39.『ロゼプラ』初配信イベント(5)
一方、メインステージではブルプラが懸命に叫んでいた。
ただし彼女は観客席の最前列に居て、尚且つ舞台へ向かって声援を送っているような状況だ。
つまり一般客と同じ。
そして主役のロゼッタはアイドルのように歌いながら踊っており、ファンに向けてウインクなどのささやかなサービスを送る。
その度にブルプラはより一層本気で叫び、まるで狂喜乱舞しているみたいだった。
「ほ、ほわわわぁわぁあああぁわぁ~~~!!ロゼッタさん最高!ロゼッタさん最高!ひゃっほほ~いぃいいやぁあぁああ!わうぅぅう~!ほりゃっふうぅうううあああああぁあぁ!いやぁん、しゅごいぃ~!!」
もはや声援というより、とりあえず叫ぶこと自体が目的になっているようだ。
それくらいブルプラは本気で奇声を張り上げ続けているわけだが、ついにロゼッタの歌が終わると同時に彼女は倒れ込む。
「ひぃ~……。やっと、終わりました。つ、疲れましたぁ~…。たった数分で、かつてないほど機能を酷使させたような気がしますよ………。あぁ、熱暴走が凄まじいです……」
そんな疲弊しきったブルプラの下へロゼッタは駆け寄り、彼女の手を掴むと共に起き上がらせた。
「つまり罰ゲームとして、うってつけだったわけね」
「目利き勝負に負けたとは言え、まさか応援をやらされるとは思いませんでした………。しかも台本に書かれて無い事でしたから、すっかりヘトヘトです」
「ブルプラちゃんの場合、どんな罰ゲームにしても喜んで実行してしまうもの。だから観客達に負けない熱量で応援すること、というお題は観客達と張り合う事もできて良かったと思うわ」
「何がともあれ、これで盛り上がったなら良かったです……。でも、そのまま二曲目に突入した時は気が狂いかけましたよ」
どうやらブルプラが無理して叫んでいたのは、罰ゲームによるものだったらしい。
それに加えてロゼッタがアドリブで延長を入れるため、その状況に振り回されるブルプラの姿は大いに場を賑わせた。
それにステージ後方の映像パネルではブルプラの様子が映し出されていたおかげで、より罰ゲームらしい仕上がりとなっていた。
それからも二人はイベント進行を続け、会場を大いに楽しませ続けた。
ロゼッタにとって始まりとなるフリスビー対決の再戦、数々のアマチュア大会で優勝した腕前の披露。
そして世界各地でヒーロー活動した際の裏話に加え、手品を交えた独特な商品宣伝。
また、ステージ上で生演奏したり美術品の作成を即興で行うなど、とても今日一日でやり尽くせないようなことをロゼッタは独壇場で進めた。
やがて日が落ち始めて夕暮れになった頃、着物姿のロゼッタはマイクを手にしながら会場全体へ向けてアナウンスした。
「それでは今日のイベントに来てくれた方々、放送を通して一度でも目にしたくれた方々、そして協力してくれた皆様方に感謝するわ。ステージ上で行うパフォーマンスは、これで全て終了よ」
「でも、ロゼッタさん!まだイベント自体は終わりではありませんよね!」
「そうね。パンフレットに書かれている通り、五分後にイベント最後の行進パレードを始めるわ!それを締め括りとするから、どうか期待していてちょうだい!」
予定時間を押しているのか、ロゼッタは早口で伝えるなり素早く舞台袖へ姿を消した。
その同時刻、煌太と月音の二人は会場広場へ移動する。
そして途中から観客席へ戻っていた優羽とチサトと合流を果たし、ここにきて四人が揃うことになる。
当然、率先的に話し出すのは元気を絶やさせない優羽だ。
「あれー、煌太と月音ちゃんじゃん!どうして二人とも居るの?ロゼッタちゃんの手伝いじゃないの!?」
「パレードくらいは客として見届けて欲しいってロゼッタから言われてな。ってか、さっきスマホにメッセージ送ったんだぜ」
「そうなの?バッテリー無くなっちゃったから気づけなかったよー。彼氏からのラブコールに気づけなくてごめんね」
「おいおい、ラブコールって………。それだけ聞くと俺が重い奴みたいだな」
煌太は人前で彼氏呼びされることに抵抗感は無く、拒絶する素振りを全く見せなかった。
すると当たり前のように受け入れている彼の反応を見て、後輩の月音は驚いた表情で呟く。
「あれ?なにこれ。まさかリアルドリームと書いて正夢って読むやつ?あれは私の妄想だったはずなのに」
「どうした?いきなり変な事を言い出して」
「だって、煌太先輩と優羽さんが恋人関係みたいな会話をしているのが不思議でして。これは私が一日三回は始めてしまう妄想でしか、行われない会話のはず」
「食事感覚で妄想を日課にするなよ。いや……まぁ、わざわざ改めて言うのも恥ずかしいけど、一応恋人として付き合っているからな。少し前から」
「は、はぇ~……」
よほど衝撃的だったのか、それともあまりにも予想外だったのか。
月音は意外にもオタクモードを発揮させず、とても大人しい反応を示した。
まさしく呆気に取られた、という言葉に相応しい様子とも呼べる。
そして未だ理解が追い付いていないにも関わらず、妙な事実確認を始めてきた。
「……では、これがデートになるのですか?」
「それはお互いの認識によるかもしれないが、友達と後輩を連れていたらデートとは違うんじゃないか?」
「でも、この後ラブホかお家へ行って一晩を共にし、しこたま仲良くしますよね?それなら、もはやデートであり前戯でしょう」
「どういう恋愛観しているんだよ。それに、これまでに無いくらい話を飛躍させ過ぎているぞ」
「あぁ失礼しました。ちょっと暴走気味でしたね。この妄想は今晩のオカズにしておきます」
さりげなく下品な言葉を並べてしまう辺り、ちょっとした感性の違いを覚えてしまう。
少なくとも発言した本人は、相手に不快感を与えるとは思っていないのだろう。
また時と場所を選ばない彼女の素直さに対し、つい優羽と煌太は乾いた愛想笑いを浮かべた。
ただ一人チサトだけは彼女の発言を全く気にせず、何事も無く受け入れて応える。
「この子は愉快な事を言うんだねー。私の所のリスナーみたいで、なんか安心感あるよ」
「えっと、確かチサトさんでしたっけ?つまりチサトさんの配信には、私の同志が沢山いるのですか?」
「どれくらいから沢山と言って良いのか分からないけど、さすがに少数派じゃないかな。でも、月音さんみたいに変わった冗談を言う人は大勢いるよ」
「冗談………?いえ、さっきのは…」
譲れない所なのか、わざわざ月音は訂正する言葉をかけようとする。
今ここで、そんな話題を広げられても困るばかりだ。
だから煌太が先に声を大きくして発言した。
「さぁて!そろそろロゼッタの行進パレードが始まるな!俺と月音はルートを把握しているから良い場所を知っているぜ!だから先に場所取りしようか!いやぁ楽しみだなぁ!」
明らかに焦った態度で言った事から、優羽は彼の意図を察して同調する。
「そうだね!みんなで楽しもう!私はすっごく楽しみだなぁ!それに煌太とイチャイチャラブラブしちゃおーっと!」
「おいおい、急に抱き付くなよー!このこの~!あっはっはっはっは!」
ほぼヤケクソ気味に勢いを作る事で、場の雰囲気を強引に変えてみせる。
とてつもなく力技ではあるものの、自分の持ち味を活かした連携だ。
そして、この光景を一番に楽しんでいるのは月音だった。
「ちょっと待って、尊い……。優羽さんのラブラブアタックを笑顔で受け入れる先輩、とてもステキです。しかも、こんな大勢が居る中で実行するなんて。おかげ様でカプ厨成分を補充した事により、脳みそが回復しました。むしろ過剰摂取で細胞が漏洩しそう………ふひっ。あぁ、ダメ。私には神々し過ぎて二人に近寄れない…!もう拍手していい?」
「わぁお。本当、月音さんは面白い子だなぁー」
月音のユニークさにチサトは感心した様子であり、不思議な事に彼女を気に入っているようだった。
そうして各々が変わった印象を持ち合う中、なんとか四人は別所へ移動して最前列をいち早く確保する。
それからすぐに他の人も周りに集まって来て、ぶつからないよう気を付けなければいけないほど混みあい始めた。
「お、思ったより他の人達も早く来たな……」
ステージに収容されなかった観客達も押し寄せるため、その混み具合は尋常では無いものとなってしまう。
そのせいで煌太は軽くよろめき、隣に立っていた見知らぬ女性とぶつかってしまう。
「おっと。あぁ、すみません」
こちらから不意に当たってしまったのに、相手は特に反応を示さない。
それどころか女性の姿勢は僅かも崩れず、顔を向ける事もしなかった。
ただ単に反応が無いというより、無関心な雰囲気が強い。
ロゼッタみたく容姿端麗で、赤い長髪の女性だ。
そしてアンドロイドのように体幹が揺るがないまま。
それを煌太は感じ取って、つい観察する視線を向けてしまう。
すると間近に居た優羽が声をかけてきた。
「ちょっと煌太~、なに別の女性に見とれているのさ」
「え?いや、別に見とれていたわけじゃないって」
「本当かな~。綺麗な人だったみたいだし」
「落ち着けって。俺達が少しでも変なことを言ったら、隙あらば月音が暴走するから」
そう話している間に赤髪の女性は踵を返し、目の前の人混みを邪魔と感じさせない足取りで去ってしまう。
つくづくアンドロイドらしい挙動だ。
何にしても煌太に確認する機会は訪れず、あとに出来るのは盛大に始まる行進パレードを眺めることだけだ。
それから華やかにして豪華な行進パレードが始まる頃、とあるユーザーがネット中継でイベントを見ていた。
そのユーザーはVIPクラスの客室でくつろいでいて、好物のケーキと甘い紅茶を嗜みながら独り言を漏らす。
「ふむふむ、この子がロゼッタかぁ。かわいいな~。それに………うん、私と同じで上を目指す風格があるね」
悠々自適にプライベートな時間を楽しむ金髪の女性。
しかし、電話が掛かってきて一瞬だけ拗ねた顔を浮かべる。
「あ、ママからだ。もしもしー?」
『アンヘル。明日の大統領誕生日パーティーで配信の許可を求めたって本当なの?』
「うん。直接電話したらオッケーを貰えたよ。さすが大統領、心が広いよね」
『それなら良いけれど……。誰よりも人気を博しているとは言え、あくまで配信はアンヘルの趣味なんだから程々にね?』
「大丈夫だってママ。本業には影響を与えないから。それより連絡を取りたい子が居るんだけど、調べられるかな?」
『誰?まさか意中の人?』
「そうだね。すっかりファンになったから意中の人かな。最近世間を賑わせているロゼッタって言う子なんだけど……」
それからアンヘルと呼ばれた女性は自分の母親に用件を伝え、最後は楽しげに通話を切る。
そしてネットでライトチューブへ繋げ、彼女は自分のチャンネルを開いた。
そこには登録者数2億400万人超えた数字が表示されており、チャンネル名は『天川アンヘル』となっていた。
「『ロゼプラ』の登録者数は4800万人。勢いなら私より付いているし、今日のイベントで更に人は増えるはず。少なからず彼女の魅力は伝わっただろうしね。それより実際はどんな子か楽しみだなぁ。………そうだ、先に彼女のグッズを買っておこうっと」
こうして天川アンヘルという女性がグッズを漁り終わったとき、ロゼッタの行進パレードとイベントは大盛況のまま幕を閉じる。
素晴らしい歓声と明るい表情を見せる人々で溢れ返っており、見事に更なる期待感と希望をロゼッタは抱かせるのだった。
・・・・・Ver1.0・アンドロイドの配信・・・・・了。
次回、『Ver2.0・アンドロイドの理想』を予定。
または短編として『Ver0.9・アンドロイドとの出逢い』を挟むかもしれません。