36.『ロゼプラ』初配信イベント(2)
初配信イベントの本番開始直前。
その頃にはロゼッタは着替え終えており、舞台袖で最終チェックを行っていた。
彼女の衣装は白い燕尾服であり、下はミニスカートである事からマジシャンを彷彿させる恰好だった。
更には小さなハットとステッキまで用意してあるため、きっと最初は派手な手品でも披露するつもりなのかもしれない。
何にしろ、普段のラフな服装からは想像がつかない可憐で立派な姿だ。
そんな着飾った彼女を煌太は近くで眺めつつ、ステージ開演前に声援を送った。
「頑張れよ、ロゼッタ」
「えぇ、もちろん。そして煌太様についても今日はよろしくお願いするわ」
「お願いすると言われても、俺は事前に組んだプログラムの動作チェックとドローン操作するくらいだけどな。舞台を円滑に進める役割は、それぞれの専門業者だ」
そうは言うものの、煌太の表情と声色からは強い緊張が感じられた。
おそらく大舞台に関わりを持つ仕事が、今回が初めての経験だからだろう。
優れた天才であっても、そして裏方であってもプレッシャーは感じるもの。
しかも今回は世界中が注目しているため、より生半可では無い覚悟が要求される。
そんな怖気づきかけているマスターに対し、あえてロゼッタは日常的な微笑みで応えた。
「煌太様。本番直前だけれども、景気づけに頭を撫でて頂いても良いかしら」
「え?でも、せっかく髪だってセットしているのに大丈夫なのか?」
「激しい動きを想定しているから、触られたくらいでは崩れないようになっているわ。だから撫でるついでに、成功の念をいっぱい注いで欲しいの」
「ははっ。アンドロイドなのに念とか言い出すなんて、かなり不思議な話だな」
「理解力があるからこそ概念的な話を受け入れられるものよ。むしろ、こうしてアンドロイド自ら舞台イベントを開催する方が、よっぽど不可思議で異例だわ。歴史の教科書に残しても良いほどにね。ふふっ」
「人類史でも自慢の出来事になるだろうな。……とにかくご要望の通り、全身全霊で成功の念を注いでおくぜ。もうこれで大成功は間違い無しだ」
普段通りの心持ちを思い出した彼は、そう話しながら気合を込めてロゼッタの頭を撫でる。
特に撫でても彼女は気持ちよさを覚えるわけでは無いが、それでも心底から喜んでいた。
きっと彼女は愛情表現自体に大きな意味を見出していて、その有難みが分かるのだろう。
心からの愛情表現を受けられるだけ、アンドロイドの身には充分すぎる奇跡。
そして最高の奇跡を受けられたら、もはや先の失敗を恐れる必要が無い。
そのためロゼッタは満面の笑みを浮かべて、ただ未来を楽しみにステージへ上がれるのだ。
「ありがとう、煌太様。それじゃあ行って来るわ。どうか私の活躍を見届けてちょうだい」
「あぁ、もちろんだ。いつもみたく完璧のパフォーマンスを披露してくれ」
これが煌太からの精一杯の応援であり、広大にして輝ける世界へ進む彼女を見送ることがマスターとしての務めだ。
それから間もなくして流れ出す音楽と焚かれるスモークの中から、ロゼッタは表ステージへ盛大かつ華やかな登場をする。
それだけで熱狂的な声援が一気に響き渡る中、彼女は観客達に負けない熱量で聞き慣れた前口上を叫んだ。
「どうも皆様方ごきげんよう!ロゼッタ☆プラネットのロゼッタよ!ずばり今回は告知の通り、かつてないスペクタクルにして最高の体験をお送りするわ!さぁ皆様方、今日は全力で楽しみましょう!」
そしてロゼッタはどこからともなくマントを取り出し、それで頭上から全身を覆う仕草を見せた。
すると、そのままマントは床へ落ちていき、彼女の姿は忽然と消えてしまうのだった。
まるで魔法の透明マントみたいであるが、実際は消失マジックに類する。
それから瞬時に音楽が切り替わると、いつの間にか真っ赤なドレスへ着替えたロゼッタがステージの装飾道具に座っているのだった。
全員が目撃しているはずなのに、誰にとっても予想外の出現。
また彼女が初めて魅せる華やかな衣装姿は、気品溢れるバラをイメージしたものだ。
それらの出来事は全て数秒足らず。
いつ移動したのか、いつ再登場したのか誰も認識できていない。
そしてロゼッタは何事も無かったように、音楽に合わせてオリジナルソングを気持ちよく歌い始めた。
それはスタートに相応しい力強い曲調であって、観客の気持ちを更に盛り上げるのには充分なサプライズだ。
なにせ彼女が歌唱を披露すること自体、初めての試み。
更にはアンドロイドの強みを活かせるため、激しいパフォーマンスを行うことは造作も無かった。
しかし、更なる衝撃を与える演出が練られており、そのままロゼッタは歌いながら観客席の方へ高く跳躍した。
至る所からワーワーと、思わぬ展開に湧き上がる歓声。
普通なら観客の中へ着地することだろう。
だから観客は彼女の突発的な行動に驚いたわけだが、彼女が着地したのは地面では無い。
観客達の頭上より二メートルほど高い場所、つまり空中に足を着けてから当然のように駆けてみせたのだ。
これら全ては曲調に合わせた演出であるため、その驚きと感動は更に増す。
そうしてロゼッタは絶大な注目を集めつつ、ドレスへ着替えると共に消えていたはずのステッキを魔法みたく取り出した。
すぐさまステッキを片手のみで巧みに操り、笑顔で激しい棒回しを魅せる。
もはや、この時点で情報量が多いパフォーマンスを披露している。
それなのに彼女の勢いある演出は加速を続けて、挙句の果てにはステッキからバラの花びらを大量に蒔き散らし始めた。
まさしく豪華にして優雅。
それでいて可憐でお淑やか。
それらを強調しているはずなのに、輝かしい力強さを感じられずにはいられない。
何より彼女は事前に世界的なヒーロー活動を行っているから、より一層のこと希望そのものに映るだろう。
これらによって現場の観客のみならず、テレビ放送やネット配信で視聴している者達の心まで掴み出し、理想的なスタートを切れたと言える。
そうして留まる事を知らない盛り上がりが続く中、煌太は全ての放送をチェックしていた。
「俺の翻訳プログラムが問題なく機能しているな。テレビ放送の方も問題無い。禁止ワードを避けた上で400言語に対応させるのは苦労したが、これなら通常配信でも使える。……あー、こちら煌太。月音の方はどうだ?」
煌太はインカムを使い、演出作業で慌ただしい月音研究員と連絡を取る。
すると当然ながら彼女は忙しそうに作業を進めており、切羽詰まった声が返ってきた。
『はい、煌太先輩!こちら月音です!ちょっと今、不良ドローンを再調整し直している所です!』
「間に合わせるのが難しそうなら、使用を控えて次の演出に備えても良いんだぞ?観客にケガさせる事故が一番心配だからな」
『大丈夫です!間に合います!動作テスト中という意味でしたので!万事オッケーです!準備万端!もう万全!』
「……まぁ頼んだ。技術面なら俺も協力できるから遠慮なく呼びかけてくれ」
『はい!分かりました!その時はお願いします!それでは!』
あまり月音の口から聞いたこと無いほど、ハキハキとした声調の応答だった。
それほど真剣に全力で取り組んでいる証なのだろう。
とても頼りがいある後輩であるし、普段の極論オタクモードさえ除けば人間として尊敬できる。
ただ煌太からすれば、そんな彼女の気難しいオタク要素も嫌いじゃない。
むしろ一番素直な一面だから、尊敬はできなくても好ましいくらいだ。
そう煌太が想いを馳せる一方、銀髪少女アンドロイドのブルプラは舞台袖からイベント光景を恍惚と眺めていた。
彼女もイベント出演する一人なのだが、まだ今は観客と同じく目を輝かさせており、ロゼッタの圧倒的なパフォーマンスに魅了されている。
既にリハーサルで見た演出ではあるが、それでも観客の熱気に当てられて興奮せざるを得ない。
「ロゼッタさんは本気で凄いです。時空の垣根を越えた、世界一のスーパースターです」
台本通りの舞台演出のみならず、ロゼッタが振る舞う一挙一動のパフォーマンスがある度に、凄まじい熱狂の渦が巻き起こる。
あらゆる角度から見ても全てが完璧で至高。
自然なアドリブでファンサービスを行いつつ、皆がイメージしている通りの理想的な振る舞いを崩さない。
どこまでも前向きに、ひたむきに明るく、未来を期待させてくれる存在。
それらの素晴らしい要素は人前だから特別に演じているわけじゃないことを、彼女と一緒に過ごすブルプラは知っている。
「ブルプラはロゼッタさんのことが大好きです。いつも本気で頑張って、いつも優しく接してくれて、いつも綺麗な佇まいと志で生きていて。皆さんに自慢できる家族です。そして……」
ふとブルプラは、にこやかな表情を浮かべる。
ロゼッタのことは尊敬しているし、観客達ほどでは無くとも崇拝している。
そして誰よりも彼女のことを愛していると言っていい。
ただ、どれほど彼女が非の打ち所がないほど立派で、いくつも偉大な功績をあげようと、いつだって同じ高さの目線で張り合う気持ちを忘れていない。
「そして、ロゼッタさんは最高のライバルです!名声では劣ろうとも、スペック面で勝ちを譲った覚えはありませ!これからブルプラは一番を取りに行きます!ロゼッタさん一強というわけでは無いことを、大勢に認めさせてみせますから!」
そこまで言ったとき、ちょうどロゼッタは客の頭上で再びマントを取り出していた。
それから最初と同じくマントを羽織るような動作を見せた瞬間、また一瞬足らずの間に気配なく姿を消失させる。
不意にマントごと視界から消えるせいで、誰もが自分の目を疑うことだろう。
だが、今度は完全な消失では無い。
彼女が消えた場所から、同時に一匹の鳥が現れて舞い始めた。
その鳥のクチバシには一輪のバラが咥えられており、ゆっくりと優雅にステージへ向かって飛翔する。
これは誰もが鳥に変身したと思わせる演出だったが、観客席で眺めていた優羽は仕掛けの一部に気が付く。
「わおっ!また消えちゃった!……って、あの鳥。煌太のロボットだよね?ドローンを使うとは聞いていたけど、そういう意味だったんだ。こうして彼氏の成果が世界にお披露目されるなんて、なんか感動的だなぁ!」
テンションが上がり続けている優羽の推測通り、ドローンと呼び方を一括りにしているだけで実際は動物型ロボットも含まれている。
元より煌太の研究分野は自立型ロボットであって、動物類の再現は特に開発が進んでいるものだった。
これは煌太の事を一番知るロゼッタだからこそ、最初に思いついた演出と言えるだろう。
そして舞う鳥に注目が集まる一方で、高速移動とステルス機能を併用したロゼッタはブルプラの背後へ回っていた。
「ブルプラちゃん。そろそろ出番よ」
「わわっ!?分かっていたのにビックリしました!」
ついブルプラは慌てながら、背中の方へ振り返った。
するとロゼッタは既に真っ赤なドレスからキュートなアイドル衣装へ着替え終えており、衣装班が懸命に彼女の髪型をセットし直していた。
最初のエンターテインメント性を感じさせるマジシャン衣装から、あっという間に美しく気品あるドレス姿へ。
そして今度は可愛さを前面に押し出したアイドル衣装姿など、早くもロゼッタは色んな姿を披露している。
ただし舞台裏に居る間の調子は普段と変わらず、ロゼッタは口元を緩めた余裕ある笑みを見せた。
「ふふっ。もう、まだ始まったばかりなのにライバル宣言をしている場合じゃないわよ?」
「えぇ!?さっきの独り言、聞いていたのですか!?普通に恥ずかしいですよ!」
「お生憎様ながら、常に私は全ての通信音声と放送配信を含めた映像は拾っているのよ。それでパフォーマンスを調整するのは難しくないわ」
「そ、そこまでしていたなんて初耳です………」
「わざわざ言う必要が無かったもの。他にも並行作業しているけれど、とりあえずブルプラちゃんは目の前の出来事に集中しなさい。そして私と一緒に思いっきり楽しみましょう。今日の主役は私達よ」
間違い無く彼女は今を一番楽しんでいる。
そう思わせる表情と態度をロゼッタは見せていて、ブルプラにステッキを握らせた。




