32.ダム爆破未遂事件の配信
ロゼッタがダム施設へ到着した頃、既に貯水量が限界に達しているらしく、緊急放流が行われていた。
絶え間ない暴風雨のせいで激流と化していて、辺り一帯には轟音が響いている。
ただロゼッタの爆弾捜索に影響は少なく、まずはダム施設周辺を透視した。
「近くにある建物は管理棟と発電所くらいね。ダム職員は業務中で、爆破予告に対しては専門家に任せている感じかしら。………けれど肝心の警察やら軍隊は、まだ到着できて無いのね」
悪天候が極まっているせいで到着に難航しているのは分かるが、ますますロゼッタ一人に運命が委ねられ始めたのは間違いない。
そんな重荷の中、たった一台の車が険しい山道を越えてダム付近に停車する。
こんな状況下で来るなんてダム職員か犯行グループの一味かと思う所だが、実際はロゼッタにとっても予想外の人達だ。
「………嘘でしょ。私が言うのも変な話だけれども、ありえないくらい軽装備だわ。ジャーナリスト?いえ、あの恰好からするに一般人のような……、まさかね」
車から降りて来たのは二人組の男性であり、ロゼッタとは離れた位置関係のため、男性らは彼女の存在に気づいていない。
そして凄まじい事に、二人の男性はスマホに向かってトークを始め出した。
「みんな見えてるかー!?ここに爆弾が設置されたって話みたいだ!もし爆発すれば前代未聞のスクープになるし、この配信を見ている全員が奇跡の目撃者になれるぜー!」
信じられないことに、どうやらネット配信をしているらしい。
町の方も酷い被害が出ている中、よくこんな場所へ来たものだと感心してしまう。
よほど話題を求めているのだろう。
念のためロゼッタは二人の配信を特定して急遽繋いでみるが、案の定、配信は荒れきっていた。
同時に過激なコメントも多く、称賛と期待する反応など入り混じっている。
元から過激な配信をする二人組なのかもしれないが、どちらにしても呆れる気持ちが湧いてきた。
「その行動力と度胸は凄いわね。しかも身一つだけで対策すらしてない。命知らずなのが売りなのかしら」
妙な出来事で気を取れてしまったが、とにかくロゼッタは二人組の存在を気にかけつつ、爆弾を探し出すことにした。
ただダムというのは重要な施設であるため、よほど管理態勢が杜撰でも無い限り、異物発見は早いはずだ。
それでいて前々から仕掛けられていた可能性が高いならば、内部犯行の線を疑わなければならない。
「他にあるとすれば、水中に爆弾がある可能性ね。でも、水流の変動が大きいダム内に爆弾というのは無理があるような…………、と言いきるのは早計だったわ。まさか本当に設置されているなんて」
ロゼッタは透視でダムの貯水地に設置されている爆弾を発見する。
しかし爆弾と言っても、それは大型の機雷だ。
それっぽく製造された紛い物じゃない。
軍が正規使用する水中兵器であり、並の一犯行グループが用意して設置できるものでは無かった。
そして機雷とは水中で爆破した上で、艦を破壊する兵器だ。
つまり威力と範囲が共に凄まじく、どこで爆発しようとダムが無傷で済む保障が無い。
より補足すれば、もし地上で爆発するものなら被害は更に拡大するだけだ。
「いくら私でも機雷の撤去は困難ね。犯人が脅迫しているからには遠隔操作式なのでしょうけれど、事前情報無しで触れるのは迂闊すぎるわ。そうとなれば消去させるしかない」
ロゼッタは駆け抜けて、なるべく機雷に近い場所へ移動する。
それから爆発物に狙いを定めつつ、機能制限の一つである自身の内部兵器を使おうとした。
使用するのはブラックホールガンで、これなら爆発させる前に消滅させることが可能だ。
だが、ここで思わぬ問題に直面してしまう。
「………機能制限が解除できないわ。それはつまり、私が何者かに観測されているということ」
これまでロゼッタは容易に機能制限を解除してきたが、実は使用条件があった。
簡単に言ってしまえば、現代技術に影響を与えなければ使用が認められる、というもの。
事実、これまで機能制限してきた場面は自分が編集している動画撮影時か、煌太かブルプラのみが直接観測している状況、そして誰も居ない時に限られている。
あとは基本スペックで強引に解決していただけであり、この窮地に奥の手を使えないのは苦しい話だった。
「でも、それなら観測者が居なければ良いだけ。そうすれば使用が認められる」
そこでロゼッタが目を向けたのは、先ほどの男性二人組だ。
あの二人が配信しているせいで、機能制限が解除できてないのかもしれない。
だからロゼッタは足元の小石を拾いあげ、投げる構えをみせた。
「さぁ行くわよ」
そして彼女は腕を振るう。
少し前に、数キロメートル先の相手を破壊した事がある投擲能力だ。
当然、小石は尋常では無い速度を持ち、それに合わせて破壊力が伴う。
ただ豪速球として投げられた石が向かう先は、意外なことに配信中の男性らでは無かった。
それとはまったくの別方向であり、ダムの管理棟だ。
そして小石はガラスを突き抜けると共に、監視カメラの映像記録装置を破壊した。
「器物破損で怒られるわね。でも、今回は非常事態で責任を持って爆弾を処理するから見逃して欲しいわ」
そう呟いた後、これで機能制限が解除できるとロゼッタは考えた。
だが、未だに使用が認められない。
そのせいで彼女が不思議に思うのも束の間、次の瞬間にはダムの管理棟から狙撃される。
「次から次へと謎の事ばかり起きるわね。ただでも混乱した状況なのに」
ロゼッタは呑気に喋りつつも、銃弾を掴み取る。
それは対アンドロイド専用の銃弾であり、前に狙撃された物と同種だった。
「廃工場で狙撃された際、同種の銃弾が使用されていたわ。要するに、あの時の戦闘アンドロイドが居ると判断した方が良いわね」
すぐにロゼッタは敵対するアンドロイドの存在を視認しようとする。
しかし、いくら透視しても姿を確認できない。
「高い擬態能力。そして執拗かつ迅速な追跡に計算高い備え。ブルプラちゃんとは違い、3rdシリーズの戦闘アンドロイドね。だとしても、どういうつもりで私を狙っているのかしら」
ロゼッタは自分が標的にされる理由を見つけ出そうとするも、現状だとあらゆる可能性が考えられた。
とは言え、どんな理由であろうとも各所で目立ち過ぎたのが原因だろう。
「丁度いいわ。元より、このアンドロイドに関しては私の不始末によるもの。それならば、ついでに片づけてあげましょう」
そうしてロゼッタは謎の戦闘アンドロイドを始末するため、ダムの管理棟へ向かう。
その一方で二人組の男性は配信を続けており、今しがたの発砲音に驚いていた。
並々ならぬ爆音であり、嵐に負けない衝撃は暴風雨とは別に身震いを覚えさせるものだ。
まるで大砲の発射音。
でも彼らはハプニングを望んでいるため、配信している男性の一人は興奮した様子で喋り続けていた。
「おいおい、まさか爆破されたんじゃないか!いやぁマズイなぁ!危ないなぁ!」
発言内容とは裏腹に警戒心は薄く、分かりやすいほど期待の眼差しを見せていた。
それは彼の相方も同じであって、嵐の中なのに茶化した雰囲気を崩さず盛り上げ合っている。
「そうかもな!これは今世紀最大の映像になるぞ!」
「やっべー!それだと俺達は一躍有名人の仲間入りどころか、英雄視されるかもな!うはぁ~興奮して股間がヤバい!」
「いきなりキモイ事を言うなって!まぁ俺も、なんか脳みそがヤバいけどな!すっげー覚醒した気分だ!」
「ぎゃははは~!やば!俺の親友、ヤク中だった!」
「コメントを見ろよ!二人ともイカれているってよ!ザ・クレイジーマン!」
危険の渦中に居るも同然なのに、なぜか最高潮に浮かれたままの二人。
そんな時、彼らより下の場所で流れている川から異常な水飛沫が巻き起こった。
同時に衝撃波が襲ってきて、まともに立っていられなくなる。
「うおぉおぉおぉお!!?」
「うひゃあぁ~ぁあぁ!!?」
二人揃って驚いた奇声あげながら転倒する。
そして何が起きたのかと見渡そうとするとき、射撃音と共に近くの大木が弾け飛んだ。
「なんだ!?何が起きているんだ!?うひょおぉおぉおぉ~!」
もはや落雷し続けているのかと思うほど、爆発音が起きては川と木々が炸裂している。
こうなると爆弾が作動しているのかもしれないと思う所なのだが、一人の男性がロゼッタの姿を一瞬だけ視認した。
「おい!なんか今、あのロゼッタが見えたぞ!」
「ロゼッタって、あの『ロゼプラ』の女か!?ヒーロー活動しているとは聞いていたけど、こんな所にまで来たのかよ!とんだクレイジーガールだぜ!」
「つーか、戦っている感じだった!まさか悪の怪物が登場したのか!?映画かよ!!それなら映画の盗撮配信になっちまう!いや俺達、まずチケットとポップコーンも買ってねぇ!」
「それより配信しろよ!どこだ!どこにロゼッタが居るんだ!これこそが大スクープだろ!ん?って、なんか電話きてんな?」
二人組の男性が楽しそうに騒ぐ中、ロゼッタは悪戦苦闘していた。
戦闘能力なら確実にロゼッタの方が圧倒的に上なのだが、問題は敵アンドロイドの戦い方だ。
相手が露骨に情報収集に徹しているため、防御を優先した付かず離れずの戦法をとってくる。
つまりロゼッタの破壊を狙っておらず、追いかけっこ同然の戦闘となっていた。
ある程度の想定はしていたが、こうして戦闘が泥沼化して長引き出すと文句の一つくらい言いたくなる。
「あぁ、もう面倒ね!これなら10秒くらい待っていて欲しいわ!」
10秒あれば機能制限を解除して機雷を消滅させられる。
だけど、相手はそれを許してくれず、一定の距離を保った位置で長銃を構えていた。
その相手は男性型の戦闘アンドロイド。
ダム職員の服を着用していて、事前に潜入してロゼッタを待っていたのが分かる。
ここに来たのは偶然のはずなのに、こうも前々から準備されていたとしか思えない事態に辟易した。
「私が通信傍受していたことを知っていて、情報を意図的に流したわけね。それでも私が向かう可能性なんて限りなくゼロだったでしょうに……!」
だが、こうしてロゼッタが現場に居合わせている以上、相手の目論見通りになるのだろう。
なんとも厭らしい話だ。
それに考え直してみれば、前に長距離狙撃された時点で行動が読まれていたと捉えるべきなのかもしれない。
「あの配信している二人組のように、周りが勝手に私の情報を発信しているものね。それなら次の行動を読めるのは不思議じゃない。そして私を調査しようとする意図も理解できる。ただ、周りにまで危害を加える手段が気にくわないわ!」
そう言いながらロゼッタは手元から何らかの物体を落とすなり、足元に倒れている大木を蹴り上げた。
すると大木は蹴られた威力のみで激しく回転しながら発射され、周囲に多大な影響を与える。
連鎖的な破壊と連続的な衝撃音。
そして視覚情報を混雑させることで、接近するための隙を作ろうとした。
だが、相手は改良が重ねられた3rdシリーズ。
2ndシリーズの中でも初期型であるブルプラですら戦闘面は別格の性能を誇り、いくら情報が錯綜しても処理が追い付かなくなることは無い。
だから敵アンドロイドはロゼッタの動きを見逃さず、完璧な予測と情報補間は終えていた。
その上で敵アンドロイドは一つの結論を口にする。
「回避不能」
言葉が出た瞬間、敵が持っていた長銃が破壊される。
ロゼッタは大木を蹴り上げると同時に、最初に掴んだ銃弾まで一緒に蹴っていたのだ。
その銃弾が敵の長銃に直撃し、使用不可能な状態になるほど破壊した。
いくら情報処理が完璧でも、不測の追加情報があれば話は別だったわけだ。
それでも敵アンドロイドは防ぎきっただけ凄まじい反応速度なのだが、行動を一瞬でも怯ませるには充分な威力が加えられていた。
「厄介だから、このまま破壊させてもらうわ」
ロゼッタは一瞬のチャンスを見逃さない。
相手が離れようとする直前には掴みかかっていて、地面が陥没するほどの力で押し倒す。
それから拳で敵アンドロイドの頭部を破壊しようとするが、ここで彼女は予想外の通信を傍受した。
『英雄ロゼッタ、ストップだ。それ以上の反撃行為をした場合、あの姉妹の命は保障できない』
その声は、鉄筋コンクリート製の小屋で出会った男性のものだった。
一体全体、どのような関係性で計画が仕組まれていたのか分からない。
何にしてもロゼッタは事実を察し、通信してきた男性に言葉を返した。
「貴方、犯行グループの一味だったのね。どうやって戦闘アンドロイドを運用したのか分からないけれど、人質を取るなんて最低ね」
『勘違いしているようだが、人質は姉妹だけじゃなく町の住人全員だ。あと、そのアンドロイドは俺が運用しているわけじゃない』
「そんなことを言っているけれど、貴方が身代金目的を要求している犯行一味なのは間違いないわけね。やっぱり最低な人間じゃない」
『それについてはそうだが、事情はもっと複雑なんだよ。元々はここまで大規模な計画じゃなかったし、俺みたいな小悪党を中心に使うとは思ってもいなかった』
「別の組織が後ろ盾している、ってやつね」
『そうだな。それも想像を超えるほど大きな組織と言っていいかもしれない。ある意味、最強にして最悪の組織だよ』
少なからず大物ぶりたいのか、まるで創作物みたいな物言いをしてくる。
だけど、ロゼッタからすれば深入りする必要が無い話だった。
「あいにくだけれど、私の最優先任務は護衛。このヒーロー行為は本来の目的じゃないし、行動原理から少し外れているものだわ」
『何が言いたい?』
「後ろの組織とか興味無いのよ。こうしてアンドロイドを破壊しようとしたのは、私に襲い掛かって来たから。私から破壊へ出向いたわけじゃなければ、手を出してこなければ無視するわよ」
『それはけっこうだが、こっちも都合がある。特に、アンドロイドと爆弾は大事に使うよう言いつけられている。そのまま無抵抗で居て、大人しく連行されてくれ』
何者なのか知らないが、ロゼッタを研究したい組織が暗躍しているらしい。
それだけで敵組織の規模は想定つくが、あえてロゼッタは話しが長引くように応えた。
「どこへ連行されてしまうのかしら?」
『それは知らん。俺の金儲けとは別件だからな』
「そう、残念だわ。きっと金払いが良いのでしょうね」
『もちろん。これまでの人生を全て捨てて、顔と名前を変えても富豪暮らしできるくらいだ』
「結局、他人を巻き込んでおいて富豪暮らしをしたいだけなのね。…それにしても、よく長々と受け答えしてくれて助かるわ」
『なに?……ぐぅ!?なんだお前達は!?お、おい……っ!』
そこで通信先では慌ただしい音が流れ続ける。
すかさずロゼッタは敵アンドロイドの頭部と胸部を破壊し、あの二人組の配信を視聴する。
すると配信には作業服の男が木々の近くで倒れていて、あの姉妹が車から保護されている映像だった。
「いぇ~い!これで俺達も英雄だぜ~!ひゃっほー!」
「これじゃあ映画のチケットじゃなく、出演料を貰わないとな!たまんねぇぜ!」
そんな浮かれ切っていた男性二人組だったが、どうやら過激で暴力的な配信と判断されたらしい。
配信は強制的に打ち切られて、ロゼッタは小さく笑う。
「くすっ。本当に変な二人組だったわね。……そして相手も間抜けだわ。通信で犯行現場へ急行していた私に対し、長々と会話するなんて。わざわざ居場所を報せているようなものよ」
破壊直前に行動を制止してきたため、相手がロゼッタの姿を視認しているのは分かりやすかった。
つまり付近に潜んでいたわけで、あとはこんな危険な場所で配信していた二人に連絡をかけて向かわせるだけだ。
ロゼッタであれば人間みたく連絡する素振りは必要とせず、実際に犯人は車を近くに停車させて暗視ゴーグルで監視していた。
ただ、あの二人組の男性が酔狂じゃなければ成立しない賭けだったのは確実だ。
「本人達は喜んでいたとは言え、彼らには無謀な事をさせてしまったわ。それに私も軽率だった。……それでも、とりあえず一件落着ね」
そしてロゼッタは再び機雷を狙撃するポイントへ移動し、機能制限を解除する。
それによりブラックホールガンを使用して、機雷を完全消滅させるのだった。
「あとの事後処理は当事者達に任せるわ。私も、そろそろ帰ってイベントの準備を進めたいもの」
それからロゼッタは空へ向けてブラックホールガンを撃ち、雨雲をかき消した。
後日、配信していた二人組は一度逮捕されてしまうが、すぐに釈放されると共にロゼッタを協力した英雄として祭り上げられる。
更にロゼッタ本人から感謝のメッセージが届き、しばらく二人は舞い上がっていた。
また姉妹は無事に母親と再会し、花を模した宝石のアクセサリーが匿名で郵送されるのだった。
そんな一方で煌太達は、ロゼッタが被災地の救済と大事件の解決を担った事で本物のヒーローとして神格化されていることをニュースで知り、驚愕しつつも呆然としてしまう他なかった。