37.『ロゼプラ』初配信イベント(3)
やがて鳥型ロボットはステージ上へ降り立ち、最初に放置されたままだったマントへ潜り込んだ。
その数秒後にはマントが下から盛り上がっていき、次の瞬間にはマントが放り投げられる。
そんなワープ演出で姿を現したのは、ロゼッタとブルプラの両名だ。
二人ともキュートなアイドル衣装だが、色使いは対照的となっている。
ロゼッタは赤色を基本に黒で彩られたデザインであり、頭にはコサージュの髪飾りが付けられている。
また、ブルプラの方は淡い青色を基本に白で彩られたデザインであり、こちらは星をイメージした髪飾りを付けていた。
これらの衣装であれば、ユニットとしてお互いの魅力を引き立て合っていることだろう。
何より、この二人が揃うだけで華やかな雰囲気が更に増す。
それによって観客の感動が続く中、ロゼッタは大勢に呼びかけた。
「さぁ皆様方!ここで『ロゼプラ』のメンバーを紹介させて頂くわ!彼女はブルプラ!私の最高のパートナーであり、掛け替えのない家族よ!」
彼女が紹介を促すと、ブルプラは手に持っているステッキを振りながら前へ出る。
それで自分の存在をアピールしつつ、ロゼッタより温かみがある愛玩動物らしい振る舞いをみせた。
「どうも皆さん!今しがたロゼッタさんより紹介あずかりました、無敵のアンドロイドことブルプラです!今日は精一杯、彼女に負けないくらい頑張りますからね!是非ともブルプラの活躍にも注目して下さい!私こそ、真の世界一なのです!」
最後の言葉を強調しながらブルプラはポーズを決めた。
いつになく目立とうとする発言をさせているのは、ちょっと空回りした元気をアピールさせるためだ。
この一言によって二人の関係性が分かりやすく、またブルプラがどのような性格なのか初めて見る人でも察することができる。
そして曲が流れると、今度は歌劇が始められた。
歌劇の大まかなストーリーは、舞踏会で作法とダンスを競い合う姉妹が互いに認め合うというもの。
姉役のロゼッタは完璧な振る舞いで周囲を魅了し、妹役のブルプラは失敗とお茶目な雰囲気で周囲を賑わせながらも心を掴む展開だ。
この歌劇というのは自然な成り行きでステージを広々と使う上、展開毎に衣装を変えられるから様々な姿を見せられる。
それに歌劇なら男装や奇抜な衣装すら、観客達は素直に受け入れてくれる。
しかも雪や花を舞わせるスペクタクルな演出も違和感なく出来るため、視覚的な飽きを与えない。
更に劇の途中では、さり気なく動画のネタや趣味嗜好の暴露、そして日常の裏話まで入れることで愉快な紹介と親近感を湧かせる狙いがあった。
「あぁ、どうか皆さま聞いて下さい!ロゼッタお姉様は完璧な作法をものにしております!ですが、これが作法だと言い張って大食いチャレンジをする方なのです!」
「ちょっとブルプラ!?それについては興味があるというだけで、私は決して挑戦なんて……」
「それも驚くことなかれ!あっという間に十人前を完食してしまわれたのですよ!その証拠に、映像までしっかり残っています!ですから、姉さまを娶りたいと一考した殿方様、まずは食糧庫に厳重なる鍵をかける準備を済ませておいて下さいね!」
「そ、それを言うならばブルプラは家事全般が不得意だということを、この正直者の私から告白致します!あぁ、我が天真爛漫の妹ながら哀しきかな!彼女は人を楽しませる才に長けているものの、作法同様に生活力は皆無。妹に豊かな家庭を求めるのは高望みとなってしまうでしょう」
どちらも真実だ。
そして真実と創作話を織り交ぜることで、エンターテイナーとしてのキャラクターを作り上げていく。
ただブルプラの方は性格も相まって、だいぶ本心に寄った発言が多くなっていた。
「ブルプラは良いんです!なぜならブルプラお姉様のお世話になりますから!それだけで順風満帆な人生が保障されるわけです!実際、素晴らしい日々を送れて満足しております!」
「それは名家のお嬢様として恥ずべき考えよ。いえ、どのような生まれであろうとも、真っ先にレディが口にするべきでは無い宣言ね。まさか人生の全てを、わざわざ他人に委ねるなんて」
「それだけブルプラはロゼッタお姉様の家事能力に信頼を置いている、という事です!………むむ?これはもしかして、ブルプラがお姉様の夫になれば万事解決なのでは?お姉様の癖まで知り尽くしているわけですから」
時にブルプラが放つセリフは、どこまでが本気で、どこに冗談を交えた演技なのか分からなくなる。
そのためロゼッタは、物語を軌道修正する立ち回りに徹しつつ言い返した。
「えぇ!?どうしてそうなるのよ!妹の身勝手な考えには、いつも驚かせられるわ!そして愉快に振り回されてばかり!」
「だって~、ブルプラはロゼッタお姉様のことが大好きですもの。そしてお姉様はブルプラのことが大好き。つまり両想い!これぞ美しき想い合い、です!」
「思い込みが激しい妹は、わざと私を呆れさせるつもりなのかしら。彼女を純粋無垢な少女と呼ぶ者が居るけれど、これでは無知なる幼子よ。家族愛という言葉をご存知無かったなんて、妹の単純さを侮っていたわ」
「家族愛……、愛?やはり愛情じゃないですか!よしよし、わぁ~い!ようやくこれで一大決心できました!ブルプラはロゼッタお姉様のヒモになります!もう決定です!」
「最初から最後まで私の意見が通ることは無いの!?…でも、あぁこんな妹だから心配だわ。そうとなれば、彼女のワガママに付き合うのが一番利口なのかもしれない!だから私は養うわ!妹を!完璧にね」
「え?本当に良いのですか?……うーん、ロゼッタお姉様は押しに弱いですねー。これは妹として見張らないと心配です。もうお姉様ったら、まったくもって世話が焼きますよ」
ブルプラは自然な流れで言葉を付け足すことで、観客達に向けてロゼッタの弱点を露呈させた。
そして、この気が抜けたやり取りだけで、二人の性格面の特徴が色濃く表れていることだろう。
ブルプラは単純でお調子者という事だけに限らず、能天気な振る舞いに反して直感が鋭く、実はしっかり者であることを示す。
対してロゼッタは志が高い完璧主義で、それに見合う礼儀作法と実力を持ち合わせながらも、なにかと相手を甘やかしてしまう性根だということ。
ただし、これらの特徴はどちらも表面的な部分に過ぎない。
実際は性格面だけに絞っても、二人の特徴をあげようとすればキリが無いほど多くの要素が詰め込まれている。
あらゆる場面において物怖じしない。
思慮深くありながらも、大胆な行動を積極的に実行する。
基本的に思いつき優先で行動を選択し、情報量に長けたアンドロイドであろうとも時には合理性を捨てる。
相手への思いやりは人一倍。
見知らぬ人を助ける精神を持っていて、初対面の相手でも親友のように接する。
しっかりとした仲間意識を持っているのに、何でも一人で解決しようとする強情なところ。
それなのに些細な事に対して本気で悩み、万人が納得する正解を導き出そうとする。
これで好みや苦手なモノについても話題を広げてしまえば、まさに今の百倍は語らなければいけなくなる。
要は彼女達の事を知れば知るほど様々な一面が見られて、眺めているだけでもエピソードが尽きなくなる。
それを今は歌劇を通して伝えていた。
活躍を描き、関係性を広げ、観客達と一緒になって展開を楽しむ。
やがて演目は次へ移り、今度は宇宙海賊をテーマとしたパフォーマンスを披露しようとしていた。
ただ先ほどの歌劇とは違ってキャラを演じず、ありのままの自分で振る舞うよう心掛ける。
言うならば『もしも自分が宇宙海賊だったら』というもので、この『もしも』ネタは動画撮影でも使っている。
そして動画みたく編集によるエフェクト追加ができないわけだが、それでも彼女は完璧にやり遂げようとしていた。
「頼むわね。煌太様」
そう彼女が合図を出した途端、無数のドローンが観客席の周囲から飛び立つ。
そしてドローンは薄いスモークを空中に幾重も蒔き、更には備え付けられた照明を飛行しながら点灯させることで、輝く星々を表現した。
色とりどりに光り、点滅し、ドローンの軌道が流星のように映る。
続けて照明とレーザー、舞台に設置してある巨大な映像パネル、その他にも火薬を使った派手な火柱。
また、当然のように宇宙船を模した山車まで出て来て、至れり尽くせりな光景となる。
その僅かな間にロゼッタとブルプラは装飾が凝った海賊服へ着替えており、二人揃ってライトサーベルを手に宇宙船から登場した。
特にキャプテンらしい三角帽子を被ったロゼッタの姿は印象的なもので、彼女は真っ先に名乗り上げた。
「私達は『ロゼッタ☆プラネット』!その名の通り、星々を巡る海賊団!そして財宝を求める冒険者でもある!」
「皆さんも一緒に宇宙中のお宝を集めましょう!時には星を制覇しましょう!気ままに生き、己を信じるままに前へ進むのです!さぁロゼッタ船長、全速前進させるのです!」
「どうして船長の私が命令される側なのよ!……まぁいいわ。これから目指す惑星は、あのブループラネットよ!財宝を求め、いざ出航!」
それから二人は冒険模様を歌劇で伝えながら、派手なアクションまで交えた。
普通ならアクションとは言っても、舞台上であるからには演出に寄ったダンスになるところだ。
これについては観客側から見える光景が定まっているから当然のことで、そもそも鑑賞できなければ意味が無いからだ。
しかし、二人の場合は完全な殺陣であり、超人的な身体能力によるダイナミックアクション。
当たり前のように驚異的な瞬発力を活かした移動を行うし、プロ体操選手を上回る身のこなしを軽々と披露する。
つまりCGアクションと言っていいほどで現実離れしていて、あちらこちらへと視点を移さないといけない。
そのための映像パネルでもあったが、それより彼女達の動きに合わせる照明が大変なものだった。
あらかじめ決めておいた場所へ向けておき、それでタイミングよく点灯させるだけなのに追いつけない場面が出てくるほどだ。
なにせ一回の跳躍で帆を飛び越えるし、帆から別の帆へ移動する事も軽々とやってのけてしまう。
またアクロバティックに高所から飛び下りるのみならず、二人は驚異的なバランス感覚が要求される連携まで始める。
もちろん、これらのアクション内容は事前にリハーサルしている。
それでもスタッフからすれば突拍子無い動きに思えるほどで、知っているのに予測がつかないという不思議な気分へ陥っていた。
「この星の財宝は手に入れたわ!」
「手に入れたと言っても、助けた現地の人からお礼の品を貰っただけですけどね」
「充分よ!さぁ宇宙へ戻り、再び巡り回りましょう!そのためにも進路を切り開くわよ!私のパワーで!」
「え、ここでまさかの力技ですか!?」
「私のパワーを侮らないでちょうだい!私が一振りすれば視界を邪魔する霧は明け、星々も道を開けるわ。何にしても百聞は一見に如かず!見せてあげましょう!」
そうしてロゼッタがライトサーベルを振った途端、観客席の上に撒かれていたスモークは一気に晴れていく。
同時にドローン達は一本道を開けるように移動していき、綺麗に整列することで分かりすく航海路を表現した。
「これで青い星を覆う霧は無くなったわ!では、出航よ!次に求めるお宝は星々の叡智!」
それから船は動き出し、舞台袖へ消えていった。
そして即座にスタッフ達が小道具とセットを回収し始め、手早く次の準備に取り掛かるのだった。
まだまだ期待と興奮が高まる会場。
そんな中、観客席で見ていたチサトは疲れた様子であり、隣に居た優羽は声をかける。
「チサトちゃん大丈夫?もしかしてトイレ行くのを我慢しているの?」
「そうじゃなくて、やっぱり私って大勢に対する耐性が無いんだなーって」
「うーん。なら、一緒に空いている場所行こうよ。そこで休もう?」
「え?でも、ユッキーさんの友達が頑張っているから、最後まで全部を見届けないと……」
「あっははは!別に大丈夫だよ!だってネット配信でも見れるようにしてあるって、ロゼッタちゃんが言っていたしさ!一旦離れても見届けられるよ」
今回のイベントは、小休憩を挟まないスケジュールになっている。
ほんの少しだけ時間が空くのは、せいぜい最後に予定している行進パレードを準備する数分のみ。
そのためのネット配信であり、より大勢の人が気楽に参加できるよう配慮した結果だ。
ただ、やはり画面で見るより自分の五感で楽しんで欲しいという思いがチサトに湧き立つ。
「私一人でも大丈夫だから、ユッキーさんはここで見ていてよ」
「遠慮しなくて良いよ!むしろ仲良い人と一緒に盛り上がれる方が私にとって大事だもん!ということで、私が責任を持ってチサトちゃんを強制連行しまーす!さぁ出航だ出航!」
「ふふっ。ユッキーさん、さっきの劇に影響されていて面白いね」
「真似するからには全力だよ!うぉおおおぉおおおぉ道を切り開くぞ~!」
そう言いながら優羽はチサトを半ば強引に連れ出し、観客席から離れて休憩スペースとなる場所へ向かった。
しかし彼女の軽い駆け足はチサトの全速力に匹敵するため、休憩可能な場所に頃には先ほどより酷く疲弊しているのだった。