乙女ゲームの主人公に生まれ変わったあたしが人生イージーモードになれなかった件
カクヨムにて連載予定
ここは日本のとある病院のベッドの上
あたしはいつも通りの検査を受けていた。
体中に突き刺さる管の数は自分では数えきれないほど
これを生きていると言っていいのか?
たぶん、違う
今のあたしは機械に生かされている。
そう感じずにはいられない。
あたしは生まれつき病気を持っていた。
ただ、幼い頃の闘病生活は苦ではない。
隣に住む幼馴染の子がいつも遊んでくれた。
それに生まれつきの病気は治ると先生に言われていたので今だけ我慢すればいい。
そうやって考えると気が楽になっていた。
ただ、それはその時だけの励まし……今こうして再発しているのだから……。
ああ、いつかあたしの王子様は迎えに来てくれるのかな?
ふと、入り口へ視線だけを向ける。
ベットに寝た状態で見える白い扉。
そこを開けてあたしに会いに来てくれる存在……。
って、もうそんな存在はいないかな。
この妖怪管女のところに来てくれる奇特な王子様なんている訳がない。
だって、彼はもう別の人と仲良くやっているはず。
あたしはまた目を閉じた。
「ちょっと、モニカ大丈夫?」
何やら周りが騒がしい……それにしても「モニカ」ってあたしがハマっている乙女ゲームの主人公のような名前の女の子がいるのね。
「お嬢様……モニカお嬢様、大丈夫ですか?」
え?あたしが揺すぶられている?
あたしはモニカと違うよ。
あたしの名前は……あれ?名前……あたし、自分の名前をど忘れしてる。
あたしは蛍光灯の光が眩しいなと思い目を開ける。
しかし、何故かあたしはお日様の下にいるのだ。
誰かが覗き込んでいるので直射日光は免れているが紛れもなく外にいる。
え?これは一体……いつのまに外に出たの?
「あ、モニカが目を開けた、大丈夫?」
目の前には長い金髪の女性があたしを覗き込んでいた。
とても心配そうにしているが、誰だろうか?
会ったこともない女性に心配されることに戸惑うあたし。
確かに体中に突き刺さっている管は誰が見ても哀れに思うかもしれない。
って、あれ?管がない。
あたしは自分の手を持ち上げて見つめる。しかし、自分の手を見て驚く
爪には綺麗にネイルが塗られている。
というか、それよりも自分の手じゃない!
「え?これは……それに、ここは?」
あたしは自分の発した言葉に驚いた。
なぜって、その声はまるであたしの知っているあたしの声ではなかった。
「ここは宮廷の別館よ」
「宮廷?」
あたしを心配そうに覗き込んでいる女性があたしの質問に答えてくれる。
何やら不思議な単語が女性の口から出てくるが、よく見ればあたしを覗き込んでくる女性の服も不思議だった。
まるで、これからパーティでもするのだろうかというぐらい豪華な衣装を身にまとっている。
「モニカお嬢様、しばし、木陰で休憩しましょう」
「トマス、お願いね」
「かしこまりました、奥様」
あたしを軽々と抱き上げるイケオジ
ヤバ、この人、カッコイイ……30前半ってところかな。
白髪交じりではあるが、顔形が整っているのと筋肉質な腕はあたしが惚れるのに十分な要素は満たしている。
その後、あたしは宮廷にある立派な木の影で休んでいた。
って、あたし……転生したの?
少しずつ蘇る幼い頃の記憶。
あたしは現在12歳。
名前はモニカ=マクスウェル。
マクスウェル男爵家の長女。
あたしはいくつかの質問をトマスにぶつける。そして返ってくる答えで確信した。
この世界は「勇者達と恋するマギネスギア」という乙女ゲームの世界。
そして、あたしは主人公のモニカに生まれ変わった。
これを知った時、あたしはガッツポーズをとる。
あたしの将来は安泰だと確信したからだ。
このゲームは乙女ゲームなのにSFRPGが売りになっている。
ゲームの難易度はかなり低く、ヌルゲーで有名。
どんなことをしても助っ人キャラが助けに入り最後は王子様と結ばれるのだ。
ただ、バッドエンドは存在するから気を付けないと。
でもゲームで12歳のシーンなんてあったっけ?
「お嬢様、少し席を外します。すぐに戻りますのでしばしお待ちください」
トマスは宮廷の方へと移動する。
どうやら飲み物を取ってきてくれるのだろう。
なんて優しいのかしら……あたし攻略対象がトマスでもいいわ!
これぞ、まさしく人生イージーモード!
更にモニカの家って男爵の割に意外と裕福なのよね。
前世……思い出せないことがたくさんあるけど、一般的な家庭で育っている私にとっては天国だ。
あたしは、辺りをきょろきょろと見回す。
すると宮廷に来ている貴族やその使用人たち。
そのほとんどが、美男子、イケメン、美少年、イケオジ、美男子、イケメン、美少年、イケオジ……眼福にもほどがあるわ!
流石、乙女ゲームね……レベルが高すぎる……おっと、涎が……。
まあ、中には禿げやタヌキ、豚も紛れているけどイケメン率の高さは素晴らしい。
ちなみに後から年を聞いて驚いたのがトマスの年齢だ。
彼……既に50歳らしい。
若白髪が少しあるぐらいかなと思っていたけど……。
☆彡
その後、日が暮れて廊下や部屋には明かりが灯る。
そこは王都の中心にある社交場としては有名な会場「ヴォルディスクの宮廷別館」
ここは王族が住まう宮廷の別館として用意されており、このパーティ会場に招待されることは貴族にとって一種のステータスとなっている。
今回は大きな戦の勝利を祝してヴォルディスク王が主催で開かれるパーティだ。
参加者は貴族の中でも戦を中心に関わるメンツで当然、まだ現役の先代勇者レイブンも参加することになっている。
彼は渋いイケオジで……あれは枯れ専じゃなくてもイケメン好きな女性なら魅力を感じるんじゃないかな?
かく言うあたしもちょっといいなと思っていたけど……実物はよだれモノだった。
ただ、ハゲやデブのおっさんが周りに沢山いたのであまり近寄れない。
加齢臭がすごいの……今日のところは遠くで眺めておきましょう。
それにまだ若いヴォルディスク王も口ひげを蓄えているがまさにイケオジ……こっちもこっちでよだれが……。
おっとはしたないわ。
12歳と言えど淑女たるものイケオジやイケメンに興奮ばかりもしていられない。
あたしは立食パーティということでお目当ての食事をとりに行っている途中にちょっと気になる人物に出会った。
彼の見た目は決して普通とは言えない……第一印象は気味が悪かった。
でも、決して口に出しては言えない。ただ、誰しもが気味悪がっている。
彼の顔は面積のほとんどが火傷の跡で爛れており、ぱっと見はゾンビのようなものだ。
背格好から今のあたしと同じぐらいの年の少年ということを考えるといささか不憫である。
ただ、彼に聞こえるぐらいの声で「気味が悪い」という人もいるのであたしは少しばかりだが腹立たしかった。
その少年も好き好んで顔に火傷の跡があるわけではないだろう。
じっと彼を見ていると彼があたしに近寄ってくる。
そして、声を掛けられた。
「こんばんは!僕、サミュエル……サミュエル=ロスガード」
舞踏会であたしはサミュエル=ロスガードに声を掛けられる。
これが彼との初めての出会い。
でも……彼には悪いと思うが……近くで見ると更に顔の火傷の跡が痛々しかった。
ふと、後ろやちょっと離れた場所にいる美少年と比べてしまい一歩後ろに後ずさりしてしまう。
「はじめまして!ロゼッタ=ヴィンセントです」
彼の火傷の跡が印象的で隣にいる美少女に気が付かなった。彼女は丁寧にあいさつをしてくれる。にしても、この子、あたしと同じぐらいの年かな……滅茶苦茶、可愛い……!
サミュエル=ロスガードのとなりの美少女は幼いながらもしっかりとした礼儀作法にて挨拶をしてくれる。
って、ロゼッタ=ヴィンセント!?……あたしの敵である悪役令嬢の登場。
だけど、まだあたしたちは12歳。
婚約とかそういうものはもう少し後の話。
だから、あたしは動揺していることを悟られない様に笑顔を作る。
「はじめまして。あたしはモニカ=マクスウェル。宜しくお願い致します」
相手に合わせて挨拶をする。
貴族の挨拶なんてよくわかってないけど、モニカとして12年生きた記憶が辛うじてあるのでそれを頼りにスカートを指でつまむ。
それにしても、ちょっと引っかかる。
何かしら、この違和感は……
あたしは顎に手を当て考え事をしていたのだが、サミュエルがロゼッタに何やらお願いをしていた。
「ローズ、このお肉食べたい」
「ええ、さっき食べたじゃない」
「だって。美味しかったもん」
「もう、仕方ないわね」
なるほどロゼッタの方がお姉さんなのね。
ロゼッタはあたしと同級生のはず……ということはあたしから見てもサミュエルは年下ということね。
魔導具を使って肉を焼くロゼッタ。
舞踏会はビュッフェ形式になっており、サミュエルが欲しがっている肉は自分で焼く必要があった。
それを焼いてもらうなんて本当にお子様ね。
見た目ではあまり変わらないような気がするから彼のために一声かけましょうか。
「ねえ、それぐらいは自分でやったほうがいいよ。やり方教えようか?」
あたしはサミュエルに教えてあげる。
自分のことは自分でやりましょうって……優しく言ったつもりだった。
「うぅ……ぐすん」
なんと、サミュエルは泣き始めたのだ。
「え?ちょっと……どうしたの?」
泣き始めたサミュエルに困惑する。
たった、これだけのことで泣くなんて、なんて情けないの……そう思った。
しかし、ロゼッタがすかさずサミュエルのフォローをする。
「モニカ、あのね、サムは生まれつき魔力がないの」
「え?それって、無力ってこと?」
「ええ、だから魔導具を使わないわけじゃなくて、使えないの理解してあげて」
この世界には魔法というものが存在する。
そして、誰しもが多かれ少なかれ魔力というものを持っていた。
だが、極稀に魔力を一切持たない人間が生まれる。
本来、彼らが20歳まで生き残る確率は極めて低い。
なぜなら空気中に魔素というものが含まれており魔力がない人間にとっては毒なのだ。
だからこそ、目の前の彼は……残り僅かの命なのだろうか?
そう考えると甘えん坊なところは納得してしまう。
「そうなのね、ごめんなさい。サミュエル」
「……うん」
あたしが叱ったとでも思っているのだろう。
ロゼッタの影に隠れて肉を食べるサミュエル。
にしても、女の影に隠れるなんて情けないわね。
「あら、こんなところにいたのね」
「あ、母さん!」
現れたのは真っ赤に燃えるような赤髪を腰まで伸ばした女性。
あたしは女性を一目見た瞬間に名前が分かってしまった。
セリーヌ=ロスガード……「勇者達と恋するマギネスギヤ」の最強チートキャラ!
このゲームが簡単すぎるとユーザーからクレームになるほど強敵を倒してしまうキャラ。
課金アイテムで戦闘お助けキャラがいる。
通常のストーリーの戦闘回避してくれる「代行黒騎士」
そして、強敵を倒してくれる「おねがいセリーヌ」
この二つがあるために課金ユーザーは戦闘をすることなくストーリーを進めることが出来るのだ。
ただ、セリーヌの難点は……1回分が意外に高いということだ。
そりゃあ、裏ボスまで倒してくれるほどの実力者だからね。
って、今、サミュエルはセリーヌ=ロスガードを母と呼んだ?
「母さん、ローズがお肉焼いてくれた」
「そう、良かったわね。ありがとう、ローズ」
最強チートキャラは将来の悪役令嬢に微笑みかける。
「いえ……」
褒められたロゼッタは頬を染めて嬉しそうにしながらも照れているのか俯いてしまう。
そんな仕草を見る限り……将来あんなに意地悪な悪役令嬢になるなんて信じられなかった。
☆彡
あたしが15歳になるとマギネスギヤのパイロットや調律士、エンジニアを目指す学園に入学
なんとそこにはサミュエル=ロスガードがいた。彼は無力だというのに無謀にもパイロット志望として学園に入学する。
この学園は選択授業があり志望する職業によって授業を自由に選べる。
クラス分けは実力順のはずだけど、半分は親の実力または権力が順位に反映されているという噂だ。
意外なことにセリーヌ=ロスガードは上位貴族の間では名が通っているが世間一般では無名だ。
そのために無力で親が騎士爵のサミュエルは最下位のFクラスだった。
特にイベントに関わるキャラではないので彼のことは無視していてもイベントは順調に進んでいく。
入学式のイベントでアンソニー殿下と再会……イケメン過ぎて鼻血が出そうになった。
彼ったらあたしを見るなり声を掛けてくるし、結構、嘗め回す様に体を見てくる。
年頃の男の子って感じが意外にもあたしとしては好印象。
異性から女性として見られている証拠よね。
まあ、サミュエル=ロスガードもあたしの体を見てくるからちょっと寒気がした。
美少年の多い中であの顔面はちょっと……ないかな……うん。
その後も授業も順調そのもの……マギネスギヤはアンソニー殿下のバディとして彼の後ろで魔力流して歌っているだけの簡単なお仕事。
歌で調律というのを行うらしいのだけど、流石、乙女ゲームの主人公……本当にあたしは歌っているだけで問題ないのよね。
転生チート標準装備のあたし!
ただ問題があるとしたらアンソニー殿下の中身よね。
お子ちゃまというかもう少し優しさというか大人の対応が欲しいところ。
それは初等部の近くを通った時
アンソニー殿下の目の前で小さい女の子が転んだのよね。
泣き出す女の子がいたけど、アンソニー殿下は一目見てすぐに目をそらしてさっさと通り過ぎてしまう。
「大丈夫?」
あたしは気になったので女の子に駆け寄る。
涙目になる女の子に回復魔法でも掛けてあげようとすると突如現れた人物がいる。
「ちょっと見せて」
なんと、フツメンのサミュエルが現れたのだ。
彼は女の子に駆け寄り傷口を見て、大したことがないと判断した。
「大丈夫、少し血は出ているけど歩ける?」
「嫌、痛い」
「わかった、じゃあおいで」
サミュエルは歩けないという女の子を先生のところまでおんぶして連れて行く。
そして、初等部の先生に女の子を渡して帰っていくサミュエル。
「ねえ、ちょっと」
「はい?」
あたしは自分の活躍の場を奪われてしまったので文句の一つでも言ってやろうとサミュエルを呼び止める。
「あの、あたしが回復魔法で直してあげようとしたのに、なんで邪魔するの?」
「いえ、回復魔法なんて大層なものは必要ないと思ったので、それにお金もかかりますし」
サミュエルはヘラヘラした薄ら笑いを浮かべながら話をする。
あたしは少し、イラッとした。
そのために、彼への返答が少しきつい物言いとなってしまう。
「何言ってるの?お金なんて取るわけないじゃない!馬鹿なの!」
「え?」
あたしの返答に驚きを隠せないサミュエルは目を丸くしてあたしを見つめる。
「何をそんなに驚いているのよ?」
「いえ、回復魔法でお金取らない人なんて初めて会ったので」
そう、この世界で回復魔法はかなり貴重な魔法だ。
名門校でもあるこの学園ですら先生やあたしを含めても数名程度。
確かにお金を取る人はいるけどそんな人とあたしを一緒にされたのがちょっと癪だった。
あたしはサミュエル=ロスガードに詰め寄り自分はそんな人間ではないことをアピールしようとした。
ただ、距離感を誤ってしまったのと躓いてしまったのもあって
「あっ!」
「へ?……んんんっ!」
不覚だった。
あたしの唇がサミュエルの唇に当たってしまう。
あたしを受け止めてくれたのはいいが、なんてことする男だ。
これがイケメン王子様ならどんなに良かったことか……
サミュエル……こらぁ!顔を赤らめない!嬉しそうにするなぁ!
今すぐこいつに魔法を使って気絶させたら忘れるかしら……でも、それでも覚えていたら……
ここは……脅しておきましょう!
「忘れて!いや、忘れなさい」
「え?」
「わ、す、れ、な、さ、い!」
「は、はい!僕は何も覚えていません」
「よろしい」
あたしは腕組みをして更にサミュエルに圧を掛ける。
彼はそのまま小さくなっていくだけなので、脅しは効果抜群ね。
ただ、あたしはその日の出来事を一生忘れないモノになってしまうだろうと思った。
忘れたくても忘れられない悪夢のような出来事。
本当に最悪な一日を過ごすがイケメン王子がその後迎えに来てくれたのであたしはすっかり機嫌を取り戻し帰宅する。
☆彡
そして、2年生の夏季休暇前の夜会に婚約破棄イベントが起きる。
あたしがビュッフェ形式の食事を満喫していたところにロゼッタが現れる。
そして、故意にぶつかりあたしは皿と食事を落としてしまう。
「拾いなさい」
ロゼッタは上から目線であたしに命令する。
あたしはここからどうなるか分かっているのでとりあえず、しゃがみ込んで拾うふりをする。
すると、アンソニー殿下が声を掛けてくれる
「モニカ、拾わなくていい」
「殿下!」
「ロゼッタ、君には失望したよ」
「え?殿下、どういう意味でしょうか?」
ロゼッタはアンソニー殿下の言葉に笑顔を崩さない
でも、彼女の顔は引きつっているのが分かる。
「もうこれ以上の茶番は必要なかろう」
「で、で、殿下?」
アンソニー殿下はロゼッタに指をさし婚約破棄を宣言する。
「ロゼッタ、君との婚約は破棄する」
真っ青な表情で慌てふためくロゼッタ。
アンソニー殿下は彼女だけでなく会場の人にも聞こえるぐらい大きな声を出して物申す。
「へ?」
ロゼッタの表情はなくなり、自分が婚約破棄をされているのだがそれを理解するのに時間が掛かっていた。
「こ、婚約……破棄?」
「俺が何も知らないとでも思っているのか?」
日頃の行いのせいよ。ゲームではあまり感じなかったけど、必死すぎるロゼッタは本当にどうしもない女ね。
あたしの机を壊して、教科書を破いて……子供じゃないんだからって言ってあげたいわ。
まあ、本当にアンソニー殿下のことが好きなのでしょうね。
彼のために日頃から勉強や作法などの習い事をしていたはず。
しかもゲームでの彼女の教育内容は過激でかなりのスパルタ……よく頑張ってるよ、ロゼッタ!
「そんな……私は殿下のためにこれまでの日々を過ごしてきました」
「うるさい」
そうなのよ。
彼女の言葉に嘘偽りはない。
そこだけは、健気に頑張って来たのよ。
でも、子供じみたいじめなんてしてしまったせいでアンソニー殿下が彼女を愛せなくなってしまう。
……って、王族の婚約ってそんなことで破棄してしまってもいいのか疑問だけど。
そこは説明があったわね
「モニカは聖女に選ばれたのだ。彼女は今の俺に相応しい女性だ」
ということなのよ。
ごめんね、ロゼッタ。
聖女の方が格上なのよ
婚約破棄のイベントはあたしが聖女になるのが条件……と言っても半ば強制的に聖女になるのだけど。
アンソニー殿下が、いえ、トニーがあたしに惚れてしまうのよ……罪な女よね。モニカっていう主人公は。
おかげであたしの人生イージーモードは継続している。
「モニカ!」
急に振り返りアンソニー殿下があたしの名前を呼ぶ。
アンソニー殿下の声が低く響き、周囲のざわつきが一瞬止まった。
「私は、君に本当の愛を告げたい。」
アンソニー殿下が近づいてくると、私の前でひざをついた。
殿下の行為に、周囲は騒然となった。
彼が、誰かに跪くなど、それは前代未聞の事態だったからだ。
「君に僕の心を捧げる」
アンソニー殿下はあたしの手を取り、その甲にキスを落とした。
その行為に周りは騒然となり
「そ、そ、そんな……」
アンソニー殿下の態度にロゼッタは膝から崩れ落ちる。
その姿を見たあたしの感想はざまぁの一言
いやー、スカッとしたよ。
実際にあのイタズラをリアルで直接受けるのは精神的にダメージあるもんね
本来なら精神的に未熟なモニカが受けるんですからかなりつらかったと思う。
あたしはあまり覚えていないけど人生2回目だからなんとか乗り切れたって感じ。
☆彡
その後のドラゴン襲撃イベントなど多数の戦闘も正直、トニーの下手な操作技術とおバカな指揮によって苦戦するが、課金アイテムの黒騎士とチートキャラのセリーヌ=ロスガードの活躍によって事なきを得る。
そういえば、サミュエルは学園を卒業どころか、進級できずに一年留年後、退学になったのよね。
なんでも魔力の補助を受けることが出来ずに単位が取れなかったとか。
そして、その後はロゼッタの執事をやっているとか……無力を雇うなんて流石、悪役令嬢……使い道なんてあるの?
最後の戦闘も「切り札」によっていとも簡単に終戦する。
というか、最後が一番簡単だ。
爆弾を使用するかという会議で賛成をすればいいだけ。
あたしは聖女として書面にサインをした。
ゲームでは選択肢がでるだけだからポチっという感じで何も感じなかったのだけど、皆が見守るなかで紙に自分のサインをするって緊張したぁ!
ただ、手が震えているのを誤魔化すため、そして、余裕を見せるべく可愛い字体で最後にハートマークを付け加えてあげたわ!
あれは我ながら力作よ。
このイベントが終われば卒業と同時にトニーと結婚する。
もう人生イージーモードの薔薇色よ
学園の生活も残すところあとわずか。
もう消化試合なのよね……ちょっと退屈。
☆彡
卒業式前日
あたしは衝撃の事実を知ることになる。
授業も特になく学園も残りわずかと思うと感慨深いものがあり、余韻を楽しむように散歩をしていた。
初等部の少年少女の元気に走り回る姿。
パイロット候補生が体力テストをしていたりと日常を送っている。
そして、それは偶然か、必然か……中庭で祈りを捧げるロゼッタに出会った。
そういえば、最近サミュエル=ロスガードを見てないわね。
無力だからクビにでもしたかな?
流石の悪役令嬢もあれは要らなかった?
ちょっと気分もいいしいじめられたことは水に流して話でもしようかしから。
ただ、彼女の婚約者を奪った女であるあたしと話をしてくれるのか、それがちょっと気がかり。
「ごきげんよう、ロゼッタ」
あたしは一応、聖女としてロゼッタと話をしてみようと頭を深く下げる神聖教会式の一礼を行う。
彼女はそれに気が付いているのだろう。
かしこまった挨拶を返してくれる。
「これは聖女モニカ様、このような場所にてお会いでき光栄にございます」
公爵令嬢である彼女だが、聖女であるあたしには膝をついて深々と一礼をする。
「そういえば、最近、あなたの執事の姿が見えませんがご機嫌はいかがでしょうか?」
急に辞めさせたでしょ?なんて聞けないので、ここは遠回しに聞いてみましょう。
たぶん、彼女のことだ。
膝をついたまま淡々と理由を述べてくれるだろう……そう思っていた。
「は?何が言いたいの?」
一瞬にして場の空気が凍り付く。
彼女の威圧は本物であたしでさえも一歩、後退りしてしまうほど。
「え?あ、あの……」
あたしは彼女の態度に怯えてしまい返事が出来なくなる。
どうしたの?
悪役令嬢というにはほど遠い品行方正な彼女が、こんな言葉を使うなんて……それも聖女のあたしに向かって……どういうこと?
ただ、すぐに元のロゼッタ=ヴィンセントに戻る。
「これは失礼しました。その執事とはサム……サミュエルのことでしょうか?」
こ、これは聞いてもいいのかしら?
それとも話を聞かない方がいいの?
でも、彼女の対応にどうしても気になる点がある。
そんなにもサミュエルのことを聞いたらいけないの?
聞いたらいけない……と思うと余計に聞きたくなる。
「ええ。最近は姿が見えませんので、お休みをされているのかしら?」
あしたはこの世界のことを一切理解していない。
この時、現実を突きつけられて初めて知る。
「あなたが………………あなたが殺したんでしょ!!!!!!」
ロゼッタは怒りに満ちた真っ赤な顔であたしに詰め寄る。
そして、彼女はあたしの襟を掴み、あたしをひっくり返す力であたしに襲いかかった。
その力は本気だった。
あたしはすぐに魔力を体に巡らせて身体強化を行う。
彼女は本気であたしを……聖女を殺しに来ていた。
仮に殺す気がなかったとしても、彼女の目は血走り正気ではない。
ロゼッタも魔力量は高く、あたしでも振りほどけなかった。
ただ、近くに待機していた騎士の人やエリザベス先生によってなんとかロゼッタはあたしから剝がされて地面に押さえつけられる。
「あなたさえ……あなたさえいなければ……サムはあんなことにならなかった!……サムを……サムを返してよ!」
地面に押さえつけられたロゼッタは弱々しくなり、声も虫の声のように小さくか細くなる。
よく見れば顔は泣きはらした跡があり化粧なども一切していない。
その後、ロゼッタは騎士の人に連れられて帰っていく。
あたしは残ったエリザベス先生に彼女の言葉の意味を聞くことになる。
「あの、先生」
「なんでしょうか、聖女様?」
エリザベス先生と言えど聖女であるあたしには膝をつき深く一礼をする。
ただ、今はそんなことはどうでもいい。
ロゼッタの言動が気がかりでそのことを知りたい。
「ロゼッタの執事のサムってサミュエルのこと?」
「はい、その通りです」
「彼は今、どこにいるか聞いてもいいのかしら?」
エリザベス先生ですらもサミュエル=ロスガードのことを聞くと顔が引きつる。
これはただ事ではないと思った。
「……聖女様はご存じないでしょうか?」
エリザベス先生は逆にあたしに質問をしてくるのだが、その意味がいまいち理解できない。
「はい、最近姿を見ないなとは思っているのですか……」
なんと言えばいいのか分からない。
もしかしたら聞いてはいけないことなのだろうか?
ただ、エリザベス先生から返ってきた返事は予想の斜め上を行く。
「サミュエル=ロスガードは戦死しました」
「え?戦死……ですか?」
あたしは息をのんだ。
彼が戦死?どこの戦場で?何故、彼は死んだの……
「……聖女様は本当に知らされていないのですね」
「どういうことでしょうか?」
エリザベス先生の意味深な発言にあたしの頭は混乱していた。
サミュエルの死にあたしが関わっているというの?
「サミュエル=ロスガードは爆弾で死にました」
え?ちょっと待って爆弾でのこちら側の被害はゼロってトニーが言っていた。
「う、うそ……あれは味方の兵が全て安全な場所まで退避してから起動させたと聞いています」
「はい、わが軍は一人を除いて全員無事です」
「一人?もしかして……」
嫌な予感しかしなかった。
ただ、その一人が誰なのかエリザベス先生の話の流れでなんとなく分かってしまう。
「彼は……神風特攻により魔人の中心まで爆弾を運び起動、そのまま帰らぬ人になっております」
そんなウソよ……トニーも神聖教会の偉い人も……誰も死んでいないって……
「え?そ、そ、そんなこと……聞いていない。エリザベス先生、ウソは良くありませんよ」
あたしの言葉にため息を付きながら首を横に振るエリザベス先生。
エリザベス先生はあたしを哀れんでいたのだろう。
何も知らされていない道化となっている聖女モニカに……
「ウソではございません。聖女様がロゼッタお嬢様にサミュエルのことを聞いている時点でおかしいと思いましたが……やはり、知らされずにサインされたのですね」
「……それじゃあ、あのサインは」
爆弾を使用する許可……それはあの戦を終わらせると同時に……サミュエル=ロスガードを殺すことにサインしたのも同意。
「うっ……」
あたしは事実を知り、それを理解した瞬間に吐き気がした。
自分の文字を自画自賛し、おまけにハートマークまで付けたあのサイン……あれで……あたしは……そう、この手で……サムを殺した。
「大丈夫ですか、聖女様」
「うっ……おぇぇぇ」
「救護班!」
あたしはその場で盛大に胃の中のものを吐き出す。
その後は騎士や侍女の手を借りてなんとか自室に戻るが丸一日ほど寝込むことになった。
☆彡
事実を知り、一週間が過ぎた。
あたしは神官や侍女からサミュエルのお墓がある場所を聞き、花を手向けることにした。
彼はもう帰ってこない。
この手で……そう考えると足取りは重い。
侍女達や神官の方は墓参りなど必要ないと言ってくれるがあたしはどうしても行きたかった。
罪滅ぼし?
それもあるかもしれない。
王都の小高い丘の上に兵士たちが眠る共同墓地がある。
そこへ到着すると先客がいた。
一人はサムの死を教えてくれたエリザベス先生。
もう一人は……サミュエル=ロスガードの母親であるセリーヌ=ロスガード。
「ねえ、エリー」
「なんだ?」
「あの子は何で死ななくちゃいけなかったの?」
涙を流しながらもセリーヌ=ロスガードは酒瓶を煽る。
しかし、既に飲み切っていたようで酒瓶から酒が出てくることはなかった。
「……」
エリザベス先生はセリーヌ=ロスガードの問いに答えることが出来ない。
「生まれつき魔力がなく不自由な生活を強いられてきた……うちの子が何か悪いことをした?」
セリーヌ=ロスガードはサミュエル=ロスガードの墓の前でうずくまる。
「あいつは頭が良かった……いや、良すぎたんだ。無力でもパイロットになれる方法を確立してしまったのが災いとなってしまった」
エリザベス先生もサミュエル=ロスガード、サムに対してフォローを入れる。
彼女もまた無力ながらサムの能力に気が付き気にかけている一人だった。
「そうよね……あの子は天才だったわ……だからこそよね」
エリザベス先生の回答にセリーヌ=ロスガードの様子が一変する。
おびただしい魔力の渦が辺り一面の空気を震わせる。
「お、おい」
「これからあの子は周りから認められるはずだった……人生が上向きになってもおかしくないのに……この仕打ちは一体……何?」
手に持っていた酒瓶は一瞬で砕かれて粉々になり地面に落ちることなく宙を舞い空の彼方へ飛んでいく。
この時、彼女の魔力量は想像を逸脱していた。
「落ち着け、セリーヌ」
「……無理よ……うっうわあああああああ」
膨大な魔力の暴走が始まる。
「バカヤロウ、墓地が壊れる」
正直、あたしやロゼッタもかなりの魔力量を保有しているが、それの比じゃない。
セリーヌ=ロスガードの感情と共に周りの墓石が宙を舞う。
「セリーヌ、やめて!!!」
そこへ現れたのは二人の女性
一人は公爵夫人であるアデーライデ=ヴィンセント、もう一人は公爵夫人の侍女だろうか?
三人がかりでセリーヌ=ロスガードの魔力暴走を抑え込む。凄まじい魔力のぶつかり合いが起こったがセリーヌ=ロスガードが落ち着いたことで、辺りに静寂が戻る。
「アデー……ナタリー……私……私……」
公爵夫人に泣きながらすがるセリーヌ=ロスガード。
その姿には最強のチートの面影はなく、息子を失った母親がそこにいた。
「セリーヌ、少し休みましょう。あなた疲れてるのよ」
息子を失った母親……その原因を作ったあたし。
心臓が押しつぶされそうになる。
息が出来ない。
あたしはセリーヌ=ロスガードの前に立つ自信がなかった。
4人の女傑が立ち去るまで岩陰で隠れており、彼女たちが見えなくなったところであたしはサミュエル=ロスガードの墓の前に立つ。
岩陰から彼の墓の前へ行くまで足が震えていた。
そして、墓の前に立っても足は震えたまま。
墓石には「サミュエル=ロスガード、ここに眠る」と文字が掘られている。
あたしは立っていられないので膝をつき手を胸の前で組み懺悔する。
「ごめんなさい、あたしのせいで……ごめんなさい……ごめん……なさい」
何を言えばいいのか分からない。
あたしは最低な人間なのだろう……言い訳しか浮かんでこない。
何も知らされていなかったから……知ってたらサインしていないとか……誰も説明してくれなかったとか……
☆彡
乙女ゲーム「勇者達と恋するマギネスギヤ」としてみるとエンディングに差し迫っていた。
エンドロールの最初に出てくるのは悪役令嬢ロゼッタの結婚式だ。
相手はぽっちゃり男子代表のポルトン=ウブリアーコ
あたしは聖女としてその結婚式に参列していた。
ゲームのスチルでは彼女はポルトンのことを嫌っており、それがコミカルな風貌で描かれていた。
しかし、現実は違った。
豪華な花嫁衣装を身にまとい顔をヴェールで覆ったロゼッタ=ヴィンセントは手に花束を持ちゆっくりとヴァージンロードを歩いている。
そして、ポルトンの待つ場所へ行き、誓いのキスをするためにヴェールを持ち上げられ顔が見える。
その時のロゼッタの表情にあたしはゾッとした。
彼女の表情は死んだように落ち込み沈み切っていた。
その目に光はなく、何を見ているのかあたしには見当がつかない。
本来ならお互いに目を閉じて口づけをするのだが、ロゼッタはされるがままという状態だった。
幸せいっぱいの結婚式。
あたしが憧れた結婚式はそこにはなかった。
その結婚式の帰りにアンソニー殿下ことトニーが再度あたしにプロポーズをしてくれる。
「モニカ、俺は君を愛している。結婚してくれ!」
これと言って気の利いたセリフなどではなくストレートに思いをぶつけてくれるトニー
「う……うん」
正直、嬉しかった。
でも、何か引っかかるのであたしは素直にトニーの告白を喜ぶことが出来なかった。
そして、ついに待ちに待ったあたしの結婚式が行われる。
もちろん相手はこの国の王子様のトニーことアンソニー=ヴォルディスク。
あたしは真っ白な花嫁衣装に身を包みゆっくりとヴァージンロードを歩く。
参列する人々は上級貴族や名が知れ渡る著名人たち。
神聖教会の幹部の人たちも大勢列席している。
そんな中、一際異様なオーラを放つ女性を見つける。
あたしは表情には出さなかったが、それが目に入った途端、冷や汗が止まらなかった。
その女性は真っ黒な喪服に身を包み睨みつける様にあたしを見つける。
その女性の名はロゼッタ=ウブリアーコ
元悪役令嬢だった女性。
ただ、今のあたしは彼女を悪役令嬢として考えられなかった。
むしろ、あたしが悪役令嬢だ。
いや、悪役令嬢の方が可愛い。
あたしは彼女の大切な執事をこの手で……
本来なら幸せいっぱいの結婚式。
王族の結婚式となればかなり華やか。
だけど、あたしの心はどんよりとした曇り空。
新郎新婦の誓いの言葉も誓いの口づけも気持ちが悪かった。
そして何よりもトニーが気持ち悪かった。
☆彡
王城へ戻り、あたしはトニーと話し合いをした。
彼を信じたい.。でも、何かに引っかかる。
だからこそ、彼を信じるために真剣に話をした。
「ねえ、トニー、爆弾の話をしてもいいかな?」
「なんだ?」
彼はまだ仕事中であったが、聞いておかないとあたしの身が持たないので話をした。
すると、書類に視線を向けたまま、あたしの方を見ることなく返事だけが返ってくる。
あたしはそれでも構わず話を進めた。
「あの爆弾で亡くなった人がいるのは知っている?」
「いや、犠牲者はいない」
トニーの言葉にあたしは少し安堵した。
やはり彼も爆弾のことは何も知らされていないことが伺えたからだ。
「それじゃあ、サミュエル=ロスガードのことも知らなかったの?」
「サミュエル=ロスガード?ああ、あの無力の男か。あいつは丁度良い駒だったな」
安堵した次の彼の言葉にあたしの心臓は大きな警鐘を鳴らす。
「え?駒?どういうこと……トニーはサミュエルが爆弾を持って敵陣へ行くことを知っていたの?」
「まあな。ただ、あれは無力だ。人ではない。犠牲者にカウントされるわけないだろ」
この話を聞いてあたしはトニーが怖くなった。
いくら王族と言えど……人が人を殺すことに何のためらいもないなんて……
☆彡
それ以降、トニーと話をしなくなった。
あたしは自室に籠り、トニーが訪れても体調不良ということで逃げた。
悶々とする日々を過ごしていたが、ふとゲームのエンディングが残っていることに気が付く。
このエンディングを12歳の時から首を長くして待っていたというのに訪れたときには最悪の気分で迎える。
正直、「やり直したい」……これがゲームならリセットボタンを押してやり直し、一から始めたい。
そうしたら、絶対に彼を死なせることなんてしない。
もし仮に、これがゲームならエンドロールが流れている頃だろう。
そして、エンドロール終盤で見たことない場所が映し出されているのを同時に思い出す。
あたしはもしかして!と……ひとつの希望を見出した。
先ほど思い出した乙女ゲームのエンドロールだが、最後に出る選択肢がもしかしたらサミュエル=ロスガードを救えるかもしれない。
その選択肢が
「もう一度、やり直しますか?」
というものだ。
ゲームの場合だともう一度、ゲームをやりますか?的な意味だと思っていた。
だが、ゲームが現実となった今、もしかして、やり直しが出来るかもしれないとその望みに掛ける。
ラストの画面は洞窟の中にある小さな礼拝堂。
ゲームの行ける場所で一番に思い出されたのは二週目以降に入れる学園地下のSSSダンジョン「深淵の迷宮」
あたしは翌日の早朝に学園の地下へと足を運ぶ。
「立入禁止」と書かれた紐を潜り抜けて中へと侵入。
特に誰かが見張っているわけでもないのですんなりと入ることが出来た。
出入口は特に何も変化がない。
いたって普通の白い扉。
しかし、開けて中に入るとそこは空気が違った。
明らかにこの世界というよりも別世界のもの。
そして、入ってすぐの右側の壁は乙女ゲームのエンドロールに現れるものと瓜二つだ。
小さな祭壇が祀られていて、壁にはこの世界にはない文字が書かれていた。
「え?これは……英語?……歌の歌詞かしら……あ、アメイジ?」
あたしの前世は日本人だった。
しかも根っからの日本人だったから英語が全くできない……アメイジングって……
あっ!もしかして、キリストの教会で歌う讃美歌のアメイジンググレイス?
これを歌えってことかしら?
「あ~め~~~じ~~~んぐれいす♪」
……案外、歌えちゃうのかな?
歌詞を見ながら音程は……転生特典のチート能力だより、やってみるしかない!
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Amazing Grace, how sweet the sound,
That saved a wretch like me.
I once was lost but now am found,
Was blind, but now I see.
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そう、歌詞の通り
盲目のあたしには見えていなかった。
本当に必要なもの、大切なものは何か
彼を助けたい。
壁に書かれている一節を歌い終わると、目の前にウィンドウ画面が現れる。
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リセットしますか?
→YES
NO
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そして、あたしは迷うことなく「YES」を押した。
次の瞬間、目の前が真っ暗になるが、次第に光が見え始める。
「ちょっと、モニカ大丈夫?」
あたしが目を開けるとそこには青空が広がっていた。
「お嬢様……モニカお嬢様、大丈夫ですか?」
そして、その傍にいてあたしの心配をしてくれているのはマクスウェル男爵家の執事のトマス。
「あ、モニカが目を開けた、大丈夫?」
あたしを心配そうな顔で覗き込むのはあたしの母親、エレノア=マクスウェルその人だ。
「え?ここは?」
あたしは自分の発した言葉に驚いた。
声が幼くなっている。そして、自分の手を見つめると転生時に見た手になっていた。
「ここは宮廷の別館よ」
宮廷?そして、この手、この声……間違いなく転生時と同じ状況だ。
あたしはすぐにガッツポーズを取る
「ちょっとモニカ大丈夫?」
あたしの行動に母は困惑していた。
そりゃあ、転んで頭撃ってガッツポーズをする娘ですから……トマスもなんか不安そうな顔をしている。
リセットは成功した。
さあ、ここからよ。
サミュエル=ロスガード、今度はあなたを救ってあげるわ!
12歳に戻ったあたしは太陽に向かってガッツポーズをする。
この人生でサミュエル=ロスガードを救うと決心するが……これが全ての始まりであったことにこの時はまだ気が付かなった。




