20.刮目せよ!これぞブルプラの傑作品!?
今回の料理勝負はルールを定めておらず、とてもカジュアルなものだ。
つまるところ誰が一番に料理センスを持っているのか、それを本気で決定するための勝負では無い。
しかし私らの場合においては、遊びでも全身全霊を尽くすのが礼儀だ。
ぶつかり合い、手を尽くし、実力を出しきって勝利を掴み取る。
そして敗者は人権を奪われ、勝者に絶対服従する奴隷と化す。
「……と、いつもブルプラはそのつもりで競っております。だからこそ、今回の勝負もブルプラは絶対に負けられません!」
「さっきから何物騒なモノローグを呟いているのかしら?それより一番手は誰から行くの?最初は空腹感が強いから、より高評価を得られやすいわよ」
既に実食するための会場を整え終えており、全員がそれぞれの席に座って料理を待っている状態だ。
ちなみに、同じくキャンプへ来ていた家族連れの方々も審査員として参加してくれているので、想定より大事になっている。
よって身内だけの勝負では収まらなくなっているため、一番手は大きなプレッシャーを感じることになるだろう。
ただし、ブルプラだけは全く別の考えで一番手を避けようとしていた。
「ふっふっふー。知っていますかロゼッタさん。こういう勝負では、実は一番手ほど損をするものなんですよ!なぜなら漫画のお約束に則れば、先攻は確実に負けますからね!」
「でもブルプラちゃんの場合、あっさり優勝できると自負しているのでしょう?」
「もっちろんです!今回は特に自信作なので、ブルプラが負けるなんて万が一にもありえません!もう全員が満点を出してくれて、他の人がビビり散らかす姿が目に映りますよ!きっとロゼッタさんですら、どっひゃ~こりゃあ驚れいたなぁ~って言っちゃうほどです!」
「そう。つまり貴女が先陣をきってくれるのね。ほら、冷めないうちに並べなさい。盛り付けは手伝うから」
「あはぁん、もうしょうがないですね~!皆さんの戦意が喪失しないか、ブルプラは心配ですよ~!てへへ~」
ブルプラは自信過剰の極みへ達しており、完全に浮かれていた。
そのせいで彼女はロゼッタに乗せられた事すら気づいてないみたいだが、どちらにしても漫画のような展開にはならないので、一番手の方が有利なのは事実のはず。
しかし、ブルプラの得意気を越えたドヤ顔を見ていると、もはやかませになることが運命づけられているように見えてくる。
実際、彼女の料理はかませに相応しい見た目をしており、その想像を超えた一品にロゼッタは驚愕するのだった。
「ちょっと待って。どうして炒飯が真っ赤なのよ」
お米だけが赤っぽいとかでは無く、完全な赤一色だ。
しかも血より鮮やかな赤色に染まっていて、色合いにバラつきが無いことから着色料を投入したとしか思えない。
少なくとも普通の調理ではありえない変色具合であり、一目見ただけで言い表し難い不安を掻き立てられる。
ただ、やはりブルプラは胸を張って自信満々に答えるのみだ。
「この赤さは、ブルプラの燃え上がる愛情を表現した結果です!」
「でしょうね。それで、その具体的な表現方法はどうしたのかしら」
「色んな香辛料をドバードバーっと、たくさん入れました!そしたら、いつの間にか真っ赤になりました!」
「そうなの……。この色が意図的じゃないことに恐怖を覚えるわ。あと妙に大きな具材が入っているけれども、これは何かしら」
「それは餃子ですね!」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、ブルプラは曇りない笑顔で教えてくれる。
しかし餃子まで赤一色に染まっているので、人間が食べていい状態なのか怪しい所だ。
「これ餃子なの?子どもじみた……いえ、奇抜な発想ね。でも、どうして餃子をそのまま丸ごと投入したのよ」
「こうすれば具がモリモリで、すっごく食べ応えがあるかなと思いました!それに一度に色んな食感と味が楽しめるので、想像を上回る満足度をもたらしてくれますよ!」
景気いい態度で全てに答えてくれたが、色々な要素を詰め込み過ぎて大雑把になっているがよく分かった。
そして彼女達二人の会話を聞き、煌太はブルプラが前に作ったピザを思い出すのだった。
「そういえば、前にピザを作ってくれた時はとんでもない量の具材が生地を占拠していたな……。味もかなり濃かったし」
それでも、その時は一応おいしかったという感想で済ませられた。
だが、さすがに今回の完成品については口へ入れるのに抵抗感を覚える他ない。
見慣れているはずの料理が見慣れない姿へ変貌しているため、ただ単に食す勇気が要求されてしまっているのが現状だ。
まして身内以外の人、更に言えば小さいお子様に食べてさせても大丈夫なのか不安だった。
だからブルプラに対して失礼極まりない話だが、まずは安全性の確認を取らなければならない。
そのせいで誰もが慎重になりかける中、優羽は能天気にテンションを上げていた。
「わぉ~!すごいね、これ!どこかの地方では真っ赤な炒飯があるって聞いたことはあったけど、初めて見たよ!じゃあ早速、いっただきま~す!」
様々な人達を気遣った上での振る舞いにも受け取れるが、優羽の場合は何も考えてないだけだろう。
そんな態度と雰囲気であって、彼女は一切の躊躇いなくスプーンで山盛りに掬い、大きな一口で頬張る。
まさに引き止める間も無い危険へのダイブで、ブルプラを除く全員が固唾を呑み込み見守っていた。
「ん?んー……、お?ふーん。へぇ~、ほぉ~ん。ふむふむ。おぉこれは!…えっ…?」
なぜか優羽は疑念がある声を漏らしたり、釈然としない表情を浮かべたりする。
それから一人で納得したり驚いたりするので、どんな味なのか何も分からない上に伝わってこない。
何であれ、見た目ほどインパクトある味では無いみたいで一安心できる。
そして優羽が更に二口も食べた後、ようやく彼女は感想を声に出してくれた。
「ブルプラちゃん、おいしいよ!ちょっとクセがある味が特徴的で、やみ付きになるかも!」
「わぁい!お褒めの言葉ありがとうございます、優羽様!」
優羽の言葉に対してブルプラは純粋に喜んでいるが、周りの人達からすればイマイチ理解しきれない感想だった。
とにかく彼女の顔が赤くなったりしていないので、見た目の色合いに反して辛くないと判断して良いのかもしれない。
とは言え、やはりまだ他の人達は食べることに警戒している状態だ。
「しょうがないな。俺も食べるか」
もっと具体的な味を教えるべく、次に煌太も食べることにする。
それからスプーンを炒飯へ差し込んだ瞬間、一気に鼻の奥へ匂いが突き抜けてきた。
その匂いは少し刺激的ではあるものの、食欲をそそる香ばしさに満ちている。
「す、すげぇ。この匂いだけ悟った。これがメインディッシュだと脳が理解らせられてしまった。まさか、今回は会心の出来栄えで、ついにブルプラがロゼッタに匹敵する腕前を披露するのか……!」
そう思い、いざ期待を胸に煌太は警戒心を捨てて食べる。
もちろん食レポでは無いので、口へ入れた途端にリアクションを取るわけではない。
時間をかけて味を堪能し、頭の中で情報を整理し、静かに呑み込んだ後も言葉を選ぶようにして喋った。
「一言で言えば、甘辛いな。臭いは間違いなく激辛の食べ物そのものなのに、実際は噛む度にピリ辛で済む程度だ。それに各素材の甘味が存分に活きているは、ちょっと感動する。ただ食感については……、まぁ色々と混ざり合っているせいで少し違和感があるくらいだ」
そのまま餃子が入っているせいで、食べた時にはベッチャリとした感覚が広がってしまうが、気になるのはそれだけだ。
褒められる味なのは事実で、これはこれで有りだろうと思うに値する。
それに辛すぎないと分かれば、この真っ赤な色もユニークに見えてきて面白い。
つまり結果的に匂い良し、見た目良し、味良しの三点が揃っているわけだ。
「これなら他の人も食べて良いぜ。満足できるおいしさなのは保証する。……食べた後に少し体が熱くなるけど」
体が温まるのは使用されている素材による影響で、ブルプラが愛情表現するために工夫した結果であり、冬のキャンプを考慮した事によるものだろう。
何にしろ、彼と優羽によって安全性の確認が取れた今、他の人達も食べない理由は失われた。
むしろ食べた時には歓喜の声が続出するほどで、ブルプラはかつてない手応えを感じることになっていた。
「う、嬉しいです!皆さんが、こんなに大勢の人がブルプラの料理を食べてくれるなんて!あまりにも嬉しくて涙が溢れ出そうです~!うぅ~!」
ブルプラはわざわざ目薬を差して涙目を演出する。
ややチープな手段だが、それだけ感動の気持ちが高まっていると表現したかったのが分かる。
何より、その僅かな涙以上に感涙した態度が表情に出ていた。
そんな彼女の頑張りと成功に対し、ロゼッタは素直な褒め言葉を送った。
「おめでとう、ブルプラちゃん。これは立派に成長した証になるわね」
「ありがとうございます!今度はオヤツ作りにも挑戦しますね……!」
「えぇ、是非とも。期待しているわ」
「あと満場一致で優勝できて嬉しいです!」
「あらあら、それは気が早過ぎるわね。まだ三チームも控えているのに」
「でも、円満な雰囲気のまま料理勝負を終わらせた方がスッキリしませんか?あとの料理は、勝負を忘れて普通に楽しみましょうよ!」
これは素なのか、それとも勝ち逃げ作戦で事実上の勝利として終わらせるつもりなのか。
どんな考えがあったとしても、ロゼッタも勝利を欲しているので彼女の発言を受け入れるわけが無かった。
「それとこれとは別よ。ブルプラちゃんの腕前は認めたけれど、私はまだ敗北を認めたつもりは無いわ。それとも、あれほど美味しく料理でも私には勝てないと、既に察しているのかしら?」
「うぅ~ん、上手い挑発ですね……。いいでしょう!そこまで言うならブルプラは正々堂々と勝ってみせますよ!この史上最高の一品で勝負です!そして潔く散ってみせます!」
「……今度は一人で勝手に負けているわね。相変わらず慌ただしい子で飽きさせないわ」
こうしてブルプラの料理は予想以上の高評価を得て、実質ロゼッタとの一騎打ちへ持ち込まれると思われた。
だが、勝負の行方はまだまだ分からないものだ。
しかも、間もなくここで全員が全く予定していなかった要素が加えられることになる。
それは煌太の何気ない一言がきっかけだった。
「あれ?そういえば優勝賞品とかあるのか?」
ぼやき同然の声量ではあるものの、一応優羽に問いかける発言だった。
だから彼女は反応し、ありのままに教える。
「特に決めてないよー。この勝負自体、おまけみたいなものだもん。ってか、遊びだよ遊び」
「そうなのか。でも、せっかくだから何かあった方がいいだろ」
「そうかもしれないけど……。ちょっと後出し過ぎない?もう調理が終わった後だしさ」
「じゃあ俺の気まぐれって事で賞金を追加な。……よーし、みんな聞け!優勝者には俺から百万円を贈呈だ!ちなみに一人頭で百万プレゼントだから、分配の心配はしなくていいぞ!」
当然ながら場は騒然とする。
その理由は様々だが、一番は煌太が最低でも百万円をポケットマネーから出資する点だろう。
そんな気軽に大金を出していいのだろうか。
しかし、本人が気前よく言ってくれているので、わざわざ制止しようとする方が失礼に当たるというものだ。
「いつも堅実な煌太にしては大胆な話だね。凄いけど、そんな勢いだけで言って大丈夫なの?」
「いいんだよ。そもそもこのキャンプ自体、俺が提案したことだからな。それなら少しでも思い出に残ることをしてやらないと。思い出も賞金も多いほど嬉しいってな」
「あっはは!なにそのオッサン臭い言い方~、変なの~!ふふっ、あははっは~!」
「俺、そんな大声で笑われるほど変な事を言ったか……?けっこう真面目に言ったつもりだったんだけどな……」
男前に格好つけたはずなのに、すぐ優羽に笑われてしまう始末で煌太は困惑する。
一方でオメメ、チサト、月音の三人チームは独自に集まって相談し合っていた。
相談内容は今しがた言われた賞金のことであり、ブルプラの料理についてだ。
そしてこのチームでは、普段は偏見オタクでしかない月音が率先して話す立ち位置となっていた。
「煌太先輩は凄いなぁ。あんな気軽にお金を出せちゃうなんて」
「しかも百万って、マジでお金持ちなんだね。あー、玉の輿できそうなユッキーさんが羨ましい」
チサトが言いなれた口ぶりでユッキーというが、その名前はオメメにとって初耳だった。
「ユッキーさんとは誰のこと?」
「え?あぁ、そっか。ユッキーは優羽のユーザー名ね。でも、私からすれば愛称みたいなものかな」
「おぉ~……。つまり親友ならではの呼び方。凄い、素晴らしい。オメメもみんなの事をニックネームで呼びたい。ニックネームのコツを教えて」
「相手に伝われば、好きに呼んでいいんじゃない?それはともかく、ブルプラさんの料理がおいしくてびっくりしたなぁ。あれだと賞金は無理そう」
「うん。オメメ達、元から途中参加で調理時間も無かった。そしてあたしの料理も……下品な見た目」
「げ、下品って……。それは言い過ぎ、でも無いのかも」
彼女ら三人が作ったのはオムレツで、しかも各々が作って重ね合わせたもの。
何の工夫も無ければ、褒められる要素も無い。
それでも一人一人のオムレツが綺麗なら良いのだが、実際は三人とも悲惨な出来栄えとなっている。
だが、ここで月音が逆境を逆手に取る手段を思いつくのだった。
「私に任せて下さい。一か八かの賭けに出ます。改良改善……、もといアレンジは私が最も得意とする事なので」
いくらアレンジが得意だとしても、短時間で用意できるのか。
そんな不安を余所に月音はすぐさま間に合わせてみせ、彼女らのチームは二番手として料理を提供するのだった。