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21.ジャーヒリーヤ

 ● ◯


 ディヤーブを始末した後、ラウンジへ戻るとラハイとターイウの姿はなかった。一人取り残された爺やが四つん這いで悶絶している。見かねた踊り子やスタッフが甲斐甲斐しく介抱しているところだった。


「ちょっと目を離している間に、何があったのですか」動揺を声に出し、アリーシャはしゃがんで尋ねる。それを言うならあんたもだよ。と言いたげな、血の痕に注がれる周囲の視線は無視した。


 爺や曰く――ターイウがいきなり腰が抜けたと言って座りこんだ。ラハイ一人では立たせられないと言うので、爺やは快く手を貸した。だが、せーので息を合わせて持ち上げる瞬間、恐らくラハイはターイウに全体重をかけたのだろう。とてつもない重量が爺やの腰に直撃し、ぎっくり逝ったのだと。


「ラハイ様からご伝言です……」


 告知義務違反の違約金は確かに頂いた。地獄に堕ちろ、人殺し。ナマステ。――身動きの取れない爺やから、キャッシュカードの大部分を奪い取って逃げたのが、直前の出来事だ。


 その頃、ラハイとターイウは大急ぎで逃走用の足を探していた。ターイウがタクシーを捕まえようとしたのを咄嗟にラハイは止める。市場の出来事があったとしても過敏かと自嘲したが、考えを改める。バウ=バウワーブは組員の襲撃者を血眼で探している。タクシー一台に化けていないとも限らない。それに今は、カジノの奥に特大の時限爆弾まで作ってしまった。


 急に駆け出すラハイの後を、ターイウが追う。


「おい、どうするってんだ」


 駐車中のトラックの窓を、ラハイはジュラルミンケースで粉砕した。けたたましいアラームが鳴る。道路の向かいでも似たような破砕音とアラームが鳴った。向こうは車上荒らし。わかってるよ、と顔が言っている。ラハイたちへ、ピッと二本指の敬礼を飛ばす。


 気を取り直して「借りる」トラックへ失敬して、窓から入る。


「借りる、たってなあ、ラハイ。リレーアタックでもしようってか?」


「銅線剥いてイグニッションをかけるヤツならそうだ!」


「馬鹿が! んなもん通用すんのは骨董品か、映画の中だけだぞ!」


「じゃあ何か考えろ!」


 ダッシュボードからシートの下まで、片端から漁るラハイ。ターイウは辛抱できず、その場で駆け足をしている。


「ああ、もう! こっちはタクシーで行く! カードを寄越せ!」


「僕の気前の良さにつけ入ってくれちゃってまあ! どれに幾ら入ってっかわっかんねえのにはいそうですかと渡せるか!」


 喚くターイウに助手席のクッションを投げる。金属質な音がした。振り返ると、その下に隠れていた鍵束が露わになっている。急いでトラックの鍵穴と比べる――までもなく、鍵穴の代わりにあるのはイグニッションボタンだ。電子キーはない。


 癇癪任せにクラクションをぶん殴った。アラームに紛れてプッと鳴り、何故だかウシのげっぷのような、間延びした音を残した。


「何だ今の」


 ラハイには合点がいった。鍵束を手に、トラックの荷降ろし口へ回る。解錠し扉を開け放つ。


「僕ぁ持ってんぜ、ターイウ」荷台の中身を一目見たラハイの不敵な笑みに、瞬間、ゲロ臭い液体が噴射された。


 こんなものを見せられたところで、ターイウの意見は「タクシーが良い」から変わりようがなかった。


 場面はカジノへ戻る。


「残りのキャッシュカードは」イヌの餌よろしく爺やの目前に捨ててあった一枚を拾い、尋ねる。爺やの悶絶が酷くなるので明らかだった。


 血相を変えて両替機に向かうアリーシャ。ビニルケースに併記された暗証番号に従って、キャッシュカードの残高を確認する。情けをかけたくらいで、報酬に満たず、山分けの豪快さからは程遠い数字が並ぶ。血の気が引く温度差で、微風が喉から出るかのように声が出た。


「……どうして?」


 タッチパネルをずるずると指が滑り、アリーシャは両替機の筐体に寄りかかる。金を持ち逃げされたことは勿論残念だったが、それ自体は大した問題ではなかった。「裏切ることないじゃない」肩で上体を支え、項垂れ、わなわなと肩を震わせ、気分の突沸に任せて拳を振り上げ、画面を睨み――


 スタッフが制止するまでもなく、大きなため息をついて、身を引いた。


「今時、神の光欠く時代(ジャーヒリーヤ)の残党に出くわすだなんて」


 返却されたキャッシュカードをスピンさせる。危うく落としかけた。怪訝にカードを二度見したアリーシャは、その背面を適当に爪で弾いてみる。音に差がある。


 顎に手を当て、渋い顔で考える。


 一気に青褪め渋味が増す。引いた息が微かな悲鳴になる。


 カツカツと苛立たしくヒールを鳴らして、爺やの元へ行く。途中で観葉植物の茂みにカードを捨てる。ぎっくり腰を介抱するスタッフを追い払い、おもむろに爺やの腰に手を当てる。


「実は私、占いより整体が得意ですの」


 骨から耳を塞ぎたくなる音が鳴る。「それも」錆びるばかりの節々を、老いさらばえる摂理に逆らって正しい位置に戻す代償とばかりにゴキゴキと。「これも」労りはあっても手加減はない。「疲れて帰って来るイムちゃんのためー!」


「後生ですから今だけはこの爺やのためにしてくだされぇ……!」


 好々爺の涙を誘う悶絶の末、老衰と回春を一息に体験したかのように艶々と憔悴しきった爺やをビシッと立たせ、アリーシャは車を出させた。


  ◯ ●


 時間との戦い。急いで準備しながら聞いて。アリーシャはそう枕を置いた。


「キャッシュカードに追跡タグが細工されてた。こっちの居場所は割れてない」


 アリーシャから簡潔な報告を受けつつ、イムティヤーズは仕事の準備を進める。ライダースーツのジッパーを首まで上げる。


「問題は全部盗んだ方」


「ラー油とハイターだっけ」


「ラハイとターイウ。すぐにディヤーブのことが知れ渡るから……今頃、アル=バウワーブの連中総出で、血相変えて追ってるところかも」


「ワキガの臭いを追ってな」


 確かにちょっとクミンの臭いが……と、思い出すだにアリーシャは顔をしかめた。頭を振って話を戻す。


「そうじゃなくて」


「ザマァねえの。骨とカードは拾ってやる」


 拳銃の残弾確認、薬室へ初弾を装填する。道すがら装填するタイミングは限られている。今の内にやってしまえ。


 ベッドの縁に腰掛けるイムティヤーズへ、アリーシャは「無駄口叩かない」と呆れた。「わーってるよ」と適当をこく頼れる殺し屋へ「じゃあこれはわかる?」と雇い主はアルミホイルのロールを渡した。


 全くわからん。


「カードを取り戻したら、これで隙間なくグルグル巻きにして。ちゃんとしてくれたら追跡タグの電波を遮断できるから」


「……アリーシャ、陰謀論は笑い話だぞ」


「アルミを頭に巻くのが無意味なだけで電波の反射と遮断はちゃんとした科学的性質だからね?」


 ツールボックスを腰ベルトに装着し、アルミホイルを仕舞う。


「で、どう追えと」


 アリーシャはにっこり小首を傾げ、こともなげに言った。屋外プールが風でさざめいている。あんぐり口を開けてギョッとするイムティヤーズが、フレーメン反応をする黒猫のように見えた。


「もっと早よ言えボケ!」


 最初からテキパキ進めた準備が魔法のように進む。「そういう訳なので、これは念のため」と、アリーシャはイムティヤーズにリボルバーを渡した。不可解に思いながらも、手は自然に銃の動作をチェックしていく。残弾一、残りは撃ってしまっている。


「これ何」


「ディヤーブの遺品」


 だからとて気にするイムティヤーズではない。が、曰くつきを好んで使うタチでもない。この銃を渡す意味にしても趣味が最悪だ。


「血も涙もあるのかねえのか曖昧女」


「そこが悪い男にウケるんだよ~」クローゼットの山から探り当てたコートを渡す。「急いであげて」


 イムティヤーズがコートを羽織る。ポケットにリボルバーをねじこむ。アリーシャに渡された吸入器を一口喫し、「フロントにバイクを出させとけ」を出がけの挨拶代わりに残して部屋を後にする。

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オラに元気を分けてくれ!

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