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13.ハイパーエキサイティング

キャンプに来たロゼッタ達一行。

その時間の過ごし方は人それぞれだが、リラックスした楽しみ、または気分のリフレッシュを求めていることは間違いないはず。

だが、一人の女子高生はキャンプ場で息を激しく切らし、完全に立ち止まらなければならない疲弊状態へ陥っていた。

まるで狩りか逃げる獲物みたいに必死な形相であり、その様子から察するに運動する意図は持っていなかったように見受けられる。


「ひっ、ひっ……ふぇ。う、うそでしょー……」


思わず言葉が途切れるほど、へとへとに疲れ切っているのはヒバナだ。

彼女は学校で生徒会会長という役職を担っているが、超常現象研究部の一員として頻繁に野外調査を行っている。

要するに運動は得意な方で、体力と忍耐力も優れている方だ。

そして遊びに対する好奇心は旺盛(おうせい)であって、小学生男児並に熱心になれる。

そんな彼女だが、一緒に遊んでいる二人の足並みには付いて行けずにいた。

それでもヒバナは気合いで前へ踏み出そうとするものの、やはり疲れ切った体は思うように動いてくれず、結局は息を整えるために座り込まなければならなかった。


「も、もうなんで……。はぁ……!なんで私達、キャンプでトライアスロンをしているのよぉ!」


彼女は残り少ない気力を絞り出して、青空へ向けて叫ぶ。

しかしヒバナの訴えは相手の耳に届いてないようで、誰も呼応してくれないまま虚しく反響するのみ。

彼女と一緒に居るのはブルプラと優羽の二人なのだが、彼女らは全力疾走で前方の障害物を突破していた。

その障害物とは、どれも本格的なレンジャー育成に使用されていそうな訓練装置ばかりだ。

どう見ても遊具目的で設置されたものとは思えない造りをしている辺り、きっと利用客のために用意された物では無い。

更には、アスリート番組で見かけるような大仕掛けの大道具まで設置されているから、なぜ挑戦しようとしたのか不思議なくらいだ。


少なくともトップアスリートですら突破困難な障害物が立ちはだかっているのは事実であって、一般的な遊具に求められる安全性は全く考慮されてないだろう。

何なら、しっかり見渡せば立ち入り禁止の札があるはず。

それでも身体能力が優れている彼女ら二人は慣れた動きで突き進んでおり、平然とした様子で難関を越えていた。


「ヒバナちゃん~!大丈夫~!?」


傾斜85度にして5メートルの高さがある急な上り坂。

その絶壁と大差ない坂の頂上に優羽は登頂し、上に立ちながら呼びかけてきた。

さすがの彼女も軽い息切れを起こしているが、僅か数秒足らずで調子を整え終えてしまうあたり余裕が垣間見える。

比べてヒバナは立ち上がれないほど疲弊したままであって、空を仰ぐことが限界だった。


「せ、せめて遊ぶにしても、近くの子ども用遊具を使いましょうよ……。これ、明らかに一般客の利用は想定していないわ……はぁ……はぁ…」


彼女からすれば、もっと肩の力を抜いて気楽に自然環境を満喫したい想いだった。

まさか五感含め、心身までフル活用させられる羽目になるとは予想外だ。

自分でも気づかない内に、肺破りの坂でも駆け上ったのかと思いたくなるほど。

それくらいエキサイティングな運動であって、ヒバナがイメージしていたキャンプの過ごし方と現状が剥離(はくり)している。

そしてブルプラは体力の限界を迎えている彼女に気が付いた途端、鋭く素早い跳躍で近寄った。


「大丈夫ですか?御所望なら水をお持ちしますよ」


「え、えぇ……。とにかく、私はひとまず座って一息つきたいわ。それから遊び内容を相談しましょう。優羽ちゃんの好き勝手に任せると、遅かれ早かれ私が卒倒するかもしれないから。もう、だいぶ手遅れな気もするけどね……」


「かしこまりました。では、一度休憩を取りましょう。このブルプラがヒバナ様を背負わせて頂きますね。失礼します」


こうして過酷なトライアスロンが中断され、ヒバナはブルプラの看護を受ける。

ただ熱中症を患ったわけでは無いため、看護と言っても普通の休憩を行うだけだ。

事実、ヒバナは屋根付きのベンチで座って休めるくらいには落ち着いている上、意識の混濁は起きてない。

浅く短かった呼吸もすぐに整った。

彼女はブルプラの隣でペットボトル水を飲み、あとは賑やかに遊び続ける優羽の姿を眺めていた。


「ふぅ~……。乾燥しているから、より気持ちよく体に染み渡るわ。水がうぉいしー」


「顔色は悪くないみたいですね。眩暈(めまい)や頭痛はありますか?」


「そういうのは大丈夫よ。一気に体力を消耗したから、ちょっと倒れ込みたい気分になっただけ。それよりブルプラさんも水分補給したらどう?」


「お気遣いありがとうございます、ヒバナ様。でも、私は大丈夫ですよ。喉は渇いておりませんので」


「そうなの。ところで、あれだけ動いていたのに汗もかいてないわよね。制汗剤の効果?」


「発汗しませんよ。アンドロイドですから」


実はアンドロイドという告白は、ヒバナに対しては初めてだ。

しかし彼女は既にオメメとの交流を深めている上、まだ疲れているから「もしかして宇宙人の技術が!?」という反応まで頭が回っていない。

そもそも事前にオメメの能力を目の当たりにしているから、むしろ腑に落ちる思いだった。


「へぇ、オメメと同じくアンドロイドなのね。………もしかして、優羽ちゃんもアンドロイドなのかしら。それなら納得いくわ」


「あははっ。優羽様は正真正銘、紛れも無くヒバナ様と同じ人間ですよ。確かに天性の運動能力をお持ちですが、彼女は日課でストレッチしているとお聞きしました。そのストレッチ効果が出ているのでしょう」


「凄いわね。にわかに信じ難いけど、ストレッチだけであれほど動けるようになるのね……。それなら私も始めようかしら」


もちろんヒバナは本気で言ったわけでは無い。

言うならば、何も考えてない戯言だ。

だが発言した直後のこと、真後ろから優羽が現れて声をかけてきた。


「ホント!?」


「きゃっ!?あ……あぁ、びっくりしたわ。ちょっと、どうして少し目を離した隙にそんな後ろに居るのよ」


「えへへ、驚かせてごめんね。それより、ストレッチを始めるなら休日の時だけでも一緒にやろうよ!私とのストレッチは楽しいよ~!例えば、滝登りとか!」


「タキノボリ?」


あまり聴き慣れない単語。

そして人間が挑戦すべき(わざ)とは思えなかったせいで、ヒバナはきょとんとする。

何よりストレッチ要素が皆無だ。

しかし、優羽の方は一般的なスポーツ感覚で会話を進めるのだった。


「うん!中々にスリルがあって楽しいよ!自分の限界と戦っている感じがするし、これを登りきる魚は凄いなぁって思えるから!そして登りきる度に大きな達成感を味わえるよ!」


「凄すぎて、まだ私の中で理解が追いついて無いわ。それにタキノボリしている光景が思いつかないわよ」


「そう?あっ、でも不慣れな内は生傷ができちゃうかも。だから百メートル綱渡りで体幹とバランス感覚を養ってからの方が良いかな。それから水に慣れるよう、激流が凄いザンベジ川を再現したプールで…」


「誘ってくれたところ申し訳無いけど、遠慮しておくわ。まずは自分のペースで始めて、大丈夫そうだったら一緒にやりましょう」


あえてヒバナはストレッチに対する認識が違うという指摘をせず、なるべく話がまとまる方向へ持っていくことで、やんわりと誘いを断る。

ただ同時に優羽はそんなことを日課でしているのかという思いがよぎり、少し心配を覚えた。

いくら本人が好んで実行していても、ケガを負う行為は避けて欲しい。

そんな切実な気持ちが芽生える一方、ブルプラが別の話題を口にした。


「ところで次はどうしましょうか。まだ昼食まで時間はありますよ」


「そだね~。ヒバナちゃんは休みたいだろうし、ここは日向(ひなた)ぼっこでもしようか!」


あまりにも思い付きが過ぎる提案だ。

だが、特に断る理由も無いため、数十秒後には三人とも仰向けで青空を見上げていた。

一見まるで意味が無い行為に思えるかもしれないが、一息ついて大自然を肌で感じられるのは良い事だ。

それにネットや文明から離れてゆったりした時間を過ごすことは、確実にキャンプの醍醐味と言える。

そもそもキャンプ場を利用している時点で、遊園地みたいな刺激を求めるのは筋違いだろう。

やがて彼女ら三人の気持ちは自然に馴染んでいき、安らかな雰囲気を堪能し始める。

それから優羽が非常に落ち着いた様子で、間延びした声で喋り出した。


「あぁ~いいね~。こうしてのんびりしていると、私の頭脳がのびのびと活性化してくれるよ。ほら、川柳(せんりゅう)が浮かんできた~」


「あの優羽様が川柳……。ちなみに、どのような詩が出来上がったのですか?」


「ん~とね。『散り行き葉、ともに恋心()え、色づくかな』」


おそらく秋晴れの経過、そして恋の芽生えと成就をかけた川柳だ。

ありきたりながらも即興にしては充分だろう。

ただ、その歌が意味する事よりもブルプラは他のことで本気で驚き、おそるおそる訊いた。


「えっと、それって引用ですか……?」


「うんん~?単なる思い付きで自分の気持ちを表現しただけだよ。なんで?」


「いえ……。なんと伝えるべきか、とても意外です。こう、もっと……。『心身良好、気持ち晴れ晴れで、気分が爽快』みたく率直な感性を表現すると思っていましたので」


「あっははは!普段ならそうかもしれないけど、こうして大自然を満喫している最中だからね。やっぱり体験していると思いつく内容が変わるよ」


状況に左右されて、普段では思いつかない発想が舞い降りることは、さすがに柔軟なブルプラでも起こり得ない現象だ。

ブルプラも発想という機能は備わっているが、やはりアンドロイドであるため情報が追加更新されない限り、別の答えを導き出すことはありえない。

それだけに優羽の感性が羨ましくあり、同時に淀みなく言い表せられる能力は尊敬できた。


「さすが優羽様ですね。多才で大変素晴らしいです」


「詩とか、自分の気持ちを謳う時は特に女子パワーが溢れでちゃうからね!いやぁ~、私の女子力が発揮されちゃったなぁ~。才能しかない私を褒め(たた)えるなら今の内だけどなぁ~」


優羽が露骨なほど自慢そうに誇る(かたわ)ら、今度はヒバナも思いつきで言葉を発した。


「それなら女子高生に相応しい遊びをしましょう。みんなで遊ぶにしても、さっきみたいなトライアスロンは違うと思うのよね。明らかに競争じみていたし」


「じゃあ川で遊ぶ?」


「この時期の水遊びは体が凍えないかしら。……いえ、別に意地悪して文句をつけたいわけじゃないのよ?」


「わざわざ気を遣わなくて大丈夫だよ。それに水遊びするにしてもカヤックがあるでしょ。ついさっき保管されている場所を見つけたんだ」


「知らない間にキャンプ場を駆け巡ったの?つくづく底なしの体力で感心するわ。まるで特殊部隊みたい」


「この私の手にかかれば、何でもあっという間に発見しちゃうよ!金銀財宝だって見つけちゃう!ということで、カヤックするなら(もり)も持って行こう!私がついでに魚を獲っちゃうよ~」


「あれ?えっ?今、なにか話がコロコロと変わらなかったかしら?」


ヒバナが混乱するのも仕方ないほど、一言の間に話が二転三点している。

そして優羽の中であれこれと欲張りな気持ちが働いてしまったらしく、あらゆる要素を詰め込むことで、無理やり一つにまとめて消化しようとしている。

それにしてもカヤックで銛を持っていくなんて、(なか)ば蛮族っぽくなりそうだ。

しかもブルプラは彼女の提案には大賛成で、掃討に乗り気で意気揚々としている。


比べてヒバナだけは依然と冷静な思考が残っており、結局は優羽の勢いに振り回されて、エキサイティングな体験をすることになってしまうのだろうなと覚悟する。

だから、ほんの少しだけ無意識的に身構えたくなる。

だけど、この二人の期待に満ち溢れた輝かしい顔を見ていると、それはきっと最高に楽しい思い出になると確信できた。

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