15.オメメとチサト
交流ついでに散策していたチサトと月音。
それから二人の会話が弾み出した頃に、偶然にもオメメと合流する。
そして彼女から写真撮影の事情を聞かされた後、月音は少し羨ましそうな眼差しを向けながら応えた。
「そうだったんですね。ロゼッタさんや煌太先輩と競争していて、良い写真を撮ろうと……。張り合いがあって楽しそうですね」
「あたしは本気で勝ちにいくつもりです。そして、今こそオメメの成長を見せつけてやります。そのためにも、まずは一帯の景観を偵察していました」
「なるほど。これは私の推測に過ぎませんけど、煌太先輩はドローン撮影を駆使するでしょうね。あのロゼッタさんと拮抗するには、それくらいのテクノロジーは準備しないといけませんから」
月音は煌太の研究パートナーというだけあって、彼の行動パターンを熟知していた。
実際、理にかなった推測であるし、ドローン撮影を使用するのは煌太らしくて納得できる。
加えてオメメは彼女の話で思い返すことがあり、その内容を話した。
「そういえば、煌太お父様はロゼッタお母さんとキャンピングカーに戻って、荷物を漁っていたような」
「煌太先輩が荷物を?あー……。それはドローンの用意じゃなくて、隙を見て私達の下着でも漁ってるのかな。私は勝手に拝借されても気にしませんけど」
月音はいやらしい口調で冗談を口にした。
もちろん本心では、私物が漁られている可能性は万が一にも無いと確信している。
しかし、この冗談は余計な不安を煽ることになってしまったらしく、チサトが怯えた顔で小さな悲鳴をあげていた。
その引き気味の反応からして、煌太が下着を物色する光景を想像したのだと分かる。
「チサトさん。念のために言っておきますけど、煌太先輩は出来心で変な悪戯する方じゃないですからね。そもそも弁え方を知っている人です」
「そ、それでも変な想像しちゃうからやめて欲しかったなぁ」
「あぁ、すみません。セクハラ紛いになってしまったのは、さすがにライン越えでしたね。失礼しました。……だけど、同時にちょっと意外な気もします」
「えー。意外って、何が?」
「チサトさんって、女性としての自覚を持っていて、しかも自分に魅力あるという自惚れがあるんだなぁと。もっと自尊心が弱い方だと思ってました」
「いやいや。私は豊満なボディから顕著に掛け離れているけど、異性を強く意識する年頃だからね?ってか、それもライン越えでしょ!むしろ今の方が失言度が高いって!失言度数120点!」
二人は既にふざけ合える程度に信頼関係を築いているみたいで、相手の心に踏み込んだ言い合いを楽しんでいた。
ただオメメだけ会話に付いていけず、とても不思議そうな声を漏らす。
「ところで他人の下着にイタズラって、何をするんです?落書き………とか?」
「汚すという意味では落書きみたいなものでしょうね。それにしても本当にドローンで空撮されたら、一筋縄では勝てないですよ。広大な景色は絵になりますし、迫力も生み出しやすいですから。どうであれ、選択の幅が広いのは手強いことです」
「うーん、色々と言われても難しい。正直、あたしは写真自体にも慣れてないので。オメメ知識不足」
「でしたら、私も写真には詳しくないですけど、舞台演出の観点からアドバイスはできると思います。ちなみにテーマは決めていますか?または、どんな雰囲気の写真を撮りたいとかは?」
「そういうのは、まだ何も……。テーマについては自分で決めていいと、お父様が言ってました。それにこれは思い出作りの一環だとも」
「つまりルールは設けず、とにかくお気に入りの写真を撮れってことですね。となれば、慣れる意味合いも含めて物量で攻めましょう。ひたすら撮って、そこから輪郭を掴むのが良いかなと。千里の道も一歩からと言いますから」
具体性には欠けているものの、すぐさま次の方針を見出してくれるあたり、月音の社会経験の豊富さが感じられる。
ただチサトからすれば年下の女の子であることには変わらないので、ここで年上に相応しい貫録を示そうと見栄を張った。
「それじゃあ手探りの内は、被写体が居た方がいいんじゃない?ここにちょうど可愛い女の子が二人いるわけだし、それだけでも写真映えするでしょ。ね、月音さん」
「一緒に持ち上げてくれているところ悪いですけど、私は華があるタイプじゃないですよ。むしろ日陰者で、石に潜む虫と同じです」
「いきなり卑下し過ぎでしょ。もし容姿に自信が無くても、こう………後ろ姿で撮れば美人に見えてくるから。何なら、にへら~って愛嬌ある感じに笑っていれば雰囲気美人になるって」
「それって、普段から笑顔を作れる人じゃないと無理な芸当ですよ。どうせ撮るなら修正加工しましょう。修正加工までが化粧と言うことは知ってます」
「え、それはダメ。加工なんてしたら真顔になって見劣りするよ。そもそも自然な笑顔に勝るもの無し、ってね。だから笑顔が上手なアイドルに人は惹かれるわけだしさ。普段では見られない表情こそに希少価値があるの!」
唐突にチサトは自然体こそが一番魅力的だと力説してきた。
きっとリスナーからの受け売りだ。
説得力はあるかもしれないが、もしこの意見を真に受けたものなら、全人類にアイドル級の能力が要求されてしまう事になる。
当然、そんなことは非現実的な話であって、元より容姿に自信が無い月音は困り果ててしまう。
一方でオメメからすれば、写真を加工しようが無修正だろうがどちらでもよくて、スマホのカメラを彼女らに向けた。
「とりあえず長々と論ずる前に一枚撮りましょう。オメメは手応えが欲しいです。なので、アイドルに匹敵するスーパーな表情をどうぞ」
「わっ、ちょっと……!」
月音とチサトは揃って慌てながらも、なんとか一瞬で表情を作る。
不意に撮られた上、証明写真と変わらないくらい真正面からの撮影だ。
そのせいで見栄えが悪く、不自然な一枚となってしまったはず。
それは撮られた側ですら分かりきっていたが、なぜかオメメは目を輝かせていた。
「おぉ……。これは、たぶん凄い奇跡の一枚」
凄い奇跡という言葉がどんな意味でも解釈できてしまうため、月音の中で一気に緊張感が高まる。
よほど変な顔になってしまったのか。
そう思うと確認しに行く勇気が出ず、つい立ち止まってしまう。
なんなら今すぐ逃走したいくらい。
対してチサトは彼女より良い表情で撮れているという自信があるみたいで、ちょっと得意げな様子で覗きに行った。
「どう?いつも顔出し配信しているし、悪くない感じでしょ?表情作りには自信があるんだよねぇ」
「そうだったんですね。どうりでインパクトある表情だと思いました」
「でしょ~?……って、なにこれ!?ヤバ!消そう!それか修正しよう!今すぐに!」
今しがた撮った一枚を見た瞬間、チサトの態度が一変する。
よほど酷い顔となってしまったのか。
そうとなれば月音は好奇心に駆られ、怖いもの見たさに確認したくなる。
「そんなに奇跡的な表情を作れたの?ちょっと見せて……」
「あ~ダメダメ!今のは練習!撮り方もおかしいから!とにかくもう一度撮って、それから修正して……!」
「同じ場面を二度も撮ったら、先ほど力説していた自然体から遠のきますよ。それよりも今の写真を見せて欲しいです」
「ここから先は関係者以外は立ち入り禁止!私は命にかけても阻止する!月音さんに呆れられたくないから!年上の威厳を保つためにも全力を尽くす!」
「そこまで必死に悪あがきする方が、みっともないと思いますけど……」
月音は近づいて見ようとするが、チサトは体を張って止めにかかる。
全身全霊で彼女の前進を遮り、どう覗いても画面が見えないよう慌ただしく身振り手振りを繰り返した。
あまりにも必死でかわいそうになるくらいだ。
だから月音が引き下がろうとした矢先、彼女のスマホに着信音が鳴る。
「そんなに嫌がるなら引き下がりますよ。誰しにも知られたくない事はあるでしょうから」
そう言いながら月音はスマホの着信メッセージを確認すると、どうやら一枚の画像が送られてきたようだ。
それはチサトが必死に隠そうとしていた写真であり、差出人は当然オメメからだ。
しかもチサト本人にまで送っていて、この事態が意味することに気が付いた彼女は狼狽する他なかった。
「はっ!?嘘でしょ!このタイミングで拡散するなんて、やっていることヤバいって!あ~月音さんは見ちゃダメ~!むぐぅ~!」
「もう手遅れです。待ち受け画面にします」
チサトは月音のスマホを取り上げようとするものの、時すでに遅しだ。
どれだけ必死になっても目撃した記憶は抹消できない。
一方でオメメは平然とした顔で、何の悪気もなく語り出した。
「最高の自然体だと思い、是非とも皆さんと共有したくて送信しました。それに普段では見られない一面ほど希少価値が高いと、誰かが言っていました」
「あらゆる角度から私の羞恥心を撃ち抜くのはやめて!それに修正しようと言い出した時点で、ちょっと前の力説ドヤ顔を記憶から消し去りたいくらいなのに!」
「うーん、あの表情も撮れば良かったのかな。やっぱり写真は難しいけど、オメメ挫けません」
「私は挫けそうだけどね!?」
そうして迫真に声を荒げるチサトの表情が素晴らしいと思ったのか、オメメは相手の焦燥を気にせず再び撮影する。
もはやチサトは被写体になる運命から逃れられないようだ。
そんな二人で騒がしく撮影する様を横目に、月音は送られた画像をまじまじと見ながら呟いた。
「………うん、まぁ良くも悪くも印象が残る表情ではあるかな。ズームのせいでチサトさんの顔だけになっているし、修正以前の問題だけど」
先ほどオメメが撮った写真にはチサトの顔しか映っておらず、角度や光りの入り方まで最悪そのものだった。
何より両目が半開きで口元が不自然に歪んでいるのが印象的であり、普段では見る事ができないギャップがあるからこそ、非常に希少価値が高い一枚と言えた。