9話
「やった…!ついに、倒した…!」
憎しみを遂げたジルが涙を流す。
それと同時にバルドにつかみかかっていた奴隷たちも大喜びした。
「やったあああ!!!俺たちは自由だ!!」
「ざまぁみろ!!散々ひどい目に合わせやがって…っ。うぅ…。」
するとジルがうれしそうな顔でこちらに走ってきた。
「クロア!ありがとう、あなたのおかげでバルド達を倒せた!」
「…いや、お前が作戦をちゃんと完遂できたからだ。礼を言うのはこっちだ。ありがとう。」
ジルはニコっと笑った。
「えへへ…!」
本当によくやってくれた。三日前ジルに伝えた作戦はこうだ。
窓際に落ちているカギで地下の奴隷たちを解放する。地下で接敵した場合は倒しつつな。
そして、まだ反抗心のある奴隷たちにバルド討伐の協力を呼びかける。
最後に、俺がバルドと戦いなんとか片目を潰して地下に誘導するから、奴隷たちと一緒にもう片方を潰してくれ。というものだった。
しっかり全てを達成してくれた。この作戦は元々、俺がバルドに勝てないときの保険だった。が振り返るとやはり一人では勝てなかっただろう。
するとそのとき《天印の恩寵》が発動した。どうやらバルドが絶命したようだ。バルドの能力と魔力を獲得した。
《天印の恩寵》は相手の能力を見たうえで獲得するとその名前と内容がわかる。
バルドの能力の名前は《魔力震撃》というようだ。
使用した魔力に応じて威力が上がる衝撃波を出せるらしい。
素晴らしい。強力な能力を手に入れたぞ…!これであいつらを殺すのに一歩近づいた…!
ノアが口元をゆがめ、不敵に笑った。
…だがバルドを倒すために左腕と左目を失ってしまった。この傷を治さないといけない。――あそこへ行くしかないな。
ふむ、そうと決まればさっさと行こう。
ジルの方を振り返り、奴隷紋の解除を行う。次の瞬間ジルの体が光り、奴隷紋が消滅した。奴隷紋は主人が自由に外すことができるからな。
「え!?い、今の何!?」
「奴隷紋を解除した。これでお前は自由だ。」
「え、あ、ありがとう…。」
「あぁ、では俺はもう行くぞ。じゃあな。」
「…え?まっ、待って……!」
ジルが思わず手を伸ばしかけたその時――
「待ってください!!!」
奴隷の一人が声を挟んだ。体格のいい男の獣人だった。
「あなたのおかげでバルドたちを倒すことができました。本当に感謝しています。でも…我々はこれからどうすればいいのでしょうか?
ここにいてもまた捕まるだけです。ですがどこに逃げたらいいかわからないんです。
どうか…どうか、力を貸してもらえませんか?」
男獣人は懇願した。しかしノアの顔をみてビクッと体を震わせる。ノアは非常に冷たい目をしていた。
「悪いが断る。バルドを倒すのに協力してくれたが、それはそっちにも利益があったからだろ?貸し借りは無いはずだ。」
男獣人や周りの奴隷たちは絶望の表情を浮かべた。ジルも困惑し、おろおろしている。誰も何も言えなくなり場には沈黙だけが残った。
しかし男獣人が少し考え込んだ後、意を決したように顔を上げノアに話しかける。
「確かに、あなたの言う通りです。あなたには我々を助ける義理はありません。
ですが…もし助けてくれるなら、我々はあなたの望むことを一つ必ず果たします。これでどうでしょうか?」
ノアはその発言を聞いて、少し考えこんだ後口を開いた。
「…お前名前は?」
「え?あ、えっとイリスです。」
「イリス。その提案に乗ってやる。ちょうど頼みたいこともあるしな。」
「…!ありがとうございます!」
「まずはここから逃げるぞ。これから指示することをこなせ。いいな?」
奴隷たちが一気に明るい表情になり喜ぶ。ジルも安心したような顔をした。
「やったああ!!俺たち助かるんだ!!」
「わーーい!!!」
まったく、俺がどんなことを望むのかも考えず呑気な奴らだな…。
「おい、喜んでる時間はないぞ。30分以内に移動の準備をしろ。ケガなどで動けない者もいるだろうから馬車なんかも必要だ。この奴隷商館を手分けして探してこい。
30分以内に移動の準備できなかった者はおいていく。」
その言葉を聞いた瞬間奴隷たちが慌てふためいて、地下室の階段を駆け上がっていった。
さてと。その間俺はこの奴隷商館にある金を集めよう。これからの旅でも必要になるだろうしな。
そして30分後。ドラヴァリス奴隷商館にいた87人の奴隷全員が逃走の準備を完了した。
「よくやった。ではこれより町の城門から脱出を目指す。距離は3kmって所だろう。今は雨も降っていて夜だからあまり目立たない。ゆっくり歩いて移動するぞ。そのかわり衛兵が来た場合などは一気に走れ。」
「は、はい。わかりました。いくぞ皆!」
イリスの指示により、他の奴隷たちも気合を入れる。
「では行くぞ。」
そのまま奴隷たちと街の中を移動し始める。奴隷たちは周りをおびえながら確認しているが、人影は一切ない。なんの問題もなく城門へと近づいていく。
このまま楽に脱出できるか…。
そしてついに城門の前までやってきた。しかし、そこには衛兵数十人が立ちふさがっていた。
「止まれ奴隷共!ドラヴァリス奴隷商館から逃げ出したことは分かっている!死にたくなければおとなしく捕まれ!」
衛兵のリーダー格のような奴が声を上げる。その光景を前に奴隷たちの顔から血の気が引いていく。
ちっ。どうやらバルドの部下が通報していたようだな。既に警戒網を敷いているとは。
流石にこの数の衛兵をボロボロの奴隷たちが倒すのは不可能だろう。
横を見るとイリスやジルも絶望の表情をしている。ここまでの人数を突破するのは厳しいと思っているのだろう。
…仕方ないな。怯える奴隷たちを抜かして先頭に立ち衛兵のリーダーに話しかける。
「おい、俺はクズ以外を殺すことに興味はない。だから一度だけチャンスをやる。道を開けろ。さもなければやらざるおえない。」
「は?くくくっ、何を言っているんだこのガキ?頭がおかしくなったのか?おい、お前ら、奴隷共を捕まえろ。」
衛兵のリーダーが後ろの衛兵たちに指示を出し、こちらに向かってきた。やるしかないか…。
「《魔力震撃》」
能力《魔力震撃》を発動しながら、ありったけの魔力を込めて右手で剣を振るう。次の瞬間凄まじい大きさと威力を持った衝撃波が衛兵たち全員の体を削り取った。
「かはっ!?」
数にして約50人を一撃で屠った衝撃波は、さらに他の木や家を少し削り取りながら消滅した。
その光景を目にして、ジルたちは先ほどまでの絶望が吹き飛び、呆然としたままノアを見つめていた。
「ク、クロア…。あなた…。」
「お喋りは後だ。さっさとこの町から出るぞ。」
そのまま城門を出る。そして西の森の中へと逃げ込んだのだった。