夜明けの魔法少女(?)
夜の定食屋『夜明け』。夜中の10時から朝の7時まで、50過ぎのオッサンの俺一人で細々とやらせてもらってるんだが、最近たまに妙な客が開店からやって来て、朝までテーブル席で呑んだくれてるんだ。
まぁ、ちゃんと金は払ってくれてるし、他の客に悪絡みしないから良いんだが、他の客が居なくなって夜が明け始めるときに、俺に必ず愚痴を言ってくるのが少し困る。まぁ、見た目はポニーテールのモデルみたいな美人の嬢ちゃんなんだがね。
「マスター・・・聞いてるの。」
「聞いてるよ。その歳で魔法少女はキツイって話だろ。」
「うへへっ、なんだちゃんと聞いてるじゃない。」
完全に出来上がってるが、この子は魔法少女メルトっていう、この辺じゃ名の知れた魔法少女でね。今はティシャツ、ジーパンのラフな格好だが、変身したらピンクのフリフリの付いたドレスを着た魔法少女になって、世界の平和のために日夜戦ってくれてるんだぜ。
「ひっく、私ね、精霊に見出されて14歳の時から戦ってるのよ?毎回毎回、魔物が出るたび呼び出されてさぁ・・・プライベートなんて無いに等しかったわよ。バカヤロー。」
「俺に言われてもなぁ。」
「最初は渋々よ。私にしか出来ないって言うから仕方ないからやるって言ったけどさ、あとになったら5人も10人も増えちゃって、とんだオールスターチームよ。たくっ、ふざけんなっての。オラッ、ビールお代わり。」
「メルトちゃん飲み過ぎだよ。やめときなって。」
「こ、これが飲まずにいられるかっての。良いから出しなさいよ、ひっく。」
「もう、また店の前で吐かないでくれよ。」
「うひひ♪」
メルトちゃんは今年で29歳らしい。流石に29歳で魔法少女はちと厳しい。言うなりゃ魔法淑女って感じかね。
「はーい、今から変身しまーす♪ひっく、しっかり見とけよクソジジイ♪」
「えっ、もうやめときなよ。」
「エレメントエネルギー集まれ!!メーイクアップ!!メルト!!」
「うわっ!!眩しい!!」
メルトちゃんが光り輝き、その光が収まってくると、ピンクのフリフリを着た痛々しい魔法少女(?)が現れた。髪もピンク色になってるし、一体どういう原理なんだろうねぇ。
「どうよ、痛いだろ!!」
自分で言っちゃうんだねぇ。そこが更に痛々しい。
「ふーんだ。こんな痛々しい格好で、酒盗食べてビール飲んじゃうもんね♪」
あらあら、こりゃヤケだね。それにしても、もう20杯超えてるのに良い飲みっぷりだよ。
「ウィー♪ビールうめぇ♪」
こんな酒臭い魔法少女は嫌だねぇ。
「ひっく、マスター。アタシがどうやって戦うか知ってる?」
「唐突だな。だが知ってるよ。拳で殴るんだろ?」
「ピンポン♪ピンポン♪そうこの拳でぶん殴るの♪オリャーってね♪」
"ブンッ!!"
「ちょ、ちょっと、店の中で暴れないでね。」
「分かってるわよ、ちょっと素振りしただけなのに大袈裟ねぇ♪」
風圧だけで店壊れるかと思ったわ。にしても魔法少女なのに格闘主体なのもどうなのかね?魔法関係あるのかね?
「皆はステッキとか剣とか使うのよ。でもアタシは素手、素手にエレメントエナジーを込めて敵をボコボコにするの。全く、なんでアタシだけ武器無いのよ。おかげで生傷絶えないっての!!」
「そうだねぇ、女の子なのにねぇ。」
「そうでしょ!!そう思うでしょ!!・・・でもねぇ、自慢じゃないけどアタシ最強だから、誰にも負ける気しないから♪そこんとこヨ・ロ・シ・ク♪」
確かに何回か戦ってるとこ見てたけど、味方の魔法少女が引くぐらい強かったねぇ。「もうあの人居れば、私たち要らないじゃん」って誰か呟いてたしね。
「ハァー、引退したーい。寿退社したーい。でも相手居なーい。お先真っ暗よー。」
テーブルに頭を突っ伏し、シクシクと泣き始めるメルトちゃん。やっぱり辛いか、良いよ好きなだけ泣きなよ。
「あっ。」
と、突然思い出したかのようにパッと顔を上げるメルトちゃん。涙もピタッと止まって、まるで人が変わったみたいだ。
「マスター今何時?」
「もうすぐ朝の7時だよ。」
「やばっ、少し寝て、酒抜いてからトレーニングしないと。マスターお勘定。」
「・・・はいよ。」
夜明けと共に、どうやら魔法が解けちまったみたいだ。メルトちゃんは冷静な顔に戻り、ちゃんと金を払ってから店を出て行った。
はた迷惑な客だが居なくなると寂しくなるから不思議だよ。
「きゃあああああ!!」
遠くに聞こえるメルトちゃんの悲鳴に、あぁ、そういえば魔法少女の格好のまま出ていったなと、恥ずかしがる彼女の姿を想像しながら、俺は苦笑いを浮かべた。