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1.皆既日食

色々目標を設けて、可愛い瞬間もある復讐劇を目指しました。初回は5話まで10分おきに投稿予定です。

どうぞお楽しみください。


MYRATHのBelieverって曲がオススメです。

 今度の皆既日食はクファールから始まる。世界中の天文ファンが治安の悪さを忘れたように同地へ殺到し、なけなしの治安維持力は彼らの誘導や警備に回されていた。


 群衆は空のただ一点に期待を向け、今か今かとその瞬間を待っている。


 真昼の空が暗くなりゆく。どこからともなくカウントダウンが始まった。今まで別の人生を歩んできた赤の他人同士が、壮大な天体現象を目前に控え、一体となっていく。


「ゼロ!」


 暗闇は、歓声をもって迎えられた。


 同時刻、同じ街のある屋敷で銃撃戦が起こる。


 太陽が月に隠れる時間は七分三十秒間。その継戦時間は、奇しくも同じだったらしい。余りにも手際の良い襲撃だった。被害側はほとんど抵抗すら許されなかったと思われる。銃撃戦とは名ばかりだ。狡猾で、計画的で、一方的な虐殺が、白昼の瞬きの間に行われたと見られている。


 屋敷は騒動の最中に出火。炎は消火を待たず、瞬く間に屋敷全体を呑んだ。月に隠れた太陽の代わりを務めるように、暗闇に閉ざされた世界の灯となったようだった。


 崩れゆく屋敷のある部屋で、うずくまった老人の傍へ寄り添う少女が泣いていた。


 老人の衣服には銃痕が穿たれていた。滾々と湧く血が服を染め、床に広がっていく。


「運命だよ。全ては神様が書いた脚本の通りなんだ」


 だから、何も心配いらないよ。老人はそう伝えたかった。


 老人は少女に言い聞かせていたが、猛火の唸りと建材が焼け崩れる騒音に搔き消されてしまう。ただ、老人の瞳に諭すような光が宿るのに対して、少女は涙で前が見えず、しきりに首を横に振っている。


 だから、神様の脚本をよく読まないといけないよ。少女はそう理解した。


 黒煙が渦巻く。姿勢を低くしていた二人から煙の溜まる天井は遠く、だが、体を起こしている分だけ少女は吸いこみ、激しく咳きこんだ。


 少女の背中に、火の粉の滝が注ぐ。天井が悲鳴を上げながら弾けていく。老人だけがそれに気づいていた。


 老人が咄嗟に少女を床へ倒す。そのまま少女の上に覆い被さった直後のことだった。天井諸共に部屋が、部屋のある棟が崩壊していく。


 屋敷は一昼夜をかけて全焼した。乾燥した気候故に火の手は凄まじく、延焼の恐れがある近隣建物では火事場泥棒が同時多発した。天体観測に偏った公安の対応は後手後手に回り、混乱はいや増していく。


 地道な消火活動の成果は微力にもかかわらず、日を跨いで消防隊が現場へ踏み入ることができたのは、この時期には珍しい降雨が大いに助けとなったからだろう。


 消防隊の目の前に無残な光景が広がる。まだ煙が昇り、息もままならないほど熱気が立ちこめる一面の焼け野原だ。


「おらっ、散れ、散れ! 見てわかんねえか! 全部消し炭だよ!」


 現場にも近寄ろうとする泥棒たちを食い止めながら、消防隊員は自ら発した言葉に心を痛めていた。全部消し炭だ。火元の特定はともかく、遺体の発見すら望めないのは一目瞭然である。ましてや、生存者がいるとは、誰しも思いもよらなかった。


 ただ、雨が大地を打ち、熾火に触れて蒸発する悲鳴が占めていた。


 だが、ある隊員の耳には届いた。焼け野原から、確かに微かな声が届いたのだ。


 幼い子どもが咽び泣く、胸の張り裂けそうな声だ。


 急行する隊員たち。声を頼りに手分けして細かな瓦礫を除去し、巨大な物はジャッキで支え、できた隙間から慎重に、成人男性らしき焼死体を引きずり出していく。すると、声は鮮明に届き、瑞々しく生気のある肌色が見えた。「子どもがいたぞ!」「今助けるからな!」「もう少しの辛抱だ!」隊員たちのエールはバラバラだったが、祈りに似て一つでもあった。


「瓦礫が脆い! 急げ!」


 言い終わるが早いか、炭化した瓦礫は崩壊し、隙間が瞬時に塞がった。少女が、タッチ一つの差で隊員の胸の中に受け止められたのは、何かを追うように自ら這い出たためだった。


 火災現場がにわかに慌ただしくなる。歓声を上げている暇はない。だが、それでも誰かが「奇跡だ……」と呟いた。絶望的な現場に生存者がいた! 直ちに少女のために毛布が手配され、担架で運ぶよう命令が飛び交う。


「大丈夫だ! もう大丈夫だ!」


 隊員がどれだけなだめても、少女の狂乱は解けない。隊員の腕を振り解かん勢いで、搬送される男の遺体へ手を伸ばす。少女は、身体に毒となるガスが漂う中でも構わず、燃え尽きた全ての悲愴を代理するように、細い喉を震わせて、胸が悲鳴を上げてむせ返っても、いつまでも泣いていた。


 いつしか、咳きこむ間隔の方が、長くなっていった。


 にわかに雨が強まった。徐々に冷えていく少女の身体。命が蝕まれていく感覚に浸りながら、一方で心はどす黒く燃え盛っている。


 この火は、まだ鎮まらない。鎮まらせてたまるものですか。


 どこかで誰かが雨宿りをしていた。カップルらしき二人は鬱陶しそうに空模様を睨みながら、「でも、日食のときに降らなくて良かったよな」と、小さな幸運を確かめ合っていた。


 それから、月日が流れる。


  ◯ ◯


 ちょいと、ちょいとご婦人。ああ、すまん、祈りの邪魔をするつもりじゃないんよ。でも、あまり熱心にもしちゃいかん。知っているとは思うがよ、ここはさる極道(アイヤール)の御家だったところでよ。いや、誓って極道だからとよ、やいやいお節介かけとる訳ではよ。アル=バンダーク一家は男気(ムルッワ)のあるお家じゃったとも。


 じゃがよ、ご一家が皆よ、亡くなってよ、縄張りにぽっかり穴が開いた後は、他所の痴れ者どもが幅を利かせてよ。追悼するところを見られてみい。えらい目に遭いかねんよって。


 ……ああ、まあ、そうじゃな。そうじゃよ。奴らにとっても、ここは忌み地じゃともよ。滅多に寄りつかんよ。しかし、万が一よう? ……そうさの。家の者にも知られとうない、内々で揉み消したい話があるなら、こっそり集まらんこともなかろうよ。


 ううっ。あいや、気になさるな。臆病風じゃよ。わしはもう行くよ。ご婦人も早う去られよ。わしゃあ、きちんとお伝えしましたからよ。


 ……ああ、言い忘れとった。ご婦人。


 お若いというのに、あの方々をよう弔っとくれたね。ありがとよ。

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オラに元気を分けてくれ!

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