死神アンケート
SNSは人間社会を急激に変えた。
善くも悪くも。
そして、今、話題になっているのは専らそれについてだ。
――死神アンケート。
SNS上に突如現れた”彼”は、そこにあるアンケート機能を使い、最多票の集まった人物を殺し始めた。
ネットワーク上で行われたこの私刑は瞬く間に世の中を席巻した。
今、世界中がそれに注目する。
毎週日曜の正午。
その時間は世間がアンケートを見るためだけの時間に変貌したのだ。
ふざけてる。
狂信者たちのせいで俺の仕事は増える一方だ。
数ヵ月前に始まったこのアンケートは、今までに失敗したことが無かった。
最多票の人物がどんな有名人でも、どんな大御所でも、どんな政治家でも、必ず死ぬ。
ただそこに羅列された4人から、市民の気まぐれで選ばれた1人が死ぬんだ。
馬鹿みたいな話だが、これが現実だった。
俺はこの未曾有の危機を解決するため、特殊対策チームの一員として選ばれた。
死神を止めたい気持ちでいっぱいだが、どうやら世間はあまり味方してくれていないらしかった。
自分が関与しない死はエンタメなのだ。
不祥事の起こした政治家、不倫問題渦中の俳優なんてのは格好の的だった。
しかしここ最近、この問題は急展開を迎えた。
死神の提示する四択が、遂に見知らぬ一般人を選んだ。
だがそれでも投票は止まらない。
1票でも誰かに入れば、その内の誰かが死ぬ。
恐怖に狩られた市民は掌を返すように我々に早期解決を求めた。
人間ってのは都合が良い生き物だ。
だがそうだとしても、これが罷り通る世の中の方が断然間違っている。
俺は死に物狂いで手を伸ばした。
絶好の機会。
利用しない手は無かった。
とある日、そこには俺の名前がアンケートに載っていたのだ。
我々は決意を固め、俺の名を1位にした。
あとは死神を迎え撃つだけ。
そう思っていた。
さっきまでは。
「……お前が死神なのか」
息も絶え絶えだった。
どうやら俺はここで死ぬらしい。
気がつけば同僚に銃を突きつけらていた。
「……違う」
彼は震えた声でそう答えた。
「では何故こんなことを――」
俺がそう言いかけると彼はそれを遮った。
「やっと、分かったんだ。死神の正体が」
「……なんだって?」
彼は錯乱状態なのだろうか。
「アンケートを作ってるのが誰かは知らない。だがそんなことはどうだっていい。死神ってのはな、心だよ」
……もはやこの状況では彼の言葉に耳を傾けるしか無かった。
助けが来る可能性は絶望的だが、俺は交渉人でも無い。
ただただ、彼が撃つのを待つしか無かった。
「自分より優れた友人を羨んだことは無いか?……まぁお前には無いか。俺はある。そしてそれは今目の前にいる」
彼は未だ敵意をこちらに向けたまま、そう言う。
確かに出世街道まっしぐらの俺は、様々な人間の嫌味を背負った。
だがそれでも友人で居続けてくれた人間。
お前だけが俺の友人だった。
だがそれが今、俺に銃口を向けていた。
それだけで、答えはもう十分だった。
「人ってのは弱い生き物だ。いくら恨もうが、いくら妬もうが、いくら羨もうが友人は友人だ。離れる勇気もなければ、突き放す勇気も無い」
「……さっきから何を言ってるんだ」
俺は痺れを切らした。
もうどうだっていい。
どうせ死ぬならさっさとやってくれて構わない。
友人にも裏切られたんだ。
その他のことなど、どうでも良い。
こいつは俺の期待を無下にした。
「まだ分からないか?いいか。死神がくれたのは“免罪符”だよ。こいつを恨んでる人間がいるなら、俺のせいにして殺していいぞってな」
……そうか。
「だからこのゲームは終わらないんだ。死神がアンケートを止めるその日まで」
……だろうな。
「俺はお前を羨んで!妬んで!いつしかそれが!恨みに変わった!……だからここで、それを、終わりにさせてくれ!!」
お前も辛かったんだ。
ずっと。
「最後に聞けてよかった。あばよ、友よ」
俺がそう言い終わると、たった一つ、銃声が鳴り響いた。
そうしてその日曜日から、ぱったりとアンケートが止んだ。