2.七つの機能制限
「機体の出力制限を解除。及び、機体内部兵器の一つ、人工ブラックホールガンを起動。更に機体再生の活動を進行」
ロゼッタはいくつもの機能制限を解除しながら、まずは相手の出方に備えた。
処理と対処が追いつくよう機体の出力を爆発的に向上させ、敵の攻撃に対抗するため遠距離武器を使用できるようにする。
そして七つの制限の一つである再生能力を解除することで、瞬く間に破損部を修復した。
並大抵の相手が敵なら、最早これだけで現代の大国を一つ制圧できる。
しかし、今回送られた刺客であるオメガからすればロゼッタの機能は脅威では無いらしく、呑気に待っているのだった。
それが気にくわないと同時に、オメガの戦闘力の高さが表れていた。
「わざわざ私の準備を待ってくれるなんて、ずいぶんと余裕なのね。それとも優しいのかしら」
「これはニッポン流の礼儀、武士道精神。一騎打ちするときに大切なこと。それに、あんたを始末したらアタシの役目は終わり。そう思うと……」
「寂しいのかしら?」
「いいや、感慨深い。これまではプログラムに則り、諜報活動に徹していたから達成感がある。時には橋の下で雨を凌いだりして大変だった。あと野生の動物はかわいかった」
「ふふっ。私が言えた事では無いけれど、不思議な感性のアンドロイドね。ちょっとした変態さんだわ」
そんな気迫の欠片も無い会話を交わした後、すかさずロゼッタは格闘戦を仕掛けた。
一見すると前触れが無い突発的な先制攻撃だろう。
だが、武器持ちの相手に対して真正面から挑むのは無謀に等しい。
それでも彼女が突撃したのは、今の機動性でどれくらいオメガに通用するのか試す必要があったからだ。
まずは勝算を導き出さなければならない。
それに比べて相手は、既に勝算を導きだした後だった。
「もう既に見切っています」
このとき、ロゼッタにとって予想外の出来事が起きる。
なんと彼女が初撃を繰り出す前にオメガは回避行動へ移っていて、事前に避けてみせたのだ。
明らかに想定済みとした動作だ。
どうやらロゼッタの思考アルゴリズムは解析済みらしく、単純な機体性能以外でも差が発生していた。
「あぁそうよね!私への対策がバッチリなら当然よね……!」
「はい、もちろん」
すぐさまロゼッタは戦い方を変えて、今度は格闘を織り交ぜることで回避不能の射撃を実行する。
射撃と言っても人工ブラックホールを生成して発射するもので、その破壊範囲は自由自在だ。
望めば月だって一瞬で消せる。
だから元より回避不能かつ、直撃すれば一撃必殺も同然なわけだが、オメガはいとも容易く長刀でブラックホールを捉えていた。
「無駄。この武器からしたらブラックホールなんて餌でしかない」
ロゼッタのブラックホールは僅かに周囲を歪ませただけで、あっという間に完全無効化される。
これも対策済みなのは、もう驚くことでは無い。
「やるわね。それじゃあ貴女のボディはどうかしらね」
一秒間で千手に届く攻防を繰り広げる中、ロゼッタは捨て身の覚悟でオメガの首を掴む。
それからブラックホールガンを使用しようとするものの、掴んでいた腕は既に長刀で切り離されていた。
「いくら再生できると言っても、そんな捨て身は迂闊な判断。無駄な損傷。無意味な賭け」
瞬間、オメガは居合の構えをみせるなり、光速で長刀による連撃を放つ。
範囲を最小限に抑えているのに僅かな余波だけで島を分断し、空を裂く斬撃だ。
そして地球から月の表面を傷つけるほどであって、未来技術の恐ろしさが垣間見える。
とはいえ、本来なら惑星を両断できると考えれば、何とも生易しい攻撃なことか。
一方で肝心のロゼッタはバリアを展開することで直撃は避けており、一定のダメージを受け流していた。
ただボディのほとんどは抉られていて、見るも無残な姿となってしまっている。
まるで全身の骨を折られたみたいで立つことはできず、地面に這いつくばる寸前だ。
「……機能制限の一つ、バリア。そして……ワープを起動」
「がっかり。それで力を尽くしているつもり?」
ロゼッタはワープホールを形成しようとするが、それはオメガの軽い一振りでかき消される。
刃でワープホールに直接触れる必要なく、武器を少し振るわれただけで維持できなくなったのだ。
実際は相応の準備が無ければワープホールの破壊は不可能なのだが、それも対策済みということなのだろう。
また、長刀で傷つけられた箇所の状態は深刻だった。
「再生に必要とされるエネルギー量が、想定より大きく上回ってしまっているわ………。それに細胞の増殖も追いついてない」
「当然。この兵器はあんたを処理するためのもの。そして物理的な破壊以外でも機能停止は可能。つまり機体の要である素材性質を崩壊させるよう、この兵器は設計されている」
「ウイルスと同じわけね……。どれも私だけに特化していて、ますます厄介だわ。だけど、万能じゃないことは把握できた。それに貴女自身の完成度は完璧から程遠いものよ」
「発言の意味が分からない。惑わしているつもり?まるであんたは自分を完璧と言っているみたい」
「私が完璧なのは当たり前よ。誰が私を設計したのか、そちらでは詳細の記録が残っているのか訊きたいわ」
「設計者?ロゼッタの開発には大勢が関わっている。そもそも設計内容が肝心なだけで、誰が設計者という部分は重要じゃない。何か意味があるとしても、せいぜい箔が付くだけのこと」
「………ふふっ、どうやら更に未来でも解明されてないみたいね。それなら未来永劫、完璧にして完全無欠のアンドロイドは私だけだわ。私の設計者ほど、偉大な博士は存在しないもの」
どうしてそこまで自分を理想形のアンドロイドだと言いきれるのか、オメガからすれば理解不能だった。
そもそも危機的状況下で自信があること自体、見当がつかない。
高性能のアンドロイドなら、既に勝ち目が無いと分かり切っているはずだ。
「これまであんたの活動を調査してきた。だけど、どうして本来の用途とは全く無関係の活動を始めたのか、未だに理解できないまま。戦闘アンドロイドなら、その用途に適した活動をする他ない。他の事をしても、それは存在意義が問われるだけ」
「そうね、本当どうしてなのかしらね。私も自分で判断したことなのに、どうして好き勝手を続けているのか謎だわ。……でもきっと、設計者にそうするよう直々に教えられたせいね」
「なぜ設計者に拘る?その言い方、まるで誇りを持っているみたい」
「私ほど、愛情と情熱を注がれたアンドロイドは他に居ないもの。親を自慢したい気持ちくらい持つわ」
「……継続される意味不明な言い回し。これらの行動は修復の時間稼ぎだと判断。これ以上は問答に付き合う必要は無し。任務遂行して、全てを終わりにする」
「それは無理ね。私を始末することは絶対にできないわ。そうなることを、もう私は記録済みだもの」
そう言ったとき、いつの間にかロゼッタは切断された自身の腕を持っていた。
さっきまで手元には無かったはず。
いつ、どうやって、何をしたのか不明だ。
どういう手品を使ったにしても、オメガが感知できなかったのは間違いない。
それでもオメガは混乱したつもりは無かったが、ロゼッタは再び口元を緩めて笑う。
今にして思えば、彼女はずっと余裕を崩していない。
「動揺しているわね。そういうデータが出ているわよ」
「まさかハッキング?いつの間に……」
「残念ながらハズレね。これはもっと高度な手段で、打開不可能な窮地が訪れた時でも完璧に活動できる機能よ」
「制限機能の一つであるのなら、あたしは全て対策済み。それに、あんたの制限はどれも兵器に関することでしか無いはず。六つの機能で…」
「お生憎様ながら私の制限は全部で七つよ。機体の出力向上、人工ブラックホールガンを含む内部兵器類の使用、ワープ、バリア、再生。そして変身」
ロゼッタは包み隠さず教えながら、最初に切断された手の形状を変化させた。
その結果、どこから見ても立派な太刀へ変わる。
これは変身機能の応用に過ぎない。
どことなくオメガが使用している長刀に似ているが、あくまで意図的に形状を模しただけだろう。
「これで今のところ披露した機能は六つだけれど、どれも貴女には備わってない機能だわ。これは私の攻撃を阻止したときに気づいたこと。つまり貴女は最初から手を出し尽くしている」
「だから何?アンドロイドなら出し惜しみをしないのは当然。何より、あたしはアンタの行動が読めている。それだけで手も足も出せない戦いへ持ち込める」
「この六つを駆使したところで勝てないことは分かっているわ。だから設計者しか知らない、開発者にすら秘匿されていた七つ目の機能を使うの。……これは人類にとっては禁忌の機能。そして初歩的にして究極の叡智。『ダウンロード』よ」
そうしてロゼッタは再度接近戦へ持ち込むが、やはり相手は行動を事前に読みきっている。
ロゼッタの先制攻撃を逸らすことで隙を作り、その間に首を切断すれば終わる。
それだけのこと。
分かりきった手順を踏めば勝てるとオメガは確信している。
ロゼッタの鋭い斬撃を刃で受けた。
確実に逸らした。
華麗で無駄なんて無い。
あとは適切な箇所を狙って振るうだけ。
完璧だ。
そのはずなのに。
間違い無く完璧で正しい判断で、尚且つ勝利が揺るがない最適の行動だったのに。
オメガが振るう刃は、なぜかロゼッタの体に触れて無い。
それどころかオメガの腕には刃が突き立てられていて、更に彼女は首を掴んで地面へ強く押し倒した。
まだ大した損傷は受けてない。
だが、早くもオメガは行動の自由が奪われていて、完全に封じられていた。
「これこそハッキングね。変身機能を使えば、相手の機体内部へ侵入することは容易いわ。それによって制御くらいなら掌握できる」
ロゼッタは自身の一部を侵入させることで、敵がこれ以上は機能しないよう制限してみせた。
もはや決着と言って良い。
とても呆気ないものだが、戦闘に楽しみを見出してないロゼッタからすれば充分だ。
事実、彼女は表情を変えずに淡々と喋るだけ。
「もう後手に回ろうとも、先手へ転じようとも私には勝てないわ。このダウンロード機能は、数千年先だろうと関係なく可能なもの。だから正しくは『未来のデータをダウンロード』する機能よ。全てを知れるのだから制限されて当然よね」
「未来のデータ……!?だとしても、こんなことあり得ない!所詮は既存のデータだけで、この瞬間を完璧に対処できるわけがない!」
「高性能なアンドロイドであるほどデータは多く残っていて、その詳細を私は知ることができるわ。そこから算出して高精度な答えを出せるかどうかは、私の能力次第ではあるけれども」
「どんな理由であれ、あたしの行動を読みきったなんて……!あんたより更に未来で製造された、より完成度が高いアンドロイドのあたしが追い込まれるなんて………、ありえない!」
「貴女を開発した人達が天才だったのは間違いないわ。貴女が恐ろしく高性能だからこそ、こうして逆手に取れただけだもの。ただ、私を設計した人の方が更に優れていただけよ」
ここに来て、またロゼッタは設計者についての話を出してくる。
一体、どうしてそんなに意識しているのか、オメガにとっては理解し難いものだ。
だから問い出そうとする。
「そこまでの人物を政府は認知していない…!まさか神崎博士のこと……」
神崎博士とは、煌太の父親だ。
彼も偉大な研究者で唯一無二の天才。
しかしロゼッタは即座に否定する。
「違うわ。そして設計者の彼は若くして亡くなったから、認知されてないのは当然のこと。それも私の開発が終わる七十年以上も前にね。それでも彼は、煌太様は誰もが認める世紀の発明家には変わり無いわ」
ロゼッタは自分の親を自慢するかのように誇らしげに言い、相手に対して明確な勝利宣言をする。
こうして彼女は一時的な痛手を負ったものの、オメガという刺客を見事に退けるのだった。