後日譚⑥:王命により聖騎士の弱みを握りに来たのだと思いきや……、なにか違う気がする!(その3)
がばっと起きたエリンは、時計を見て、仰天した。
「いやだ、もうこんな時間じゃない。今日はメイドさんが初めて来る日だって言うのに!!」
そそくさとベッドから出て、サイドテーブルに置いた畳んだ服に手を伸ばす。
念のためと準備した昨日の己に向けて「グッジョブ」と呟き、着替えた。
着替え終えたところで、ダニエルが入室してくる。
「エリン、起きたのか?」
「起きたのかって……。なにを悠長なことをおっしゃっているのです。今日はメイドの方が初めて来られる日ではありませんか!!」
にこにこしながら入ってきたダニエルは、いつものように手際よくサイドテーブルに料理を並べる。
メイドが来る特別な日だと言うのに、普段と変わらない婚約者にエリンは少しいらっとした。
「ダニエル様、悠長に食べている時間はありません」
「メイドなら、俺が迎える。エリンはゆっくり食事をしていればいい」
「そんなわけにはいきません。初回の挨拶なしでは、示しがつかないでしょう」
怒るエリンを見下ろすダニエルは肩をすくめる。
「今日は、急いで食べます」
邪魔をしないでと睨みつけた。
メイドと会っている時に、お腹が鳴っては恰好が悪い。五分あれば、最低限の食事はできる。この際、行儀などどうでもいい。ベッドサイドに座り、サイドテーブルを引き寄せ、エリンは食べ始める。
そんなエリンをしげしげと眺めながら、ダニエルは隣に座った。
食事中のエリンの横顔を見つめる。
時計を気にしながら食べすすめるエリンの頬が食べ物で膨れる。
「栗鼠のようだな」
ダニエルの一言にぴたりと止まるエリンが、頬いっぱいに貯め込んだ料理を飲みくだす。
(だれのせいで寝坊することになったとおもっているんですか)
見守るダニエルを睨みながら、水を飲み干す。
時計を見れば、そろそろ時間だ。
サイドテーブルを横にどかし、立ち上がったエリンは歩き始めた。
そんなエリンをゆうゆうとダニエルは追いかける。
部屋を出て、廊下に出る。
「いいのか、ゆっくり食事をせずに」
「ゆっくり食事をする時間なんてないです」
廊下に出て、階段に差し掛かった時、ベルが鳴った。
「ああ、もう着いたじゃないですか。急がなくちゃ」
「慌てなくても、すぐには帰らないだろう」
のんびりな返答に、エリンは苛立ちを覚える。状況がよく分かってないダニエルにエリンの口調が厳しくなる。
「ダニエル様。どうして、起こしてくださらなかったんですか。今日はメイドの方が初めて来られる日だというのに」
「それはそうだが、メイドなら俺一人でも迎え入れられるだろう」
「そんなことでは、示しがつきません。働いてもらうというのに、女主人が初日から顔を出さないでどうするというのです」
怒りを露にするエリンとは裏腹に、ダニエルは頬を赤らめる。
「それは、まあ。……ごほん。エリンの寝顔の方が価値が高……」
「ダニエル様、ふざけないでください」
カッとエリンの顔も熱くなった。
するとダニエルは今度は真面目な顔になる。しかし、その真面目顔は語り始めると同時に崩れ始めた。
「ふざけてなどない。エリンの寝顔を眺めるのは、俺にとって癒……」
「ダニエル様! メイドを雇うのですよ。そんな浮ついた顔では屋敷の主として……」
示しがつかない、と言おうときっと睨みあげたエリンにダニエルの手が伸びる。腰に腕を回し、もう片頬の手でエリンの頬をつつみこむ。
「きゃあ」
反射で悲鳴を上げるエリンに、ダニエルは目を細める。
「怒った顔もいいな、たまにはそういうエリンを……」
「ダニエル様!」
いい加減にして! という言葉より先に手が出てしまった。
パシン!
小気味いい音が響く。
「人を待たせているんですよ、そういうことは夜にしてください」
「夜ならいいのか」
言質を取ったとばかりに、ダニエルが迫る。
「時と場合を考えろってことです」
容赦なくエリンはダニエルを両手で突き飛ばす。
階段を降りきったところで、よろめいたダニエルが階段手すりにもたれかかる。
ダニエルを捨てて、顔を真っ赤にしたエリンは、メイドがまつ玄関扉へと急いだ。
エリンの背を見つめ、手すりを支えにダニエルは立ち上がる。
「うん。エリンは怒っても可愛い」
新たな婚約者の一面を発見し、満悦していた。
同時に、ひっぱたかれた頬にぴりぴりと痛みが走る。
ダニエルが頬を摩った。
(あっ、さすがにひっぱたかれて頬が赤くなってたら、示しがつかないかも)
気づいた時には、後の祭りであった。