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隣の芝生はとても青い

作者: 雉白書屋

 朝。囀る鳥の声と風に耳をくすぐられながら少年は自転車を漕ぐ。

 イールストリート。出来てそう何年も経っていない、似たような住宅が立ち並ぶその通りは道路もまた綺麗に舗装されており、自転車のタイヤから伝わるその滑らかさに自然と鼻歌うたう。

 今、ある家の庭に新聞を投げ込んだタイミングで、その家に住む夫婦の夫がドアを開け、新聞配達員の少年がリンリンと自転車のベルを鳴らす。

 遠ざかっていくその背中を見つめ、軒下から出た夫は頭上から降り注ぐ陽射しに目を細めつつ、新聞を拾い上げ、そして顔を顰めた。

 機嫌を損ねたのは耳障りに感じた自転車のベルの音でも新聞に土汚れがついたことでもない。外から見て右隣の家の庭のことだ。

 白い柵で隔たれた隣の家の庭はこちらと広さは変わらないが、その豊かさは雲泥の差。

 植えられた木々の間から覗き見れば色とりどりの植物が恵みに感謝し、天に向かって伸びをしているのがわかる。

 それに対し、夫婦の家の庭はまるで中年男の禿げ頭。その場でジャンプし続ければ足を痛めそうなほど硬い土。点在する萎れた雑草。

 ともすれば先程の自転車のベルもやはり煽りのように思えてきた。

『ははは! しょーもない庭! 新聞読む前にガーデニングの本を買いなよ!』

 馬鹿馬鹿しい被害妄想だ。だが、何とかしようとしてはいた。ホームセンターで土を買い、肥料を撒き、種、苗、木を植えた。

 だがいずれも枯れた。腕を組み、体ごと首を斜めにしても理由はわからない。まるで栄養分が全て隣に流れてしまっているかのよう。

 

「それこそ被害妄想よ」「そんなに気にしなくていいんじゃない?」「お隣はうちより早く越してきたのでしょう。すぐに追いつけるわよ」と妻が言っていたのは最初のうちだけ。むしろ妻のほうが張り切って庭づくりを行い、そしてそれがまったくうまくいかないと、その鬱憤は家の中へ持ち込まれるようになった。

 同じ家に同じ庭なだけに(車は別だが)不公平と言わんばかりに細かな差異に目を光らせ血走らせ、彼女は何かを埋めるように夫をなじった。「あなたにもっと能力があれば」「隣の旦那さんとは大違いね」と。生活時間が違うのか、自分も妻もそのお隣さんと顔を合わせたことはない。ゆえにどんな仕事をしているのかも知らないはずなのに。

 夫婦が家に越してきたその年の春が過ぎ、夏の日照りは長く続いた。そして秋には庭の地面のひび割れが酷く目立った。

 潤いは家の中からも失われ、空気がひどく乾燥し、どちらかが口を開けば裂ける音がした。ある時、激しく。そしてそれを境にぱったり止んだ。

 やがて、夜を深め、町を眠らせる冬が過ぎ、また春がやってきた。

 彼の家の庭は瞬く間に目を見張るような彩りが現れ、そしてその香りに寄せられたかのように外から見て左隣の家に新たな住人が越してきた。

 だが、彼は顔を合わせようとはせず、避けるように心掛け、そうした。庭一面に花を敷き詰め、気安く踏み込めないように。柵の内側には木を植え、隠すようにした。

 そして、眠りを妨げないよう目立たず静かに暮らした。


 イールストリート。その新聞配達の少年はその通りを走るのが好きだった。

 右へ右へ、進めば進むほど、どういうわけか家々の庭は彩り豊かであるのだ。

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