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22.二人きりの山デートは華の蜜

野外炊飯だから万全の準備は整えられずとも、全員が力を出し尽くし合った料理勝負。

それは(から)め手や盤外戦術まで用いられ、本気で優勝を獲得しようとしたものだっただろう。

しかし、勝負の行方は意外にも全員が納得いく結果となっていた。

それほど実力差が出ていて、優勝者の料理は満点を得られるほど完璧だった。

その優勝者とは、やはり当然という人物であって煌太の口から発表される。


「ということで、満票を獲得したロゼッタが優勝だ」


あっさりとした結果発表と共に、つい先ほどアイドル衣装へ着替えたロゼッタが高々と腕をあげる。

まさしく勝者に相応しいパフォーマンスだ。

この結果にブルプラは悔しさを覚えているようだが、彼女の料理が出てきた時は早々と諦めざる他なかった。

それほどロゼッタの料理には見た目、味、調和の三拍子が揃っていた。


ちなみに彼女が作ったのは、風味豊かなブイヤベースという海鮮類と野菜の煮込み料理。

そして食べやすいよう綺麗に切り揃えた、アップルタルトタタンというスイーツ。

おまけにブイヤベースの方は川で釣った魚を使用していたので、今回のキャンプならではの特徴も活かされていた。

それによって思い出に残るキャンプ料理へ仕上げてしまった以上、自分の持ち味だけで勝負しようとしたブルプラに勝ち目があるわけが無い。

更に言えば、唯一ロゼッタだけが王道の真っ向勝負を仕掛けてきた所も大きなポイントだ。

その分かりやすい部分でも差が大きく、全員の小細工を完全に蹴散らしてしまった。


「みんなには悪いけれど、思っていたより私の圧勝だったわね」


「うぅ~…。どうしてブルプラが負けたんですか~。ロゼッタさんとは一兆点くらい差があったはずなのに~」


「ブルプラちゃんは、自分自身にとんでもない票数を入れただけだもの。そんなの無効にされるに決まっているじゃない。それに、卑怯な方法で勝てたところで素直に喜べるがわけないわ」


「ぐぅ、凄まじい正論のストレートパンチですね……。急所に当たってかなり効きました…」


「次は痛い所を突かれないよう、私みたいに最初から最後まで正々堂々と勝負するべきね。その方が心地いい余韻に浸れるわよ」


「あのロゼッタさんが……、かつてないほど勝ち誇った顔をしているじゃないですか!私も一生懸命に頑張ったから、同じくらいのドヤ顔で勝ちたかったですぅ~!」


「全員が本気だったから、こうして誇らしく思えるのよ。それに煌太様の台所を預かる身として、実力を証明できたのは嬉しい限りだわ」


よほど嬉しいみたく、ロゼッタの顔からは満更でも無い笑みがこぼれていた。

みんなの前だから高ぶる気持ちを抑えているだけで、本当は小躍りしたいくらい喜んでいるのかもしれない。

そんな気がするほど嬉しいオーラが溢れ出ていて、どことなく満足気な様子は初配信イベントを彷彿させるほど。

それからロゼッタは審査に協力してくれた家族達にお礼を伝えた後、夜にはキャンプファイヤーする事も教える。


「今夜は盛大なキャンプファイヤーをする予定なので、是非とも参加して頂けると嬉しいわ。おつまみや花火も用意しますし、遠くから眺めているだけでもよろしいので気軽にお越し下さいね」


もうロゼッタは初対面の人との交流には慣れたもので、あっという間に全員と打ち解けて雑談まで始めるほどだ。

気軽に接しやすく好印象を与える所作を熟知した彼女にとって、どのような相手であっても新しい出会いは全てプラスでしかない。

それからしばらしく経った後、それぞれが午後の過ごし方を決めていて、片づけと次の催しの準備はロゼッタ一人が全て引き受ける。

ただオメメからすれば、このまま彼女に全ての厄介事を任せてしまうのは申し訳が立たない。

そのためオメメは炊飯場へ残り、片づけの作業へ移っているロゼッタに声をかけた。


「お母さん。あたしも手伝いたい」


「あら、いいの?わざわざ私に気を遣わないで、そのまま友達と遊びに行っていいのよ」


「でも、全部任せちゃうのは……。なんだか寂しい気持ちになる」


「ふふっ。甘えたくなっちゃったのね。でも、今は友達と遊びなさい。こうして多くの友達と長く過ごせるのは貴重な機会だもの。だから、今この瞬間を大事にしなさい」


「………うん」


「そう心配しなくても、私とはいつでも遊べるわ。とにかく思いっきり楽しみなさい。親友との楽しみ方を学習する事も、これからの生活には必要なことよ」


なるべく後ろ髪が引かれる思いにならないよう、ロゼッタは上手く理由をつけて説得した。

この感情論と理屈の両方を合わせた意見は、大きな説得力を持つだろう。

それでもオメメはちょっと複雑な気持ちを覚えずにはいられなかったみたいだが、間もなくして前向きな顔つきで頷いてくれた。


「うん、オメメ分かった。友達といっぱい遊んで、いっぱい仲良くなる方法を学ぶ」


「そうしなさい。そして楽しむだけじゃなく、いざという時はみんなの安全を守ってあげてちょうだいね」


ロゼッタは守る役割を与えることでオメメの背中を更に押してあげて、遠慮なく遊べるよう言葉を選んだ。

そのおかげで彼女は軽い足取りでキャンプメンバー達との合流へ向かえて、ロゼッタはスキップする彼女の後姿を温かく見送った。

だが、なぜかオメメは即座に同じ場所へ戻って来るのだった。


「どうしたの?何か忘れ物?」


「お父さんと優羽さんは二人でデートしに行ってたし、他のみんなは休んでた。ブルプラさんはポリスを連れてどこかに行っちゃったみたいだけど……」


「あぁ……そうなの。それなら少しの間だけ私の方を手伝って貰おうかしら」


せっかく感動的なシチュエーションで送り出したつもりだったのに、結局彼女ら二人はしばらく一緒に過ごすことになる。

その一方で、優羽と煌太は二人っきりでキャンプ場内を歩いていた。

それは味気ない散策に見えるかもしれないが、好きな人と気兼ねなく一緒に歩ける時間は特別に感じられるものだ。


「こっちの方へ行こうか」


煌太はさり気なく誘導し、手入れされた道先の方へ案内する。

食べ終わったばかりだからなのか、二人の間には少し落ち着いた雰囲気が漂う。

ただお互いに黙って歩くような性格でも無いので、まず優羽が先に話題を振った。


「この道、まだ行ったことないなぁ。一体何があるの?」


「行けば分かるぜ。とは言え、別に勿体(もったい)ぶるほどの物でも無いけどな。それより優羽は、午前中は何をしていたんだ?」


「簡単に言えばアスレチック体験かな。すっごいレンジャー設備で遊んだ後、カヤックで川を上ったよ!」


「マジで?よく体力が残っているな」


「えへへっ。私の場合、楽しい内はエネルギー無尽蔵だもんね~。一緒に遊んでたヒバナちゃんは限界だったみたいだけど」


「ははっ、だろうな。俺だったら、その遊びに付いて行ける自信すら無い」


煌太は優羽の運動能力を十分に理解しているからこそ、ヒバナがどんな目に遭ったのか想像ついた。

正直に言えば、その遊び内容に関わらず、彼女と行動するだけでも自分が疲弊しきることは珍しくない。

しかも彼女は加減を知らないから、付き合う側が振り回されずに調整してあげる心得を持っていないといけない。

それが優羽との上手な付き合い方だ。


「えー。すぐバテるなんて、いくら仕事が忙しくても体力作りを怠ったらダメだよ~。軽い運動するだけなら、ちょうど良い気分転換にもなるしね!煌太は室内作業ばかりだから尚更(なおさら)オススメ!」


「それは俺も分かっているつもりなんだけどな。ただ、やっぱり提出や納期によっては無理せざるを得ない時が多くてさ。それだけに運動する暇が無い」


「うーん。これは強引に連れ出さないと、行動へ移さないパターンだね。それならキャンプの次はバスケットでもしよう!3on3でね!」


「なんでバスケ?ってか、誰を呼ぶ気だよ」


「今回のキャンプメンバーで良いと思うよ!六人以上いるけど、控えも必要でしょ?ただチサトちゃんは来てくれるのか、ちょっと怪しいかもね~」


「高確率で来ないだろうな。球技には無縁というか、そもそもスポーツ自体に興味が無さそうだ。……まぁ俺が言えた事では無いけど」


「興味無くても、友達と遊ぶことに関心を持ってくれれば良いんだけどねー。でもチサトさんの事だから、今頃は雑談よりソシャゲをやってそー」


その優羽の推測は的中しており、チサトはガチ勢であるためソシャゲのノルマ消化に勤しんでいた。

また、午前中で体力を使い果たしたヒバナは夜に備えて昼寝しているなど、各自がのんびり過ごしている状態だ。

だからこそ二人の空間に邪魔が入る気配は無く、煌太としても人目を気にせずに済む。


それからも彼ら二人は他愛ない話を続けつつ、更に奥の道へ歩いて行く。

すると、やがて見渡せるほどに広々としたガーデニングへ到着した。

あいにく時期の問題で全ての花壇に花が咲き乱れているわけでは無いみたいだが、それでも充分に見ごたえある光景となっている。

色と種類も豊富と言えて、煌太はその風景を写真に残した。


「思っていた以上に立派だな。ってか、野花が勝手に咲いているわけじゃなく、しっかりと手入れされている感じだったか」


「わぁ、かなり綺麗だねー。もしかして煌太はこれを見せたかったの?」


「まぁな。キャンプに来ていた子ども達に教えてもらった」


「そうなんだ!良い子達だね!……そうだ。せっかくだし、お花摘みしちゃおっかなー」


「遠慮ないな。つーか、ガーデニングの花は摘んだらダメじゃないか?」


「少しだけ!ね?一輪だけで良いからさ!初デート記念に欲しいもん!」


「……そう懇願されても、俺は許可を出せる立場じゃないけどな。まぁ、なんだ。近くに落ちている花を拾うのはいいんじゃないか?」


「なるほど!えいっ!」


優羽は何を理解したのか分からない返事をした直後、足元にあった花を素早く摘んだ。

一切の躊躇(ためら)いが無く、笑顔のままだから清々しいほどに思いきりがいい。

それだけに煌太は目を丸くした後、何とも言い難い気分となってしまう。


「すまん。今のなるほどって言葉は、何に対してだったんだ?びっくりするくらい普通に摘んだよな」


「えへへ~。もし怒られたら一緒に謝ろうね?」


「俺は優羽の彼氏ではあっても保護者じゃないぞ。つまり監督責任は無い」


「そんな難しそうな事を言ってもダメだよ!さっき私を(そそのか)したでしょ?」


「いや……、注意したつもりだったんだけどな。とりあえず私有地の物だから器物破損及び窃盗罪だ。大人しくお縄についておけ」


「えー、なんだか冷たいなぁ?……あ、でも煌太。あそこ見てよ。ほら、あの立て看板に書いてあること」


優羽は摘んだ花を手にしながら、遠くに立てられている小さな看板を指さした。

しかし、あまりにも距離があるため煌太は目を凝らしても文字が認識できない。


「あれか?よく読めるな」


「ふふん。私、こう見えても視力は2.0以上あるからね。ついでに動体視力も凄く良いよ!」


「あと反射神経も飛び抜けているんだろ。はいはい、知ってる知ってる」


煌太は先に長所を述べておくことで相手の自慢話を遮りつつ、ほんの少し風化している看板の方へ近づく。

早速読んでみると、その看板にはサービス精神が旺盛の一文が書かれていた。


「えっと、『ロープで仕切っていない花壇の花は自由に摘んで下さい。ただし、不用意に多く摘んだり踏みつけないようお願い致します』。……へぇ、けっこう(いき)(はか)らないだな」


「ね?これで安心して摘めるでしょ?」


「そうだな。だけど節度は守れよー。お前の場合、何事も過剰な時があるからな」


そう言いながら煌太は、優羽が先ほど摘んだ場所を何気なく見た。

すると、そこはロープで仕切られた花壇であって、摘むことが禁止されているエリアだと改めて知る。


「あ……」


彼の口からは思わず間抜けな声が出てしまう。

それから優羽の方へ視線を向けるが、どうやら彼女はその事実に気づかないまま能天気に花を楽しんでいた。

その様子を見ていると咎める気は全く湧かなくて、あえて彼は指摘せず、今回だけは見て見ぬふりしようと心に決めるのだった。

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