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後日譚⑨:王命により聖騎士の弱みを握りに来たのだと思いきや……、なにか違う気がする!(その6)

昼食を終えたダニエルは、昼寝をした。

ぱっちり目覚めた時、時刻は二時半近くになっていた。


(エリンは何をしているだろう)


眩しさに目を細めながら起きたダニエルは、ふらふらとエリンを探しに出る。

いくつかの部屋の扉を開けてみれば、窓を拭くエリンがいた。


「エリン」


名を呼びながら背後に近づく。

エリンは振り向きもせずに、腕を伸ばし上から下へと窓を拭いている。仕事に集中するあまり、声をかけても気づかないのはいつものことだった。


後に立ったダニエルは、窓ガラスの上側を見た。

窓の桟を拭いているエリンに話しかける。


「上の方がよごれてないか」

「えっ、拭き残しありましたか」


ダニエルの台詞につられて、そんなわけがないのにと言わんばかりの勢いでエリンが上をむいた。手は顔の動きについてこず、まだ窓の桟にふれている。


隙をついたダニエルが背後からエリンを抱き込んだ。


「ダニエル様」


慌てるエリンの顎に片手をかけて、振り向かせる。

唇を触れ合わせようと動きだした瞬間、扉側から、かちゃりと音が鳴った。


ダニエルもエリンも扉が開くと察知する。


「エリン様、お掃除終わりました」


入ってきたのはメリル。

エリンは力いっぱい体を動かした。身体を捻り、少し折り曲げていた膝を伸ばした。


がん!


腰を落としていたダニエルの顎に、エリンの後頭部がクリティカルヒット。


ダニエルの両目に星が瞬く。

エリンは、ダニエルの胸を押し返した。


よろめくダニエル。

振り向くエリン。

そんな二人を、メリルはきょとんと見つめる。


「次は何をしたらいいでしょうか、エリン様」


小首を傾げて問うメイドに、屋敷の主人は苦悶の表情をもって、心中で呻いた。


(なんて間が悪いメイドだよ!!)


ダニエルを捨ておき、エリンはメリルの傍による。


(俺よりメイド!!)


ぐあんと脳天が揺らぐダニエルを見向きもせず、エリンはメリルと話し、彼女を三時のお茶に誘った。

「さあ、行きましょう。お茶を飲みながら、仕事についてもう少しお願いしたいことがあるの」と、ダニエルを部屋に残し、エリンとメリルが部屋を出ようとする。


(待て、待て、待て。俺を置いていくのか、エリン)


大慌てでダニエルは立ち上がる。

転びそうになりながら、閉められかける扉を両手でつかんだ。


「まて、エリン」

「ダニエル様、いかがしましたか」


ぐっとダニエルは喉を詰まらせる。


(いかがしましたかじゃないだろ。屋敷には俺もいるんだぞ、なんで茶なのに俺を誘わない。俺だって、俺だって……)


気持ちを堪えるあまり、怖い顔になっているダニエルをしげしげと見つめたエリンが振り向き、メリルに声をかけた。


「先に応接室で待っていてください。私はお茶の用意をしてきます」

「それなら、エリン様、私が用意いたします」

「いいのよ。休憩と思ってください。お菓子はいただきものなの、どこに仕舞ったか分かっているのも私だけだから、気にしないでね」


素直なメリルは、エリンの申し出を受け入れ、応接室へ向かう。

ほっと一息ついたエリンは、ダニエルに見向きもせずに厨房へと歩み出す。


(おいおい、俺は無視か。おいてきぼりか)


気づいてほしいダニエルは、エリンを追いかける。

左右の横からちょっと顔を出しては気づくように促すものの、エリンはずっと前を見たままだった。

真顔な彼女の横顔を見ていると、ダニエルも声をかけづらい。


厨房に着くと、湯を沸かし始める。

棚から箱と瓶を取り出し、入っていたチョコレートとナッツを小皿に盛り付ける。

その間も、ダニエルはエリンにまとわりついた。

話しかけてもらいたくて、三歳児のようにちょろちょろする。


湯が沸いた。

エリンは手際よく準備を進める。

忙しく動き回るエリンはダニエルに見向きもしない。

いつものことだった。


(俺より仕事って、なんかやだな)


仕事に嫉妬して、取り上げてもエリンが気落ちするのは目に見えている。


(働くエリンの顔も好きだしな)


エリンが働く姿がよく見える隅っこに立つ。腕を組み、無駄のない彼女の動きを眺める。


(やっぱり、働いている姿もいいな)


笑っても、照れても、いいし。

真顔もいい。

怒ってもいい。

どんな彼女の顔も可愛いとダニエルはしみじみ感じいる。


トレイにチョコレートとナッツを盛りつけた小皿とオレンジティーを載せたエリンが応接室へ向かう。

未練がましくダニエルも追う。

歩きながら、エリンはダニエルに話しかけた。


「ダニエル様、今日はだめですよ。仕事の話もしたいので、遠慮してください」

「俺はダメなのか」

「ダメというわけではないのですが、ダニエル様がいると話が逸れそうです」

「話の邪魔はしないぞ」

「でも、今日は遠慮してください」


真っ直ぐ前を見つめるエリン。

横を歩くダニエルが彼女の肩に腕を回した。


「ならさ。今は遠慮するから、後でゆっくり、な。さっきの続きも兼ねてさ」


ぴたりとエリンが立ち止まる。

急に止まり、ダニエルが驚いていると、突然足先に痛みが走った。


「いっ!!」

「メリルがいる昼間の時間帯に、先ほどの様な事は、やめてください」

「あっ、あれはな」


トレイを片手に持ち直し、エリンが応接室の扉に手をかける。

ダニエルの足先に、さらなる痛みが重なった。


「つっ!」

「私、怒ってますからね」


足先を踏まれたのだと分かったのは、応接室へエリンが一歩足を踏み入れた時だった。


ダニエルは、解放された片足を抑え、ぴょんぴょんと飛ぶ。百八十度回ったところで、応接室の扉がピタリと締まる音がした。


ジンジンする片足を抑えたダニエルが応接室の扉へ目を向ける。


ピタリと締まった扉はエリンからの拒絶を物語るようだ。


(だからって、そんなに怒らなくてもいいじゃん)


怒らせた理由は分かったが、なんでそこまで怒られるかは分からなかった。


廊下に座り込んだダニエルは、主人の帰りを待つ大型犬のように、寂し気にエリンが消えた扉を見つめるのだった。



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