後日譚⑦:王命により聖騎士の弱みを握りに来たのだと思いきや……、なにか違う気がする!(その4)
太陽が昇り切っていない薄暗い早朝。
目覚めたダニエルが天井を凝視する。
(メイドのメリルが来てからエリンが冷たくなった、気がする)
上体を起こし、ベッドの上であぐらをかいたダニエルが両頬を膨らませて、むすっとする。
横にいるエリンはうつぶせで寝息を立てており、起きる気配はない。
不満げな表情もエリンの寝顔を見ているうちに緩んでくる。
エリンの頭を撫でた。
すうすう寝息を立てて、上下に動く背に手を伸ばしかけて止まる。
肩甲骨に触れた途端、目覚めるかもしれないと思うと竦む。
先日、そのように目覚め、『これからメリルがくるという時に、なにをしようというのですか』と眼をどす黒く染めて怒られていた。
躾けられた大型犬のようにダニエルは手を引っ込める。
手早く着替え、部屋を出た。
朝食を作り、エリンに届けると、十時数分前になっていた。
エリンに食事を続けさせ、メリルを迎えに玄関へ向かう。
階段を下りている時に、ベルが鳴った。
招き入れたメリルに、「よろしく頼む」と告げて、再びエリンが待つ部屋へ戻る。
戻ると、エリンの食事が終わっていた。
(最近、食べさせてもあげれてねえ)
不満が湧き、口が降り曲がる。
美味しかったとエリンの瞳が訴えてきて、ドキリとダニエルの心臓が跳ねた。
「美味しかったです。ダニエル様」
「そうか」
予想通りの答えに満悦しながらダニエルは頬をかく。
「なら、もう少し休んでいろ。食器はメリルが台所仕事を始める前に片づけておく」
「はい」
いそいそと片づけるダニエルは、素直なエリンを置いて、食器類を厨房に運ぶ。
メリルが洗濯をしている間、簡単に片づけを終えると、再び鍛錬のため庭に出た。
たっぷりと体を動かし、風呂場で軽く汗を流しているダニエルの元にエリンが迎えに来た。
浴槽の扉越しに、エリンが話しかけてくる。
「ダニエル様、昼食の準備が整いました」
「いまいく」
答えを聞くなり、エリンの気配が消える。
ダニエルは急いで着替え、廊下に出た。
廊下で待っていたエリンが、慌てて出てきたダニエルに微笑みかける。
「さあ、食堂へ行きましょう」
「ああ」
待っていてくれたことが嬉しくて、ダニエルはがばっと腕を広げ、エリンに抱きついた。
「一緒に行こう」
「重いですよ。これでは歩けません」
腕をどかそうとするから、一層力を籠める。
「ダニエル様。本当に、仕方ないですね」
エリンが肩口にすり寄ってくる。
腕をのばし、たどたどしく背を撫でてくれ、ダニエルの心が躍る。
エリンが肩にすり寄ってくれたことで、頭部が近くなり、すんすんとダニエルはエリンの香りをかいだ。
(やっぱり良い匂いがする)
ふわあと花の香りに包まれたように酔う。
しばらくそのままじっとしてから、ダニエルから離れた。
エリンは、仕方ない人、という表情でダニエルを見て、軽く笑った。
仲睦まじく二人は並んで食堂へと向かう。
食堂に入ると、メリルが昼食の準備をしていた。
軽く労うとメリルも会釈し、仕事に戻る。
昼食と言っても、早朝にダニエルが作った料理をベースに手を加えられたものだ。一品増えることもある。
朝昼兼用で、最後はメリルの賄いで消費され、無駄なく食べきるようにしていた。
時間ぴったり十二時から昼食となる。
「今朝のスープ。とても美味しかったです」
食べ始めるなりエリンに褒められ、ダニエルは手が止まる。
「そうか」
喜びを隠し、素っ気なく答えた。
「はい。特にスープが美味しくて、丁度パンも硬くなっていたので、四角く切って、浸しました。イモ類が少し溶けてとろみがついてたくさんの具によく馴染んでいたので、そのままスープ皿によそって、チーズをたっぷりふりかけて焼いてみたんです……」
いつにいなく饒舌なエリンにダニエルも気づく。
(これは、味はどうかと聞かれているんだろうな)
美味いとすぐに答えては本当かと疑われそうなので、ダニエルは一匙二匙口に運んでから、食べながら答えた。
「美味いよ」
「そうですか」
嬉しそうにエリンが口元をほころばすのを、ダニエルは見逃さない。料理を作って、美味しいと言われるのは嬉しいことは、よく分かる。
皿に盛られた温野菜にも手を伸ばす。
ふりかけられた濃厚なソースが美味い。
「このソースもうまいな」
「先日、ゴマが手に入ったので、作ってみました」
「へえ。あの粒粒がこんな濃厚なソースになるのか」
「よく擦って油や調味料を混ぜて作るんです。料理人に教えてもらって、いつかこちらでも作ってみたいなと思っていたんですよ」
「ゴマは希少だからな」
「たまにはこういうのも良いかなと先日見つけた時に、買ってきてしまいました」
(高価な食材を買って来たことが後ろめたいのか)
野菜の甘みとうま味に、ゴマベースのソースは非常にあう。数口食べたダニエルはまた食べたいと心底思った。
「いいんじゃないか」
これぐらい贅沢してもいい。
貧しい暮らしからここまできた二人である。
贅沢ではなくとも、こうやって美味しい食べ物を、大切な人と食べれるだけで、十分に幸せであった。
母とともに暮らした穏やかなひと時は失われても、季節が廻るように、もう一度、この食堂で、暖かい気持ちで美味しい食事をとれるだけで、ダニエルの寂れた心は癒されていく。
毎日の小さな積み重ねが、古傷の疼きを忘れさせてくれようとしていた。