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後日譚⑧:王命により聖騎士の弱みを握りに来たのだと思いきや……、なにか違う気がする!(その5)

「これはいいな」


デザートを一口食べて、ダニエルは呟いた。

温野菜をたべているエリンが顔をあげる。


「気に入りました?」

「ああ。どうやって作ったんだ」

「簡単です。アーモンドミルクに砂糖とゼラチンを混ぜて固めました。上に飾るものは、一般的なベリーの砂糖漬けです」

「簡単で、いいな。今度、俺も作ってみよう」


食べ終えたダニエルは満足気に顔をあげた。

方やエリンはやっとデザートに手をのばそうとしたところである。


(そう言えば、しばらく食べさせてやるチャンスが無かったんだ)


そう気づいたダニエルは、素早くデザートが盛られた小皿をかすめ取った。

両目を丸くするエリンに、ダニエルが悪戯っぽく笑いかける。


「食べさせてやる」

「いっ、いいです」


エリンがちらりと時計を見た。

メリルが片づけに食堂に戻る時間を気にしている悟ったダニエルは、かちんとくる。


(最近、俺よりメリルばかり気を使って。まるで俺よりメリルの方が大事みたいでいやになるよ)


少しだけ、意地悪心がもたげる。


「メリルに見られるのが恥ずかしいのか」

「いえ、そういうわけでは……」


目を逸らすエリン。

肯定されたようでダニエルはいらっとする。


「気にすることないだろう。どうせ、メリルは俺たちを夫婦のように見ている」

「夫婦って!」

「夫婦だろ」


エリンがかっと頬を赤らめる。口が少し開き、なにかを言おうとしているのに、言葉を紡げない。


エリンの反応に溜飲が降りたダニエルはデザートを、スプーンですくいあげた。

デザートをのせたスプーンをエリンの口元に寄せていく。


「食べて」


ダニエルが囁くと、エリンは顔をしかめた。


「嫌なのか」


ダニエルが悲し気に問うと、エリンは目を眇めた。


断れない。

嫌ではない。

嬉しいけど、恥ずかしい。


ダニエルはその微かな目の動きから、そんなエリンの心情を想像し、微笑んだ。


「デザート、美味かったぞ」


スプーンの先でちょんとエリンの唇をつつく。

甘味の香りにエリンがひくっと反応し、小さな口をそっと開いた。

ダニエルは、口内にちろりと見え隠れする舌にスプーンを触れさせる。口が閉じる動きに合わせて、スプーンを傾け、抜く。


黙って、しかし、少し不満げにエリンはデザートを頬張る。


くくっと喉奥でダニエルが笑うと、エリンは恨みがましい目を向ける。

もう一匙救おうとデザートにスプーンを寄せる。


「食べさすのは良いな。好きだ」

「なにがいいのですか」


飲み込んだエリンが、理解できないと言いたげな声音で告げる。棘のある物言いさえもダニエルには心地よかった。


「母がそうしてくれた。不安や恐怖を感じる時に、好んで食べさせてくれた。それだけでほっとしたことを覚えている」

「お母様が……」

「俺の人生で母と一緒にいた時間は僅かだ。城で暮らした期間より、この屋敷で過ごした期間の方がずっと短い。なのに、思い出すのはこの屋敷で、抱きしめてもらったり、本を読んでもらったりしたことばかりだ」


ダニエルがデザートに落としていた視線をあげる。

エリンはこの話をどう受け止めていいのか分からないという顔をしていた。憐れむのも心苦しいのだろう。なにせ、ダニエルは風が吹くように飄々と語っている。もうすでに過去のこととして、ふっきっているかのように。


実際、受け止めてほしいわけではない。語りたいだけだった。語りながら自覚する。あの時間は、もう、ずっと遠い昔なのだと。


「砦にいた時、思い出すこの屋敷はいつも燃えていた。逃げた後ろめたさを抱えて、憎んで、怒っていた。

一人で暮らしていた時も、屋敷に住んでいるのは俺と亡霊たちだけだったんだ」


他愛無い話だと装うようにダニエルは力なく笑う。


「エリンがこの屋敷を奇麗にして、掃除をしてくれた。最近、少し思うようになった。あれは掃除ではなく、供養だったんだなと……」


そんな言葉が滑り落ちてくるとはダニエル自身思ってもいなかった。

降りてくる言葉に包み込まれると、こびりついていた何かをはがしていくような、しめやかな清々しさをもって、なにかが拭われていった。


「すると、思い出すようになった。母に抱きしめてもらったこと。本を読んでもらったこと。手を繋いで一緒に歩いたこと。一緒に風呂に入ったこと。髪を洗ってもらったこと。一緒に寝てくれたこと。

そして、不安な時には、よく食べさせてくれたことを」


心配するな、もう過去のことだ。

そんな気持ちをのせてダニエルがほほ笑む。


「俺が受けた、とても大切な愛情表現が食べさせてもらうことだった。だから、エリンに何かを食べさせてあげることが俺は好きなんだよ。美味しそうに食べてくれたら、なお嬉しい。それだけだ」


エリンは少し目を泳がせてから、口元に拳を寄せる。

軽く顎をひき、ダニエルを伺うように見た。

潤んだ瞳からおくられる視線は、滅多に見れない上目遣いであった。

息を吞むダニエルに、エリンが囁く。


「今度は、私が食べさせてあげましょうか」


ひゅっとダニエルは息を吸う。


「あっ……」


うまく答えられずに、震える手を必死に動かし、スプーンでデザートをすくった。


「なら……」


重くも、生暖かい空気が二人の間に流れ、ダニエルだけでなく、エリンさえも、口から出た一言に驚き、顔を赤らめているその瞬間。


厨房から食堂へと続く扉が開いた。


最初に我に返ったエリンが両目を見開き、勢いよく立ち上がり、上体を捻る。


エリンと目が合った扉から出てきたメリルが動きを止める。


ダニエルは思った。


(なんて、タイミングが悪いメイドだよ!!)


ダニエルとエリンの間には、行き場を失ったスプーンが宙ぶらりんとなり、アーモンドミルクで作られたデザートがぷるぷると震えていた。


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