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3.完璧主義のケアレスミス

フリスビーで壮絶な戦いが繰り広げられてから数日後のこと。


煌太は都内で一人暮らしをしていて、平凡な学生でありながらもロボット工学に熱中していた。

しかし、それは少し前までの話だ。

今は二人のアンドロイド少女が同居しており、彼女らが日常生活の世話や護衛を自主的に行っている。

そして、どちらも本来の用途は殲滅兵器であり、戦闘用アンドロイド。


この時点で非日常的と言えるが、より問題なのは関係性が複雑であることだ。

銀髪少女ブルプラは、元々は煌太を拉致(らち)しようとしたアンドロイドであるし、謎の組織に所属していた経緯を持つ。

更に金髪少女ロゼッタは、未来からきたアンドロイドであって、どこまで真実なのかも推測できない存在だ。


まだ煌太ですら奇妙な関係だと思っているが、それでも立派な信頼関係が築かれているのは間違いない。

事実、今現在この二人のアンドロイドは煌太を(した)ってくれている。

ただ、いくら高性能なアンドロイドとは言え、それは戦闘方面に限った話だった。


「くぅうぅ………。私とした事が、なんてあるまじき失態を犯してしまったのかしら」


煌太の自宅にて、相変わらずラフな服装であるロゼッタは呆然と立ち尽くしていた。

そこはキッチンであり、ちょうどご機嫌な朝飯を終えたばかりだ。

また、料理が上達している事も煌太に褒められて有頂天だったわけだが、その浮かれ気分を喪失(そうしつ)して彼女は頭を抱えてしまう。


「ロゼッタさん、どうかしたのですかー?凄い(うめ)き声ですよぉ」


そのタイミングで、彼女の異変に気が付いたアンドロイド少女がひょっこり現れる。

ブルプラだ。

今日の彼女はメイド服では無く、色彩豊かな(はかま)姿となっている。

ただし、彼女の服装について特に言及するわけでも無く、ロゼッタは素直に悩んでいる理由を告白した。


「ブルプラ………。あのね、実は洗剤を切らしてしまったの」


「えぇ!?洗剤を切ったのですか!変なことをしますねー。でも、それなら別の洗剤を使えば良いと思いますよ。ほら、風呂場に使うやつとか」


「もう、ツッコミ所が多過ぎるわね。色々と間違え過ぎよ。そうじゃなくて、私の管理不足で食器洗剤が足りなくなってしまったの」


「うーん?油汚れじゃなければ、丁寧に流水すれば充分だとテレビで見たことありますが」


「駄目よ。家事を一任されている以上、アンドロイドとして完璧に役割を果たさないといけないわ。決められた洗剤を適量分だけ使用する。例外は認められないの」


ロゼッタの断固たる意思で言いきる様は、まるで頑固(がんこ)な人だ。

それだけ強い(こだわ)りを持ち、真剣な思いで家事に取り掛かっているのだろう。

だが、彼女が家事に対して本気であればあるほど、ブルプラには言いたくなることが一つあった。


「えー。そこまで家事に気を遣うなら、自分の服装にも意識を向けたらどうですかぁ?」


「それは別問題じゃない。そもそもブルプラちゃんだってコスプレでしょ。……とにかく今は、洗剤不足という緊急事態を早急に解決しなければならないわ」


「あ、つまり買い物ですか!では、コンビニにある化粧落としを買ってきてくれませんか?」


「そんな予算なんて無いから却下よ。それこそ流水で洗い流しなさい。ボディの耐久性から考えるに、熱湯を浴びせ続けても大丈夫でしょ」


「うぅ~そんな無殺生なぁ~」


ブルプラは率直に悲しんだ。

この悲しみは自分の要望を聞き入れて貰えなかったからでは無く、ロゼッタから冷たい対応を受けたためだ。

そのことに彼女は気づき、少し優しい口調で言い直した。


「今回は買わないと言っているだけで、ずっと買ってあげないとは言って無いのよ。それに貴女(あなた)が望むなら、私が洗い落としてあげるわ」


「そういう問題じゃない気もしますけど……。でも、ロゼッタさんに洗って貰えるのは凄く嬉しいです!」


「ふふっ、楽しみにしてなさい。それより私は迅速に買って来るから、その間の護衛は頼むわ」


「は~い!何かあれば連絡しますね~!」


ブルプラは元気よく返事するなり、浮かれた様子でリビングルームへ向かう。

彼女は様々な物事に強い関心を持つ性根だから、きっとまた趣味に没頭(ぼっとう)するのだろう。


一方で煌太は作業室に(こも)っていて、ロゼッタは出かけることを伝えに向かった。

別に報連相(ほうれんそう)は煌太から課された義務では無いが、やはりアンドロイドとして主人に出かける理由を述べないといけない。

それはつまり自分の失敗を報告しないといけないわけで、その報告がロゼッタにとって気が重たかった。


「あぁケアレスミスだからこそ、悔やんでも悔やみきれないわ。この失敗で日課通りに過ごせないなんて………」


明らかに深刻に捉え過ぎだが、彼女の本来の目的は煌太を守ることで、それこそが最重要事項だ。

だから少しの間でも離れることは彼の危険性を高めることに繋がるため、望ましく無かった。

そしてロゼッタは彼の作業室に入るなり、真っ先に謝罪の言葉を述べた。


「申し訳ありません、煌太様」


もちろん何の事に対する謝りなのか彼には分からず、ひとまず作業の手を止める。


「んー?ロゼッタか。どうした急に(あらた)まって?」


「いえ、あの……えっと…」


ロゼッタは視線を逸らしながら、アンドロイドなのにいじらしい表情を見せていた。

また無意識なのか分からないが、金髪の毛先を指で何度も触っている。

よほど落ち着かない気分なのだろう。

それを見かねて、煌太は率先して発言する。


「助かっている時の方が多いから、別に怒ったりしないって。もし失敗だったら、それは俺もよくしている事だしな。というより、成功した回数の方がよっぽど少ない」


相手が用件を気兼ねなく言えるようにと、煌太は自分なりに下手(したて)に出たつもりだ。

しかし、なぜかロゼッタは更に悲しそうな雰囲気を(ただよ)わせてしまう。


「その煌太様の失敗は、元から成功が困難なものに挑戦した結果だわ。私がしたのは、単なるミスでしかないの」


「何があったのか分からないけど、そう自分を責めるなよ。あぁ、分かった。食器を割ったのか。そういうこともあるよな。それに片づければ何も…」


それらしい失敗を思いつき、煌太は言葉を続けようとした。

ただロゼッタは急に即答してくる。


「いえ、実は洗剤を切らしてしまったの。だから、それを買いに行っても……、よろしいかしら?」


「え?洗剤?……えっと、洗濯か?」


「いえ、食器洗剤の方よ。これは私の管理不足だわ。そして私は家事を一任された身である以上、言い逃れできない失態には変わりないの」


「失態って……。あー……なんだ。ずいぶん重々しく言うんだな」


妙な温度差と認識の違いを感じてしまう。

おそらくロゼッタは自分の存在意義が(あや)ういと、そう考えているのだと煌太は解釈した。

ここで大事なのは、相手の価値観に合わせた上で大丈夫だと応えることだ。


「そっか。わざわざ……じゃなくて、逐一(ちくいち)報告してくれて、ありがとうな。ただリカバリー可能な範囲だから、俺は何も気にしないよ」


「……本当?」


「あぁ、これからも家事をよろしく頼む。その、なんだ。最近はすっかりロゼッタの方が手際良いし、一番信頼してるからさ」


正直煌太は、我ながらリップサービスが過ぎたかなと思ってしまう。

あまり大袈裟(おおげさ)に慰めると、落ち込んでいる自分に対して気を遣わせたとか考え出してしまいそうだ。

けれど、ロゼッタは彼と二人きりの状況も(あい)まって、素直に明るい表情を見せた。


「煌太様、感謝するわ。そのご厚意と信頼に応えられるよう、如何(いか)なる時も誠心誠意ご奉仕させて頂くわね……!」


「うん、ありがとうな。それで買い物行くんだよな。行ってらっしゃい」


これで彼女も立ち直っただろうと煌太は思い、挨拶を口にした。

そのつもりだったが、ロゼッタは部屋の扉を一瞥(いちべつ)した後、少し恥ずかしそうにしながら彼の元へ歩み寄る。


「どうした?」


「その……。この流れで厚かましい願い事だとは分かっているのだけれど……。頭を撫でて貰ってもいいかしら?」


「あ、あぁそうか。良いよ」


すぐにロゼッタは彼が撫でやすい目線の高さへ(かが)み、頭を垂れる。

それから期待に応えて煌太は彼女の頭を撫でるわけだが、実はこの行為は初めてでは無い。

具体的なきっかけは不明だが、ロゼッタと出会って一ヶ月近く経過してから、いきなり提案してくるようになっていた。


「やっぱり、煌太様に触れられている時が幸せだわ」


「変わったことを言うんだな。まるで人間みたいだ」


「そうね。この感覚は特別だから、きっと変わったものだわ。それに本音を言えば、私は煌太様に甘えたいだけ」


「はははっ、それだけ聞くとブルプラと同じだな。あいつも甘えたがりだからさ」


「彼女は、取り込んだデータに影響された結果だわ。でも、私は………そうね。いわゆる感情の芽生えなのかもしれない。本来なら、アンドロイドにとって不必要な行為だもの」


そう話すロゼッタは心地良さそうにしており、ささやかな幸せの一時を堪能していた。

やがて先ほどの仰々(ぎょうぎょう)しい態度とは正反対に子どもっぽく、そして緊張感が抜けきった声を小さく漏らす。


「えへへ………。もう少しお願いするわね」

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