33.ブルプラは愛犬と自然公園に
ある平日の昼頃。
ブルプラは愛犬ポリスを抱えて、ペットの同伴が許されている広大な自然公園へ来ていた。
そこは庭園としても手入れされているため、時期によっては季節を楽しむ散策ができる。
だから撮影を楽しむ人が居れば、備え付けられたベンチで読書やら談笑をする人も見かけられた。
特に今日は穏やかな風が心地よく吹いており、平日にも関わらず人通りが多い状況だ。
「うーん?どういうわけか、中々歩いてくれないですねー。せっかく絶好の散歩日和ですのに」
そんな中、ブルプラはポリスを散歩させようとするものの、思っていたより上手く行かず四苦八苦していた。
しっかりとリードは装着させているし、フンを回収する道具やオヤツも持ってきて準備万端だ。
ただブルプラの準備は万全でも、なぜか肝心の愛犬が歩いてくれない。
悲しそうな目で彼女を見上げるだけであって、ずっと同じ場所に立ち止まったままだ。
「広ければ勝手に歩いてくれると思っていたのですが、座り込んだままになりますねー。何故でしょうか?これだとブルプラは困り果てるしかないです」
いくら呼びかけて催促しても、ポリスは一向に動こうとしてくれない。
また、試しにリードを軽く引っ張ってみてもポリスは露骨に抵抗してくる。
まるでその場に接着されてしまった銅像みたいだ。
確かに飼い犬はチワワらしく臆病な性格で、まだまだ幼い小型犬だ。
しかし家での生活を見る限り、とても活発な気質である共に、好奇心旺盛で人見知りしない性格だ。
どんなモノに対しても積極的で、初対面の人間相手でも遊んでもらおうと必死にアピールする。
それだけに不動の姿勢を貫く理由が見当つかず、ブルプラは真剣に困ってしまう。
「そこまで焦る必要は無いですけど、このまま謎にしていたら克服できません。ですから………。あぁ、そういえば翻訳機を使っていませんでしたね」
それから彼女はポリスの首輪に付けられた翻訳プログラムを作動させる。
すると早速、愛犬からの返事があった。
『怖い』
「怖い?珍しいですね。人が多いからですか?」
『この足元が苦手なの』
「足元?……あぁ、もしかして補装された道が苦手なのでしょうか。なるほど。ちょっとした環境変化に対して敏感というわけですね」
ポリスを降ろした場所はレンガが敷き詰められた石畳の道なのだが、どうやら違和感が拭いきれないらしい。
それによって強い警戒心を覚えているみたいなので、今度は近くの砂利へ移動させた。
しかし、それでも動こうとしてくれない。
『ブルプラお姉ちゃん、別の場所が良いよ』
「もう本当にワガママで可愛い妹ですねー。そういう繊細な一面もブルプラは大好きですよ。じゃあ次は芝生ならどうですか?足元が柔らかく、芳しい香りがいっぱい染み込んでいます」
そして発言通り芝生へ移動させると、すぐさまポリスは匂いを嗅ぎ始めながら動き出してくれた。
匂いチェックに熱中し、やたらと落ち着きなく歩き回る。
それから聞き耳を立てることで生活音を探ったり、または通りかかる他の人を見つめるなど、ようやく周囲に関心を向ける余裕が持てるようになっていた。
「こういう癖も把握しておかないと駄目ですね。そして今、ブルプラがポリスのことを世界で一番知っているお姉さんになりました!ふっふっふ~。これでロゼッタさん相手にマウントを取れますよ!」
ブルプラは誇らしげに言いつつ、愛犬の動向を見守った。
どうやらポリスは好奇心旺盛ながらも相当に賢いようだ。
最初から教えずとも遠くへ離れ過ぎないよう、そして歩いている人に近づき過ぎないよう気を付けてくれている。
まだ外の経験が皆無で分からない事ばかりであるはずなのに、ずいぶんと利口だ。
ただ、度々驚いている様子が多く見受けられるため、もしかしたら今は慎重かつ臆病になっているだけかもしれない。
そうだとしたらポリスは心から楽しんでくれているのか分からないが、この散歩が刺激的な経験になってくれているのは間違いない。
そんな時、ブルプラは隣を通りかかった三人組の若い女性に声をかけられる。
「あのぉ、すみません。突然ですけど、ちょっと良いですかぁ?」
「はい、どうかしましたかー?」
ブルプラは愛犬の行動をリードで優しく制御しながら、愛想よく言葉を返した。
そしてよく見れば、声をかけてきた女性達は揃ってスマホを手に持っている。
まるで突撃取材を始める人みたいな構えであり、更には期待の眼差しを向けてきていた。
「もしかしてですけどぉ、その髪色からしてブルプラさんですか?」
「おぉ!よくブルプラのことを知っていますねー!そうです、自分がブルプラです!」
「やった!やっぱり、あのブルプラさんだよ!ってか、近くで見ると胸おっきい!ヤバぁ~!」
ブルプラが快活に即答した途端、急に彼女らは賑やかな声で話し合い出した。
やたらと嬉しそうにしていて、妙に興奮した雰囲気で湧き立っている。
一体どうしたのかとブルプラが思う中、相手は早口で語り掛けてきた。
「実は私達、『ロゼプラ』チャンネルが好きでして、もう欠かさず見ているくらいにファンなんです!特にブルプラさんはいつも明るくて楽しそうで、あと子どもっぽい仕草とか大好きです!それにダンスもカッコよくて惚れ惚れしています!」
「わぉーなるほど!『ロゼプラ』でブルプラのことを知ってくれていたのですね!いつも見てくれてありがとうございます!それに応援までしてくれて嬉しい限りですよ!」
「はい!これからも応援しています!……それで図々しいお願い事なんですけど、一緒にお写真を撮っても良いですか?一枚でも良いから記念写真が欲しいんです」
「もちろん構いませんよー!むしろブルプラは写真が大好きなので、満足するまでドンドン撮っちゃいましょう!みんなとの思い出作りは最高ですから、何枚でもオッケーです!あとSNSにアップしても良いですよ!」
元よりブルプラはコスプレの自撮りを趣味にしている。
そのため被写体経験という点においてはロゼッタより慣れており、一瞬で輝かしい表情と最高のポーズを作れた。
また、ロゼッタと動画撮影してからは相手に合わせたアピール方法も覚えた今、リクエスト以上の一枚を提供してみせる。
風景は日常的なのに、なんとも記念撮影に相応しいことか。
しかも、写真撮影の合間すら素晴らしい思い出の一つにするほど対応は紳士的で、最初から最後までサービス精神が旺盛だ。
いきなりの事なのに満足度が高い一時を与えてくれるなんて、話しかけた彼女らにとって予想外だった。
そのおかげで、ロゼッタの美貌に隠れがちなブルプラの可愛さを堪能するのには充分な体験となっていた。
「あ、ありがとうございます!なんだか、すごく親近感を覚えるアイドルって感じでした!かわいくて癒されるし、とっても元気にさせて貰えました!」
「えへへ~、そう言ってくれると嬉しいです!それに皆さんも良い人ですし、こっちこそ元気が湧き出ましたよ!」
まるで営業発言そのものみたいだが、ブルプラが言うと本音だと信じやすいものだった。
それほど自然体であり、噓偽りの気配が無い純粋さが溢れ出ている。
まさしく親切心の塊で善意そのもの。
事実、ブルプラは本心から言っている上、意図的に危害でも加えられない限り嫌悪感を抱かない。
どんな相手でも優しく接し、誰にでも親しみやすく好意のみを抱く。
そして相手が喜んでくれれば、自分も嬉しいという性格。
それでいて戦闘アンドロイドに相応しい強さと芯を持ち合わせているのだから、その豊かな魅力に惹かれるのは当然だと言える。
ただし、全てにおいて真っ直ぐ過ぎる性格であるため、相手の劣等感を刺激しやすい部分はあるかもしれない。
でも、ブルプラなら相手から嫌がらせを受けても態度を変えることは無いだろう。
そして撮影後に彼女ら一人一人とハグする中、愛犬ポリスは尻尾を激しく振っていた。
『ブルプラお姉ちゃんの友達!私、友達と遊びたい!』
撮影で密着していた時間が長かったためか、どうやらポリスは彼女らのことをブルプラの友達だと認識したようだ。
それは誤解とも言えるが、お互いに好意を持って接していたのなら、それは友達と呼んで差し支えないだろう。
そうブルプラは気づき、何とも言い表し難い温かな気持ちを覚えた。
「友達………。そうですね。友達は沢山いた方が楽しいですし、いっぱい居るに越した事は無いです!よーし、それなら今日はブルプラとポリスで友達を沢山作りましょう!それで遊び相手が増えれば、きっと煌太様も喜んでくれます!」
『えいえい、おー!』
「えぇい!えぇい!うぉおおおぉおお~~、です!!」
もはやブルプラは雄叫びに等しい声を張り上げ、自身に渇を入れる。
それから彼女が張り切って行動すれば、最良の結果が出るのは非常に早かった。
僅か一時間後には四十人の規模でスプラッシュロボット大会が開かれていて、他にはペット達のフリスビーキャッチなどの競技勝負がブルプラ主催で始まっていた。
それから多くの人達と連絡先の交換を行い、あっという間に次の約束まで取り付けてしまう。
これら全ては、ブルプラの人当たりの良さが最大限に発揮されたからこそだ。
そして公園で大きな賑わいをみせているとき、その近くを通りかかった一人の少女が呆然とする。
「なに今のすごい声?ハリウッドスターがパフォーマンスでも披露しているの?」
とても不思議なことに、普段の自然公園からは聞こえてこないような歓声が響いてくる。
それに興味と疑問を覚えたのは、月音研究員だった。
たまたま彼女は仕事の息抜きをしている最中だったらしく、白衣姿で手荷物を持っていない様子だ。
そして月音に限らず他の通行人も好奇心が刺激されたようで、一目見ようとする人が続出する。
それが更に周囲へ影響を与えるため、異様な集客力が生まれていた。
「本当、スクランブル交差点に匹敵するくらい人が混雑しているね。雰囲気からして祭りでは無さそうだけど……?」
やがて月音も集団に流され、自然公園の奥へ足を運ぶ。
ただ下手したら押し潰されかねないほど人が多く、思うように前へ進めない。
実際、先の光景を視認できる場所に移動するまで、多くの時間と労力が要求された。
それでも根気強く進んだ先には、人だかりの中心でチワワと共に撮影会しているブルプラの姿があった。
この場面だけ見ると、まるで彼女がスーパースターみたいだ。
そして彼女を知る月音からすれば状況が呑み込めず、戸惑う他ない光景だった。
「うわぁ、まさかのブルプラ課長じゃん………。しかも、もはや陽キャを通り越して大御所の有名人扱いみたいになっているしさ。何にしても人を集め過ぎだし、このままだと警察に怒られそうなくらいだよ」
どれほどブルプラが魅力あるアンドロイドだとしても、ここまで大勢の人に興味を持たれるためには強烈なきっかけが必要だ。
少なくとも容姿以外で関心を引かなければならない。
ただ、その具体的なきっかけが何か、月音は最初から知っていた。
「これって、明らかにロゼッタ社長の影響力も関係しているよね……。連日でテレビやネットで取り上げられて、それでブルプラ課長を知った人が多いはずだから」
今までブルプラは、自身のコスプレ活動と『ロゼプラ』の動画内でしか姿を見せなかった。
だが、最近は彼女自身もマスメディアに取り上げられることが増えてきていた。
おそらくロゼッタ本人に取材する機会が訪れないから、彼女が代わりにインタビューを受けているだけだろう。
それでもブルプラの表舞台における露出が増えたのは間違い無く、合わせて彼女の突出した能力も世間から評価され始めている。
なにせ大半の一般人からすれば、ブルプラとロゼッタは遜色無いスペックに見えているはずだ。
どちらも身体能力が異常に飛び抜けていて、どちらも優秀なリアクションを魅せてくれる。
まして、ブルプラはどんなリクエストにも応えてくれる正直者のため、とても扱いやすい存在だろう。
そんなお人好しの彼女だが、自分に対しても正直者であるからこそ、自身が関心を向けた方を優先しがちだ。
よってブルプラが月音の存在に気が付けば、そちらの方へ向かうために愛犬ポリスを抱えて跳躍した。
「よいしょ、…っと。どうもこんにちは月音様!もしかして、お仕事帰りの途中ですか!?」
ブルプラは集団を避けるためだけに素早く跳躍したが、その移動方法は当然ながら人並み外れている。
集まっていた人達からすれば忽然と姿が消失したようなもので、ちょっとしたどよめきが起きていた。
それから人々の注目が再びブルプラに向けられる最中、彼女は真っ先に大声で呼びかけた。
「皆様方、今日はありがとうございました!とっても楽しかったです!また愛犬を連れて公園に来るので、その時はブルプラと一緒に遊んでくださいね!」
ブルプラの能天気な気質に感化されたのか、彼女と遊んだ大多数の人達は素直に返事していた。
そんな物分かりの良い人達に手を振りながら、彼女は言葉を続ける。
「それと近い内に『ロゼプラ』イベントがあるので、是非ともチェックして下さい!ではでは、これで解散でーす!また会いましょうね!」
本人は解散を宣言したが、その宣言を聞き入れてくれるのは交流した人達のみ。
まだ満足に交流できてない一部の人は、別れの挨拶を受け入れないだろう。
そのため人々が絡んでくることはブルプラも分かっているらしく、急ぎ足で月音の手を引いた。




