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九話

「その昔、王妃であったあなたは子に恵まれなかった。

世継ぎが産まれないことを憂いた近臣からの進言を得て父たる王は、側妃を迎えた。

彼女はすぐに第一子を身ごもり、第一王子を産んだ」


王はとうとうと語る。

階下の会場に冷ややかな目を向けて。


「その八年後。とうとうあなたも身ごもった。王妃となって十五年後、私が産まれた」


ダニエルの横で震えるエリンは彼の手を強く握った。

ここにいることがとても恐ろしく、慣れない靴のせいなのか、緊張のせいなのか、これから語られようとしている内容への恐れからなのか、膝が小刻みに震えはじめる。


察したダニエルがエリンの手の甲をもう一度撫でた。


「王妃の子であっても第二王子であれば王位継承権は第二位。このままでは私を王にはできない。

だから、あなたは親族とともに奸計をめぐらした。

側妃と第一王子暗殺。

城内の画策は未遂に終わった。城にいては危ないと考えた王は側妃と第一王子を隠す。

王と近臣がぬかったのは、首謀者が王妃であると気づかなかったことだ。

首謀者を探す最中、側妃の潜伏場所を知っていたあなたは刺客を差し向けた。

計画通り側妃の暗殺は成功したものの第一王子は行方知れずとなる。

いない者を立太子することはできない。

二年、探し続けて見つからなかった王は、私を王太子に定めざるを得なかった。


側妃暗殺。

第一王子暗殺未遂。


これが一つ目の罪状」


円の中心には、騎士に取り押さえられた王太后が膝を突き、座らされている。

王太后の猿轡は解かれ、彼女は大きく頭を振った。

汚れ、乱れた髪が左右にふられる。


上階を睨みつける眼光の鋭さに、エリンは息をのんだ。


(まるで息子にはめられるとは思っていなかったようではない?)


エリンはなぜ自分がここにいるのか、どんどん分からなくなる。場違いだと心は叫んでも、接着されたように足裏は動かせなかった。


「二つ目の罪状は、夫殺し。

前王たる父の暗殺。表向きは心臓発作で倒れたとされているが、その発作の原因は毒だ。

これにより、私は幼少にて王に即位することになる。

十歳の私に政治力はない。あなたは私の後ろ盾となり、親族とともに、政治を取り仕切った。


私はお飾りの王となった。


ただ笑っているだけでいい、表の人形。

それが私の立ち位置だった。


『あなたはそこにいるだけでいい』

私は、あなたからそう言い聞かされて育った。


私は成長とともに、あなた方の行いをよくよく見てきた。

それはとても綺麗な道程ではなかったですね。


ここにいる者たちは、そのありようをよく知っている者たちばかりだ。

息を潜め、歯向かわず。


しかし、彼らがなにも言わなかったのは、ただ、怖ろしかっただけだ。


王暗殺。

側妃暗殺。

第一王子暗殺未遂。


配偶者、家族殺しは、宗教上も忌み嫌われる罪状の一つですよね。

母上?」


何か異論は?

というニュアンスを含んだ声音で、口角をあげて王はあざ笑うように呼び掛ける。


階下にいる囚われた王太后は、口を動かすばかりで、声も出ない様子だ。


「失礼。あなたの舌はもう失われていましたね。自殺予防のためとはいえ、失念しており申し訳ない。

でも、あなたの目がなにを語ろうとしているのかはわかりますよ。


さすが我が子と褒めてください。


証拠は、どこにある? ですよね」


王は錫杖を脇にはさみ、人差し指を立てた手を顔の横にかざした。


「まず側妃暗殺。

犯人が捕まえられなかったのは、あなた方の内通者が内部にいたからだ。

とはいえ、すべての証拠を隠匿しては、それはそれで怪しまれる。


重要な事件であることを理由に、返り血に染まったカーテンや壁紙、絨毯を現場からはぎ取り持ち帰り、その八割を、時間の経過とともに焼却していった。


発覚した時は、少々問題に上がりましたが、現場の判断ミスとして、末端処分と管理体制の見直しとして処理されました。


その発覚のおかげで、残った二割の証拠には手を出せなくなった。


これにはね。リークした者がいるんですよ。


あなた方は相当恨みをかっていましたからね。

どこでどう誰が手のひらを返してもおかしくはなかったでしょう。


残った二割の証拠物は、父の死因を調べ直す際に一緒に調べました。

ここからは決定的なことは見つかりませんでしたがね。


ある時、私は北に視察に赴きました。


転機はここからです。


私は兄と再会しました。

視察の際に顔を合わせ、その時に決定的な証拠を得た。


兄を逃し、匿っていた者が、暗殺者の腕章を、はぎ取っていたのです。

その紋章は、母、あなたの実家の紋を裏返し、ひっくり返したものだ。


さらに特殊な染料で染め上げた糸で刺繍し、その腕章の紋だけは暗闇であっても光る代物。


兄を匿った者の証言と腕章、さらに私とよく似た兄。

血液も調べましたよ。

ちゃんと父の子であり、私の兄だと医学的に証明されました。


物証を得たことで、父の死も検めさせ、検視により毒殺と判明したのです。


当時、病死とされたのは、検視に当たった医師があなたの息がかかった者たちであったからですね。

犯人が死因を特定する立場にあれば、隠匿は簡単だ。


毒。

腕章。


これだけでは、証拠が足りない。

言いたいことは分かりますよ。

分かるんです。


あなた方の罪状はこれだけじゃあない。


隣国との開戦。

この火種を画策したのはあなた方だ。

隣国との取引で鉱山を隣国に差し出し、我が国の領土を隣国に売ろうとしたのだ。


何も知らない辺境の無辜の民を犠牲として、隣国と取引をし、鉱山を差し出し、私腹を肥やそうとしていたことを。


私は父の子であり、王の子である。

その膝にのり、父の御言葉を聞いて育った。


あなたはやりすぎた。

父の理想とも外れたそのやり方を、見過ごすことはできない。


因果なものだな、王太后。

まさか、かつて己が暗殺しようとした子どもによって、身を亡ぼすことになろうとはおもわなかっただろう」


王は脇に挟んだ錫杖を手にする。

その大ぶりな宝石が輝く先端を、王太后に突きつけた。


「私も、いつまでも子どもでもないのです、母上。


この罪人を捕らえ、地下牢へ。

明朝、一族ともども、処刑せよ」


王の宣言とともに、騎士達が動き出す。

かつては王太后として栄華を誇った者は、再び猿轡をかまされ、ホールから引きずり出された。


喉を鳴らし、言葉にならない、絶叫が響くわけもないのに、会場中に響き渡る幻聴が、誰の耳にもこびりつく一幕であった。






冷え切った会場で、王が錫杖を振る。


止まっていたホールの時が動き出した。


音楽が奏でられ、なにもなかったように、中央を空けるように等間隔に立っていた騎士達も消えていた。


晴れやかな王が高らかと会場に宣言する。


「これより、我が兄、ダニエルの聖騎士としての働きを称え、勲章を授与するとともに、王族としての復権を執り行う」







祝賀会としての本来の進行に戻った会場は、つつがなく、ダニエルへの祝辞、勲章授与、王族としての復権の宣言と、王家の系譜への記録まで行われた。


それで終わりかと思いきや、今度はホールにおりて、ダニエルとのダンス。

ゆっくりしか踊れないと訴えると、王がすかさず、侍従に指示し、ゆったりとした曲に切り替わる。


主賓である以上、最初のダンスは避けられなかった。


これで終わりかと思いきや、脇に逸れれば、ひっきりなしの挨拶。


ダニエルの挨拶は流れるようであり、エリンは(屋敷にいる時のだらしなさは何なの!)と叫びたくなるぐらいだった。


ダニエルは人々と歓談し、隣に立っていたエリンも引きつりそうな笑顔で、無言で頑張っていたが、限界だった。


ヒールの高い靴を履く足も痛くなってきており、ダニエルが少し動くだけでも、追いかけるのがやっととなってきたところで、割りこんできた人々に阻まれ、エリンは一人になってしまった。


チャンスと思ったエリンは数歩後退する。

そうすれば、もう、ダニエルの横に立つことはできなかった。


きょろきょろと周囲を見ると、片隅に長椅子がある。そこに座り、談笑している夫人たちがいるなかで、一席空きを見つけたエリンは、その椅子に向かって歩き始めた。


長椅子に座ったエリンはため息をつく。


(すごすぎて、頭が痛いわ……。一体何が起こったの)


振り返ってみても、眩暈を覚えるばかり。


額に片手を当ててうつむいた時だった。


エリンの頭上に影がさした。


「うまくやったわね、あなた」


冷え冷えとした聞きなれた声にエリンははっと顔をあげる。

そこにはかつて毎日見ていた姉妹が腕を組んで立っていた。



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