4.本来の任務
それからロゼッタは食器洗剤を買うために出かける。
しかし、上着を一枚羽織っただけで部屋着のままだ。
そもそも彼女は普段から部屋着でしか出かけないが、何もオシャレに無頓着というわけでは無い。
ただ単純にオシャレに時間を使う優先順位が低いからだ。
それに近場の店で買い物するだけであるし、尚且つ部屋着なのは戦闘で汚す事が多いからだ。
「さてと。ブルプラちゃんはコンビニへ行くと思っていたようだけれど、財政事情からして向かうのはドラッグストアなのよね。ポイントカードもあるし」
ロゼッタは持ち物を再度確認して、一般人と同様に歩き出す。
いつもなら早歩きで向かうが、今回は一人で買い物へ出かけたわけでは無かった。
そして、すぐに彼女は同行者に向けて礼儀正しく喋りかける。
「煌太様、ドラッグストアとの往復は徒歩で十五分。それまではしっかり護 衛をさせて頂くわ」
「近所だから、そう身構えなくても大丈夫だって。しかし洗剤の事もそうだけど、ロゼッタって結構マメだよなぁ」
実は煌太も付いて来ていた。
というのもロゼッタが何気なく誘っただけで、煌太自身にはっきりとした意図は無い。
言わば思い立っただけで、ブルプラの方は一人遊びに熱中しているため自宅待機だ。
そうした事情により、ロゼッタは内心二人きりのデートだと思いながら応えた。
「どのような些細な事も管理しないと気が済まないのよね。やっぱりアンドロイドだからかしら」
「あまり頑張り過ぎて処理落ちとかになるなよ。常に膨大なデータ更新と処理を繰り返しているんだろ?」
「そうだけれども、私が処理落ちはありえないわね。あらゆる事態を想定した設計だから、たとえ下半身を消失しても活動に問題無いもの」
「えぇ?いやいや、さすがに下半身が吹き飛んだりしたら支障が出るだろ。そもそも活動を継続できるのかも怪しい損傷レベルだ」
やや驚き気味な口ぶりで煌太は返す。
するとロゼッタは、さも何気無い素振りで言った。
「瞬時にブースター展開されるから大丈夫よ。アンドロイドからすれば、脚なんて飾り同然だわ」
「まさかのブースターか。それはロマンがある気もするけど、冷静に思い浮かべたら足無し妖怪みたいになりそうだな」
「ふふっ、冗談に決まっているじゃない。煌太様は、私の言葉だと何でも真面目に受け取ってくれるのね」
「冗談かよ!……いや、でも本当は気づいていたぜ?当たり前だろ。下半身が無くなっても平気だって話も、冗談だと俺は気づいていたぜ。あぁ当然、気づかないわけが無いさ」
唐突に煌太は見栄を張って、早口かつ冗長に喋り出す。
しかし、ロゼッタは彼が望まない言葉を、愉快そうな口ぶりで返してきた。
「お生憎様ながら、ボディの大半が消失しても平気なのは本当よ」
「マジかよ……。それならブースターが展開されるって話の方が、まだ信じられるんだけどな」
「いつか機会があったら披露してあげるわ。ブースターも望むなら付けてあげる。ところで……、どうして監視されているのかしらね?」
最初にロゼッタが言った徒歩十五分というのは、順調に移動できた場合の話だ。
実際は外出してから数分足らずで問題に遭遇してしまい、不意に彼女は足を止めた。
対して煌太は発言の意味を察せず、呑気に訊き返す。
「え、どうした?なんかあったのか?」
「久々の任務遂行よ」
ロゼッタは短く答えてから上を見上げた後、続けて四方八方を見渡した。
そして次の瞬間だ。
彼女は高い瞬発力を発揮させ、長めの金髪をなびかせた。
同時にガタンガギィンと重厚な金属音を打ち鳴らし、スクラップと化した複数の小型ロボットを近くのゴミ捨て場へ放り投げる。
このあまりにも唐突な出来事に煌太は危機感を覚える間も無くて、呆然とする他なかった。
「お、おぉ……。何度見ても凄いな。そして一瞬の出来事過ぎる。俺からしたら、何が起きていたのか分からないくらいだ」
「お褒めの言葉をありがとう、煌太様。そして駆除終了よ」
どうやら煌太が知らぬ間に、脅威が迫っていたらしい。
だが、その危機的状況は既に過ぎ去ったこと。
ロゼッタは早くも脅威を排除していて、その戦闘時間は一秒にも満たない。
まさしく刹那の処理であって、肝心の彼女は何事も無かった様子で佇んでいた。
「いくら普通に出歩いているとは言え、こうも所在地が特定されるような情報は広まって無いはずよね。それとも、ついに本腰を入れ始めてきたのかしら」
今しがた排除したロボットの所属は不明だ。
誰の手先なのかも分からない。
ただ目的は知っていて、煌太は気難しそうに言った。
「やっぱり今のロボットも、ブルプラの時と同じく俺の拉致が目的なのか。投入費用も高いだろうに懲りないなぁ」
「それほどまでに、神崎博士の息子である煌太様を誘拐したいのよ。事実、その組織は煌太様の身を確保することで、神崎博士を脅迫してコントロールしてしまう」
「ロゼッタが造られた時代。要するに俺からしたら未来の出来事だな」
「えぇ。そして未来では、それが世界的な大事件の引き金となってしまう。それを阻止するため、この時代に私は投入された」
「いつ聞いても信じた難い話だ。おまけに俺の親父なんて、元々はハーレムのためにアンドロイド研究を始めたって話なのに」
煌太は小馬鹿にした感じで軽薄に笑う。
実際、ハーレム目的でアンドロイド研究に没頭するのは滑稽に思える動機だろう。
だが、彼の隣を歩くロゼッタは真剣な表情で返した。
「神崎博士が本格的なアンドロイド研究を始めたのは、煌太様の母親が亡くなった時期からだと推測できるわ。だから本気で心血を注げたとも」
彼女が何を伝えたいのか、煌太は薄々と理解していた。
父親がハーレムするために研究を始めたのは真実だが、あくまで学生時代の話だ。
より狂気じみた熱意を持ち始めたのは、もっと後のこと。
けれど、今は自分の父親について深く語りたくない気分だった。
だから煌太は適当な言葉を口にする。
「どういう理由であれ、よく分からない組織も親父も迂闊だと思うぜ。それに親父が、どこに身を隠しているのか俺は知らないってのに」
「私も、神崎博士を発見できないようプログラムされているのよね。ただ元より私の役割は煌太様の護衛。そして平穏な日常を過ごせるよう努めること」
「ロゼッタなら、その気になったら謎の組織を壊滅できそうな気もするけどな。いつも圧倒しているし」
「そうね。それは可能かもしれない。でも、私が未来技術の結晶である以上、わざわざ出向いた場合のリスクが高すぎるのよね」
「リスク?もしかして修復の問題か?」
煌太は不思議そうに呟く。
未来技術を活用すれば、むしろ相手は太刀打ちできないように思える。
それは間違いでは無いが、彼女の言うリスクは別のことだった。
「失礼、言葉足らずだったわね。私が機能を見せるほど、それは技術提供になってしまう可能性があるのよ」
「言われてみれば、そうだな。いずれ実現可能だと知るだけでも、研究に取り組む姿勢は変わる。それに伴って予算や人材、設備だって得られるかもしれない」
「それに今の私は七つの機能制限が設けられているけれど、それでも目立ち過ぎれば、やがて様々な物事に影響を与えるでしょうね」
「どのような形であれ、未来の最新鋭技術が転がり込んできたら、とんでもない事になるだろうなぁ。実際に再現できるかどうかは別として」
本当にロゼッタが未来から飛んできたのなら、それは現代技術の推移を越えた存在だ。
どれほど技術が飛躍しているのか分からないが、未来技術だと気付かれて情報収集でもされたら、きっと何よりも危険な事態を招くだろう。
それこそロゼッタ自身が回収されたら最悪な展開を迎えるのは想像しやすく、煌太より死守すべき存在に思える。
「とは言え、全ては私が殲滅に出向いた場合の話だわ。こちらから仕掛けない内は何も問題無いと、私の設計者が結論づけている」
「そうなのか。まぁ俺としても、家族同然のロゼッタを戦いへ行かせたく無いけどな。あと単純に人殺しもさせたくない」
「そう言ってくれると嬉しいわ。私自身も戦闘に特化した設計というだけで、本音を言えば、ずっと煌太様やブルプラちゃんと………」
ロゼッタは自分に自由意思があると感じてしまう。
明確な役割と使命を与えられたアンドロイドなのに、どうして不安を覚える自我があるのだろうと彼女は悩む。
そして彼女は、心なしか重々しく感じる気持ちを払拭して、自分の役割を全うしようとする。
「何にしろ、これからは迎撃を兼ねたパトロールもした方が良いわよね。こうして付き添っているだけだと、どうしても後手に回ってしまうもの」
「パトロールする時間あるのか?今でもスケジュール通りに活動することで精一杯なんだろ」
「そうね。でも、好きなテレビ番組の鑑賞時間は削れば、おそらく大丈夫のはずよ」
「へぇ、好きな番組があるなんて気づかなかったな。俺はテレビ自体見てないから、おかげで流行に疎い日々だ。ちなみにロゼッタは何を見るんだ?」
「見るのはクイズ番組と動物系の番組、あと食べ歩きとかね。他にバラエティーとランキング、それと深夜番組全般。更にドラマに映画……。ニュースと競技系、あとお笑いとかもチェックしているわ」
怒涛の勢いで言い上げてきて、煌太は目を丸くしてしまう。
まさか、あれこれと言い述べるとは思ってもいなかった。
完全に予想外であり、彼女がテレビ番組に強い関心を持っているのは意外だった。
「すげぇ、俺の想像の百倍見ている。もう全番組を一斉に視聴しているんじゃないか?」
「どうかしらね。あとは、せいぜい幼児向け番組とアニメも見るくらいだわ」
「絶対もれなく全番組を見てるな。もうロゼッタ自身がテレビってか、公共の電波と一心同体レベルだろ」
「言い過ぎよ。まだネット限定配信や海外番組もあるもの。それより、これから視聴番組を取捨選択しないと……」
すぐにロゼッタは真剣な表情で対策を考えつつ、独り言をぼやく。
今の話を聞いた限りだと、視聴する番組を減らすどころか増やしていても不思議では無い。
だから、きっと最終的にはパトロールしながら『歩き視聴』なんてしているんだろうなと、煌太は内心思っていた。