5.配信者という選択
そうして二人が会話しながら歩いていると、彼らを知る人物が偶然にも通りかかった。
「あぁ!ロゼッタちゃんと煌太じゃん!おっはよー!」
元気よく朝の挨拶をかけてきたのは、煌太と同学年の女の子だった。
ちょっと背が低く小柄であり、体型には弛みが無くて引き締まっている方だ。
また家で留守番しているブルプラより愛嬌ある顔をしていて、誰よりも活発な雰囲気で近づいてきた。
「優羽は朝どころか、一年中元気だな」
「おはようございます、優羽様」
先に挨拶してきた人物をロゼッタが優羽様と呼ぶと、その本人は笑って応えてきた。
「まぁた私のことを様付けで呼んでる~!親友なんだから、気軽に話して欲しいって言っているのに~!」
「どのような話し方であれ、気軽に接しているつもりですよ。しかし、承知しました。……いいえ、分かったわ。お言葉に甘えて、名前呼び以外では崩させて貰うわね」
「えぇ~?どうせなら崩すついでに、名前呼びはちゃん付けが良いなぁ~!」
「私の場合、親しみを込めて様付けなのよ。だから煌太にも様付けしているわ」
「そうなんだ!それなら優羽様でも良いよ!よくよく考えたら、ロゼッタちゃんみたいな綺麗な子に様呼びされるのは良い気分だしね!」
優羽は人懐っこく喋りながら、忙しくロゼッタの周りを歩く。
妙に動き回っているのは元気が有り余っているからだが、元より落ち着きが無い性格なせいでもある。
そんな彼女の行動には見慣れていて、煌太は普段通りの調子で会話に交じった。
「それで優羽は、いつものランニング中か?」
「そうそう!日中のランニングは欠かせないからね!それに必ず一日一回は思いっきり動かないと、落ち着かない体になっちゃった~!」
そう言いながら優羽は、着ているジャージをアピールする振る舞いを取った。
だいぶ体が温まっているから、余計に気分が高揚して仕方ないのだろう。
ただ他人の周りを飛び跳ね始めるのは賑やか過ぎる気もするが、ロゼッタは気にかけず自然な愛想笑いで肯定する。
「見習いたいほど、とても健康的で良いと思うわ。ちなみに私は買い出しの途中なのよ」
「あ!もしかして煌太の使い走り!?分かった!今週号の雑誌を買って来いって言われたんでしょ!」
「いや、なんで急に俺の存在を無くすんだよ。あと俺は生粋の電子書籍派だからな?」
「うん~?電子書籍ってなぁに?」
「……えっ、冗談キツイぜ。優羽だって利用したことあるだろ」
「う~ん、う~んとね………ごめんね。ちょっと分かんないかも!というか、全然分かる気がしないかなぁ」
確かに分かりやすい説明はしてないが、悩んだ末に分からないと言われるのは予想外だった。
しかし優羽はあどけなく返答したのでは無く、その声は僅かに気恥ずかしそうで、そして申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
そして、まだ子どもらしい誤魔化し方をするように、にへら~と表情豊かに笑っていた。
それは無邪気で可愛らしいが、やがて優羽はロゼッタから熱烈な視線を向けられていることに気づく。
「あ、あれ?ロゼッタちゃん。そんなに見つめちゃって、どうしたの?私、やっぱり変なこと言ってた?」
「いえ、人間観察よ。こうやって愉快な表情を見せるのは、テレビくらいでしか見たこと無かったから」
「うーん、それは私にタレントの才能あるってことかな?」
「あるでしょうね。アンドロイドと違って、人間は可能性に満ちているもの。特に優羽様は人間らしさが色濃く出ていて、自分に素直な姿勢は親しみを覚えやすいわ」
「えぇっと、人間らしさ?色?素直な姿勢って何?うぅ~、これはどういう意味なのぉ?」
どうやら説明口調で話しても、それはそれで優羽にとって理解が難しいらしい。
抽象的な発言より、もっと直感的な言葉では無いと駄目なのだろう。
だからロゼッタは自分の言い方を改めないといけないと感じ、言い直した。
「つまり今の時点で魅力あふれる女性ってことよ。……とりあえず私と煌太様は、これからドラッグストアで洗剤を買いに行くところなの」
「あ、そうだったね!ごめんね!買い物途中に呼び止めちゃって!」
「そう謝ることじゃないわ。むしろ快く接してくれて嬉しい限りだわ。無暗やたらに襲ってくるような輩がいるから、尚更ね」
「よく分からないけど、いつも大変そうだねぇ~。あっ!そういえば煌太博士殿に一つだけ、ご報告を申し上げます候!」
急に優羽は気取った口調で喋りながら、演技かかったようにキビキビと動く。
それから彼女はスマホを取り出して、何やら操作を始めるのだった。
「なんだ?ってか、今のメチャクチャな喋り方なんだよ」
「そんなことは良いから、ほら見て!この前、煌太が見せてくれた動画!すぐに流れちゃったけど、SNSで話題になったんだよ!」
「はぁっ?いや、え?どうしてSNS
にあげられているんだ?外だったから、他にも人はいたけど………。しかも、そこそこ反応あるし。国内だけじゃなく海外も反応しているっぽいな」
「いやぁ~、面白いから皆の反応を見たくなっちゃってさ!だから友達が撮った動画ですって紹介しちゃった!」
優羽がSNSに公開したショート動画は、先日のフリスビー争奪戦の様子だった。
そこに撮影者である煌太の姿は映って無いが、苛烈に戦うブルプラとロゼッタの姿が明瞭に映っている。
ちなみに反応の多くは、とても率直で簡潔な感想ばかりだ。
しかし中には映画撮影やCGを使用しているという議論もあって、まず誰もアンドロイドだと思っていないようだった。
当然だろう。
アンドロイドなんて大層なもの、日常的に闊歩している存在じゃない。
こうして二体のアンドロイドと生活している煌太ですら、少し前までは噂程度に認知していただけで、実物を見たのはブルプラが初めてだ。
「でも、そこまで反響があるって感じでは無いな」
「あまりにも速過ぎて見えない所が多いからね~。だから、こう撮影したらどうでしょうか、みたいなアドバイスもあるよ!」
「けっこう呑気な反応だな。というか、これけっこう問題があるような……」
「あっ、やっぱり勝手に公開したのダメだった?ロゼッタちゃんとかに確認してないし、晒し行為みたいな感じだもんね」
「そうじゃなくて、ついさっき起きた事と関係している気がしてさ。なぁ、ロゼッタ。……ロゼッタ?お~い」
煌太は何度も呼びかけるが、いつの間にかロゼッタは熱心にSNSの反応を見ていた。
アンドロイドだから声は認識しているはずだが、なぜか反応することが後回しになっているらしい。
こうして呼びかけに対する優先順位が下げられるのは初めての出来事で、煌太は不思議な気持ちでいっぱいだった。
「もしかして、例の組織に繋がりそうなコメントでもあったのか?」
「いいえ、そういうわけじゃないわ。ただ………なんだか嬉しくて」
「嬉しい?」
「まるで私が見る番組みたいな、そういう夢の世界を身近に感じたの」
「あぁ。そういえばさっき人間には可能性あるけど、アンドロイドには無いみたいな事を言ってたな。良かったな。これはロゼッタにタレントの才能があるってことじゃないか?」
煌太は場の雰囲気に合わせた適当な発言をしただけだ。
別に彼が思慮深く答えたわけじゃないのは、優羽ですら分かっていた。
しかし、ロゼッタは感慨深く受け取っていて、湧き立つ願望を口にした。
「そういえば煌太様。このフリスビーで遊んだとき、私に自由意思を語ってくれたわよね。命令より、その気持ちを優先すべきだと」
「確かそうだったな。それで何か優先したいものでも見つけたのか?」
「また、こうやって反応を貰えるような………。いいえ、みんなに楽しめる動画を試しに撮ってみたいわ。戦闘以外で出来ることが増えていくのが、なぜだか嬉しいの」
「そうか。そう思ったなら、それで良いんじゃないか」
ウキウキするロゼッタが気になり過ぎて、つい煌太は淡白な返しをしてしまう。
それだけ今の彼女は全てが輝いていた。
ただロゼッタはワガママだったかもしれないと思い直し、訂正する言葉を口にした。
「……あ、いえ。駄目なら駄目だと言いきってくれても良いのよ?その、私が思った通りになるとは限らないから」
「いいや、凄く良いじゃないか。こうやって自分の気持ちを伝える事も、人間らしくて良い事だと思うぜ。俺はロゼッタがする事なら何でも応援する」
煌太は、ロゼッタが単純な喜怒哀楽とは異なる気持ちを持つことには薄々気づいていた。
それこそアンドロイドには不要であるはずの達成感や承認欲求のような、特別な気持ち。
最初は苦手だった家事ができるようになって、それを頭を撫でるという形で褒めてからは、更に飛躍的に上達している事もあった。
そうした親心のような気持ちを抱く煌太に対し、優羽は友人らしく後押しする応援を送る。
「今は動画投稿とかに熱心な人が凄く多いし、見たい人も多いから良いと思うよ!やっぱり反応あったら互いに面白く感じるし!でも、テレビっぽくしたいなら配信っていう手段もあるかな!」
「ありがとう優羽様、是非とも検討してみるわ。うん、少しだけ………そうね。色々と興味が湧いてきたわ。とても不思議ね。なんだか、まるで処理落ちしているかのような、言葉では表せない感覚だわ」
この何気ない一連の会話により、ロゼッタはちょっとした願望を持つきっかけを得る。
そして彼女はみんなと楽しむことを目的に、すぐさま色々と試行錯誤を始めるのだった。