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後日譚⑩:王命により聖騎士の弱みを握りに来たのだと思いきや……、なにか違う気がする!(その7)

エリンは、厨房にて夕食の準備を始めた。

包丁を手にし、するすると根菜の皮をむきながら、ため息をつく。


(王様に紹介してもらったメイドがきたばかりというのに、ダニエル様はしまりが無くて、本当に困った方だわ)


長く伯爵家で使用人として働いてきたエリンは、伯爵やその家族たちが使用人に対しどのように振る舞うものか直で見てきた。

使用人や奴隷だって人間だ。

上のものを値踏みする。

故に伯爵は飴と鞭をうまく使い分けていた。


これからは使用人は増えるばかりだ。二人だけの暮らしから、一人増え、二人増えれば、伯爵家で見た貴族の暮らしに近くなっていくだろう。


なにせ、ここに住んでいるのは、王様の兄であり、国の英雄でもあるのだから。


使用人になめられる。

それだけは、避けたい。

高圧的である必要はないが、最低限の威厳は保ってほしかった。


窓を拭いている仕事中に、不意を突いて抱きすくめてくるような不埒な真似を、陰でこそこそしている主だとは思われたくない。


(二人きりの時のような態度を使用人たちに見られるのってよろしくないわよ。たぶん、きっと……)


包丁を動かす手が止まる。


(私も変わらないといけないのは分かっているけど……)


今後は、エリンも今のように働いているわけにはいかなくなる。

掃除も、洗濯も、料理も、すべて人に任せていく。エリンはこの屋敷の女主人で、ダニエルの夫人になるのだ。なめられてはいけない、威厳を持たねばならない。

自覚しなくてはいけないのは、ダニエルと一緒だ。

分かっていても、すぐに切り替えは難しい。


王兄と言えど、一度奴隷落ちし、なり上がったダニエルと、ほんの少し前まで元奴隷の使用人だったエリンからしてみれば、今の暮らしでも十分に贅沢なものだというのに。


(王様からメリルを紹介してもらえて良かったわ)


若く世間擦れしていないメリルだからこそ、違和感を感じることなく、働いてくれている。

これがいくつかの家で働いたことがある経験者であれば、この暮らしがおかしいとすぐに気づいたことだろう。


(まずはダニエル様に自覚してもわないと……)


そう考えた途端、なにも言わずにわかってと言うのも虫が良すぎると反論が浮かんできた。

自嘲の笑みが浮かぶ。


その時、厨房の扉が開き、タイミングよくメリルが入ってきた。


「エリン様。お風呂の準備終わりました」


はっとしたエリンが振り向く。


「ありがとう。では、夕食の準備を手伝ってくれるかしら」

「はい。かしこまりました」

「じゃあ、まずはそこにあるほうれん草をこちらに持ってきて」






他愛無い話をしながら調理を続けているとダニエルが入ってきた。


「そろそろ時間だ」


ぶっきらぼうに言い放つダニエルに、内心ため息を吐きつつ、メリルにエリンは微笑みかける。


「仕事をしていると時間を忘れてしまうわね。今日もありがとう」

「エリン様、ではお先に失礼します」

「明日もお願いね」


メリルはダニエルにも礼を示すと、厨房を出ていった。

近くに用意した控室に荷物を取りに行き、帰るのだろう。


エリンは料理を続けるために、入り口に背を向けた。


廊下から足音が響き、ダニエルの気配が消えた。

トントンと野菜を切るたびに包丁でまな板で叩く音だけが響く。

背後に人の気配が戻ってきた。


「エリン」


名を呼ばれても無言で通す。

料理に集中しているふりをした。


「俺が悪かった」


不意に謝罪され、エリンの手が止まる。


「あれから、考えたんだ。あれだろ、あれ。エリンが気に入らなかったことは、あれだ」


(あれ、あれって。それじゃあ、分からないわよ)


エリンは包丁を置き、振り向いた。

ダニエルはバツが悪そうに首を手に置き、視線を泳がせている。


「嫌なんだろ」

「……」

「メリルに見られるの」


ダニエルは口をすぼめる。

エリンはちょっと目を丸くする。


(気づいたんだ……)


お茶の席を追い出したのも、一緒にいたら、ダニエルはエリンを見つめ、話に集中できなくなるからだった。

メリルだって、ダニエルが気になって仕方ないだろう。


メイドとして働き始めたばかりのメリルに、経験者のエリンは教えることはたくさんある。

ここで教えておくことが、彼女の次の仕事選びにもいいし、もし働き続けてくれるなら、エリンの片腕として信頼できるようになるだろう。

将来を見越して、エリンはメリルに仕事を教えたかったのだ。

そこにダニエルがいては、真面目な話ができなくなる。


「いいです。私も言いたいことをいってませんし」

「なにをだ? 俺たちの間に隠し事は必要ないだろう。包み隠さず話してくれよ」


エリンはもじもじする。

本心を包み隠さず話すなんて、今まで経験がなかった。

奴隷のエリンが意見を言うなんてもってのほかだった。そんなことをすれば、罰を受ける可能性が高い。

顔がどんどん俯き、ダニエルを見ることができなくなる。


「なにを言われても、俺はちゃんと聞くし、言いたいことがあれば言うからな。俺たちは夫婦だろ」


おずおずとエリンは顔をあげた。

憤然と怒りを称える顔はどこか子どもっぽく、エリンの緊張が緩和する。


「実は、私。メリルに教えたいことがたくさんあります」


不興を買っていないかとエリンがダニエルを伺う。顔色一つ変えないダニエルに、エリンは安堵する。


「今後のためにも。だから、お茶の時は一緒にいてもらったら、困るんです」

「分かった。そういう理由なら、承知した」

「もう一つあります」

「なんだ」

「メリルがいる時間帯に、その……。窓を拭いていた時の様なことはちょっと、困ります」


ダニエルが横を向き、片手を頭部に当てた。


「やっぱりな。絶対、それで怒っていると思ったよ」

「使用人に見られては示しがつきません」

「ああ、わかった。要は恥ずかしいんだろ。メリルに見られるのが」


否定しようとして、エリンは声が出なかった。

本心をさぐればその通りでしかない。


軽く俯き、微かに頷く。

ダニエルは、そんなエリンにやっぱりと言いたげに息を吐き、笑んだ。そして、ゆっくりと近づく。


「午後は少し長めに寝ているよ。やっぱり、寝るのが一番体力回復するしな」

「ありがとうございます」

「ただ、一つ条件を付ける」

「条件?」


近づくダニエルをエリンが見た。

にこやかなダニエルがエリンの前に立つと、身を屈めて、顔を近づけてくる。息もかからんばかりの距離で、ダニエルは囁いた。


「夜は一緒に風呂入ろうな」


仰天するエリンをダニエルは抱き寄せた。


「反対はなしだ」

「あっ、でも」

「もうメリルもいないんだ。窓辺の続きだっていいだろう」

「だっ……」


名を呼ぶ前に、条件ばかり語るおいたな口はダニエルによって塞がれる。

お預けの食らい続け、これからも待てに従うなら、これぐらいしてやらねば気が済まないダニエルであった。













週明けの朝。

王は執務前の時間をとても心地よく過ごしていた。


(週末は兄と会って、近況を聞いてきた。今日、メリルが持ってくる報告書はいつもより面白く読めるに違いない)


ウキウキしながら、王はメリルがもたらす報告を待っていた。


いつものようにメリルは、ダニエルの屋敷を訪ねる前にやってきて、恭しく報告書を差し出した。

ウキウキする気持ちを隠すのも一苦労だ。

厳かに受け取り、メリルを下がらせる。


報告書を開けば、王の笑いは止まらない。


真面目腐ったメリルがどれほど複雑な思いで、この平凡な日常を綴っているか。

国を衛る最上級の強者であり、度真面目で初心な兄の婚約者への素行がにじみ出る行間。

将軍の将軍は妻を物語る、飼いならされて行く兄の変化が伺える。

メリルが分かっていなくとも、王はそれらを読解する。


今日もほくほくと王は報告書を読み終えた。


「ああ、これで私も、これからの一週間、楽しく仕事ができるというものだ」


口元を満足気にほころばす王は、頬を上気させ、胸に手を当てる。

リアルタイムで他人の内情を知る好奇心が、乾いた王の心を満たしていく。


こうして、本人の知らないところで、今日もダニエルは国を支えていたのであった。






王の元を辞したメリルは首を捻り、腕を組んだ。

毎週毎週、大して変わりばえもない報告書をなぜ王が欲するのか理解できなかった。

覗き見る暮らしぶりは慎ましやかで質素。

聖騎士の弱みなど、一つも見つからない。


(王命により聖騎士の元にメイドとして入ったのは、弱みを握るためだと思っていたけど……、なにか違う気がする)


勘が働いても、王のおかしな性癖まで理解できないメリルであった。



最後までお読みいただきありがとうございます。

少しふざけぎみの内容なので、ランキングから落ちてきたら投稿しようと思ってました。

運よくネトコン一次通過しており、それに合わせて最後まで投稿出来て結果として良かったです。


明日からは、夏から続けている長編を再開します。


『公爵令嬢に婚約破棄を言い渡す王太子の非常識をぶった切った男爵令嬢の顛末(長編版)』

https://ncode.syosetu.com/n4901ib/


こちらもネトコン11一次通過作です。

すでに100話超えてて、年内は140話まで投稿予定。完結は見通し460話で25年の予定となっています。長い小説でも付き合える方。ネトコン一次通過作見ていただくとわかるようにけっこうふり幅あります。長編になればなお作者の特徴出ますので、おつきあいいただける方がいてくれれば幸いです。


それでは、

沢山読んでいただき、ありがとうございます。

またなにかご縁がありましたら、よろしくおねがいします。



おまけ。

続き書くとしたら、

王様が休暇で離宮とか別荘とかに出かける折に、メリルちゃんを連れて行って、「兄夫婦ごっこをしよう」と持ち掛けることから始まると思う。

メリルちゃんからしてみれば、「はぁ!?」って感じ。

続き書く予定ないけど、冒頭はこうなると思う。

この話が終わってから、兄弟を裂く事件があって、やっとメリルちゃんの本領を発揮してくれそうだけど、長編書いているから手が出ません。

いつも完結させてから次を書くのです。そして、長編の後に書くものももう決まっているのです。

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