3.オメメちゃん
ロゼッタが襲撃を受けた当日、煌太の自宅にて。
家主の煌太、その恋人の優羽、アンドロイドのブルプラは揃って唖然としていた。
この三人がまとめて呆気に取られる状況など、そう滅多に無いことだろう。
もしかしたら、これが最初で最後かもしれないほど珍しい光景だ。
それだけの事態が目の前で起きていて、理解しきれない説明をロゼッタから受けていた。
「ということがあって、このオメガという子は私と一緒に活動することになったわ」
そう言ってロゼッタは、自分の隣に座らせている赤髪の戦闘アンドロイド少女オメガを紹介する。
その紹介に応えるようオメガは丁寧に頭を下げるが、紹介されている側の三人はイマイチ受け入れきれず、まず煌太が真っ当な指摘をした。
「いやいやいや、待て待て待て。どうしてそうなるんだよ。全部説明してくれたみたいだけど、普通に危険すぎるだろ!ロゼッタの事だけじゃなく、地球を破壊しかけているし!」
どうやらロゼッタは、自分が知る限りのことを有りのままに報告したようだ。
それなら煌太が大声を出してしまうのは無理も無い。
対して、刺客として送られた張本人であるオメガは呑気に答えた。
「大丈夫。万が一あたしが地球を破壊してしまっても、あらゆる生物が恐怖を覚える前に滅亡するから」
「大丈夫の基準がおかしいって!ちょっと危険な子という枠を越えて来ているのはヤバい!色々と手が余る!」
「社長、あたしってそこまで信用足らないアンドロイドなのでしょうか」
オメガは早くも現状を受け入れているらしく、自然にロゼッタのことを社長呼びする。
激闘があったのは今日だというのに、当人達の切り替えの早さは羨ましくある。
「気にしなくて良いわ。第一印象がちょっと好ましくない形になってしまっただけで、これから信用を積み重ねていけば良いのよ」
「さすが社長。そして人間社会の先輩。勉強になります」
「よしよし、良い子ね」
なぜかロゼッタはオメガを抱き寄せて、子を慰めるように頭を撫でている。
この状況だけ見たら仲が良い姉妹みたいだ。
すると、そのやり取りから着想を得たのか、ブルプラは急に突飛も無い事を言い出す。
「これはもしかして、私に妹ができたということでは無いでしょうか?」
「誰に訊いているんだよ」
「煌太様と優羽様にです。人間の観点から見てどう思いますか?これは私の妹でしょう。どこからどう見ても」
「いや、妹というか………。なんだろうな」
煌太は適当な言葉が思いつかず、返事に困ってしまう。
改めて見ても、やはりロゼッタは小さな子どもとしてオメガを可愛がっている雰囲気だ。
歳が離れた妹というのも間違いないが、どこか違う気がしてしまう。
そのせいで言葉を濁していると、優羽が思いついたように言い出した。
「これって姪っ子じゃない?あのオメ……オメメちゃんだっけ?ロゼッタちゃんの娘って感じだし」
「なるほど!オメメはロゼッタさんの娘なのですね!それで私の姪!それなら様付けで呼ぶか、さん付けで呼ぶか悩みどころですね~!」
娘と言われて納得するのは、さすがの順応力だ。
そうしてブルプラが一人勝手に盛り上がる一方、オメメはロゼッタに甘えながら会話に入って来た。
「あたし……。オメメはね、ちゃん付けが良い」
「分かりました!では、オメメちゃんと呼びますね!うーん、私より背が高いですけど、もう可愛く見えてきました!好きです!ラブです!」
さっきまでブルプラも戸惑っていたはずなのに、その記憶が抜け落ちたかのように愛着を持って接し始める。
戦闘アンドロイドな割に危機感が薄い気はするが、よくよく考えずともいつものことだ。
簡単に言ってしまえば、ブルプラらしい。
同時に優羽も彼女のことをロゼッタの娘という認識へ改めたようで、既に子どもと遊ぶような感覚で戯れていた。
それからオメメ自身からの弁明は無いまま、ブルプラと優羽は愛犬ポリスを紹介しようと彼女を連れて行ってしまう。
そのためロゼッタと煌太の二人は部屋に取り残される中、ロゼッタは嬉しそうに微笑んでいた。
「良かったわ。オメメちゃんが馴染めそうで」
「……なんか凄いな。全員が一瞬でオメメ呼びを受け入れたぞ。しかも優羽が勘違いで言い出しただけなのに」
「私達が付けた名前の方が、過去に囚われず済むから良いと思うわ。それより煌太様はまだ心配しているみたいね?」
「当たり前だろ。あいつの使命がロゼッタの抹殺なら、それを最優先に実行する。そして俺達に忠誠や善意を持つ必要が無い」
「違うわ。オメメちゃんの使命は、私の影響で変わってしまう未来の事象を正すことよ。だから抹殺以外の手段でも未来の事象を修正できるわ。つくづく彼女は優秀よね。自身の判断で別手段へ切り換えられるなんて」
ロゼッタはオメメを信用した上で高く評価しているようだが、やはりイマイチ納得しきれない。
それに煌太が簡単に相手を信用したくないのは、ロゼッタを失いたくないからだ。
もう家族の一員として認識していて、大切なアンドロイドあることは揺るぎない。
それなのに油断が理由で失うなんて、とても耐え難い話だ。
「……まぁ、俺一人が警戒したところで防ぐことはできないか。むしろ仲良くした方が、いざという時にオメメを説得できると割り切るべきかもな」
「あら、ずいぶんと打算的ね?もっと気軽に考えていいのよ。それこそ私の娘だと思ったら世話したくなるでしょう?オヤツは程々に与えてね」
「ロゼッタの娘と言えば、既にポリスが居るけどな」
「ポリスは妹よ」
「む、難しいな……。頭では分かっていても、俺からしたら同じような。でも、確かにロゼッタやブルプラの事をお姉ちゃんって呼んでいたな…」
そう話しているとき、急に二階から悲鳴が響いて来る。
普通なら慌てふためく場面だろうが、煌太とロゼッタは聞き間違いかと思うように呆然とした。
なぜなら悲鳴を発した人物は明らかにオメメであって、彼女は二人が居るリビングへ駆け込んで来るのだった。
「社長!ううん、ロゼッタお母さん!あたし……!あのポリスちゃんが、あたしに吠えてね!それで……うわぁ~ん~…!!」
いつ新たな人格がインプットされたのかと疑いたくなるほど、オメメは完全に幼子としてロゼッタに助けを求めた。
そして、さすがにロゼッタからしても予想外の反応だったらしく、ちょっと戸惑った態度で彼女を慰める。
「あらあら、どうしたの。大丈夫よ。ポリスは良い子だから、ね?ほら、泣き止んで」
「でもね…っ!あたしが撫でようとしたら急に唸ってね!それから何回も吠えたの!わんっ、わんって!」
「ポリスが驚いちゃったのかもしれないわね。初めての臭いだったから」
それらしい理由を付けることで落ち着かせようとする様は、手馴れた母親みたいだ。
ただ違和感が強い光景であって、煌太は気づくことがあった。
「こいつ、もしかしてアレじゃないか?対アンドロイドでロゼッタ特化だから、それ以外に対することがポンコツ……じゃなくて、そういう仕様で…」
「オメメの戦闘能力が高いからこそ、他に被害を出さないよう制御を設けてあるのかもしれないわね。ある意味、妥当だわ」
「その意図は分かるが、混乱して暴れ出したりしなければ良いけどな。やっぱり不安だ……」
煌太からすれば、未だに一から十までオメメに対して共感できない状態だ。
まさしく、どんな行動に出るのか予測できない、という言葉に尽きる。
だから余計な刺激を与えたくないと考えた矢先、優羽とブルプラの二人はポリスを抱えて戻って来た。
「オメメちゃん、そんな逃げなくても大丈夫ですよ!こちらから優しく接すればポリスも察してくれますから!」
「見てオメメちゃん!よく見たらポリスの口角が上がっているでしょ?ほぉら、にっこり~」
優羽はポリスの口角が上がっていると言っているが、実際は吠える寸前の仕草だ。
露骨なほど目つきは鋭くなっていて、歯を剥き出しにしている姿は猛獣そのものだ。
なぜ敵意まで剥き出しなのか分からないが、もはや闘犬と言っていい。
それをオメメは分かっているようで、助けを求めて更にロゼッタへしがみ付いた。
「ち、近づけないでぇ……!これ以上パニック状態へ陥ると、あたし緊急停止しちゃうから……!お、お願いします~……!」
それでも彼女らはオメメに対して容赦なくグイグイと迫る。
誰にでも愛想を持って人見知りしない性格が裏目に出ているのは明らかであって、さすがの煌太でも間を割って制止しなければいけなかった。
「まぁまぁ優羽とブルプラ。そう急いで紹介しなくても良いだろ。早く仲良くなりたい気持ちはあるが、人によってゆっくりと距離を縮めたいからな」
「え~。でも、みんなで遊びたいなぁ!仲間外れは良くないよ!」
「だから焦るなって。というか、いきなりだったからポリスも興奮しているんだろ。とにかく今はオメメの調子に合わせてやれって」
煌太は尤もらしい説得を試みることで、二人の逸る気持ちを落ち着かせた。
彼自身としてはオメメに強い刺激を与えたくなかっただけであって、別に庇ったつもりでは無い。
保護観察の感覚に等しく、今のところは様子見だ。
しかし、初めて人間に守られたオメメからすれば、これは非常に貴重な経験だった。
「煌太様お父様、ステキ………」
「え?」
素っ頓狂な声をあげたのは、彼女の呟きを唯一聞いたロゼッタだ。
あれこれと関係性が一気に入り乱れてしまいそうな雲行きで、どう立ち回ろうかとロゼッタは悩んでしまう。
そして彼女は一秒未満ほど悩んだ末に、自分にとって望ましい答えを導きだした。
「そうね。煌太様は私のマスターだから、実質オメメちゃんのお父様よ。だから心から敬愛しなさい。そうすれば煌太様は愛してくれるわ」
「うん、オメメはロゼッタお母様さんの言う通りにする。たくさん敬愛して、たくさん煌太お父様に尽くすの」
「ふふっ、賢くて良い子ね」
「わぁ~い、ロゼッタお母さんに褒められました。あたし嬉しいな」
「オメメちゃんが嬉しいと私も嬉しいわ。そして私が喜ぶことをすれば、もっと褒めてあげるわね」
「じゃあ頑張って良い子になる。そして煌太お父様に認めて貰いたいな……」
端から聞けば教育というより、やや洗脳じみている会話だ。
それに心の隙を突くタイミングを逃さない辺り、ロゼッタの社会経験が活きているのが分かる。
また、その会話を煌太は少しばかり聴き取っていて、この先どうなるのか妙な理由で不安を抱くようになっていた。