Prologue
唐突だけれど誰にでも、黒歴史ってあるでしょう?
例えば――そう、すごく痛い必殺技を考えたり、自分の空想をノートに書き起こしたり。子供の頃の話だから大人になってみると案外笑えたりするのもあるかも知れない。
それで、私にとっての黒歴史はゲーム。5歳離れた兄が、自作ゲームを作っているのを見た事から私もゲームを作りたいって思うようになった。…いや、実際は作ってないけれど。それも黒歴史あるあるじゃない?空想するだけで結局完結してないってやつ。そう、14歳の私はその日からゲームの設定を考えてそれを日々ノートに綴った。私が大好きだった乙女ゲームを私も作ってみたいって真剣に考えてた。それで出来たのが5冊分のノート。キャラクターの設定や話の内容から選択肢まで事細かに書かれたノートが5冊だ。
童話が大好きだったから、童話モチーフキャラクターを5人。どの子を攻略するかは最初から選択できて、一度選択するとその子を攻略し終わるまでは別の子は攻略出来ない。あれやこれや、自分の好きを詰め込んだ話だった。
そこまでやって、ゲームにしなかった理由って一つ。受験だ。
私は中2から中3の夏まで、1人空想の世界に浸っていたせいで成績がガタ落ちしていた。両親にも怒られたり、協力してやると言ってくれた兄も両立できない様じゃ手は貸せないとまで言われて私は絶望した。そこからは塾に通い、成績を中の上くらいまでにし、上の下くらいの高校に進学した。そして普通の女子高生として、普通に友達とつるんで遊んで、そこで完全にオタクの世界から離れたのだ。以降はそこそこの大学に進学して、そこそこの会社に就職。そこそこの給料を毎月頂いているのである。
お分かりかと思うが、もう例のゲームの事なんてすっかりさっぱり忘れていたわけだ。
さて、仕事って当たり前だけど疲れるわけで、彼氏もペットもいない私は、中学の頃大好きだった乙女ゲームにまた手を出した。わぁ、まだこのシリーズ続いてるんだぁとか思いつつ懐かしいキャラクターに思いを馳せていた訳だが、そこで思い出した。例のゲームの事を。そしてそのノートがまだ実家に残っているであろう事も。
恥ずかしすぎた。私の性癖大暴露ノートだ。選択肢にも確か「だいすき♡」とか書いてた気がする。抹消しなければならない。気遣いの知らない母に見つかった暁には、「懐かしいわねぇ」とか言われながら家族に公開されるのだ。私は慌てて実家に帰った。「お母さんのご飯が食べたくて〜」など言い訳しつつ、自室を荒らしに荒らした。母に呼ばれ母の味ではないレトルトのカレーを食べ(21時に行ったのでご飯なんて残ってなかった)、もう遅いから泊まりなさいと言われ、これ幸い。朝までの大捜索となった。
「あったよ…」
ノート4冊。1冊足りないがしょうがない。私は母の朝食の呼びかけを無視し、ベッドにごろんした。ノートは後で燃やそう。残りも見つかったら燃やそう。何もなかったことに。そんな事を考えつつ、次第に視界はフェードアウトしていった。
――リリリリンと何かが鳴っている音で目を覚ました。目覚ましの音ではない、どちらかと言うと昔懐かしの黒電話の呼び出し音みたいな感じだ。しかしいくら我が家がオンボロだと言っても、家電は黒電話ではない。では、この音は?
視界がクリアになると同時に、頭も段々回ってくる。体を起こすと、全く知らない空間にいた。
周りには壁があるのかもわからない、真っ白な空間だ。部屋には繋がっていない五つの個性的な扉が円のようにあり、その真ん中にドピンクの黒電話がポツンと地面に置いてある。音はその黒電話から鳴っていた。
――――リリリリリリリリン
黒電話はずっと鳴り響いている。少し警戒しつつも、受話器に手を伸ばす。
リン…と小さく音が鳴って呼び出し音は止まった。
「もしもし…?」
『おはようございます!』
やけに明るい声が帰ってきたけれど、知らない人の声だ。男の人とも女の人ともとれる中世的な声で、どちらかというといい印象を与えるタイプの声質だった。
「ど、どちら様ですか?ここはどこなんでしょう。もしかして夢?」
『落ち着いてください!私は貴女に危害を加えるつもりはちっともありません。ただ、私たちを助けて欲しいんです!』
「助ける?」
『とりあえず、どれか一つ扉を開けて中に入ってください!きっと彼が迎えてくれるはずです!大丈夫ですよ、みぃんな、貴女のことが大好きですから!』
「はっ!?扉ってこの、オブジェとしてあるみたいなヘンテコなと―」
ブツッと通話は一方的に中断された。受話器を持ったまま、辺りを見渡す。本当にヘンテコな扉たちだ。
真っ赤、と言うよりは赤黒い所々引っ掻いたような傷がある扉。
ケーキやクッキーなどお菓子でデコレーションされた扉。
色んな色で塗りたくられた目に痛い扉。
ガラスで出来た扉。
真っ黒な扉に様々な綺麗な花が、そして扉の中央には真っ赤な石がはまっている扉。
何か少し、引っ掛かりを覚えたがそれもすぐに消えた。多分いつか何処かの美術館の展示で見たことがあるのかもしれない。だから夢でも現れるんだ。
そう、ここは夢の中なのだから。だったら少しくらい楽しんでも良いのではないだろうか――。
受話器を置くとチンッと軽い音が鳴った。なんだか楽しくなってきた。まるでゲームの中にいるみたい。――乙女ゲームではこれが最初の選択肢だろう。取り敢えず、一番近くにあった真っ赤な扉に手を伸ばす。鍵はかかってないようで、ノブはするりと回った。ギギギと木製故の不快な音が鳴るが気にもならない。どこにも繋がってないと思っていた扉を開ければ、森の中だったのだから。