黄金卿と輝夜の秘宝
むかーしむかし、あるところに、黄金卿と呼ばれる王様がいました。
彼は、世界に存在するすべての財宝を手にしながら、あえてそれを手放した変わり者の王様でした。
「我の財は、それを必要とする者が手にすれば、それでいい」
それが、黄金卿の口癖でした。
◆◆◆
ある農村に、一人の少女がいました。
少女は両親や村の住人に囲まれ、幸せに暮らしていました。
ですがある日、少女が住む村を、怪物が襲います。
村は炎に包まれました。
住人は武器を手に戦おうとしますが、怪物はとても強く、返り討ちに合いました。
少女は逃げようとしましたが、怪物は容赦なく襲い掛かります。
たちまち、少女の両親は怪物の爪に引き裂かれ、命を絶たれてしまいました。
そして、怪物は少女に牙をむき――。
◆◆◆
気が付くと、少女は黄金に輝く部屋の、煌びやかなベッドに横たわっていました。
「気が付いたかい?」
と、声が響きます。
ベッドの横には、黄金に輝く鎧を身に纏った、美しい青年がいました。
「あなたは?」 と、少女が訪ねると、青年は優しく答えます。
「我は黄金卿と呼ばれているものだ。君を怪物から助け、ここ、黄金郷に連れてきた」
そして、黄金卿は、慰めるように、少女に言います。
「ここで暮らすといい。君の望むものは全て用意しよう」
黄金卿の言葉は本当でした。
温かいシチューや、ふかふかの毛布。煌びやかなドレスまでも、少女が望めばすぐに部屋へと運ばれてきました。
ですが、少女の表情は、どこか悲しそうでした。
黄金卿の元で暮らすようになったある日、少女は黄金卿を呼び出します。
「どうしたんだい? 何か必要なものがあるのかい?」
そう尋ねる黄金卿に、少女は言います。
「輝夜の秘宝。というものを知っていますか?」
輝夜の秘宝。それは、輝夜という名の女王が残した『神代の盃』 『錬金樹』 『サラマンダーのローブ』 『五色竜の宝玉』 『燕の子安貝』の5つからなる秘宝でした。
「輝夜の秘宝。か?」
「はい。それを1つずつ持ってきてください」
「――もし、持ってこれなかったら?」
黄金卿のその質問に、少女は答えます。
「わたしの願いを、聞いてください」
その言葉に、黄金卿は微笑みながら言います。
「――わかった。すぐに用意しよう」
翌日――
黄金卿は少女の元に、光り輝く盃を持ってきました。
それは間違いなく、輝夜の秘宝が一つ『神代の盃』でした。
2日目――
黄金卿は少女の元に、金色の枝に、様々な宝石が実る植物を持ってきました。
それは間違いなく、輝夜の秘宝が一つ『錬金樹』でした。
3日目――
黄金卿は少女の元に、燃えながら形を保つローブを持ってきました。
それは間違いなく、輝夜の秘宝が一つ『サラマンダーのローブ』でした。
4日目――
黄金卿は少女の元に、五色の輝きを放つ宝玉を持ってきました。
それは間違いなく、輝夜の秘宝が一つ『五色竜の宝玉』でした。
5日目――
黄金卿は少女の元に、乳白色の綺麗な貝殻を持ってきました。
それは間違いなく、輝夜の秘宝が一つ『燕の子安貝』でした。
ですが、輝夜の秘宝の数々を見せられても、少女は満足しませんでした。
とうとう『輝夜の秘宝』を全て手に入れた黄金卿に、少女は言います。
「次は、『わたしが本当に望むもの』を持ってきてください」
黄金卿は一晩中考えました。そして――
翌朝、憔悴したような顔をした黄金卿は少女に尋ねます。
「君は、故郷に帰りたいのかい?」
少女は答えます。
「はい。わたしを故郷へ帰してください。それが答えです」
少女の返答を聞いた黄金卿は、振るえる声で言います。
「――君の両親を生き返らせよう。いや、君の住んでいた村も、完全に蘇らせよう。我はこの世界の財を全て手にした。それくらいは容易いぞ」
ですが、少女は、答えます。
「いいえ。わたしはもう、故郷に、あるべき場所に帰らなくてはいけないの」
黄金卿は、悔しそうに目を瞑り、言います。
「――わかった。すぐに君を故郷に帰そう」
そう言って、黄金卿は呪文を唱えました。
すると、少女の身体が黄金の輝きを放ち、その姿がだんだんと薄くなっていきます。
「これでいいんです。あなたはわたしに尽くしてくれました。けど、あなたがくれた財宝は、わたしにはいらないものです。だからせめて、それを必要とする人に渡してください」
そう言って、少女は黄金の煙とともに、天に昇っていきました。
◆◆◆
黄金卿が村に駆け付け、怪物を倒した時には、村に生きているものは誰もいませんでした。
生きているものがいないか探す黄金卿は、一つの亡骸を見つけます。
両親の亡骸の傍に横たわる、少女の亡骸でした。
少女を哀れに思った黄金卿は、自らの財宝の力を使い、少女を蘇らせました。
ですが少女は、自分がすでに死んでいることに気づいていました。
◆◆◆
少女が天に昇った後、黄金卿は世界中の財宝が眠る宝物庫にやってきました。
「それが、君の願いだというのなら――」
黄金卿は少女のことが好きでした。
財宝の力で蘇らせ、黄金郷に住まわせるくらいにです。
ですが、死んだものと結ばれることは出来ません。
だからせめて、黄金卿は少女の願いをかなえてあげることにしました。
「我が財宝よ、真にそれを欲するものの元へ向かえ」
そう言って、黄金卿は呪文を唱えます。
すると、宝物庫の財宝が見る見るうちに消えていくではありませんか。
宝物庫の財宝は、それを本当に必要としている人たちの元へと向かっていき、世界中に散らばっていきました。
「君の名前は、最後まで聞けなかったな……」
黄金卿は、名残惜しそうにそう言いました。
◆◆◆
むかーしむかし、あるところに。世界中の財宝を一度は手にし、それを自ら手放した、黄金卿と呼ばれる王様がいました。
黄金卿の財宝は世界中に散らばり、様々な恩恵をもたらします。
なぜ黄金卿が財宝を手放したのかは、もう誰にもわかりません。
ですが、今でも黄金卿の財宝は、それを必要としている人の元に現れるそうです――