8.日本一の高等学園
オメメは感情豊かで柔軟な感性を持っているが、やはりプログラム通りに動作するため冷静な一面が際立っている方だろう。
つまり衝撃的な場面に遭遇しても、ある程度は淡々と分析に移行する。
そんなアンドロイドらしい性分を持ち合わせている彼女だが、ロゼッタの案内で訪れた高等学園は他所と比べものにならないほど規格外であり、その規模に驚かざるを得なかった。
「わ……、凄い人」
放課後だから下校済みの学生が居るはずなのに、それでも数えきれない人数が各々のグループと共に行動、または談笑している。
それに加えて校内の敷地は広大であって、一通り見回るだけでも一日は要しそうなほどだ。
そして何よりも強く目を引くのは、九階建ての校舎が二つも建てられている上、体育館という名の巨大ドームまで隣接していること。
他にはスケート場やプール等のスポーツ施設があれば、その他の建物まで多く建ち並んでいる様は壮観だ。
それ故に地域を代表する観光名所と言われても違和感など無く、華やかで前衛的なデザインは学生の感性に合わせているのが伺えた。
「もしかして、これはレジャー施設?それとも一つの街として独立しているの?」
「そのどちらでも無いわ。ここは高校。生徒数は八千人を超えていて、それに伴った教員数と事務員、あと警備員や医師などの各専門家まで居るわ。その他に設備もろもろ含めて考えると、一流の大企業クラスに匹敵する規模ね」
「学生だけで八千人も………。もうそれは町ですし、全校集会なんてしたら圧巻でしょうね。一度見てみたいものです」
「そうね。前に校歌を聞かせて貰った時は迫力が凄まじくて、軍歌でもお披露目されたのかと思ったわ。それと同時に統一感が素晴らしかったとも言えるわね」
「時と場合に合わせて、生徒としての務めを果たしている証拠というわけですね」
「これだけの人数が居るのに、ほとんどの生徒がしっかりと規律を重んじているのだから感心するわ。それはさておき、教職員の方々に挨拶して回りましょう。まずは校長室へ行って……」
そう言ってロゼッタが歩き出そうとする直前のこと、既に生徒達からは熱烈な視線が送られていた。
まだ眺める程度に思い留まってくれているが、それは詰めるタイミングを見計らっているだけに過ぎない。
実際、彼女達二人が生徒たちへ向けて一礼した途端、すぐに黄色い声援と共に完全包囲されてしまうのだった。
「きゃああぁー!すっご!ロゼッタだ!握手して下さい!」
「この前のショート動画見ました!ダンスがキレキレでカッコよかったです!」
「かわいい仕草集が参考になりました!いつも鏡に向かって練習してます!あっ、今ここで少しやって貰ってもいいですか!?」
ワイワイ、ガヤガヤ、ギャアギャアと凄まじい大歓声が学園内に響き渡る。
それは集団パニックが突発的に起きた状態と変わらず、まるで事件が発生したかのような騒ぎだ。
すぐにスマホで撮影を始める者も多くいて、群がり出す勢いからして今この場に遠慮する者は居ない。
そうとなれば移動すらままならないわけだが、その渦中に居るロゼッタは一人一人に向けて親切な対応を始めてしまう。
その結果、オメメは除け者となってしまい、あっという間に集団の外へ弾き出されてしまう始末だ。
「あぁ~流されるー……。というか、とっくに押し出されたあと」
呑気に呟き終えた頃には、オメメ一人だけ騒ぎに巻き込まれない位置まで強制的に押し出されてしまっていた。
もはや隣へ戻るどころか、ロゼッタの姿を見ることすら不可能だ。
しかも現場が興奮のるつぼと化してしまった以上、さすがのオメメでも戻る隙間とタイミングが見つけられない。
むしろ集まる勢いが増していく一方だ。
よってオメメは他人事同然に傍観するのが精一杯であり、これ以上の同行は不可能だと見切りをつける他なかった。
「落ち着くまで待っても仕方ないし、あたし一人で見回ろうかな。所在地はレーダーで分かるし、必要なら通信すれば良いだけ」
これほど大勢の人が居る学園であれば、外部のお客さんが出歩いているのは珍しくないはず。
また、なるべく干渉を避けていけば問題視されないとオメメは考え、一人で学園内を見回ることにした。
ただ、あらゆる場所へ行って観察しても生徒たちがグループを成して雑談に興じているばかりだ。
何らかの作業に集中している者も見受けられるが、それでも僅かな合間毎に会話か、スマホによる連絡を挟んでいるのが大半だった。
「これが学校かぁ。どこへ行っても人が多い。そして子ども同士が集まれば活気が凄い。あっちもこっちも、みんな楽しそうに過ごしてる。友達と時間を過ごすのが当たり前で、友達が居るのが当たり前な雰囲気」
一概に友達と言っても、その親密度はグループ間で差があるだろう。
それでも友達と過ごす時間を窮屈だと思っている人が居ないことは間違い無く、少なからずリラックスしている状態なのが見受けられた。
「友達と一緒に居るだけで、人は気分が楽になれるみたい。なのに、あたしは一人ぼっちで行動して……」
オメメは気持ちの温度差を感じてしまい、漠然とした空しさを覚えた。
人は、出会いさえあれば自然と友達ができるもの。
それから友情にヒビが入ったり、仲間外れが起きてしまうかもしれない。
だが、初対面時は仲良くなろうとする一途な気持ちが強く、そこに過度な欲求や期待感は含まれてない。
少なくともアンドロイドほど機能面を真っ先に評価して、そこから必要か不要のどちらかなんて判断はされない。
「下心、マウンティング、独りよがりな承認欲求。自分本位で世間知らず。薄っぺらな魅力を他人に評価して貰おうとするナルシスト。浅はかで対話ができない人。屁理屈に執着するあまり抽象的な問題を理解できない人。嘘つきで安直な思考」
オメメは人間の精神的な弱点を羅列する。
もし誰か個人に向けて言うものなら、これは暴力的な発言でしかないだろう。
そんな発言がまだ続いた。
「向上心を捨てて、妥協と怠惰を好む者。苦労と経験から逃げて見放される者。短絡的なせいで排他的な手段しかとれない者。自身の意に沿わないという理由で、他者の意見を聞き入れられない者。身勝手な理想だけ求めて、いつも選択を間違える人」
この調子であれば、きっと一日中言い続けるだろう。
それほど人間は欠点が多く、多くの経験を積んでも社会性に欠けた部分は膨大に残ってしまう。
なにせ相手を傷つける好む人が居れば、共感性が乏しいせいで罪悪感を持てない人がいるくらいだ。
とにかく何かしら欠けているのが当然であって、未熟なところを自分らしさだと自己肯定するのが世の常だ。
そうでなければ生きる活力を維持できないし、不満と理不尽に堪えられない。
ただ、そんな欠点ばかりで他者と相容れるのが大変な生物だというのに、一緒に過ごせる友達が居るのだから不思議な話だ。
「人間は、あたし達アンドロイドより何もかもが遥かに劣っている。脆弱な精神で貧弱な身体。学習能力が低くて、すぐ感情を優先するせいで目先の物事に流される」
オメメの発言内容はアンドロイドと比較した場合であって、易々と鵜呑みにはできない事ばかりだ。
また、こんなことを言い出してしまえば、人間はロゼッタのような完全無欠のアンドロイドを目指した方が利口みたいに聞こえる。
完璧な判断を下し、周りのフォローを欠かさずに絶対の成功を成し遂げる。
事実、それは憧れを抱くのに充分過ぎる要素だろう。
しかし、今のオメメはロゼッタより人間の方が特別だと感じていた。
「でも人間は、楽しく生きる術を知っていて実践している。自分に合う空間を見つけて、より幸福な結果を求めている。それは傲慢でカッコ悪い事なのに、あたしはそれが羨ましい。その人間らしさが好き」
本人でも気づかない内に、オメメにとっての理想が人間の生き様になっている。
人間みたく生きたい。
そうすればポリスとも親友になれるし、新しい友達だって沢山できるはず。
そして今の自分から脱却したいという願いは、非常に人間らしい考え方だ。
「仲良くするだけじゃなく、ケンカするのも良い。価値観の相違で言い合って、その上で認め合えたらステキな話。……うん、そんな良い事も悪い事もオメメは楽しみたい」
こうしてオメメは人間社会に明確な憧れを抱いたが、まだ目標は曖昧としていて夢見ただけの段階だ。
実現させるためには、その空間に飛び込む必要がある。
それから観察だけでは分からない実態を知り、自分にとって丁度いい立ち位置であったり、接し方の度合いを見極めなければならない。
何にしても彼女が求めているものは、行動した先でしか得られない繋がりだろう。
「よし、時には強引な手段に出るのも悪くない……!ひとまず迷子を装ってから相手に案内を求めつつ、さりげなく自分の事情を話して、あとはロゼッタお母さんのことを話題の共通点にして……」
微妙に見栄を張った要素が含まれている作戦内容ではあるが、嘘も方便と言われるくらいだ。
彼女なりに世渡りする術を選択し、校舎内のとある一室の前で立ち止まった。
そして意を決した後に、その扉を開けて踏み入る。
すると、そこには一人の女子生徒が豪華そうな椅子に座って待ち構えていた。
普通なら待ち構えているのはおかしい話なのだが、堂々と座りながら恰好つけているため、それ以外の表現は見つからないほどだ。
「フフッ、待ちかねていましたよ。ここへ来ることを」
これは、その女子生徒の発言。
あまりにも気取った喋り方であり、オメメは内心でヤバい人かもしれないと思ってしまう。
しかも偶然ながら逆光が眩しいせいで、女子生徒の表情が良く見えない。
それらによって警戒する気持ちを抱く一方で、一つ気づいたことがある。
この部屋は貴賓室っぽくあり、一般的に校長室と呼ばれる空間に酷似している。
よく分からない賞状の数々、そして額縁に納められた顔写真が多く飾られているのが如何にもそれらしい。
そう思っていると、女子生徒はオメメの素振りに気づいて説明を始めた。
「どうやらご存知なく入って来たようですが、ここは生徒会室。つまり栄えある我が学園、そして全校生徒の学園生活を守るための組織と言えます」
「生徒会室……。つまりあなたは生徒会長?」
「フフッ、そう!ご明察の通り、私は歴代で99代目の生徒会長!そして校長代理でもあります!以上によって、あなたの行動を監視させて頂きました!」
「すごい。よく分からないけど一人で盛り上がって、なんだか楽しそう」
「えぇ、楽しいですよ。なにせ私の超能力を自慢できるわけですから」
明らかに話が繋がっておらず、言っている意味が分からないとオメメは返事しかけた。
その前に女子生徒が片手で怪しい手招きをしてみせた瞬間、開けたままであった扉が勝手に閉まる。
「フフッ、どうですか?驚きましたか?これが私の超能力です」
「おぉ、自動ドアだったんだ……」
「自動ドア?いえいえ、これは私の超能力ですから。先に言っておきますが、机の下に忍ばせたリモコンで操作した、という陳腐な手品では決してありませんから。ちなみに監視した方法も超能力によるもので、監視カメラでは無いです」
「うーん。どちらでも良いですけど、初対面なので自己紹介をしてもいいです?生徒会長様の名前も知りたいので」
「おっと、そうですね。私としたことが、つい能力自慢をしてしまいました。では、改めて初めまして。私は生徒会長、校長代理、未来のオリンピック選手でノーベル平和賞を受賞予定。更には総理大臣となって、やがては世界政府を設立することを野望とする、ごく一般的な女子高校生」
「凄い。これだけ喋っているのに、まだ名前がまだ出てこない……」
オメメは彼女の意味不明な能書きの垂れ流し発言に感心しつつ、少し驚くことがあった。
それはさっきオメメが一人で呟いていた人間の精神的な弱点に当てはまる要素が、この女子生徒に多いことだ。
生徒会長であるからには人望も厚く真面目な一面はあると思われるが、これほど一方的な会話が展開されるなんて恐ろしい事態だ。
だが、彼女の自己紹介は未だに続いた。
「そして美人コンテスト優勝候補で、子沢山で華ある人生が確約された世界一の大富豪……になる予定。また、ゆくゆくは名誉で歴史に名を刻む者。ついでに不老不死にもなります。その名も…」
「はい、その名も?」
「その名も天川ヒバナです。以後お見知りおきを」
ようやく名乗ってくれたが、前置きが長すぎて肝心の名前がイマイチ覚えづらくなりそうだった。
しかも、なぜか名乗る瞬間が一番あっさりとしている。
ただオメメがアンドロイドだということが幸いし、生徒会長のヒバナと記録を残すができた。
そして究極のマイペースで見栄っ張り。
それに合わせて付き合いが難しそうな気配しか無かったが、彼女と仲良くなれれば誰とも仲良くなれそうだと思えた。
とりあえずオメメは良い出会いだと強引に解釈し、初対面に相応しいお辞儀で返す。
「初めましてヒバナ会長。あたしはエレメンタリー・オメガ。でも今はオメメって名前だから、そう呼んで欲しいな」
「ふむふむ、オメメね。了解したわ。では、これから宜しく頼みますよ。まだオメメのことは何も知らないけど」
「そうでした。あたしは、未来からきたアンドロイド。特長的なところは沢山ありますけど、一番だと言いきれるのは力が強いところかな」
「未来きたアンドロイド……。なるほど、その一言で全てを理解したわ。そしてシンパシーを感じた。つまりオメメは『こちら側』というわけね?」
だいぶネットリとした口調で、こちら側という単語を意味深そうな雰囲気で訴えかけてきた。
だが、別にヒバナはアンドロイドでは無い。
言動はともかく、彼女は普通の人間だ。
だからオメメは混乱を覚えかけるわけだが、それを気にかけずヒバナは独壇場を続けた。
「言い忘れていたけど、私は超常現象研究部という部活にも所属しているわ。そこでは密かにミステリーサークルを作ったり、超常現象を起こしたりしているの。あとは妖怪の真似もしている。うん、我ながら凄い」
「じ、自発的で人為的なオカルト再現ですか………」
「研究だから検証も兼ねているだけよ。この世は謎に満ち溢れている。そして謎に対して真理を追い求める者が必要なの。テレビ特集みたく、オカルト発見と遭遇に留めるのは三流だわ。そこから更に踏み込んでいかないと」
「信念があるわけですね。……それについては追々詳しく聞くとして、まずは学校を案内してくれませんか?もちろん時間があればの話ですが」
「良いわよ。訪問したお客さんをもてなすのは生徒の役目だから。今頃、あのロゼッタという有名人様も歓迎されているはずよ」
「歓迎?うーん、まぁ歓迎はされていると思う。大勢から熱烈な出迎えを受けて、有意義な時間を過ごせている……はず」
そう楽観的な推測をオメメは口にするが、実際は校門付近から一歩も動けてない状態が続いていた。
それでもロゼッタは親切丁寧な態度を崩さず、生徒達のリクエストに応えて場を盛り上げているのだった。




