23.未成年のプロポーズ
「ねぇ。煌太はいつから私のことが好きになったの?」
優羽は屈みながら鼻歌を交えつつ、摘んだ花で冠を編んでいた。
少なからず大雑把な印象が纏わりつきやすい彼女だが、何も感性が鈍いわけでは無い。
だから一度やり方を覚えてしまえば、多くの事は人並みに出来るようになる。
そして集中力があるから覚えも早く、コツを掴むセンスもある。
ただ大雑把な一面が裏目に出やすいことを、幼馴染の煌太は知っている。
「いつって言われても、どうだったかな。まだ幼い時から、優羽の活発な人柄が好きだと感じていた気はする。特に人懐っこい所は、一緒に過ごしたいと思えて友達になりやすかった」
「ふぅん。じゃあ小さい頃から好きだったんだ?」
「そうなるかもな。でも、それが愛情だったのかと訊かれたら難しい話だ。そんな幼い時から意識していたわけじゃないし、昔の記憶なんて曖昧だ」
「それならさ、私のことを愛してくれるようになったのは何時頃からなの?あとせっかくだし、私の好きなところも教えて欲しいなー」
「おいおい、質問攻めかよ」
「ん~?はぐらかすのかなぁ?それとも心当たりが多過ぎて答えきれない?私って魅力的だから、そうなるのもしょうがないけどさ~」
「どれだけ自信に満ち溢れているんだよ。とりあえず好きな所をあげていくとしたら、まずは…………」
煌太は最初の一つ目から返答に詰まってしまう上、真剣な顔で悩み出す。
それは優羽からすれば意外なことであって、まさか褒め言葉一つすら出てこないとは思わなかった。
「え?なんで困ってるの?それとも、本当に多過ぎて答えきれない系……だよね?」
「難しいな」
「難しい?えぇっ、なにが!?もしかして……、やっぱり私のことを恋人として見てないとか……うぅ…」
「そんな寂しそうな目をするなよ。すぐ答えられない俺が悪いけどさ。なんというか、いざ言語化しようとすると難しいってだけの話だから」
「もう何を言い訳っぽく言っているのさ!こんなの勢いで良いでしょ。スパッと即答してくれた方が本音っぽくて嬉しいし!」
正論を言われてしまうものの、やはり煌太は自分らしく真面目に考えて始めてしまう。
軽い質問だと思ってないからこそ、どうしても納得できる答えを出したいのだろう。
いったい自分は、彼女のどのような所が好きなのか。
それを改めて知るためにも、まず優羽の姿を眺めた。
だが、考えた末に出てきた答えはやはり予想外なものだった。
「うん。見た目だな」
「へ?見た目って……、そのまま意味で容姿ってこと?」
「いつもの雰囲気とか、優羽が表に出している性格や表情も含めてだ。優羽は、そういう内面全部が見た目に表れているからな。…あぁ、もちろん容姿も好きだぞ。ロゼッタみたいに気品ある美女とはまた違う、優羽ならではの綺麗さがある」
「一通り褒めましたって感じだね。うーん、なんだろ?個人的には、もうちょっとロマンチックな答えを期待していたんだけどなぁ」
「あー…、マジか。そういうタイプのロマンを俺に期待されてもな」
煌太は勢いだけで無責任な発言をすることは好まない性格なので、あまりロマンチックな言葉は送れない。
また優羽の破天荒ぶりを考慮すると、月並みな答えを期待しているようにも思えない。
だから彼女が望む答えを導き出すのは至難であるし、そもそも煌太からすれば本音を伝えただけだ。
つまり、今更いくらロマンチックな言葉を付け加えたところで、それは嘘と変わりなくなってしまう。
それでも彼女は先程の答えに対して不満気だったので、煌太は質問し返す他なかった。
「じゃあ逆に訊いてみたいんだが、優羽は俺のどこに惚れたんだ?」
望んだ答えがあるなら、それに近いニュアンスで返すはず。
そんな考えで煌太が質問したとき、優羽はさりげなく上目遣いで彼に視線を送ってきた。
きっと煌太と同じで、好きな相手の姿を見る事で自分の気持ちを見直しているのだろう。
そして彼女は数秒間ほど黙った後、どこか照れた声色で呟く。
「うんとね……。私の頑張りを認めてくれたところ、かな」
「俺が?いや、そりゃあ優羽のことは認めている。でも、俺に限らず全員が優羽の努力を認めているだろ」
「そうでも無いよ。私はずっと好き勝手しているし、周りからしたら命知らずとまで言われちゃったからね。でも、煌太は無茶ばかりする私のことを受け入れて、認めてくれたよ。そして、私を理解してくれる人が親以外にも居るんだって勇気を持てた」
口ぶりから察するに、優羽にとっては何らかの印象深いエピソードがあるらしい。
だが残念なことに、煌太はすぐに思い当たる節というのが出てこなかった。
「すまん。それって、いつの頃のことだ?」
「覚えてないの?まぁ……でも、それくらい自然な気持ちで接してくれたんだろうね。だから、うん。余計に嬉しかったのかも。気遣った様子とか無くて、何も気にかけず、そのまま友達になれたから」
「もしかして初めて出会った頃か。それなら俺からしても、同い年の友達は優羽が初めてだったからな。しかも何もかもが俺とは違い過ぎて、むしろ興味津々だったような気がする」
まだ記憶が曖昧で鮮明に思い返すことは困難だが、当時の状況を思い出すことはできた。
自分がどんな暮らしをしていて、どこで彼女と出会ったのか。
具体的な事の経緯はすっかり忘れてしまっているが、優羽という存在があまりにも衝撃的過ぎたおかげで、初対面の人と友達になることに抵抗感を覚え無くなった。
何がともあれ、この告白は煌太が自分の本心に気が付くきっかけとなる。
「そういえば、俺も優羽に勇気を与えられたな。見様見真似で造ったロボットで感動してくれて、その笑顔にやる気も湧いた。その経験が無かったら、俺は身近な喜びを知らずに不貞腐れていた」
「あははっ。それなら、お互いが知らず知らずのうちに助け合っていたんだね」
「運命的な話だな。二人揃って相手の事情や気持ちを意識していたわけでも無い。それなのに小さい時から価値観を認め合い、心を慰めていた。そう思ったら……」
そう思ったら、お互いが心から愛するようになるのは人間として必然だった。
ちょっと恥ずかしい気がしたから煌太は口に出さなかったが、似たようなことを優羽も思いついたはず。
そして相手を愛する根本的な理由を知ったとき、二人の絆はより一層強く結ばれる。
また、今しがた彼が囁いた言葉は、優羽が期待していた以上のものだった。
「運命的って、煌太にしては珍しい言葉選びだね。へへっ、あはははっ。うふふふ」
「おいおい、なに変な笑い声を連発しているんだよ。にやけ顔が凄いぞ」
「だってね……。私も運命的だなぁと思ったから。それが恥ずかしいような、嬉しいような。上手く言えないけど、とっても幸せな事だなぁって思ったの」
いつもとは毛色が違う、明るい笑顔を優羽は浮かべた。
それは心が幸福感と満足感で充実したことによる表情であり、同時に人生最高の安息を得ている証拠だった。
その抱いた想いは情熱的で、これからも色褪せることが無い堅実なもの。
更に留め止めなく溢れ出る気持ちは、言葉として発せられた。
「私、煌太のことが大好きだよ」
「あぁ、ありがとうな。俺も優羽のことは好きだ」
「ふふっ。あー本当に嬉しいなぁ。ちなみにどれくらい好きなの?」
「へっ…!?今度はそういうタイプの質問かよ!」
「ほらほら。今こそスパッと答えて欲しいな!」
「じゃあ。た、例えられないくらい好きということで…」
「あえて例えるなら?」
「これって誘導尋問じゃないか?……えっとな、ロボット研究で成果を出した時より強い気持ちだ!」
一応、煌太としては最大レベルの表現だ。
成果を出した時ほど嬉しいことなど、他に思いつかないくらい。
だが、優羽はちょっと怒った様子で反応した。
「分かりづらっ!比較対象が独特すぎるって!もっと直感的に!ほら、他に例え方があるでしょ!一般的な感じでさ!」
「なんで急に迫真な詰め方をされてるんだ、俺は。えーっと、うーんとな……?とにかくだな…。よし!優羽、俺と結婚しよう!」
「えっ!?なんで今ここで言うの!?どんなタイミングなの!?それとも、それくらい好きってこと!?」
「そうだ!いきなりプロポーズするくらい好きだ!そして、もちろん俺は冗談で言ってないぞ!高校を卒業したら俺と結婚してくれぇー!優羽ぅうぉおおおぉおぉ!」
煌太は答えに窮した結果、突飛も無いことを伝えることで誤魔化そうとした。
ある意味、彼女が望んだ通り勢いしかない発言であり、もはや野蛮人みたいで理性を感じさせない申し込み方だ。
ただ、それによる誤魔化し効果は充分に見込めたものの、この滅茶苦茶な婚約を優羽は真に受けてしまうのだった。
「うん!卒業したら結婚する~!新婚旅行と新婚生活楽、あと結婚式も楽しみにしているからね!」
「マジか!これで良いのかよ優羽!これで良いのか、俺!?でも、俺ららしくて良いっか!」
勢いに身を任せ過ぎて、お互いに先の不安を抱く暇すら無い。
そのまま二人は惚気た会話の流れだけで、本気で結婚することを覚悟に決めてしまう。
そして煌太は編まれた花冠を優羽に被せ、約束の証として口づけを交わすのだった。