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4.忌み子の過去

ノアサイドです。




「.................っ................く」

鈍い痛みと共に、俺の意識は覚醒した。長い間水の中に沈んでいて、たった今引き上げられたかのような感覚。目を開けると、今まで暗闇しか見てこなかった目に眩い光が映った。思わず目を細めると、多少はマシになった。

「あ、起きた?」

鈴の鳴るような声が聞こえ、其方をみると深紫色の髪が真っ先に目に入った。次いで、顔にはどう見ても不釣り合いな丸メガネとその奥で輝く金色の瞳が視界を占領する。

「大丈夫?いや~人を抱えて五点接地なんて初めてやったもんでさぁ~......」

申し訳なさそうに微笑んで頭に手をやる仕草がほかの令嬢のモノとはまるっきり異なり、思わず目を見開いてしまう。

さらに驚いたのはその服装だ。ドレスではなく、飾り気のない白いシャツに、サスペンダー付きの半ズボン。素足を晒すことは下品だとされているせいか、下にぴったりした黒いタイツを履いていた。

「そ、の...........格好、は............」

掠れた声でそれだけを絞り出すと、少女は鷹揚に答えてくれた。

「ああ、こっちの方が動きやすいからね。普段はタイツも履かないんだけど。」

あまりにもあっけらかんとしていて、本当に、今まで自分が嫌ってきた「令嬢」という概念が根こそぎ覆された。

そして、爺が意識を手放す前に「カドール公爵令嬢様?!?!」と叫んでいたのを思い出し、無礼な口を利いてしまったと謝罪すると、またも彼女は苦笑しながら答えてくれた。


「いいよそんな謝らなくて..........口調も普通でいいし............それに、私は『忌み子』で『カドール公爵家の汚点』なんだからさ........」

その顔に自嘲と寂しさが混じっているのが見えて、つい自分と重ねてしまった。


「............カドール嬢も、俺と同じか」

「マリーナでいいよ。.................で、同じって?」

「少し長くなるが、聞いてくれるだろうか。」

「勿論。」

真面目な話だと察したマリーナが椅子を持ってきて俺の前にちょこんと座った。

「.........................俺は、この目のせいで............いじめに遭った。」

何故ほぼ初対面の相手にこんなことを話しているのかわからないが、勢いに任せて言ってしまうことにした。一度開いた口は、すらすらと淀みなく言葉を発し、それはある一つの物語となって形成されていく。


***


俺は生まれつき、オッドアイだったと聞く。珍しいと家族は喜んでくれたが、周りはそうではなかった。

気味が悪い、こんな無表情で無愛想な子供なんて、と、使用人たちが話しているのが嫌でも耳に入ってきた。元々感情の起伏は少ない方だが、その感情をさらに閉じ込めているのは一体誰なんだと問い質したい気持ちで溢れかえっていた。

そんな俺に無償の愛をくれたのが家族だ。特に、兄と母は無口で愛嬌の一つも振り撒けない俺に愛と言うものを教えてくれた。

兄ももちろん好きだが、当時の俺が最も好いていたのは母だった。暖かな体に包まれると、幸せで、何もかも忘れられる気がした。


__________そんな母が帰らぬ人となったのは、俺が5歳の頃だった。

馬車で森を走っていた最中、盗賊が現れた。

不幸なことに父は不在。俺たちを攫おうとした盗賊たちからその身を以て守ってくれた母は、あっけなく刺されて死んだ。

服や体が血に塗れるのも構わず、母に駆け寄り、その冷たくなっていく体を感じていた。

いつもと同じように抱き締めてくれている筈なのに、寒くて、冷たくて、暖かい母の姿はどこにもなかった。耳を寄せて聞いた鼓動も、感じることが叶わない。

................頭を何かでガンッと強く殴られたような衝撃に襲われた。

兄が呼んだ警備隊が来た時、俺は母に抱かたまま発見、保護されたらしい。

それ以降、俺はさらに感情を見せなくなった。人と会うのも億劫になり、部屋に閉じ籠って書物を読み耽っていた。

..........うっかり親しくなってしまったら、また母のように失った時の感情が蘇るだろう。失うのが辛いならば、いっそのこと会わなければいい。縁談も、何もかも、諦めてしまおう。

一度、その特異さからいじめられたことがあった。

殴られて、足蹴りされて、助けを呼べないまま、血に塗れて、頭を覆っていたのは遠い昔、5歳の頃の記憶。

母の腹からどくどくと流れ出す赤黒い液体。咳をしたときにも、整ったその口から血が零れていた。

もう、そうは、させない.............

あれから、六年経ったのだ.............何もできないはずが、ない............

感情のままに振る舞い、気が付けば両の手を血で染めていた。

ただ、母と違って下衆な野郎共の血が手に付き、俺の人生を一ミリでも変えてしまったことが悔しくて、汚くて、気持ち悪くて。

結局バレることはなかったが、以降、あまり人を殺すことに躊躇しなくなっている気がして、怖くなった。

学園に入学して、お高く止まった幸せをそうとも感じていないような奴らを見ていると罪の意識にさいなまれ、身体が苛立ってくる。

此方は落ちぶれて酒とカジノにどっぷりつかった父に代わって必死に仕事をしているのに.............


***


「___________そんなことを言って嫉妬してしまう自分もだいぶ落ちぶれた気がして、とにかく精神が壊れそうで自分に嫌気が差して、結果、死のうと思いさっきの出来事に至るわけだ.............元々温めてはいたんだが、機会がなくてな.................................これで、俺の話は終わりだ。」

俯いていたまま話していたので顔を上げると、マリーナが両目から涙をぽろぽろと零していた。そんなに泣ける話でもないと思うが、まあ、人それぞれだな........

取り敢えずハンカチを差し出すと、彼女は「ありがとう」とか細い声で言ってメガネを取り外した。

瞬間、声の感じが話をする前と全然違うなんて考えは霧散した。

「!」

美しい。メガネをかけているのが勿体無いほどに、その素顔は清楚で美しかった。まだ幼さが残るが、大人っぽい、ほんの少し色気がある顔立ち。

「ずずっ..............どうかした?」

直ぐに先程のトーンに戻ったマリーナが問いかけてくる。

「いや............何でもない」

頭に過った邪な考えを封印するためにも、俺は首を横に振った。






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