6.チサト
煌太とロゼッタの二人が買い物を終えてから数時間後のこと。
「おっ邪魔しまぁ~っする!」
ちょっと奇天烈な喋り方で大声をあげながら、一人の少女が煌太の家へ遊びに来ていた。
訪れたのは、先ほど色々と話してくれたスポーツ少女の優羽だ。
そして客人である彼女を出迎えたのは、銀髪少女のブルプラだった。
「ようこそ優羽様~!わざわざお越し頂き、ありがとうございます!心から歓迎しますよ~!」
「わぁ、ブルプラちゃんじゃん!どう元気にしてた!?もしかしなくても、私に会えなくて寂しかったじゃないのかな~!?」
「そうですね。優羽様に会えない日は、少し物足りなく感じていましたよ!それに、こうして会えるだけで、もう武者震いが止まりません!」
「あっはは~!武者震いって何なの~!でも確かに、よく見たら今日は武者っぽい恰好だよね!薙刀とかに似合いそうだし!」
「本当ですか!?なら、薙刀を用意するので是非とも写真に収めて下さいね!」
活発で自由人の破天荒少女と、ずっと無邪気で快活なアンドロイド少女。
その二人の接触はお祭り騒ぎを引き起こすものであって、お気楽調子が果てしなく続くから防音対策が必要になりそうなほどだ。
ただ今日は単に遊びに来たわけでは無くて、優羽は少しだけ調子を落としながら尋ねた。
「そういえばさ、ロゼッタちゃんと煌太はどうしているの?」
「買い物から帰ってくるなり、空き部屋で色々と作業を進めているみたいですよ。なんか機材を運んだりしてて……」
「早速、前準備に取り掛かっているって感じだね!二人とも調べるのは早そうだし、滞り無く進んでいるんだろうなぁ!」
優羽は胸の内に期待を膨らませつつ、煌太達が準備しているという部屋までブルプラに案内してもらう。
そして部屋の前にまで着いた直後、彼女はノックせずに扉を押し開けた。
「やっほ~煌太!えっと、進捗状況?だったか何かを、幼馴染が視察しに来たよ~!……って、うーん?」
思いきって入室したのは良いが、そこにはロゼッタと煌太が寄り添う形で座り込んでいた姿があった。
二人とも疲労困憊したように機能停止していて、目からは生気が失われている。
これには予想外であって、さすがの優羽も困惑した。
「ぬぬぬ……、なんで意気消沈しているのやら」
見たところ、既に一通りの機材準備は整え終えたようだ。
だから二人が何に対して躓いているのか分からず、優羽は気を取り直して普段通りの態度で接した。
「なに二人でイチャついているのさ!あ、もしかして配信するに当たって、カップルチャンネルを始めたとか!?中々レベル高いことをするねー!」
そう茶化すが、外で会った時と比べて露骨に反応が鈍い。
数秒の間をあけて、ようやく煌太が顔を向けてくれるほどだ。
「あ、あぁ……優羽か。あのな、実は色々と問題があることに気づいたんだ」
「問題?二人揃えば何でも解決できそうなのに?そもそもスマホ一つあれば動画も配信も手軽にできるって、教えた気がするけど」
「そうじゃなくてな。その……ロゼッタが超真面目というか、びっくりするくらい本気過ぎてな。やるからには妥協できないって言って、完璧を求めるあまり試行錯誤もできないんだ」
「……あー……、なんか想像つくなぁ。それで思案する段階で精神力を使い果たして、こんな悲しい状況なんだね」
ロゼッタは今朝の通り、洗剤一つで大騒ぎしてしまうほどに自分が実行する事に関して真剣だ。
どうしても完璧に取り組みたい。
その気持ちばかりが率先するから、逆に最初の一歩すら踏み出せない状態に陥ってしまっていた。
そんな彼女に向けて、優羽はアドバイスを送る。
「でもさ、初挑戦する事なんだから、失敗を繰り返しても良いんじゃない?手探りで始めるのは普通のことでしょ。よっぽど挑発的な内容でも無い限り、問題視されないから大丈夫だって!」
この励ましにロゼッタは僅かに反応を示し、小さく口を動かす。
その発言を煌太が聞き、なぜか彼を介して代弁する手間がかけられた。
「せめて模索するための指針や考え方を知りたいってさ。まぁなんだ。その道のベテランから話を聞きたいんだろ」
「その道のベテランってことは、つまり配信活動している人に相談したいって事でしょ?うーん、それは始めるより難しいような気がするなぁ~」
優羽が悩んでいると、その隣ではブルプラがロゼッタを引っ張りあげ始めていた。
それから彼女の元気が出るように、ブルプラは声援と説得を繰り返している。
しかし、未だにロゼッタ本人の反応は薄い。
まさしく処理落ち状態と言えて、その光景を見ながら優羽は思い出したかのように呟いた。
「そういえば、ソシャゲ仲間で配信しているって子が居たかな。相談どうこう以前に、私の連絡に反応してくれるか分からないけど」
「へぇ、なんか意外だな。まだゲームアプリなら分かるけど、ソシャゲをやっていたのか」
「私も年頃の女の子だからね。話題性があるものは触れておかないと。ちなみに、その子は………なんだったかな。そのソシャゲのトップランカー?だとか」
「あぁ、いわゆる廃人か」
「よく耐久配信もしているらしいよ?って、おぉ?凄い。もうダイレクトメールに返信きた」
優羽は既に連絡を送ってくれていたらしく、スマホを片手に驚きの表情を浮かべていた。
それから連絡のやり取りを何度か繰り返した後、彼女は話しかけてきた。
「相談くらいなら乗ってくれるってさ。ただ私のスマホでするより、そっちのパソコンで連絡した方が良さそうだね」
「なんというか、こんな見ず知らずの人にアドバイスしてくれるなんて意外だな。本当ありがたい話ではあるけど」
「まぁ根っからのネット育ちからすれば、見ず知らずのフレンドが多いからね。そういう区別した感覚とか無いんじゃない?」
「何にしろ、粗相無いように気を付けないとな。それでどうやって連絡を取れば良いんだ?」
「えっとね。SNSで、まず相互フォローして………」
更に優羽は煌太と連絡相手の仲介役を担いながら、お互いに準備を進めていった。
そしてようやく、しばらくして相手と通話する状況へ持ち込めるのだった。
ロボット製作で使用していたマイクを引っ張り出して繋げ、調整し、最初に煌太が声をかけた。
「あ、あー。えっと、もしもし?その聞こえますでしょうか?」
お互いに画面には顔を映して無い。
だが、初対面かつ世話になることから、煌太は慎重な態度で話しかけた。
すると相手からは物静かな、だいぶ落ち着いた印象を受ける女の子の声が返ってくる。
「……んー……はい。聞こえるよー…」
「あ、よかった。あははは…」
「……なんか、マイク近くない?ブホブホしているけど。もしかしてASMRでも始めるつもりなのかな?」
「え?あぁ、息がかかっているのか。ごめん。いや、申し訳ないです」
「うん、そう固くならなくて良いよ。ところで男なの?ユッキーさんからは女性だと聞いていたけど」
「ユッキー?あぁ、そういうことか。って、そうじゃなくて、えぇっとな……」
煌太は上手く受け答えができず、ぎこちなくなってしまう。
単純に親睦を深めるためにコミュニケーションを始めたわけでは無いから、どこから話し出せば良いのか困っているようだ。
だから見かねた優羽が、ついに飛び入り参加してきた。
「こんにちはチサトさん!私がユッキーだよ!」
「あ、そこにユッキーさん居るんだ。音割れ凄いね。話す度にビックリマーク付いてそう」
「うるさくてごめんね!それでさ、相談したいのはロゼッタちゃんって子なんだ!ちなみに今話していたのは友達で、ロゼッタちゃんの雇い主的な立場なの!」
「いきなり設定を語られても、私の頭には入って来ないんだけど……」
「とにかくロゼッタちゃんに代わるね!色々と聞きたいみたいだから!ほら、ロゼッタちゃん出ておいで!」
優羽は会話を進める姿勢なら誰にも負けず、ロゼッタをマイクの前へ強引に引っ張る。
そこで改めて、そして初めて相談相手との通話がまともに始まるのだった。
「どうも初めまして。私がロゼッタよ。そして、これからよろしくお願いするわね」
「うん、初めましてー……。私はチサト。毎日、囲いと楽しくゲームしているだけのダウナー系な女性配信者……、って紹介で良いのかな。うん」
「分かったわ、チサト様ね。ちなみに私はアンドロイドの身であり、先ほどの男性、煌太様と言うのだけれど、彼を守るために未来からやって来たわ」
「変な設定を盛り込んでいるね。私も人のことは言えないけどさ。それで…、どんな配信をすれば良いのかって話みたいだけど……?」
「そうよ。第一の目標としては、みんなを楽しませることをしたいの。ただ漠然としてしまっている部分が多くて、イマイチ明確な方法が思いつかない状態なの」
「それは要するに、エンターテイナーを目指しているってコト?志が高いと言うより、難しいことを言うねー…」
おそらくチサトという女性配信者が想像していたより、だいぶ向上心が高い返答だっただろう。
そもそも公式チャンネルでも無い限り、そこまで初期段階から企画を煮詰める必要が無いと感じたはずだ。
しかし、相手は方向性の決め方を真摯に考えてくれて、言葉を続けた。
「とりあえず私の方から質問して、それから決めていった方が良さそうかなー…」
「えぇ、任せるわ。今の私は何一つ方向性が定まってないままだから」
「まず何が得意なの?あとは趣味……、もとい好きな娯楽とかは?とにかくモチベーションに繋がることを教えて」
「今は得意では無くとも、少し時間をかければ何でも得意にできるわ。それと娯楽については、ジャンル問わず好きね」
「うん?……もしかして万能な感じ?ダンスとか料理もできるの?」
「戦闘を想定したアンドロイドではあるけれど、完璧に習得できる自信はあるわ。それも短時間でね」
ロゼッタは淀みなく言いきる。
それは疑う余地を与えないもので、そこがチサトにとって引っかかる要素だったらしい。
ただ彼女は自分が感じた事を一度引っ込めて、質問を続けた。
「ゲームはできるの?」
「それも経験は皆無に等しいけれど、情報分析さえすれば完璧にこなせるはずだわ」
「そうなんだ、良くも悪くも隙が無いね。そういえば前に動画見たよ。なんかフリスビーだかを取り合っているやつ」
「あら、そうなの。光栄だわ」
「あれを実際にやっているならスタントマン系もできるよね。あと幅広い需要があるのは、やっぱり街中ドッキリ、路上パフォーマンスかなー。それらは配信向きでは無いけど」
「動画と配信で、また色々と分かれているのね」
ロゼッタは眉を潜めて、気難しそうな表情を見せる。
もはや人間の娯楽については、各々の感性に左右されてしまう。
ましてネット空間における価値観は千差万別であって、当然ながら万人に通じる最高傑作は存在しない。
くだらないけど一番好き。
酷すぎて最高に面白い。
何もかもが滅茶苦茶で破綻しているのに感動する。
暴力的なのに惹き付けられる。
専門的な事は何一つ分からないのに、その分野を好んで見てしまう。
当然これは特殊な一面であって、大半は面白いから好きで充分だ。
ただ、それらの感性をアンドロイドである彼女が理解するのは、やはり無理難題である事に違いない。
「簡単に言えば、動画はいつ見ても面白いという形を作りやすいからねー…。ただ配信は配信で、コミュニケーションが取れる強みがあるかな。一体感とか大事だし」
「困ったわね。やっぱり最初の問題として、どれから手を付ければ良いのか悩むわ」
「うん、最初は動画投稿で良いんじゃないかなー…?いきなり配信するのは悪くないけど、どう宣伝しても細々とやる他なくなっちゃうし」
「分かったわ。まずは動画で宣伝するという事ね。どういうジャンルが良いのかしら?」
「え?いや、まぁ普通は好きな事を自由にやるものだけど、ロゼッタの場合は目的が違うみたいだしね……。それこそ、さっき言ったスタント系でも良いんじゃないかな?全世界に通じるからさ」
「ありがとう、参考にするわ」
ロゼッタは相手の話を聞きながらメモを取り始めた。
本来ならメモを取る必要性は無いが、煌太の協力と理解が必要不可欠だから書き上げていく。
「うん。どれだけ練っても上手くいくとは限らないから、気楽にね。あぁ…あと、動画よりロゼッタ自身についてだけど」
「何かしら?」
「大事なのは自分が心から楽しむことだよ。そして大勢のリスナーを心から楽しませること。それが基本的な大前提。炎上系すら、本人が楽しんでこそだからね」
「互いに楽しめるようにって事ね」
「うん、だからネガティブな情報は発信しないように。それと、もう少し親しみあるキャラ付けした方が良いよ。今だと単純に高嶺の花で、芸人やアイドル適性も無いから」
チサトとロゼッタの会話は長く続いた。
ただ傍から聞くに順調そうであり、ロゼッタも一気に理解を深めていっているようだ。
そんな彼女の表情は真剣そのものだが、非常にワクワクした雰囲気が感じられるほどだった。
こうなると煌太は自分が邪魔かなと感じて、ひとまず優羽とブルプラの二人を部屋から連れ出すことにした。