1.プロローグ
よろしくお願いします!毎月第一、第三日曜日に更新です!たまに筆が乗った時はペース早くなるかもです。
「この魔法術式.....組み合わせるときっとこうなるはず.........!」
使用魔力を大幅に減少させる魔法術式を発見し、ランプの明かりの元で少女は大いに喜んだ。しかし、それが本当の効果になるのか、全く分からない。
「自分で試して実験できたらいいんだけどな......」
少女は悲しげにつぶやいて、ため息を零した。
この少女の名はマリーナ・カドール。深紫色の髪を緩く両の肩で三つ編みにしていて、やっと膨らみが出てきた胸まで垂れていた。小さなマリーナの顔には不釣り合いな大きい丸メガネが顔の三分の二を覆っていて、反射で殆ど目元が見えないが、その奥には深い意志を湛えた金色の瞳が輝いている。くっと吊った目は頑固で自分をしっかり持っているマリーナの性格をよく表していた。
そして、彼女は魔法に秀でたカドール公爵家の令嬢でありながら、魔力が全くなかった。
生まれつきのもので、医師曰く「体が弱いと再生に魔力を多く使ってしまい、その結果魔力量が0になり、そのまま定着したのではないか」とのことだった。
「そう考えると平民に魔力が無いのも納得がいくわよね.....」
平民は殆どの場合、魔力が無い。それは、しっかりした設備もなく、母体も十分な栄養を得ることができていないから、再生に魔力を使ってしまい、結果的に魔力が無い状態が定着するのだろう。
マリーナはうんうんと頷いた。自身に魔力はない。しかし、「魔法が使えない」のと「魔法が嫌い」というのは全くの別物である。
マリーナは、大の魔法好きだった。
自分で魔法を使って実験をすることができない分、マリーナは丹念に研究し、仮説を立てる。その結果、非常に使い勝手のいい魔法が誕生するのだ。通常の研究者が20年かかって生み出すようなものを、マリーナは1週間ほどでホイホイと作ってしまう。
しかし、実際に使用したことのない彼女は、その魔法の有能さに気付いていない。
家族もマリーナの研究についてはノータッチなので、というか、屋敷にいないので、研究していることにすら気付いていないらしい。研究の間は侍女を近づけないようにしているので、その有能な魔法を知る者は公爵家にはいないと言っていい。
そんなマリーナだが、14歳の今年、魔法学園ティラハインに入学する。魔法王国オーリルに佇むそれは、これまでに数々の優秀な魔法使いを輩出している名門校だ。王族なんかも通っていたりするが、マリーナにそのあたりの興味は微塵もない。
「いよいよティラハインに入学......!どんな魔法術式に出会えるんでしょう......!!!」
彼女はまだ知らない。
自身の開発した魔法術式が、とっくのとうに学園の魔導士レベル、いや、世界の第一線の魔導士レベルを超えていることを__________
*
全くもって無駄な入学式を終えた私は、寮に入る。元々独り暮らしみたいなものだし、ホームシックになることはまずないだろう。あまりにも魔法に触れられない場合は禁断症状を起こしてしまうかもしれないが。
私は幼い頃から面倒を見てくれているメイドのユリを連れて、だだっ広い部屋に足を踏み入れた。
「おお~......」
私の住んでいた屋敷も質素ながら素材は高価なものが多い......といった感じだったが、こっちはなんか色々輝いている。眩しい。床は深緑色のカーペットが敷かれていて、調度品のあちらこちらに金の飾りが施してある。使用人用の部屋もあり、浴室は大理石の床でできていて、素人目に見てもかなり豪華だということが分かった。
「何か落ち着かないなぁ........」
「環境が違いますものね。」
そしてもう一つの部屋の扉を開いてみる。すると、そこは......
「はわぁっ!」
書斎、だった。書斎と言っても壁に向かう木の机と椅子、左右の壁に天井まで届く本棚、と、今までの部屋とはあまりにも環境が違い過ぎた。まあ、カルチャーショックは受けなさそうだ。有り難い。
「しょっ、書斎~!!」
これでいくらでも魔法の研究ができる!やったぁ~!
小躍りしそうな体を抑えて、一度書斎の戸をパタリと閉じる。
その瞬間、自制が効かなくなってしまった。
「書斎だぁ~!や~ぁった~!」
その場でぴょんぴょん飛び跳ねてくるくる回って全身で喜びを表現。そんな様子をユリはいつもの事かといった風に無表情で眺めていた。いや、ユリはそもそも無表情のポーカーフェイスなんだけどね。
舞い踊っていると、ドアの方からノックの音が聞こえてきた。
「ユリ、お通しして。」
即座に姿勢を正すとユリに命じた。
「承知致しました。」
ユリが扉の方まで足音を立てずに駆けていく。ユリは愛想はないが、仕事が早い。私がユリをここまで連れて来た原因の一つだった。
やがて、足音がしてここを訪れた人物が現れる。
「姉様!」
「入学おめでとう、マリーナ。」
やって来たのは私の二つ上の姉、オリビア姉様だった。3年制のこの学園では最高学年になった姉様は同じ髪色、瞳の色でも全然雰囲気が違った。どこか、こう.........妖艶な感じがする。
実際かなり人気があるらしいが、どのお誘いも断っているそうだ。流させた涙は数知れず。
最近は「傾国の美女」なんて二つ名も付いているらしいが.......私にとって、姉は姉。優しく美しく家族思いな女性だ。
「ふふ、またズボンを履いて.........公の場では控えてね?」
「分かっていますとも姉様。」
私の白シャツとサスペンダー付きの黒い半ズボンというあまりにもボーイッシュが過ぎる格好は流石に注意が飛ぶだろう。しかし、くつりと笑って花束を差し出してくる姉様の顔は綻び、声色にも本気で叱っている様子はなかった。
「まあ、とにかく、ちゃんと食べて、寝て、元気に楽しく過ごすのよ?また読書に熱中して夜更かししないようにね?」
「分かってますよぉ......姉様は心配性ですね。」
「それもこれもあなたが毎晩本を読んでは奇声を上げているなんて報告を貰うからよ......本当に、気を付けて頂戴ね。」
「はい。」
最後にもう一度ふわりと微笑んでから姉は退出した。
私は安心してほっと胸を撫で下ろす。姉と話している途中は緊張して冷や汗が流れていた。何故か、それは私がユリ以外の全員に吐いている嘘が露見するのを恐れたためだ。
私は魔法の研究を行っているのだが、その間、家族やメイドには「読書をしている」ということにしていたのだ。勿論、ユリも口裏を合わせてくれている。
理由はいたって単純だ。家族に私が魔法の研究をしているなんて知られたら、面倒なことになりそうだったから。私はただ静かに大好きな研究をして過ごせればそれでいい。私が望むのは安寧秩序、ただそれだけだ。
よし、学園では目立たず単なる芋くさ令嬢みたいなポジションで楽しく生きる!
.................その、はずだったんですけど.......................
「ねえ、あの方、魔力がないと噂のお方では?」
「まぁ、優秀なカドール家の汚点.......でしたっけ?」
「美しくもなさそうだ......大していい場所があるとは思えんな」
教室に足を踏み入れた瞬間、私の噂話があちらこちらから聞こえてくる。そのどれもが、嘲笑、蔑み、悪意のあるものばかりだった。
_______________私の平穏な生活は、一体どこに?