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27.優羽×煌太

月音が泊まった翌日。

まだ外は朝を迎えきっておらず、静寂な薄暗さに包まれている。

そんな時間帯に煌太は目を覚まし、体を軽く伸ばしながら隣で爆睡している後輩に視線を向けた。


「ふぅ~、はぁー……。……こいつ、誰よりも最初に寝たままだったな」


昨晩のロボット対戦を終えた後、あれから四人で会話を交えながらボードゲームまで始めて白熱したが、その途中で月音は寝落ちしてしまっていた。

それからブルプラとロゼッタの二人に至っては、それぞれ作業があるからと言って別室で活動を始めた。

元より、アンドロイドである二人に睡眠は不要だ。

だから煌太は既に眠り落ちている月音と同室で寝ただけで、あれから何らかのハプニングに見舞われること無く、無事に一晩明かしたことになる。

とは言え、朝までリラックスした睡眠が取れた訳では無かった。


「赤ん坊かよ、って思うくらいに寝相が凄かったな。普段、どういう寝方をしているのやら」


睡眠中でも妄想に(ふけ)っているのかもしれないと思うほど、月音の寝相は常軌を逸していた。

何度も体を掴んで来たり抱き付いてきたり、更には掛け布団を奪って蹴りを打ち込んでくるなど、とても落ち着いて眠れる状況では済まされなかった。

寝ている間もヤンチャなんて、まるで幼子だ。

そのせいで煌太はまともな休息は得られなかったが、それでも彼女に布団をかけ直してあげてから部屋を出た。


「落ち着きが無かった割にはグッスリ寝ているな。……さて俺は、たまには外へ出て空気を吸うかな。静かな内に気分転換だ」


ふとした気まぐれで煌太は呟きつつ、洗面所で顔を軽く洗ってから身だしなみを整えた。

そして自分でジャージに着替えた後、出かけることを伝えるためにブルプラ達を探そうとする。

だが、家中を見回っても出会わず、煌太は仕方なく愛犬ポリスと(たわむ)れながら独り言をこぼす。


「二人揃って見当たらないな。そうなると近場で動画撮影でもしているのか」


ロゼッタが家に来てから、煌太一人で外を出歩いたことは無い。

これについては護衛として真っ当な判断であり、仕方ない話だろう。

だからこそ一人で外出することに躊躇(ためら)いを覚えたが、今はその危険性を軽視した。


「危機感うんぬん言われそうだけど、すぐに戻るから大丈夫だろ。じゃあな、ポリス。ちょっと散歩してくる」


『はい、煌太お兄様。いってらっしゃいませ』


「ブルプラの仕業か?なんかポリスの口調が妙に丁寧だな」


それから煌太は明朝の散歩をするため、そっと静かに手ぶらで外へ出る。

すると外出した直後のこと、まだ玄関扉前に立っている時点で不審者に出くわす。

その不審者の行動は妖怪じみており、自宅の(へい)から覗いてきているのだ。


「うわっ、なんだアレ?怖すぎるだろ……」


こんな朝早くから監視する人物が居るなんて、さすがに呑気している煌太でも背筋が冷えてしまう。

ただし、それは彼にとって馴染み深い人物の顔であって、つい驚いて()()ったが慌てふためきはしなかった。


「たぶん優羽………だよな?おいおい、朝から何をしているんだよ。とんでもなく怪しいぞ」


そう喋りかけると、なぜか優羽は顔を引っ込めて塀に隠れてしまう。

一体どういうつもりなのか、ますます謎で不可解としか言いようがない行動だ。


「なんで隠れるんだよ。しかも目線が合った上で無視して隠れるとか、余計にヤバい奴だぞ」


相手の反応が無いため、あえて煌太は挑発的な言動を繰り返しながら塀へ近づいた。

その近づいている間も優羽からの返事は無いままだ。

そして覗き込んでみると、そこに塀に身を寄せる彼女が居た。

恐らく、なんとか限界まで彼の視界に入らないように努力しているつもりなのかもしれない。

だが、やはり傍から見れば不審者でしか無くて、彼女の奇想天外ぶりに煌太は笑った。


「ははっ、なに真剣な顔をして他人(ひと)様の塀に張り付いているんだよ。近隣の人に見られたら通報されるぞー?」


「………おはよ」


ようやく言葉が返ってきたが、なぜかいつもの元気が感じられない挨拶だった。

何より煌太の存在に反応は示していても、会話内容にしっかりと反応しているとは言い難い。

とにかく素っ気無いの一言に尽きる。

だから煌太は優羽の恨めしそうな表情を見て、彼女が抱えている何らかの感情を察した。


「どうした?めずらしく不満そうだな」


「そんな不満に見える?」


「あぁ。もっと言えば、俺に対して何か求めている感じかな。そういう気配だ。あと優羽の目が訴えかけている」


「そこまで分かるならさ、私に何か言う事があるんじゃないの?」


「言うこと?そうか、おはよう………じゃないみたいだな」


よく分からないが、煌太は彼女の反応を伺いながら言葉を選び始めた。

こんなに分かりやすく優羽が不貞腐(ふてくさ)れていたこと、今まで無かったはず。

そう煌太は冷静に思いつつ、すぐに相手の立場になって思考する。


「この前、一緒に山で遊んだしな。野生のリスを手懐(てなず)けていたのはビビったが、ロゼッタには真似できない事で感心した。他には……、そうだな。最近、優羽の近況を聞いてなかったくらいか?」


「どうして、なんてこと無い感じに振る舞えるのかな~。というか、逆に煌太から近況報告は無いの?」


「俺からか?せいぜい研究が順調な事くらいだけど、優羽にとって興味ある話題じゃないからな。だとすれば、いやぁ………うん、なんだろうな?」


煌太は真面目かつ本気で考えたが、特に思い当たる事柄(ことがら)は出て来なかった。

そのせいで訊き返す形になってしまう中、優羽はヒントを与えるような口ぶりで呟く。


「彼女さん」


「かのうじょん、サン?ん、カノジョ産?」


「ガールフレンドという名の恋人」


「急になんだ?ドラマか何かの作品名か?」


煌太からすれば優羽の発言は意味不明そのものだったが、それでも必死に理解しようとした。

ただ、彼が理解できずに戸惑っていることは明白であって、結局彼女は説明口調で問い詰め始める。


「あのね、煌太。昨日の夜ね、ふと妙な胸騒ぎを覚えて煌太に電話をかけたんだ」


「あぁ、そうだったのか。ごめんな。電話に気づかなかった」


煌太は謝りながら、自分のスマホを部屋に置いて来たままであることを思い出す。

とは言っても、目が覚めてスマホを確認したときには不在着信が無かったはずだ。

そう伝えようと思ったが、ひとまず聞き手に徹した。


「ううん、私が気にしているのはそこじゃないの。煌太の声は聞きたかったけど、それより電話に出てきたのが知らない女性だったんだ」


「……それは、あれじゃないのか?電話越しだったから、ロゼッタかブルプラの声だと分からなかったとか」


「そうだとしても反応で分かるよ。そして、相手は私が知らない声色で応えてきたんだよ。慌てて謝りながら自分はモブ女子だって言ってた」


「モブ?…あっ、あぁー………。凄いな。今の一言で、なんか誰のことか分かるぞ」


見知らぬ相手には極端な弱腰だという情報に加えて、更に独特な言い回しからして電話に出てしまったのが後輩の月音だと煌太は直感した。

きっと電話が掛かってきた時、ちょうど自分が寝ている間に月音が誤って反応してしまったのだろう。

まして、これまでの月音は一人で過ごす時間が多く、ロボット研究会からの連絡が昼夜問わず頻繁にあったはずだ。

そうとなれば、つい癖で寝ぼけながら反応してしまったのは変な話では無い。

何にしろ、ようやく煌太の中で合点(がてん)がいき、どうして優羽が不服そうなのか理解し始めた。


「そうか。なんか俺がつまらない秘密を作っているみたいで、気に入らなかったわけか。それでも家前で覗いてくるのはビビるな。しっかし……、なるほどなぁ。まぁ優羽らしい行動力だ」


「うーん?何がなるほどなのか分からないけど、一人で勝手に納得するなんてズルいって。それとも意地悪に勿体(もったい)ぶっているの?」


「そうじゃないさ。とりあえず真っ先に言えることは、優羽の早とちりだな。恋人だと思っている人物は、単に研究会の後輩だ。まったく偶然にもロゼッタが連れて来て、ついでに一泊しただけの話だ」


「仕事仲間ってこと?でも、同じ部屋で一緒に寝たんじゃないの?電話に出たわけだし」


「それは間違いじゃないが、まず後輩が凄い人見知りでな。それでロゼッタとブルプラの二人とも親睦(しんぼく)を深めて欲しくて、四人で遊んでいたわけだ。そして、まぁ夜特有の浮かれたテンションでブルプラの口車に乗せられて、結果的にそうなっただけだ」


だいぶ(はぶ)いた説明だったが、少なくとも恋人という関係性が無い事は伝えたつもりだ。

その誤解さえ解ければ充分だと煌太は考えていたが、優羽は更に深掘りしようとする。


「結果的に寝ただけ、ね。……つまり?」


「え?つまり、やましいことは間違ってもしてない。……って事を訊きたいんだよな?」


「うん。ちなみに?」


「ちなみに?ちなみ……。そうだな?ちなみに………その、こんな言い方をして悪いけど、もっと具体的に言ってくれると答えやすい」


「ちなみに、煌太は後輩ちゃんに特別な思い入れは持って無いの?」


「あぁ、仕事仲間として信頼しているぜ」


「それだけ?恋愛感情は無いの?」


もはや面倒な女子ムーブを繰り返している優羽だったが、共学の学校生活を謳歌している女子なら普通の発想だろう。

特に彼女くらいの年頃の価値観なら、どんな出来事よりも恋愛模様を一番重要視しがちなものだ。

対して煌太はロボット工学に没頭し過ぎていて、かなり疎いままだった。


「恋愛対象だと意識したことは一度も無いな。そもそも恋愛自体、そんな大事とも思って無いし」


「え~?煌太には性欲が無いってこと?それってヤバいでしょ」


「それは極論だし、急に普段みたく(ひら)たく言うなよ。あとな、まるで一般的な男性なら相手構わず欲情しているみたいな認識はやめてやれ」


「でも、学校ではそんな感じの男子が多いよ?こんな容姿端麗、文武両道のムードメーカーな私でも告白されることがあるしさ」


「言い方に対して自己評価が高すぎるだろ。しかも、勉学については得意じゃないって俺は知っているからな。とにかく後輩は後輩だ。それ以上でも、それ以下でも無い。部活の後輩と同じだ」


「ふぅん?」


それでも同室で一緒に寝ていることを考えたら、ただならぬ関係にしか思えないのは仕方ない話だ。

そのせいで優羽は(いま)だに、ちょっとした疑い混じりの視線を煌太に送っている。

だが、お調子者の彼女でも煌太がどのような真意を抱えているのか察せられる。

むしろ嘘か本当なのか見抜く能力は高く、ようやく彼女は真実だと信頼してくれた。


「うんうん、煌太の言い分はよく理解したよ。私の勘違いだったんだね」


「今回の話についてはそうなるな。でも、俺が優羽の立場だったら同じく勘違いするだろうから、そう気にしなくていい。むしろ俺が悪かった」


「謝らなくていいよ。とりあえずさ、この際だから私と恋人になって欲しいな!」


「は?………つまり、どいうことだ?」


あまりにも突拍子が無く、彼女の心を突き動かす要素が何も無かったはずだから、煌太は余計に混乱した。

そのせいで、先ほどの優羽と同じ訊き返し方をしてしまったわけだ。

とにかくこんな平凡な早朝から、よく分からない提案を持ち掛けられても答えづらい。

それで煌太が激しく困惑する一方、優羽は朝日に劣らない笑顔を浮かべた。


「つまり、私と煌太が恋人同士になってデートするの!唯一無二の関係になるってこと!」


「なんか、ずいぶんと急だな?いつもの冗談って感じでは無いし………。それにタイミングとか、他の事も合わさって色々と驚いている」


「あれこれと思い付きばかりで行動する私だけど、もちろんドラマチックな展開を期待していたよ?でも、このままだと煌太が可哀そうなんだもん」


「ははっ、なんだそれ。滅茶苦茶な言い分だな」


「うーん、それとも私じゃあダメなの?友達としては良くても、恋人としては嫌?」


「嫌ってことは無いが、むしろ優羽が大丈夫なのか?分かっていると思うが、恋人らしい事とか何もできないぞ。俺なんて、研究のこと以外は期待の斜め下な結果しか出せないからな」


予想外の出来事なせいで、煌太は自分を(とぼ)した言い方しかできなくなった。

ここで自信満々に返せないのは煌太らしくあり、自分の弱点を把握していると言える。

ただ、それらの欠点は元より優羽でも知っている事ばかりだ。


「そんな煌太のダメな所も私は好きだよ~。それに私にとって大事なことは、真っすぐに頑張れる人かどうかだから!」


「俺を評価してくれるのはありがたいが、一番に言えるのは特別扱いみたいな事はできないってことだ。もし恋人として付き合うとなっても、やっぱり今まで通りに接するしか………」


そこまで言ったとき、いきなり優羽は一歩前へ踏み込む。

それから煌太が何か反応する前に、すかさずキスを交わしてきた。

とても子どもっぽく、軽い口づけ程度のキス。

それは唇同士が触れただけであって、愛情表現の行為とは言えないかもしれない。

だけど、彼女なりの意思表示であることは間違い無く、優羽は照れくさそうにしていた。


「えっへへ~。私達って朝からハレンチな恋人だね~」


優羽は上ずった声で喋りながら、満足気な表情を浮かべる。

とろけた目つきで、妙に幸せそうだ。

一方で煌太は明確な返事をしてないのにと思いつつ、彼女の意図を理解する。


「これだけでも恋人らしい特別扱いをしたことになるのか。中々勉強になるな」


「真面目君なのかな~?もっと素直に、きゃあーこんな急にキスするなんてビビるーって、いつもみたく言っても良いんだぞぅ~?このこの~」


「それは見立てが甘いな。俺を驚かせるなら、朝から覗き込んでいるよりインパクトが無いと駄目だ。例えば……、そうだな」


そう言って煌太は優羽の手を引き、咄嗟に抱きしめた。

これにより彼女は流されるがままに抱き締められて、彼の胸元に頭を寄せることになる。

すると煌太の早まる鼓動が感じられて、実は緊張していることに彼女は気が付いた。


「もう、煌太は本当に自分を(さら)け出すのが下手なんだから……」


「自己評価が低いからこそ、つい気取りたくなるんだよ。でも、どんなに気取って恰好つけても、きっとこの気持ちは偽りじゃないと思うぜ。あと俺の場合、言葉より行動の方が簡単に示せるみたいだ」


「実は場の雰囲気に流されているだけで、思いつきだったり一時の感情とかじゃなく?」


「そう言われると難しいな。ただ、俺でも優羽に恋愛感情を覚えているのは間違いない」


「うーん、どうせなら分かりやすく言って欲しいかな。それくらいなら期待しても良いでしょ?えへへっ」


「そうだな。ずっと俺に自覚が無かっただけで、昔から優羽のことが………」


そして煌太が続きの言葉を口にしたとき、やはり優羽の方から積極的にキスをしてくるのだった。

また、まだ戸惑いの気持ちが強くて恋人関係になった実感は互いに薄いが、相手のことが好きだと自信を持って答えられるようになったのは紛れも無い事実である。

それは肌寒く、相手の体温で心温かくなれる二人にとって特別な朝の出来事だ。

同時に煌太の自宅で、月音が飛び上がるように目を覚ました。


「はぁっ!?なんか凄い優羽×煌の夢を見ました!ふひっ……」



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