31.暴風雨被災
ロゼッタは引き続き、各所の犯行現場を鎮圧していた。
しかし、どれほど迅速に解決を続けても情勢が改善されるわけでは無い。
そういう意味では世に対する影響力は皆無に等しく、世界平和という観点で考えれば無意味な行為同然だ。
そもそも元から行政機関や公共企業が解決していることを、一個人として活動しているに過ぎない。
それでも人命救助と犯罪抑止の結果を出している以上、大衆からは高く評価され、やはり支持されていくのは必然だ。
特に『唯一無二の存在』と認識されている要素が世論を強く後押ししているらしく、人気の高まり方は前回の海外遠征の比では無かった。
「もしもし?」
彼女は今日だけでも数えきれない回数の人助けをした後、一報を受ける。
連絡をかけてきた相手は喜々とした様子であり、その通話内容はロゼッタにとって喜べるものだった。
「ありがとう。リアルタイムの全国放送で、枠も予定より長く取れるのね。なら、イベントの細かなスケジュールを送っておくわ。……え?事前に独占インタビューが必要?分かったわ。イベントでは準備時間もあるから、合間の映像も必要よね」
どうやらテレビ放送に関する連絡だったようだ。
更には別件として、ゴールデンタイム番組のゲスト出演まで持ち掛けられ、ロゼッタはちょっとした戸惑いを覚える。
「現時点だと私の予定が合うか分からないわ。……そう。今すぐゲスト出演したとしても、その放送は早くても二ヵ月後になるのね。じゃあ優先的に都合をつけるから、あとで日時を……。え?もう決まっているの?素晴らしい敏腕ね」
それから予定の確認を済ませた後、ロゼッタは礼を伝えてから切る。
今しがた連絡してきた相手はテレビ局のプロデューサーであり、初配信イベントの際にテレビ放送できないかとロゼッタが頼った人物だ。
その相手はロゼッタが動画投稿を始めた初期から連絡を取ってきており、だいぶ前からコンテンツの一つとして視野に入れてくれていた。
まさしく慧眼に優れたプロデューサーなわけだが、ここまで彼女が大成するのは予想外だっただろう。
そして勢いを増し続ける今、海外の番組にまでゲスト出演することは決まっていた。
「私ったら、知らない内に富豪やら要人まで助けていたみたいね。専属警護の勧誘メッセージが多く届いているわ。それとパーティーの招待まで。でも、今は自分のイベントに専念しないといけない」
都度チェックしているが、彼女と連絡を取ろうとするメールの量が膨大だ。
なるべく全てのメッセージに目を通して選別し、ほとんどに返信している。
尚且つ綿密な予定を組んでいるが、いくら彼女が休み要らずの万能でも限度がある。
特に大きな仕事となれば、それだけで十数時間に渡って拘束されるから大変だ。
「……とは言え、まだ序盤の踏ん張りどころだから愚痴なんてこぼせないわ。むしろ私に価値を見出してくれて、とてもありがたい状況よね」
そう自分に言い聞かせる中、彼女は緊急回線を傍受する。
ロゼッタがいつも犯行現場へ急行できるのは、こうして世界中の電波を傍受しているからだ。
それからデータベースや自身に備わっている機能で発信場所を瞬時に特定し、現場へ向かって対処している。
ただ今回の発信源は一民間人からの発信では無く、また一筋縄でいくものでは無かった。
「災害発生の緊急放送連絡………。集中豪雨による浸水と強風による建物倒壊の危険性あり。そして、それとは別に爆弾が仕掛けられている?ずいぶん複雑化した事態なのね」
何がともあれ、人命救助は可能だと考えたロゼッタは被災地へ赴くことにする。
だが、どんな交通機関を利用としても被害拡大する前に到着するのは困難だ。
だから彼女は機能制限を解除させた。
「機能制限の一つを解除するわ。使用するのはワープ。…力場、地点の計測。予測地からのズレは5メートル未満と推定。5秒後にワープホール展開。……ワープ起動」
それから彼女の姿は忽然と消える。
まるで最初から居なかったかのように気配すら残さず、どこへ移動したのか何者にも観測できない。
そんな追跡を許さない彼女だったが、先ほどの地から国境を越えた場所に居た。
そこは発展途上と呼べる町並み。
大きく立派な建物がある反面、みすぼらしい平屋の民家が数多く立ち並んでいる。
それに田舎道が目立ち、工事中の場所が数多く見受けられた。
あとは町から少し離れた場所に、森林が豊かな山々があるくらいだ。
他にも注目すべき点はあるのかもしれないが、今は悪天候のせいでまともに見渡すことはできない。
「他人様に迷惑が出る悪天候だわ。それとも気象局の情報通りと言うべきかしら」
どこを見ても騒がしく、情報量が混雑している光景だ。
大量に降り注ぐ雨粒の一つ一つが重々しい上、絶え間なく吹き抜ける強烈な突風が木々を薙ぎ払おうとしている。
やがて風で吹き飛ばされてしまう屋根まであって、その他に泥や損壊物が視界を妨げている。
きっと屈強な男性でも立っていられないほどの強風であるし、この豪雨を長時間浴びたら気絶しても不思議では無い。
対してロゼッタは涼しい顔をしており、まずは周囲10㎞を透視した。
「ライフラインの寸断。火災。そして拡大する浸水状況。………根本的な問題は取り除きようが無いから、私ができるのは人命救助のみね。それと救急隊が現場活動しやすいようにお膳立てすること」
彼女は改めて目的を定め、情報収集しながら救助活動を開始した。
情報収集とは現在の被災情報のみならず、現地の地形データと気象情報も含まれる。
更には具体的な二次災害の予測を済ませ、それらを基に救助する優先順位をつけて行動する。
また彼女の透視は非常に優れているため、救助対象を捜索する手間が省けた。
しかも慎重な判断が要求される状況下でも、ロゼッタの処理能力にかかれば容易な問題として対処できる。
例えば瓦礫に埋もれた人を助けるとき、今回の場合なら瓦礫の撤去順番と手段、そして感電やガス等に気を付けなければならない。
もっと言えば救助する側が負傷する可能性まであるから、要求される項目があまりにも多い。
だが、彼女は専用道具と人手すら必要とせず、単独で最速かつ安全に救出を進められていた。
そしてロゼッタは救出した負傷者を背負い、安全地帯への移動を繰り返した。
「自前のボートを使って自主的に救護している住民も居るのね。この助け合い精神はさすがだわ。でも………、ちょっとそこの貴方!」
ロゼッタは建物の上に降り立ち、もはや川同然の道を移動するボートの操縦者に声をかけた。
暴雨と烈風のせいで上手くコミュニケーションが取れないが、それでも相手は気づいて大声で返してくれた。
「何だ!?あぁ負傷者か!ちょっと待ってな!」
「いいえ!この人は私が連れて行くから大丈夫よ!それより、そのまま進行しては貴方が危険な目に遭うわ!そして、あっちの二つ隣の民家で身動きが取れない一家が居るから、そちらへ向かってちょうだい!」
「分かった!気を付けろよ!」
「そちらこそ!念のため、これを渡しておくわ!」
ロゼッタは救助情報と共に、未使用の発煙筒を相手のボートへ放り込んだ。
この被害状況だと使える場面は限られるが、居場所を報せる手段がある分だけ心強い。
「ありがとうな!」
「それと救助した人は西南、あの大きな建物が見える場所へ運びなさい!あそこなら水が流れ込まず、救急隊も向かえるから安全よ!」
こうしてロゼッタは避難誘導も交えることで現地の住人と連携し、被災者を次々と救助していく。
続けて救急隊に被災状況を発信していき、救助を必要とする被災者の居場所を正確に伝えていた。
そんな中、一人の女性を助けたところで思わぬ話を聞くことになる。
それは浸水のせいで身動きが取れない彼女を背負った時のことだ。
「さぁ、もう大丈夫よ」
「あの、すみません……。私の、私の娘達が……」
相手の女性はパニックと疲労で衰弱しているため、声は弱々しく、必死に伝えようとしている想いに反して内容がはっきりとしなかった。
しかし、ロゼッタ自身には余裕があるおかげで、すぐに彼女の意図を理解する。
「貴女の娘さん達がいるのね。でも、近くに子どもは居ないわ。もしかして流されたのかしら?」
「いえ、森に……。そこには浄水場とダムがあって、そこへ数時間前に……」
「つまり山の方ね?この天気だと土砂崩れに巻き込まれてしまうかもしれない。分かったわ。すぐに娘さん達は助けるから安心して」
「お願いします。一番上の子は11歳で、下の子はまだ8歳なんです……。…それに、もしかしたら他の家の子どもと一緒に居るかもしれなくて……」
「私が全員の安全を保障するから大丈夫よ。だからとにかく、まずは貴女自身が無事じゃないといけないわ」
それからロゼッタは母親を避難所へ運び、救急隊員に受け渡した。
まだ町には救助を待っている人が大勢いるが、着実に救出活動が進められている。
何より緊急出動した軍隊も救急隊と合流し、被災者への手早いケアまで開始された。
一方で町以外の場所は誰も捜索しておらず、子ども達には通報手段が無いから誰一人救助へ向かえていないだろう。
だからロゼッタが行く他なく、今しがた助けた女性のためにもダム施設がある山へ急行する。
町を呑み込もうとする激流と瓦礫を飛び越え、ほとんど強行突破に等しい移動だ。
そして山脈の麓にまで到着するものの、草木が生い茂った山々なせいで見通しは更に悪く、自然が溢れた環境が猛威を振るう。
「透視しても野生動物が多いわね。子ども達の方から施設へ避難したか、職員が発見して保護した可能性はあるけれど……。それはちょっと甘い考えかしら」
捜索対象が子どもで、しかも暴風雨を避けようと身を丸めているはずだから、より野生動物と見分けをつけるのが難しい。
そもそもロゼッタの透視は造形と温度のみを認識するものであって、対象の色彩情報は得られない。
また野生動物も身動きが取れない状況下であるため、ますます判別が付けられなかった。
「しらみ潰しに捜索していたら手遅れになるわね。となれば、最初の段階から情報を絞り込まなければいけないわ」
数々の事件を解決してきたロゼッタですら困難な問題だとして挑まなければいけないのは、とてつもなく高性能だからこそだと言える。
彼女は広範囲に渡ってどれほど些細な情報でも拾える。
そのため必然的に情報のノイズが多く、どれも無価値な情報だと断言できないから逆に特定が難しい。
よって、まず始めに位置関係と時間経過から推測を立てた。
現地の子どもとは言え、徒歩であるからには縦横無尽に移動できるわけじゃない。
そして母親はダム施設のことを口にしており、自宅の位置から山までの移動ルートを推定する。
そこから分単位毎の風速に加えて、雨が降り出した時刻と降水量の変動を割り出すことで、どのタイミングで子ども達が避難したのか大幅に絞り込んだ。
「山道における子どもの移動速度からして、そこまで遠くへは行けない。下山も不可能。それに集団行動である事のみならず、移動時間という要素もあるわ。これで推測通りなら、施設に繋がる舗道付近ね……。車に轢かれてなければ良いけれど」
あくまで子ども達に土地勘があることを前提とした推測だが、もっとも居る可能性が高い場所を選択してロゼッタは捜索を始めた。
もし見当たらなければ、情報を修正して再度所在地を割り出すだけだ。
ただ、今回は幸運にも再計算する必要は無さそうであり、間もなくしてロゼッタは舗道から少し離れた場所で鉄筋コンクリート製の小屋を発見する。
「ここは………。この天気なら居ても不思議じゃないわね」
古ぼけているが、一時的な避難にはうってつけの場所だろう。
しかも扉は簡単に開き、室内はほのかな灯りで照らされていた。
そして入ると同時に、ロゼッタは二人の少女と大人の男性を一人発見する。
大人の服装は作業着であって、施設の職員なのが伺える。
また三人とも雨のせいで濡れきっており、こちらに驚いている様子だった。
「誰だ?」
ロゼッタが現地住人では無いのは明らかなので、かなり警戒した眼差しが向けられた。
それに救急隊員らしい恰好でも無いから、無粋な態度で接せられてしまうのは仕方ない。
あれこれと説明したい事は多いが、ひとまずロゼッタは自分の目的を教えた。
「私の名前はロゼッタ。そして、とある母親から子ども達が山へ行ったきりだから、助けて欲しいと頼まれて来たのよ。見たところ、その二人が彼女の子どもね」
姉妹と思わしき二人の子どもは、かなり怯えていて反応が堅苦しい。
対して大人の方は守ってやらなければいけないという意識を持っているらしく、積極的に対話してくれた。
「おそらく、君が探している子どもで間違いない。それで君は捜索するためだけに小屋へ?それとも避難しに来たのか?どちらにしろ、外は大変な状況だっただろう。あいにく、ここには体を拭くものは無いが」
「私は大丈夫よ。でも、町は深刻な浸水に見舞われていて、洪水になるのも時間の問題だわ。ここも……、あまり頑丈な建物では無いから不安ね」
まだ滴っている程度ではあるが、天井の至るところから雨漏りが起きていた。
風が吹き抜けていないから脅威はしのげるかもしれないが、長く休憩できるほど安全な場所とは言い難い。
それに建物内にあるのは放棄されたガラクタばかりであって、電気は通っていても被災対策の道具は無さそうだ。
また壁に落書きも多い事から、この小屋は子ども達の秘密基地として活用されているだけらしい。
「いつまでもここに留まるのは危険よ。事態は悪化する一方だわ」
「そうだな。寒さをしのぎ切れないし、連絡手段も無い。しかも、他にも重大な問題が起きている」
「何かしら?移動手段?」
「それもあるが、実はダムの方に爆弾が仕掛けられているという通報があった。そして爆破された場合を考えると、ここから動くことができない」
そう言われてロゼッタは地形データから、水流の被害をシミュレーションする。
すると確かに彼の言う通り、この場所は水害を免れる位置関係にあった。
爆発の程度によって被害の規模は変動するが、彼の考えは間違いでは無い。
間違いでは無いが、ダムの決壊で町が水没すればロゼッタが救出した多くの人々は死んでしまう。
「それで完全に身動きが取れない上、ここが一番安全だと判断したのね。……でも、このタイミングで爆弾なんて巧妙な話だわ」
「専門じゃないから分からないが、爆弾自体は前々から仕掛けてあったらしい。それで今回の事態に合わせて、相手が予告した可能性が高いと」
「タチが悪いわね。その相手というのは?」
「さぁな。俺は末端の職員だから、そこまで教えてもらってないし興味が無い。きっと犯人様は、お偉いさんに向けて金銭要求でもしているんだろうって噂だ。それだけ大胆不敵で、頭に銃口を突きつけるより効果的な脅迫なんじゃないか」
「町の住民全員が人質というわけね。爆弾の有無確認が困難な事も含めると、恐ろしく狡猾な手口だわ。……とにかく先に爆弾を処理しなければ二次災害で済まされず、避難もままならないわけね」
ダムを決壊させるとなれば、発見しやすい場所に爆弾が仕掛けられているはずだ。
少なくとも直接設置してあって、この暴風雨のせいで人間による撤去は不可能でも、ロゼッタなら可能だろう。
「それじゃあ、私は爆弾を処理してくるわ。関係者では無いけれど、このまま放置して取り返しが付かなくなるのは嫌いだから」
「何を言っている?君はアクション映画で主人公を張るような、精鋭のエージェントなのか?」
「それと同じようなものね。私の場合、仕えている相手は国じゃなく一個人にだけれども」
「よく分からないが、なにか打開策があるなら頼りにしている。……あぁだけど、すまない。俺の車は崖下へ横転していて、貸すことができない」
「自分の車があるから大丈夫よ。それより、その女の子二人を任せるわ。………二人も、良い子にして待っているのよ。貴女達のお母さんが安全な所で待っているわ」
そう優しく声をかけるものの、なぜか二人の少女は反応が薄い。
というより、かなり強張った表情で口を固く噤んでいる。
それに目の奥は恐怖で満たされていて、危険が差し迫った雰囲気でもあった。
何か起きた際に自分の身を守れないと分かっているから、心配で堪らないのだろう。
そんな弱々しい様子が気になったので、ロゼッタは近づいて手を差しだした。
「私の手を見て。何も持っていないでしょう?でも、貴女達が私の手を握ってくれると……」
さり気なく促すと、一人の少女がロゼッタの握り拳を掴んでくれる。
そして彼女が力を込めるような動作を繰り返した後、ゆっくりと手を開けば花びらが溢れ出した。
どう見ても手では握りきれない量の花びらが出てきて、この色鮮やかな手品に少女は緊張を和らげる様子を垣間見せてくれた。
「綺麗でしょう?」
「……う、うん」
「それじゃあ、この大変な日が終わったら一緒に花摘みをしましょう。貴女達の母親も連れて、花を使った遊びを教えてあげるわ。約束よ」
「約束……本当に?」
「えぇ、本当よ。それに私は手先が器用だから、ステキな花飾りを作れるわ。それもプレゼントしてあげる。だから悲しまず、その遊びを楽しみにして待っていなさい」
ロゼッタは自分なりの方法で少女達を励ます。
効果的か分からないし、良くても気休め程度かもしれない。
それでも一時的に不安を払拭できたことは喜ばしい話であって、それからロゼッタは急いで爆弾処理へ向かうことにする。
そして外へ出て、彼女は早速ダム施設を目指して嵐の山道を駆け抜けた。
だが、彼女は重大な見落としをしていた。
実は男性の証言通り近くに車は存在するものの、実際は横転しておらず、木々に隠すよう停車されているだけだ。
しかも、その車内には頭を撃ち抜かれた男性の死体がある。
そして警戒態勢にあったロゼッタは透視と計算を続けているせいで、男性の作業着に付着した僅かな飛沫痕に気が付いていなかった。
その飛沫痕は血液と土砂が混じって見落としやすいものだが、それでも普段の彼女ならば気づけた情報だっただろう。