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八話

祝賀会が開かれる会場へ向かう馬車のなか、ドレスを着たエリンはダニエルの隣に座る。

表情は強張っており、緊張を隠せずにいた。


(怒涛のように、この日を迎えてしまったわ)


生れてはじめての祝賀会という名目の舞踏会へ参加する。

アメリアから雰囲気や進行、作法は聞いているとはいえ、聞くと経験するでは大違いだろう。


エリンは硬くなっている手を隠すため手袋をつけ、諸手を膝に乗せて俯いていた。

ちらりと横を見れば、ダニエルは車窓から外を眺めている。


(最初に出て行けと言い、使用人としての居場所を得られたと思った矢先よ。今さら、婚約者なんて蒸し返されるとは思わなかったわよ!)


不満を抱いても、生来身についた使用人気質が歯止めとなり、悪態をつくこともできなかった。





祝賀会までの短期間。

エリンは衣装の用意などで目まぐるしい日々を送っていた。

ダニエルの手前、商家の人々がいる手前、否定することもできなかったし、流れるままに作業に明け暮れて、今日を迎えていた。






あの日。

伝言があったことがばれて、ダニエルに命じられたままに、エリンは商家へと連絡をとった。


期日が迫っていると焦っていた商家の主は、数着用意していた仮縫いの衣装を馬車につめて、飛んできた。さらには針子も数人連れてきた。

彼はダニエルに直談判し、作業部屋を屋敷内に確保すると、その場で仕上げることにした。


(伝言を先送りにしたつけだわ)


さらに、使用人と婚約者を間違えたと気づいた商家の主からは、最敬礼で謝罪を受けることになり、居心地はさらに悪くなる。


ダニエルはそ知らぬ顔で、エリンにすべてを任せてしまう。


エリンは日々の暮らしを回しながら、商家の人々への対応、ドレスの仕上げまで、クルクル回るように対応した。


それこそこれから起こることを予想する暇もないほどに。


そうして、ドレスが出来上がったのは、祝賀会の前日であった。






(使用人と婚約者を間違えたお詫びに、化粧師や着付けを手伝う人まで無償で派遣してくれるなんて言うし、ダニエル様はそれを当たり前とばかりに受けるし。こうなったら、断ることも、逃げ出すこともできないじゃない)


本日の昼間、袋のネズミ気分でドレスを身に着けたエリンだった。


ダニエルはちゃっかり、エリンが働けない理由をもって、昼食まで商家に用意させていた。

掃除は毎日しているから、一日ぐらい休んでも汚れないと言われれば、ぐうの音もでない。

すっかり外堀を埋められ、ドレスをきせられ、怖気つくようなアクセサリーまで身につけさせられた。


そして、今は、馬車のなか。

押し込められた密室で、逃げられるわけもない。


揺れる車内。車輪の回転音。

すべてが、地獄へと通じているかのようで、眩暈を覚えた。


一体何の冗談か、はたまた夢か。


馬車が停車して、扉が開かれる。


「ついたぞ」


ダニエルの声にはっと顔をあげたエリンは、扉から出ていくダニエルの背を見つめて、後ずさった。このまま、降りないで、屋敷にとんぼ返りしたい。本気でそう思っていた。


願いかなわず、降りたダニエルが振り向き、エリンに手を差し伸べる。


「来い」


ぶっきらぼうで、必要な事しか言わない。

それはまったく変わらない。

エリンは恐る恐るダニエルの手に触れる。


真綿を包むように優しくエリンの手を握るダニエル。

引く手も彼女に合わせ、引っ張るようなこともない。


態度や言葉遣いからは想像もできない優しい手つきに導かれ、エリンは馬車を降りた。


目の前にそびえるように高い城がそびえる。

壁も窓枠も、入り口も、何もかもが華美な装飾がほどこされ、窓からは煌々と灯りが溢れる。

窓から漏れる光によって、空に輝く星々さえもなりを潜め、月だけが城の背後で存在感を示すかのようであり、その月さえも、まるで城を照らす、空のランプのようである。


「すごい……」


語彙乏しいエリンは、そう呟くしかなかった。


「行くぞ。怖くても、堂々としていろ。黙って、微笑んでいればいい。俺の傍にいれば、大抵のことは何とでもなる」


呆けるエリンに声をかけたダニエルが、今度は強く手を引いた。その強さは、こっちにこいと言わんばかりであり、エリンは促されるままに踏み出す。


強い力で引いた割に歩き始めれば、エリンに合わせた歩調で歩くダニエル。


感情の薄い彼の横顔を見つめるエリンは、彼が告げた言葉が無性に気になって仕方ない。


『俺の傍にいれば、大抵のことは何とでもなる』


(いったい、どういうこと?)


エリンのなかでは、使用人と主人、という一線が強く引かれ、答えを得ようにも、理解及ばず、思考は袋小路に迷い込んでしまう。

ただ使用人として、主人の望むままにいよう、それだけがエリンなりに出せる最大限の答えであった。






賓客が入っていく正面を抜けてから、ダニエルはエリンを連れて横に逸れた。多くの人々がホールに向かうために真っ直ぐに進む中で、エリンとダニエルだけは横の扉から裏へと回る。


「俺は祝賀会の中心に立つことになる。会場入りするタイミングが決まっているんだ」

「私は?」

「俺と一緒に入るといい。あとは勝手にすすんでいく」

「勝手にって」


(本当にそれだけですむの)


悲鳴をあげたい気分であったが、周囲には目まぐるしく裏方の人々が動くなかでは、言葉を発することができなかった。


『黙って、微笑んでいればいい』


その言葉が、エリンの楔になっていた。


エリンの手を引くダニエルは直進し、ある部屋の前まで来た。


(ここまでまったく迷わなかったわ。まるで来たことがあるみたい)


昼間にダニエルが出かけることもあった。

その時に、祝賀会の打ち合わせでもしていたのだろうかと、エリンはひっそりと想像した。


扉を開ける。

無人の部屋に入る。扉を閉めながらダニエルが言う。


「人が呼びに来るまで、ここで待っていればいい。それまで寛いでいよう」


黙っていろと言われているエリンは数度頷く。

ダニエルは手を放さず、ソファ席へと向かう。


長椅子にエリンを座らせるまで、ダニエルは手を放さなかった。


「……」

(慣れてない?)


ここまで迷わずにきたこと。

手紙を苦も無く読んでいたこと。

鍛え抜かれた身体をもち、規則正しい生活にも慣れている。


(この正装も綺麗に着ている。着慣れない私とは違う?)


それだけではない。

食事も乱暴に食べていても、片づける際の食器類は食べ残しなどなく奇麗だった。カトラリーの扱いも慣れている。


それでは、まるで、洗練されていることを隠すように、無作法を振る舞っているかのようではないか。


「ダニエル様」

「なんだ?」

「いえ、なんでもありません」


エリンはうつむく。


(ダニエル様を疑うような質問はできないわ)


口答えなどによって不興を買えば罰せられると、エリンの経験が警鐘を鳴らす。


うつむくエリンの頭部を斜めに見てから、天井に視線を投げたダニエルは呟く。


「その昔、俺はここに住んでいた」


俯いたまま、やっぱりとエリンは両目を見開く。


「今日の祝賀会は、ここに俺が住んでいた清算も兼ねている。黙っていろ。俺の傍にいろ。そうすれば、すぐに終わる」


恐る恐る顔をあげたエリンが見たのは、今までにないほど真剣な顔をしたダニエルだった。

彼は腕を組み、足を組み、なにかを決意するように天井を見上げていた。





程なく、ダニエルとエリンの案内役がやってきた。

二人を会場へと案内する。


音楽が奏でられ、その音が小さくなり、かき消えると、案内役が裏側を隠すカーテンを開いた。


ダニエルが歩き出し、エリンは彼にエスコートされただ歩く。


ヒールのある履きなれない靴である。転ばないように気を付けるだけで精一杯であった。




ダニエルが進む先に男性が立っていた。

豪奢な正装にマントを身に着ける男性の頭には、数多の宝石が飾られた王冠がのっている。


彼はダニエルとエリンを迎え入れるように片手を差し伸べる。

会場側の手には錫杖を握る。


(あれ? この顔……)


見覚えがある面立ちに、すぐさま記憶が結びつく。

横を歩くダニエルを見たエリンは絶句する。


(王様とダニエル様が似ている? なんで)


王はなにも言わず、ダニエルとエリンを自らの横に侍らせ、会場へ体を向ける。


エリンとダニエルからも人々が集う階下の様子が見えた。


天井が高いホールの中二階。

ホール中央が円を描くようにぽっかりと空き、囲むように人々が立っている。


円を維持するために、警備としてか、騎士達が等間隔に立っていた。


人々の視線は上階に向けられている。

刺すような視線にエリンは怖気づく。

ふらっと倒れそうな浮遊感を覚えて、軽く視線を左右に動かし、緊張を逃し、踏みとどまった。


眼球を動かした際に、視界の端に王の動きが映りこむ。

王は手にしていた煌びやかな錫杖を掲げ上げていた。


「皆の者」


王自ら、声を発する。

その声さえ、ダニエルに似ている気がして、エリンは息をのんだ。


「ここにいる奴隷からなり上がった聖騎士ダニエル。

彼は、その昔、我が母である王妃により暗殺された側妃の子にして、我が異母兄である」


王の言葉に会場中がざわめく。

エリンもまた王の言葉に頭が真っ白になった。

ただダニエルの言葉だけが頭に反響する。


『黙っていろ。俺の傍にいろ。そうすれば、すぐに終わる』


何度も何度もエリンは頭の中でダニエルの言葉を繰り返した。

震えるエリンの手をダニエルがそっと撫でる。

その手から、心が伝わる。


『傍にいろ』


二度ダニエルが手を撫でる。するとエリンの緊張は氷解し、宥められた。




王が錫杖を振る。

「これより母たる王太后の、王暗殺、側妃暗殺の公開断罪を行う」


その宣誓とともに、縄で繋がれ、猿轡をされた女性が、複数の騎士に囲まれて入ってきた。


本日4話、12時最終話予約投稿済みです。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ほおをつねっても、 の続きが消えているような気がします。
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