7.彼女らの行き先
ひとまずオメメはチサトからの『親友になる』というアドバイス聞き入れ、その関係性へ至る方法を模索することにした。
何をすれば良いのか教えてくれたものの、具体的な構築手段が思いつかない。
そのためオメメはロゼッタの私服へ着替えた後、街中を一人で歩き回り、人間同士の関係がどういうものか観察し始めるのだった。
「まずは下調べ。それによって適切な正解を導き出し、あたしに実行可能な手段を思案する。うん、任務と同じように立ち回れば問題ない」
あどけない一面が目立つオメメではあるが、自分の専門分野となれば凛々しく振る舞えた。
それに元より単騎で任務遂行できるよう設計されているので、単独行動は得意であるし迷わずに実行できる。
だが、いくら立派であっても人間社会に適応できているかは別問題だった。
「おぉ君、綺麗だね~」
一人の若い男性が不意に声をかけてきて、思わずオメメは足を止めた。
彼女の容姿はロゼッタとは毛色が異なる美しさがある上、それほど違和感が無い赤髪だから注目を惹いてしまうのだろう。
そして相手は慣れ慣れしく接近するなり、気前良い雰囲気で喋り続けた。
「ちょっと一緒に近くのカラオケかカフェへ行かない?暇しているのに、誰とも予定が合わなくてさー。もちろん奢るし、望むならプレゼントだって買ってあげるから。なんなら少し歩くだけでも良いから」
ナンパ同然の行為を始める男性は、オメメを褒めながら同情心を煽った。
また、エサで釣ろうとする意図が見え透いている。
とは言え、譲歩を許す姿勢で多くの選択肢を与えるのは上手い誘導方法だ。
人は自分に選択の余地があるほど安全だと勘違いし、無意識的に警戒心が薄れてしまうもの。
しかし、それらの心理効果とは関係無くオメメは簡単な条件を提示した。
「オメメと親友になってくれるのなら付き合います」
「親友?良いねー。険しいことばかりの人生、仲間が多い分に越した事は無いからね」
「仲間、ですか。なるほど。親友というのは仲間でもあるのですね。勉強になります」
「そうそう、遊び仲間とも言うからね。一緒に楽しめれば、もう何でも仲間ってわけ。ということで、真面目ちゃんな君は親友の俺と打ち解けるためにカラオケで気分解放して、それから適当に……」
男性は紳士的な態度を崩さず、手馴れた様子でエスコートをしようとする。
そのとき、また別の人物がオメメに声をかけるのだった。
「あら、オメメちゃんじゃない。ずいぶんと早く来たのね」
ロゼッタだ。
たまたま通りかかったに過ぎないみたいだが、やや語気を強めた呼びかけである辺り、どこか威嚇する気配ではあった。
即座にオメメを守ろうと立ち回るのは大げさな気はするが、彼女なりの配慮と言っていいだろう。
ただオメメは彼女が発する力強い声色の意味に気づかず、呑気に応えるのみだった。
「あっ、ロゼッタお母さん」
どう見てもロゼッタとオメメの二人が同年代であるせいで、お母さんという呼び方に男性は面をくらう。
しかも男性はロゼッタのことを知っていたらしく、より驚きを隠せずにいた。
「はっ?お母さん?いやいや、若過ぎだし………あのロゼッタじゃん。俺でも知っているくらいスッゲー有名人でしょ。ヤッベェな、ロゼッタさん写真いいすか?」
男性の変わり身は早いもので、すぐさま一人のファンみたく振る舞った。
動揺する時間が短い上に素直で憎めないのは、なんとも処世術に長けた人物だ。
またロゼッタも無条件で無下にする性格では無いので、悪意が無い相手だと分かれば親切に返す。
「えぇ、もちろん良いわよ」
「ついでに服にサインして貰ってもいいすか?いつ芸能人に会っても良いように、サインペンは持ち歩いているんで」
「ふふっ、熱心なのね。いつも持ち歩くなんて面白いわ」
「自分、一瞬一瞬を彩ある思い出にしたい派なんで。楽しいことは多ければ多いほど、お得っしょ」
「同感だわ。それに刺激ある人生を送りたいなら、貴方みたく勇敢に行動を起こさないとね」
「おぉー。さすがロゼッタさん、話が分かるっすねー。マジでいい人っす」
これほど調子を合わせて肯定してくれるものだから、男性はロゼッタのことを話が分かる人として受け入れる。
そして場の流れに乗って男性は言葉を続けた。
「なんか俺達、考えが合うっすね。ついでにロゼッタさんもカラオケとか、今からどうっすか?」
「誘って頂いて忍びないけれど、今回は遠慮しておくわ。あいにく仕事に追われる身で、この子も私との待ち合わせで来ているだけだったから」
「あ、あー……そうすか。それは残念す」
「そう落胆しないで。もし私の会社で働いてくれれば、いつでも遊んであげられるし、彩ある思い出を提供するわよ」
「うーん、今は興味が無いっすね。自分、興味あるのは仕事よりプライベート派なんで。でも、給料が良いなら考えてみたい気はするっすね」
「それなら名刺を渡しておくわ。まずは会社のホームページを見て、それで興味が湧いたら連絡してちょうだい」
ロゼッタは男性の服にサインをしながら勧誘することで、事務的な雰囲気へ切り換える。
それから挨拶を程々に男性と別れた後、オメメは遅れて確認する。
「あたしって、ロゼッタお母さんと待ち合わせの約束していましたっけ?」
「それは相手と距離を置くための方便よ。というより、どうしてオメメちゃん一人で出歩いているのよ」
「外出許可が必要でした?」
「そういうわけでは無いけれど、今の様子が続くなら見過ごせないわ。ひとまず私の会社まで歩きましょう」
「はい、ロゼッタお母さん」
オメメが素直に従ってくれるのは助かるが、思っていた以上に単純なのが問題だ。
戦闘特化の彼女だから危機に陥ることは無いと分かっていても、人間社会における危険は多岐に渡る。
特に法律に触れてしまう揉め事を起こしてしまった際、きっとオメメは過剰な防衛能力で解決しようとするかもしれない。
そうとなれば一緒に居られるのは難しくなるため、本物の親らしく生き方を教えなければいけないよう感じられた。
「それでオメメちゃんは何をしようとしている所だったのかしら」
「人間観察。……というのも、ポリスと仲良くなろうとした際、親友になるのが良いとアドバイスを受けましたので。そして親友関係の理解を深めるため、色んな場所を見回ろうとした次第です」
「現場で情報収集するタイプなのね。私も同じことをするけれど、貴女の場合ちょっと意外な気がするわ」
「ロゼッタお母さんを始末する作戦と、同じ手順を踏もうとしただけです。ちなみに親友の定義については、事前にチサトさんやネットで情報収集済みです。ただ、あたしが知りたいのは構築方法と過ごし方の二つです」
「………それなら学校の方が有益な情報を得られる環境だと思うわ。大人が生きる場所だと損得勘定が混じるから仕事仲間か、または恩人しか出来ないもの」
「学校?なるほど。了解です」
一つ提案を持ち掛けた途端、オメメは勝手に進路方向を変えよとする。
即実行に移すのはアンドロイドらしいが、このまま行かせるのは得策では無い。
そのため、ロゼッタは慌てて彼女の肩を掴む。
「私に襲撃を仕掛けてきた時も思ったけれど、案外オメメちゃんって軽率よね。せめて最低限の手続きは踏まえなさい」
「連絡ですか。何にしろ、まずは校内見学したいです」
「この時間帯だと、もう放課後のはずだわ。それで即日に許可を出してくれるかどうか……。でも、しょうがないわね。このままだとオメメちゃん一人で突っ走りそうだし、少しツテに当たってみるわ」
「ツテとは?」
「私個人の人脈よ。前に一度、動画の企画関係で協力してもらった学校があるの。それで最近、サプライズとして講師に招かれるように……と、まぁ行けば分かるわ。私達二人だと速すぎるから、ゆっくりと移動しましょう」
こうしてロゼッタの案により、二人は学校へ向かうことになる。
その学校とは優羽が通っている公立高校であり、到着した頃には部活動と行事の居残りに勤しんでいる学生ばかりだった。