21.料理も恋も獅子奮闘な乙女たち
「次はオメメ達が実力をみせつけてやります」
ブルプラの手番が終わった後、すぐにオメメ達のチームが名乗り出てみんなの前に料理を並べた。
しかし、それはスイーツの類だとしか分からず、一見どのような料理なのか大半が理解しきれなかった。
特にロゼッタからすれば首を傾げたくなることで、調理時に聞いていた話とは大きく異なる一品だ。
「これは何なのかしら?あの時はオムレツにすると話し合っていた気がするのだけれど。………もしかしてパンケーキ?」
皿の上を占領しているのは、真っ白な生クリームだ。
そして単に生クリームが高々と積まれているのみならず、缶詰のフルーツによって味と見た目の両方が彩られていた。
更に市販のチョコ菓子を使って装飾されているため、それはパフェケーキに近しい印象を受ける。
少なくともオムレツの原型は無く、想像していた料理とは掛け離れていた。
ただ子ども達は興味津々な眼差しで眺めてくれており、そんな期待に応える形で月音が説明を始める。
「私達が作ったのは、デリシャスキャッスル・ザ・オムレツエッグです!つまり既存のスイーツレシピを参考にした、月音オリジナルの卵料理!」
「ほとんど何を言っているのか分からないわ。とりあえず、一応オムレツなのね」
「はい。このスイーツは、小麦粉不使用の卵100%生地というわけです。私達の作り方がいい加減だったので、『なんちゃってスフレオムレツ』とも言えます。まさしくアレンジ料理!」
「凄いわ。説明のはずなのに、早くも言っていることが二転三転しているもの」
「お生憎様ながら二転三転するのは私の発言だけでは無く、この料理の味もです。とりあえずご賞味下され」
こうして月音に促されるまま、各々が卵料理なのかスイーツなのか分からないモノを食べ始める。
そもそも生クリームとオムレツもどきが合うのか。
そこは賛否両論が分かれる心配要素となるものの、何も躊躇せず食べてくれた生徒会長ヒバナが納得した表情を浮かべていた。
「ふぅん……。案外、悪くないのかもしれないわ。なんとも言い難い妙な食べ合わせで、普段なら少し避けたくなるような味。それなのに今はおいしく感じられる。なぜなの?」
食欲が進むとまで褒められるほどでは無いが、味の調整加減は絶妙であって、奇跡的なバランスが生み出されていた。
まるで研究開発された味だ。
その卓越したアレンジ力については、即興ながらも整えてみせた月音の技術力によるものだろう。
しかし、ロゼッタは彼女の真の狙いに一早く気づいてみせた。
「まさかこれは……。ブルプラちゃんの料理を踏み台にしたスイーツなのね?そして、先の事も見据えている一品」
「ふふん、さすがのロゼッタ社長。よく私の計算に気づきましたね。でも、それだけじゃあ無いのですよ」
月音はいつも以上に自信満々な態度で受け答えをし、既に勝者気取りで胸を張る。
実はこの一品こそ、まだ料理を出してないロゼッタにまで影響を与える狙いがあった。
だが、月音と同じチームメイトであるチサトは彼女の考えについていけず、焦り気味の様子で質問する。
「えっ?どゆこと?そもそも、なんでブルプラさんの料理が関係するわけ?」
「先ほどブルプラ課長が出した料理は、簡単に言えばピリ辛料理だったわけです。しかも食感は独特で食べ合わせも風変わり。そのおかげで、事前にハードルを下げてくれる役割まで買って出てくれた」
「まぁ、そうなるのかな……。まだ関係性が分からないけど」
「辛い物を食べた後に甘めのスイーツとなれば、そこまで特別な一品で無くとも有利な相乗効果が発生するわけです。それに思いきってスイーツにしたのは、他にも狙いがあります。なぜだか分かりますか?」
月音はまるでクイズの司会者みたく振る舞う。
そして、あまり意味が無い問いかけに対してロゼッタが答えた。
「この料理勝負の審査員には、図らずとも女性と子どもが多いわ。それで自由で食べやすいスイーツとなれば、より好印象を抱くでしょうね。更にスイーツを食べてしまった今、その後の料理に大きな影響が出てしまう」
「その通りです。ブルプラ課長の食べ応えある料理。そして次に果物と生クリームたっぷりスイーツ。そうとなれば既に満腹感を得てしまい、あとの料理については公平な評価はできなくなる。元より厳正な審査を目的として無いので、当然の障害と言えます」
「くっ……。飛び入り参加なのにやるわね。審査員のニーズに合わせる辺り、本気で勝ちを獲りに来ている手法だわ」
ロゼッタは歯痒い気持ちを覚える一方、彼女の計画性の高さに感服する。
これでロゼッタ側にとって唯一救いなのは、最初オメメ達は一手間加えただけのオムレツを提供しようとしていたことだ。
そのおかげで理想的なスイーツ料理にならず、『なんちゃってスフレオムレツ』になった。
これで本当に完成度が高いスイーツを出されていたら、かなり勝ち目が薄かった。
つまり、まだ誰の手にも勝機はあるはず。
そんなことをロゼッタが真剣に考えているとき、オメメが何気ない話題をふってきた。
「お母さん。あたしの料理、おいしくできてた?」
「えぇ、そうね。とっても上手で驚いたわ。オメメが作ったのは、この一番上のオムレツ部分でしょう。本当によくできているわよ」
「わぁ~…!お母さんに褒められた。嬉しいな。オメメとても嬉しいな」
あどけなく、ぎこちない笑顔。
それでも最高の幸せを表現した表情だと分かるもので、そんな彼女をロゼッタは可愛がるようにして撫でた。
「次は一緒に作りましょう。そして友達に手料理を振る舞ったり、手作りお菓子をプレゼントするのは素晴らしいコミュニケーションになるから」
「うん。お母さんと一緒に作る。それでオメメいっぱい上達する」
オメメはやる気満々と言った雰囲気であり、それと同時に楽しみにしているのが伺えた。
その二人の関係性はまるで本当の親子みたいであると共に、一般家庭の家族関係より良好に見える。
そんな中、料理大会の進行はそれとなく続いており、次はヒバナと優羽チームの出番となっていた。
そして、いつの間にか二人ともメイド服へ着替えており、それぞれの人たちに対して愛嬌を存分に振り撒いている。
「はぁい、どうぞ~!皆様のことを想って作った、愛情たっぷりリゾットだよぁ!お飲み物もお入れしちゃうよ~!」
優羽の方は接客対応が不慣れなのか、だいぶ怪しい言葉遣いが続いていた。
それでも持ち前の気前の良さと勢いで不器用な一面は誤魔化せるものであって、相手に好印象を与えられるよう尽くせていた。
何より野外という開放的な場なので、賑やかな接客の方が愉快になれる。
それについてはヒバナも同様で、にこやかな表情を作るのはお手の物だった。
「こちらはサラダになっておりますわ。それとお魚さんとお芋さんの付け合わせですのよ」
なぜかヒバナまで妙な言葉遣いになってしまっているが、きっと彼女なりの丁寧語なのだろう。
どう聞いても高飛車な喋り方ではあるものの、肝心の所作は丁寧で気に障るほどでは無い。
そういう所では育ちの良さが出ており、上品な振る舞いを維持していた。
ただ彼女ら二人の演技臭い豹変ぶりに煌太は戸惑っているし、ブルプラの方は別の事で感動を覚えていた。
「わぁ~!メイドさんが二人も居ますよ!素晴らしい絵面だと思いませんか、ロゼッタさん!」
「あのメイド服……。ブルプラちゃんが持って来たコスプレ衣装よね」
「はい!仮装大会するかなぁと思い、勝手に用意していました!あと肝試しでも変装に使えるかなと!」
「やたらと着替えの荷物が多いと思っていたけれど、いつもみたいにコスプレの準備をしていたのね。そして思わぬ場面で役に立ってしまうのが私達らしいわ」
「せっかくですからロゼッタさんも着替えませんか!?実は、前のイベントで着たステージ衣装もあるのですよ!」
「なんであるのよ……。着るけれども」
「わぁい!嬉しいです!ロゼッタさんのアイドルモード、また見たいと思っていたんですよね~!さぁ早く着替えに行きましょう!」
そうして着替えのためにロゼッタとブルプラの二人がみんなの所から離れている間、優羽は自分が着ているメイド服を煌太に見せびらかしていた。
それはいつもの他愛ない茶化し方であり、子どもじみた誘惑してみるも煌太にはあっさりと流されてしまうもの。
ただ優羽の勘は鋭く、時折煌太が見せる視線の泳ぎに感づくのだった。
「あれぇ~?もしかして煌太、彼女のメイド姿にちょっとドキドキしちゃってる~?緊張している気持ちが見え隠れしてるよ~?」
「確かに緊張はしているけど、別にドキドキは………いや、しているな。かなりしている」
「おぉ、まさかの正直者。いつもなら理屈っぽいこと言って誤魔化すのに。すんなり答えてくれるなんて珍しくない?」
「そんな言うほど俺が誤魔化している時ってあるか?それよりも、俺がドキドキしているのは別の事についてだからな」
「別のこと?」
優羽は不思議そうに言葉を漏らしながら、煌太の視線の先を探った。
するとそこにはメイド姿のヒバナが子ども達相手に接客を頑張っている所であり、それに気づいた優羽は驚きを隠せない。
「え?ま、まさか煌太って……」
「やめろ。お前、絶対に変なことを言うつもりだろ。他の女子に目移りするなんて浮気だとか何だとか」
「そうじゃなくてさ……。子どもが欲しいの?」
彼女の着眼点が予想外過ぎて、煌太は驚きで噴き出したい気持ちと素っ頓狂な思いが込み上がった。
合わせて彼女の思考回路に対する強い疑念も抱くところだったが、最終的に導き出された反応は溜め息混じりの深呼吸だ。
「すぅー……、っ……はぁぁ~………」
「なに今の?吐くのに詰まった溜め息?」
「いや、まぁ実際なんだろうな。ってか、お前が疑問を抱くポイントは俺の呼吸かよ。もっと他にあるだろ。さっきの飛躍した質問自体にさ」
「そうかな?私もいずれ子どもは欲しいし、早い内から二人の願望が揃っているのは良い兆しだと思うよ。どちらか一方だけが子ども欲しいと考えてたら、家庭円満が難しくなりそうじゃない?」
「その話している内容全部が飛躍しているって事を分かって欲しいんだけどな。とにかく気が早い話題だ」
つくづく突飛の無い発言ばかりで、煌太が困惑する場面が多過ぎるくらい。
しかし、どのような意図であっても優羽には善意しか無いから、何を言い出しても身構えずに済む。
それに彼女は、意外にしっかりとした考えと信念を持って生きている。
雲みたく捉えきれない瞬間が多いが、そんな自由で晴れやかな彼女のことが煌太は好きだった。
そう彼が思う中、優羽は何気なく最初の方へ話を戻してくれる。
「それじゃあ何にドキドキしていたわけ?私と違ってあまり見慣れないから、ヒバナちゃんにドキドキしたの?」
「いや、あっちの方を見たのは偶然だから気にしないでくれ。それにドキドキしていると言っても、この後のデートについて悩んでいたというか、ただ単に不慣れなことで緊張していただけだしな」
「デート?おぉー。もしかして彼氏らしくプランを練ってくれたの?こうも率先的だなんて、なんか意外だなぁ」
「俺は行き当たりばったりで行動するより、計画的に実行するタイプだからな。何よりお前に任せたら俺の体力が持たな………とりあえず、昼食が終わった後は一緒に歩くか」
ほとんど言ってしまったようなものだが、煌太は寸前の所で余計な発言を避けた。
それに対して優羽は特に思う様子は無く、すっかりマイペースな雰囲気で言葉を返す。
「何か私の方で準備必要なことある?例えば、銛やカヤックとか」
「………逆に訊きたいが、なんでそんなものが必要なんだ?」
「強いて言うならオシャレかな」
「先進的オシャレが過ぎるだろ。しかもお前の場合、その気になったらマジで平然と持ち歩きそうだし」
「えー?さすがに冗談なのになぁ~。そんなゲーム感覚で重い道具を持ち歩く人間が存在するわけないでしょ」
優羽は分かりきったような目つきで至極真っ当なことを訴えかけてくるが、このキャンプメンバーだと説得力に欠ける。
全員がその場で何かしらの道具を取り出して来ても不思議では無いし、どんな物だろうと用意してしまう行動力があるはず。
何であれ、念のため指定しておかないと余計な手荷物が増えそうだった。
「一応言っておくと、本当に散歩するだけだからな。持つのはスマホくらいで良い」
「うん、分かった!煌太の練りに練り上げたデートコース、それなりに期待しておくね!」
「あぁ、それなりに期待しておいてくれ。特別な用意はしてないけどな」
「ちなみにだけど、デートの最中に婚約指輪をサプライズプレゼントしても良いよ?」
「どんな要望だよ。実際そうするとしても、初デートに婚約指輪を渡すって色々と重過ぎるだろ」
「えへへっ、やっぱりそうかなー?」
冗談っぽく言っているが、やはり優羽も夢見る乙女なのだろう。
ちょっとだけ期待している雰囲気がある上、煌太がデートのエスコートしてくれるという話だけで喜んでいる様子だ。
長年慕っていた幼馴染だけに、こうして恋人っぽい付き合いができることに関して新鮮味を覚えているのかもしれない。
既に浮かれ気味の優羽。
そのせいで料理勝負に対する優先順位は落ちていて、もう頭の中は煌太に対する想いでいっぱいだった。




