30.スーパーヒーロー
とある国の住宅街にて、数回の発砲音が鳴り響く。
それは異常事態を報せる警告音であり、その発砲こそが事件の深刻さを物語っていた。
そして偶然通りかかった年配の女性が発砲音を聞き、酷く慌てると共にスマホを手に取る。
同時に、どこで発砲音が鳴らされたのかと辺りを見渡しているとき、すぐ間近の家から悲鳴が聞こえてきた。
「あぁ、なんてことなの。ありえない。通報……、警察に通報しないと!」
いつ自分が事件に巻き込まれるのか分からない。
そんな恐怖に襲われながらも、とにかく彼女は使命感に駆られて緊急通報センターへ連絡をかける。
もし犯人が家から出て来ても次の標的にならないよう離れつつ、見知らぬ家族を助けたい一心で行動を起こした。
『はい、こちら緊急コールセンターです。どのような…』
通話に出た瞬間、相手はマニュアル通りの業務対応を始めてくれた。
しかし、電話をかけた女性は焦りのあまり、相手の発言を遮って伝えようとする。
「今、近くの家から発砲が聴こえてきて……!それで!」
『落ち着いて下さい。発砲ですね?それは今起きていることですか?』
「えぇ、そうなの!本当に今起きたばかりのこと!」
『近くのパトカーがすぐに向かいます。場所はどこですか?』
「場所は………」
そこで女性は現在地の詳細を伝えた。
そのおかげで緊急通報センターの手はずが滞りなく進み、付近を巡回しているパトカーに緊急事態の連絡が届く。
場所が住宅街という事でもあるため、二分もあればパトカーは到着するだろう。
また、発砲音により犯人が武装している情報も伝えていることから、更なる応援も向かって鎮圧してくれるはず。
だから通報した女性は冷静さを取り戻し始めていたのだが、パトカーより早く犯人が家から出て来てしまっていた。
「あっ!?今、銃を持った男が家から出てきたわ……!」
まだ通話は繋いでいる状態だ。
そのため、その場に居合わせている彼女からの情報は通報センターにとって助かるものだった。
『一人ですか?』
「いえ、二人よ……!でも、まだ中に居るのかも。全身黒ずくめで、あと…」
そこから女性はより多くの情報を伝えようと勇み足になってしまい、大きく身を乗り出して覗き込んでしまった。
すると不幸にも犯人グループの一人と目が合ってしまう。
「ひぃいぃっ!?」
恐怖に直面し、つい腰を抜かした。
通報しているのは明らかだから、自分が狙われるかもしれない。
あぁこんな事なら大人しく離れて隠れるべきだったと彼女は考え直すが、こんなの遅すぎる後悔だ。
よって心身の両方が瞬時に震えあがった。
その直後のこと、犯人の一人が激しく吹き飛ぶ。
「え?」
ずっと目を離していないはずなのに、何が起きたのか女性には理解できない。
そして、どこからか狙撃されたようにしか見えず、もう警察は実力行使で鎮圧を始めたのかと思う他なかった。
だが、彼女が次に目撃した光景は想像と掛け離れたものであり、いつの間にか容姿端麗な金髪少女が現れているのだった。
どこからともなく、まるでヒーローみたく颯爽と少女が事件現場に登場したわけだ。
それから女性は通話相手に何度も呼びかけられるものの、何と伝えれば良いのか分からなくなった。
なぜなら数秒足らずで事態が好転してしまい、犯人グループ全員が縛り上げられていたからだ。
そして少女は発砲音が起きた家に入って行くと、数十秒後には負傷した住人を台に寝かせた状態で出てきた。
遠目では分かりづらいが、既に負傷者の応急手当てを済ませてあるようだ。
間も無くして少女は連絡する素振りを見せた後、そこから大急ぎで去ってしまう。
彼女は一体どこへ向かったのか。
そう思いながらも年配の女性は負傷者の近くへ駆け寄ると、完璧な止血処置が施されているのが素人目でも分かった。
そのため女性にできることは、あとは救急車が到着するまで、被害者に声をかけて励ましてあげる事のみだった。
一方で、緊急コールセンターでは奇妙な現象に見舞われていた。
なぜなら事件性が高いものや負傷者が出た事故の通報があったとき、警察や救急が到着する前に万事解決する通話となってしまっていたからだ。
集団でイタズラ電話でもされているのかと錯覚してしまいそうなほどで、この事態を理解するのは困難だった。
しかも解決したとき、通報者は口々に揃えて金髪の少女が救ってくれたと答える。
同じくして各警察署でも、異様な行き違いによる混乱が発生していた。
伝達された情報と現場の状況があまりにも異なっていて、もしかして別の事件が付近で起きていたのか、と勘違いしてしまうのだ。
だから改めて現場に駆け付けようと警察官は確認を取るわけだが、そこで間違いないと言われてしまうから悩んでしまう。
まさしく異例の事態で腑に落ちず、解決した事を素直に喜べないという前代未聞の連続だ。
そして、この異常事態は国を越えて発生し、以下のような通話記録が残る。
「あ、今ついさっき強盗にあったんだけど………、もう犯人は捕まっているからパトカーを頼むよ。驚いた事に、突然やって来た少女が一人でやってくれてね」
「さっきバスジャックが起きて、それで犯人は抵抗しようとしたみたいで……。でも、少女に取り押さえられていたよ。そんな犯人のために救急車を手配してやってくれ。どうやら一人で勝手に転んで、打撲を負ったみたいだ」
「もう鎮火してしまったけど、今しがた火事が起きたんだ。でも、火災保険のためにも消防を呼んでくれないかい?……え?いやいや、ボヤじゃないよ。けっこう燃えたんだ。ただ、謎の少女があっという間に鎮火してくれたんだ」
「すみません。前に捜索依頼を出していた者なのですけど、行方不明だった子が帰って来たんです。えぇ、見知らぬ少女が発見してくれたみたいで……」
「もしもし?国際手配犯の一人を捕まえたわ。私では最寄りの警察署に連れて行くことが困難だから、連行のためにパトカーを手配して。えぇ、それと用心棒の方も一応取り押さえているから、捜査を任せるわね。ちなみに証拠は取り揃えてあるわ」
「自首したい。変な女の子のせいで、自分が築き上げたルートが何もかも……とにかく、自首するためにはどこへ行けばいいんだ?」
「おい!警察と我が自警団は何をしているんだ!一人の少女が、麻薬組織を芋ずる式で鎮圧したと部下から連絡が来たぞ!それならまだ良いが、その少女の正体が不明みたいじゃないか!表彰できないなんて、これだと大統領である私の面目が潰れる!」
他にも現実離れした通話が多く発生し、やがて金髪少女が事件を解決する一部始終の映像記録まで公開されるようになった。
更には、現場で災難に見舞われた本人や周辺の人々が撮影していて、様々なメディア形式で拡散される始末だ。
これによって少女は注目を浴びるが、そこには少女を強く警戒する眼差しも向けられていた。
自分達が秘匿している問題が、いつこの少女の手で暴かれてしまうのか不安でしかない。
そのため迅速な解決へ導こうとする彼女の動向を日頃チェックし、常に注意を向けておかなければいけない。
そんな理由で裏社会においても注目を向けられるようになり、あらゆる方面で金髪少女は名を馳せる事となる。
そして彼女が現代のヒーローとも囁かれるようになった頃、その少女は親しき人物からの連絡を受ける。
『ロゼッタ?今ちょっと大丈夫か?』
「あら、煌太様。いつ連絡してくれても私は大丈夫よ」
ヒーローと噂されるようになった金髪少女ロゼッタは、普段通りの様子で煌太からの通話に出た。
同時にロゼッタの方から発砲音が一瞬だけ混ざってしまうが、すぐに彼女はノイズキャンセルして言葉を続ける。
「イベントについて何か相談したいのかしら?それとも私の資料に抜けている要素があった?」
『相談についてだけど………ってか、今なんか嫌な音がしなかったか?』
「気のせいよ」
そう言いながら彼女は廃工場内を駆け回りつつ、襲い掛かる銃撃と爆弾を避ける。
そして瞬時に接近して敵対者達を叩きのめす。
更には、車で逃走しようとする相手を駆け足で追跡するなり、車輪を破壊する力技で停車させていた。
こんな激しい行動を繰り返す中、ロゼッタは冷静に警察へメッセージを飛ばしながら煌太との通話に戻る。
「それで、どんな相談内容なのかしら。もしかして私の企画内容通りでは、イベント進行が難しそう?」
『そんな事は無いさ。というより、それとは別件で問題が起きているんだよ』
「問題?」
『ありえない量のメッセージが届いている。中には感謝の手紙とかあるけど、よく分からないプレゼントまで送られているんだ』
「プレゼント………、それは迂闊だったわ。それにメッセージ類はメール以外で受けつけないようにしていたけれど、それでも手書きで連絡を取りたい人が居るみたいね」
『まぁ……、うん。あと最近知ったけど、やりすぎじゃないか?徹底的にやり遂げないと気が済まないのは知っているが、それでも心配が絶えない日々だ。毎日ビビるくらい、ロゼッタの話題が舞い込んできてる』
このような心配を与えたくなくてロゼッタは治安活動を秘密にしていたが、さすがに煌太の耳にも噂が届いてしまったらしい。
いずれ知られるのは覚悟していた。
ただ、こうして言葉にされると、やはりロゼッタの気持ちは申しわけない想いでいっぱいになる。
「まだもう少し、できればイベントの打ち合わせまで活動は続けるわ。そうじゃないと無意味で終わってしまう」
『そりゃあ世間の人は継続的な活躍を望むだろうけど、このままだと自分の首を絞めるだろ。もちろん応援はするし、俺の意見なんて人間基準だからアンドロイドには通用しない。ただ……、ロゼッタは大事な家族だからな』
「………そうね。私の使命は煌太様を守ることであって、世界の治安を維持する事じゃない。そこだけは履き違えないよう気を付けるわ。危ない組織も、あと数グループ潰す程度にしておくわね」
その返答を聞き、もはや煌太は吹っ切れる。
ここにきて価値観の違いが現れるとは思ってもいなかった。
合わせて彼女の戦闘能力の高さを見誤っていたことに、彼は今更ながら気づくのだった。
『いや、待て。やっぱ人間基準とかじゃなく、アンドロイド基準で考えてもおかしいって。前に一人で組織を潰すのは難しいとか言っていたのに、もう雑事感覚だろ。凄いけど……いや、凄いとしか言いようが無い』
「困難なのは他の戦闘アンドロイドが備えていたり、軍隊が事前に迎撃態勢だった場合の話よ。戦術性も無く兵器を運用されても、私の障害には成り得ないわ。………っと、ごめんなさい。まと後で連絡するわね」
つい先ほどまで戦闘しながら会話していたロゼッタだったが、一通り鎮圧した後に通話を終わらせてしまう。
現場を片付けるために忙しくなるからとも捉えられるが、今回はそれに当てはまらない。
より警戒するために、そして次に起きる戦闘に備えるため彼女は万全の状態を整えたのだ。
「煌太様の言う通り、最近ちょっと派手にやりすぎたみたいね」
そう呟いた瞬間、遥か遠方から狙撃される。
音を置き去りにし、超高速でロゼッタに襲い掛かる拳サイズの銃弾。
それは生物なら反応できる速度では無く、ロゼッタですら直撃は免れなかった。
だが、直撃したように見えただけであって、実際は難なく銃弾を掴み取っていた。
「特殊な対物弾。ブルプラちゃんのボディなら貫通しかねない設計だわ。………でも、それはつまり他の戦闘アンドロイドにも有効ということ」
彼女はキャッチした銃弾を手に、大きく振りかぶった。
そして全力で投擲したとき、銃弾は先程の発砲より更なる加速がつけられて発射された。
これによりロゼッタは、遠距離狙撃してきた戦闘アンドロイドに損傷を与える。
ただ彼女の表情に達成感は無く、むしろ警戒を高めている様子だった。
「犯罪組織と接触する際は、その後ろとの繋がりも調べないといけないわね。いくら有言実行を優先していても、煌太様に不要な危険を及ぶのは最悪の展開だわ」
また彼女は自分の戦闘データが観測されていることを危惧し、敵アンドロイドの確認を取らず現場から離れるのだった。
だが、ロゼッタの活躍が称賛されると共に、各国のみならずロボット研究会からも興味を向けられていた。
それは多くの敵と味方を生み出したことを意味し、無視できない存在と認識された彼女は人工衛星で追跡されることになる。