14.気楽にゆっくり散策
それぞれが全力で遊んでいる一方、研究員の月音と配信者チサトは特に宛ても無く山中を歩いていた。
お互いに肩を並べ、相手の歩行速度に合わせて進んでいるが目的地は定めていない。
ただ何気なく、それこそリフレッシュするために散策ルートを通っているだけ。
しかし二人の性根に合っている時間の過ごし方なのは間違い無く、最初は身の上話で会話を弾ませていた。
「へぇ。月音さんは普段、そういう仕事をしているんだね。私より年下なのに、比べものにならないほど立派で偉いなぁ」
どうやらチサトは月音の日常生活について話を聞いたようだ。
これまで月音は一方的に自身の性癖と趣味の押し付けばかりしていたから、身近な話を聞けば聞くほどギャップが凄まじかった。
普段はチームでロボット研究し、ロゼッタの会社では経理の仕事まで行っているという、子どもとは思えないトンデモな二足わらじ生活。
そして、まだまだ成長する年頃であるにも関わらず、それらの仕事ぶりは他者が評価できるほど立派に遂行している。
性格面の癖が強いだけで、月音は確実に天才児だ。
そこに疑いの余地は無いが、如何せん周りの人達が優秀過ぎる余り、世間からの注目を浴びることが無いのだろう。
それでも月音が豊富な人生経験を積んでいることには変わり無く、その経験談の一部を語った。
「それと少し前までは、天川アンヘルという女性スターの舞台演出にも協力していました。ただ余念が許されないステージばかりでしたので、今より圧倒的に激務でしたね。限られたモノで納得できる演出を生み出すことは、今にしても無理難題なリクエストだったと思っています」
「えぇ、ちょっと待って!アンヘル!?天川アンヘルって、すっごい人気が高い人でしょ!?ロゼッタさんと同じくらい、いや……数字で見たらロゼッタさんより遥かに雲の上のスーパースター!」
「そうですね。どれほどロゼッタさんが有名になろうとも、彼女が唯一無二の存在である事には変わり無いと思います。アンヘルさんの人気は、まさしく言葉通りに桁違いですから」
ロゼッタも確実に唯一無二の存在だが、それでもアンヘルの方が上だと月音は認識している。
それほど凄まじい人気を誇っていて、もはや偉人と表現しても差し支えない人物だ。
そんな人物と一緒に仕事したのなら自慢しても良いはずだが、月音は得意気に語る気配を発していない。
常人の感覚であれば、『アンヘルから信頼されている』というのは優れた名誉に匹敵する。
実際、そのステータスによってチサトは月音との距離感を勝手に覚えていた。
「よ、よく仕事を任されたね。私の場合、先輩面することでロゼッタさんとコラボできる程度なのに」
「アンヘルさんと一緒に仕事をするようになったのは、あくまでロボット研究会繋がりでして……。ちなみにご本人様は、とても気が利く上に他者を想いやれる人でしたよ」
「ところでアンヘルからのサインは?あー、むしろ写真や握手とかもしているでしょ!?さっすがに羨ましいなぁ。私自身は熱心なファンってわけじゃないけど、それでも私からしたら一度は生で会ってみたい人トップスリーに入る!確実に!」
アンヘルという人物の存在がチサトの中では大きいらしく、配信以外で初めて高いテンションを人前で披露する。
つまり、あまり詳しくない人でも舞い上がれるほど、アンヘルはスター性が高いトップアイドルなのだろう。
常に話題性が絶えず、世界的な大舞台で活躍を続ける人物。
それに合わせてアンヘルの企画は規模も段違いであり、チサトは前に見た配信を思い出す。
「そういえば、この前なんて大統領の誕生日パーティーに出席して、そこで平然と配信を始めていたからね。あのネジが一本外れかけているヤバさも、アンヘルらしい魅力って感じ」
「あはは、は……。その豪胆さを聞くによると、相変わらずアンヘルさんは無理難題を上手く押し通しているみたいですね。それよりチサトさんも、普段は配信しているのですよね」
「あー……私?まぁ私は所詮、有象無象の配信者だよ。ロゼッタさんとコラボしたのが最大瞬間風速で、あとはガチャ配信で世界滅亡レベルの超絶大爆死した時にちょっとだけ盛り上がった程度かな。人の不幸は蜜の味で、私は蜜の方になるのがお似合いみたい」
ついチサトは癖で、他者でも弄りやすい自分の小さな不幸話を笑顔で話す。
これは配信時に身に付いた癖であって、自分のリスナー層の場合、不謹慎さを感じられない不幸話の方がコメント欄は盛り上がるからだ。
しかし、生憎ながらも月音はオタクコンテツを楽しく語り合う方がよほど好きな気質なので、不幸話に対しては大小に構わず同情する。
「それは大変でしたね……。絶望を感じた時は生きた心地がしないでしょうから、かわいそうです」
「へ?ま、まさか慰められるなんて……。私の囲いより囲いムーブをしている」
「でも、幸せなこともあるんですよね。そう、それこそ恋愛とか!」
月音は急に目を輝かせて恋愛話を聞こうとするが、きっとこれは年相応に興味があるからだろう。
そうチサトは解釈するものの、やはりちょっと動揺した口調で答えた。
「私は……、恋愛とかしたことないなぁ。青春を謳歌しないまま義務教育を終えて、ネット交流に傾向するあまり引き籠ったし」
「なるほど。三次元より二次元が大好きということですね。またはアイドルグループが好き、と」
「凄い。私そんなこと一言も言ってないのに、月音さんの中で私のキャラが勝手に作られていって怖い。……あ、でもアレだよ。リスナーから恋愛相談は受けたことあるよ」
「こんなこと訊くと失礼かもしれませんけど、恋愛経験が無くても答えられるものなんですか?」
「男性リスナーからの相談だから、一女性視点としてね。ただ、相談内容がネタに聞こえるくらい変わっているよ。彼女がゲーム実況者で違法の薬所持で捕まりましたとか、恋人が転売ヤーで注意したいとか。あといきなり新しい家族ができて、お父様と呼ばれるようになりましたってのもあったかな」
「なんと言うか……、リスナー層が透けて見える内容ですね。ネタでもガチでも笑い話にしづらい境界線を微妙に越えているあたりが、ややチキンレースじみている気がします」
長らく歩きながら他愛ない会話を続けていると、不意に突風が吹いて自然の合唱が始まった。
それに伴ってチサトと月音は風に煽られてしまい、二人揃って体がふらついた。
「わっ……」
踏み慣れない足元でもあったため、二人は反射的に身を寄り添うことで支え合う。
すると、ほぼ同時に後ろから『カシャ』という電子音が聴こえるのだった。
そんな思わぬタイミングの撮影音にチサトは驚き、過敏な反応で振り返る。
けれど早い挙動に比べ、チサトは相手の正体を見た瞬間に落ち着いた。
「あれ、オメメちゃん?」
「はい。どうも失礼します」
どうやら二人の様子を撮影したのはオメメだったらしく、彼女は返事をしながらも、真剣な表情でスマホの画面を眺めながら立っていた。
彼女が撮った写真は、二人の少女が自然豊かな道で身を寄り添っているもの。
平凡な光景。
しかし、仲の良さが伝わる一枚絵となっていて、見る人によれば心温まる写真となっていた。
オメメはその画像を保存した後、彼女ら二人に近づいて写真撮影の競争について説明するのだった。




