸惑いながらも、父さんは訳を話した。
「“お前は人間じゃない”。確かにそう聞こえるんだな?」
「そうだ」
「・・・・・オレ達はな、皆人間ではない。異種族・・・吸血鬼なんだよ」
吸血鬼───
「は?何・・・言ってんだよ?オレは今までずっと人間として過ごして来て・・・血が・・欲しいと思った事なんか一度もない!!!」
「当たり前だ。ヴァンパイアの本能が覚醒するのは十六歳を過ぎてからだ」
そんな事があってたまるかよ!
今まで普通に過ごしてきたのにヴァンパイアだっただぁ?
ふざけるのも大概にしろよ!
底なしの不安と衝撃に襲われた。
「父さんにも・・・・もう一つの人格があるのか?」
「あるよ」
オレが知らなかっただけか。
「見たいのか?」
「・・・ああ」
「最初に言っとくが、裏の人格を出すと凶暴性が増す人が多い。オレは大丈夫だが、他では気を付けろよ」
そう言うと、父さんは椅子から立ち上がる。
「よーく見てろよー」
「・・・・・・・・・・・・・・で?」
特に変わった様子はない。
『で?じゃねぇよ。変わってるじゃねぇか』
変わっていた。
そこには声は同じでも、立ち振る舞いや雰囲気が違う父さんがいた。
「父さんなのか?」
『そうだよ?お前のと・う・さ・ん』
父さんは伸びをした後、ゆっくりと歩き出した。
「何処行くんだ?」
玄関へ向かう父さんに声をかけると、父さんは不思議そうなか顔をした。
『血ィ吸いにだろ?』
は?
「ちょっと待てぇ!」
何だって?
“血ィ吸いに”だと?
やっぱりヴァンパイアなのか?
「あぁもう!戻れぇ!!元に戻れ!」
急いで怒鳴った。
『んだよぉ・・・久々に外に出られたのによぉ』
軽く舌打ちをすると、また雰囲気が変わった。
「父・・・さん?」
「ん?どうだった?」
安堵の溜め息が零れた。
「なんちゅーか、大変な人だった・・・。でも、凶暴ではなかったよ」
「あはは。そうかそうか。まぁしかし、お前は気を付けろよ?オレはもう一つの人格と意志疎通が出来るから良いが、全てがそうとは限らない。お前の場合はとても凶暴で、言う事を聞かないかも知れないからな」
「分かった」
そう応えると父さんは安心した様で、顔を綻ばせた。
「それで、他に聞きたい事はないか?オレで答えられる事ならなんでも良いぞ?」
「オレ達は血を吸わないと、生きていけないのか?」
「いや、別に大丈夫さ。血は吸わなくても変わらない。まぁ吸ったら吸ったで身体能力が上がったり、気持ち良くなるだけって感じ?あっ!でも、月に一回位はどーしても血が欲しくなる時あるぞ?」
「そん時父さんはどうすんだ?」
聞くと父さんはにやりと笑った。
「愛する妻から・・・ね」
結局貰うんか。
「へぇ」
「じゃあ、もう一つの人格を封じ込める方法は?」
「封じ込めるのは無理だろーよ。本能だし」
「そんじゃどうやって抑制きかせんのさ?」
「うーん・・・理性?」
適当じゃんか。
「まぁでもさ、お前も頑張れよ!」
「何をだよ」
「何かをだよ!」
溜め息をつくオレの頭を撫で回しながら父さんが言った。
「応援してんからな。出来る限りの事はやってやんよ」
オレのさっきまでの不安は消え去り、本当に笑顔になっていた。
「ありがと。頑張ってみるよ。出来るだけはな。また相談するな」
「ああ」
父さんも笑っていた。
この後、どんな試練があるかなんて想像してなかったけれど。