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後日譚②:恋煩い真っ只中の婚約者は平行線な関係を打破したい

 早朝の鍛錬中。

 城からの使者が庭先にいるダニエルに直接ワインと花束を渡しに来た。エリンが厨房におり、ダニエルが庭にいるタイミングをはかって届けられたのはみえみえだ。弟の狡猾さを憎々し気に思いながら、鍛錬を早々に切り上げ、ダニエルは自室に戻った。


 自室の机に花束を置き、手にしたワインのラベルを眺める。

 ここ百年で最もぶどうの当たり年に作られたヴィンテージワインであった。


(また美味いやつを……)


 そして花束まで。


(あいつは俺にこの花束をエリンに贈れというのか)


 王はいたって、祝いの品を贈ると言っていただけである。ワインだけとも言っていない。

 

 ワインは一人で飲んでもいいし、花束は捨てたっていいはずだ。

 しかし、ダニエルはぐるぐると、はかりごとを得意とする弟の思考を邪推し自ら袋小路にはまってしまう。


 真剣な面持ちで、ワインと花束をどうするか悩むダニエルは、今夜、花束をエリンに渡し、一緒に飲もうと誘うことを心に決めた。





 夜になった。

 寝る用意を終えたダニエルは、自室をぐるぐると回り続けていた。


 机に置いた花束とワインをチラ見する。


(どうやって誘う?)


 仕事を終えて戻ってきたエリンを廊下で待ち伏せる己の姿を想像をする。


(いやいや、それは、ちょっと、怖くないか。いつからそこにいると言われたり、何をしていると言われたらどう説明する?)


 最後の仕事は厨房の片づけと決まっているエリンの元に、花束とワインを持っていく姿を想像をする。


(仕事中だぞ。邪魔だと邪険にされる可能性もあるし、何より、どこで飲むかという話になったら厨房か食堂になるだろう。掃除や片づけを終えたばかりの部屋で飲んだら、エリンの仕事を増やすだけじゃないか)


 エリンの仕事が終わる時間はだいたい決まっており、ダニエルの部屋に挨拶に来る場合もある。


 その時に、花束を渡し、ワインを飲もうと誘えばいいのか。

 はたまた、隣室に花束とワインを持って行けばいいか。

 その時のグラスはどうするか。

 エリンが部屋に戻った頃合いに、厨房まで取りに行くか。


「……」


 ぐるぐると考えすぎたダニエルは頭が真っ白になる。 


「ぐわっ」


 突如、奇声をあげて、額を近くの壁に打ち付けた。額を壁にぴったりと数秒くっつけて後、離す。

 じんじんする額を片手で抑える。


「考えすぎだ。こんなことをしていても、なにも始まらん」 


(とにかく、花束をエリンに渡せばいい。ワインは日持ちするが、花は枯れてしまう。優先順位を考えれば、花を渡せればいいじゃないか)

 

 そう結論付けたダニエルは花束を掴み、机の上にある置き時計を見た。


(この時間なら、早い時は戻っているな……。日によって、挨拶に来たり、来なかったりするからな、あいつは)


「まったく、来るなら来るで毎日来ればいいのに」


 漏れ出た本音にかっと顔が熱くなったダニエルが頭を振る。

 

 毎晩、来るのか来ないのか、やきもき焦らされているうちにダニエルは、恋煩いに悩まされるようになっていたのだった。


 エリンからしてみれば、口実が見つけられない日は、挨拶に行けないと部屋に戻っていただけというのに。


 片腕で花束を抱えたダニエルが、もう片方の手で頬を打つ。


「よし!」


 戦いに行くわけでもないのに、気合を入れて部屋を出た。


 



 この時、ダニエルはよもや廊下にエリンがいるとは思っていなかった。

 想定していたのは、仕事を終えて部屋にいるか、まだ厨房に残っているかだったのだ。


 廊下を歩いてくるエリンと花束を抱えた姿のまま、ばったり会ってしまったダニエル。

 エリンは目を丸くして駆け寄っていく。

 花束を抱えた姿を見られ、緊張するダニエルの目の前に、エリンが立つ。


「ダニエル様、いかがされましたか」


 エリンはダニエルの腕に抱かれる花束をしげしげと見つめる。

 大きな花束を今さら隠すわけにもいかない。

 

 エリンに贈ろうと思っていたのに、彼女の顔を見た途端、喉が詰まり、声が出ない。

 ぱっとエリンの表情が華やいだ。


「きれいな花束ですね」


 花束を見つめるエリンの柔らかな笑顔を見た瞬間、ダニエルのはらわたがかっと煮えたぎった。

 それは弟が、祝いで贈った花束である。

 つまりは弟が贈った花束をエリンが喜んでいるように見えたのだ。


 仄暗い影がダニエルの顔に差し、声が一段低くなる。


「花は好きか……」

「はい。でも、こんな大きな花束はなかなか見たことがありません。こういうのを受け取れるのは貴族の方々のみでしょう。平民は野花を摘んで束ねて渡すものですから」

「……花束をもらえたら嬉しいか」

「はい。それが仮令野花でも。私、花をもらった事なんてありませんから」


 明るい笑みを浮かべたエリンが、ほんのりを頬から首元を赤くして答える。

 その姿を見た瞬間、ダニエルは花束ごと、エリンを壁に押し付けていた。


 慌てたのはエリンだ。

 力は加減されており、壁にぶち当たった音のわりに、身体は痛くない。とはいえ、いきなりそんなことをされる覚えがなく、声もなく目を白黒させる。

 

 ダニエルとエリンの間に挟まれた花束ががさりと音を立て、数枚の花びらを床に散らした。


「これは弟が祝いに添えてきた花束だ」


 エリンに花束を贈ろうとしていたことなど棚に上げて、ダニエルは怒ったような口調で告げる。

 使用人気質のエリンが、主人の怒りをなだめようと申し訳ない表情にさっと変わる。


「申し訳ございません、王様からの贈り物でしたか。では、すぐに花瓶を用意し、活けて飾ります」

「違う」


 荒々しい声音にびくっとエリンの肩が強張る。


(違う、違う、そうじゃない)


 ダニエルは自らの行為に戸惑っていた。

 

 花束を喜ぶエリンの顔は見たい。

 花束を贈りたいとは思った。


 花を渡せば喜ぶだろうと想定はできていた。


 しかしだ。

 それが弟が用意した花束であることが断じて面白くなかった。


 恋煩いを病んでいるダニエルにとって、弟からの他意のない贈答品でも、エリンが喜んでいる様を見るのは我慢ならなかった。


「ダニエル様……、苦しいです」


 か細いエリンの声にダニエルは我に返る。

 少し身体を離し、二人の間にあった花束を背に回した。

 

 もう片方の腕を壁に押し付ける。

 解放されると安堵したエリンをダニエルは再び壁に押し付けた。


「ダニエル様」

「この花束は、弟が祝いのワインに添えてきた花束だ」

「さようでございましたか」


 エリンは勘違いしたことを恥じるように目を伏せた。力のない手をダニエルの胸に添え、押し返そうと僅かに力を籠める。

 しかし、ダニエルはびくともしない。


「花束は好きか」

「……はい」


 口答えをしないように気をつけるエリンは素直に答える。


「この花束は弟が祝いに添えてきた花だ」


 ダニエルは同じセリフを念を押すように繰り返した。


「……申し訳ございません」


 蚊の鳴くような小さな声でエリンは答える。花束を見て華やいだ気持ちが裏返り、花束を受け取れるものと勘違いした恥ずかしさを覚えていた。


「花束が欲しいなら、俺が贈る。これは弟が、ワインを届けたついでに添えてきた花束だ。俺に贈られた花束を、エリンへのプレゼントに使いまわせるわけないだろう」


 そうしようとしていた自分を棚に上げて、ダニエルは言う。


 あんなに喜ぶ顔を見せるというのに、それが弟の贈った花束の使い回しであることが許せなかった。弟が用意した花束も、それを喜ぶエリンも、なにより、使い回しでいいと判断したダニエル自身を一等許しがたかった。


 壁に押し付けたエリンの額にかかる髪を押し上げる。


「弟がワインを贈ってきた。花を飾って、一緒に飲もう」


 露になったエリンの額に、ダニエルは唇を落す。

 柔らかく、滑らかな肌触りを唇越しに堪能しながら、目尻まで唇を這わす。


 身体を密着させていると、互いの心音も血が流れる音も、共有するかのように混ざり合う。


 ふっと唇を浮かし、耳たぶ近くに寄せた。


 温もりとともに様々な羞恥がわき上がるエリンは、か細い悲鳴を上げるように「ダニエル様」とかすれた声で呟く。


「花束が嬉しいなら、俺が毎日でも花屋に届けさせる」

 

 エリンのか弱さを腕に抱き込むダニエルが囁く。耳たぶに息がかかるエリンの身体が痺れる


「そんな……、毎日なんて……、家じゅうが花にあふれてしまいます……」


 吐息交じりの返答に、ダニエルの口角があがる。 


「いい、それでいいんだ。エリン、お前は、俺が贈ったものだけ見ていろよ」

「ダニエル様?」

「いいか、俺を見て、俺だけを見て……」


 身体を離したダニエルが、エリンの顎先をつかみあげる。

 覗き込む瞳に、自身の姿を映しこんだ。

 

「その笑顔は俺だけに捧げていろ」

 







【おまけ】


解放されたエリンは、廊下に散った花びらに気づく。

ワインを飲むためにはグラスもいる。

花を飾るにも花瓶がいる。

仕事を把握したエリンはすぐさまに、テキパキと働き始める。


その間、ダニエルは、一連のことを思い返し、ズーンと自室で煩悶する。


(俺、何してんだ。弟が添えてきた花束を贈ろうとしていたのは俺で、エリンはそれを見て喜んだだけで、彼女はなにも悪いことはしていない上に、エリンの仕事を増やしてしまうなんて!)


 そんなダニエルを放置し、エリンは花を生け、ワインを手にして、執事ばりにコルクを抜く。


 グラスにワインを注ごうとするエリンの手を止め、「おれがやる」と仕事を奪うダニエル。


 きょとんとするエリン。

 その表情に、眉を顰める。

 ワインに触れてほしくなかったのねと勘違いするエリン。

 ダニエルは、働き者のエリンも、きょとんと見上げるエリンも可愛いと思って、それを表情に出すことを照れるあまり、渋い顔をしているだけだった。


 座らせたエリンにワインを注いだグラスを渡す。


「ありがとうございます」


 可愛い反応にぐっときたダニエルがエリンに覆いかぶさる。そして、一言。


「今夜は、逃さないからな」


 必死なダニエルに、エリンはやっと自分が使用人ではなく、婚約者だと気づき、あわを食う。

 ここがどこかもはっと気づく。すぐそばには、ダニエルのキングサイズのベッドがある。

 

 そんな慌てるエリンを見て、やっと落ち着いてきたダニエルは調子を取り戻す。


「明日の朝食は俺が用意するからな。気にせず、朝寝坊しろよ」




【おまけのおまけ】


弟が兄と時々会っているのは、兄の恋煩いが面白いから。

一つのエンタメとして、眺めていた。


弟、ナイスアシスト。←作者の感想。


後日譚追加しました。


ブクマやポイントで応援いただけましたら、次作の励みになります。

★で読んだと教えてもらえたらとても嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 漸く美味しくいただかれた、とw お二人が末永く爆発しますように。
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