26.アンドロイド流パジャマパーティー
月音研究員が泊まる事になった夜。
ブルプラの自室にて、三人の少女が集まっていた。
その三人とはブルプラとロゼッタ、そして月音だ。
更に彼女らはパジャマ姿であり、まさしく夜の女子会に相応しい条件が整っていると言って良い。
しかし、二体のアンドロイドに加えて、ロボット研究員という偏った組み合わせであるため、興じる遊びは特殊だった。
「さぁ行きなさい!私の忠実なる僕、ソニックルビー!」
「ロゼッタさんには負けませんよ!ブルプラの無敵の女神、ブライトサファイアが一気に二人とも蹴散らします!」
「甘く見過ぎじゃないですか~!?この本職である私がカスタムチェーンした、パッションローズ改が世界の頂点を取りますから!」
夜中であるにも関わらず、まるで夏休み初日に集まった少年達みたいに騒ぐ。
しかも三人それぞれの手元には自立小型ロボットがあって、どれもスタイリッシュで華やかな装飾が施されている。
おまけにロボットは女軍人の姿を模していたり、天使を模していたり、はたまた自分の姿をそっくりに再現しているなど個性が出ていた。
そして三機の小型ロボットは縦横無尽に部屋中を駆け回っていて、とても女子三人が揃って遊ぶ光景とは思えないものに化している。
合わせてロボットの駆動音も凄まじく、下手したら家中に騒音が響いているだろう。
「先手必勝です、ブライトサファイア!ロゼッタさんに、ブルプラのぷにぷにスライム弾を発射!」
「甘いわブルプラちゃん!スライム弾の緩い発射速度では、平地における射程距離は一メートル!更に事前動作が多いことを考慮すれば、機動性に優れたソニックルビーなら回避は余裕よ!」
「うわぁ~!?で、でもブルプラのロボットは装弾数が多い連射型ですよ!火力こそ正義です!これでドンドンと詰めて行きますから!ほらほら、ブルプラは容赦しませんよ!」
「くっ、チャンスの作り方が上手いわね!フリスビー争奪戦の時も読みは深かったわ。それに、こうしている間にも別方向からの攻撃が……!」
ロゼッタは自身の小型ロボットを操作しつつ、月音のロボットに警戒を払う。
また機動性が優れていると彼女は言ったが、それは他の機体より少し高いだけであって、人間の知覚を越えるほど俊敏に動けるわけでは無い。
つまり、性能はオモチャの範疇に留まっているわけだ。
更に彼女らが使っているロボットはバランスを崩しやすいため、常に繊細なコントロールを要求される。
そんな中、月音のロボットはタンスの上という高所を陣取った直後に長銃を構える。
「ブルプラ課長、撃ち続けていたら隙だらけですよ!ご覚悟を!」
「うぅっ、狙うのはブルプラの方ですか!?これはまさかの絶体絶命のピンチなのでは!?しかし、ブルプラもタダではやられませんよ!」
一騎打ちを始めるかのような掛け合いが行われたが、あいにく月音自身のスペックは高く無い。
ある程度のロックオン補正が作用していても、発射された弾は放物線を描くだけで的外れな方向へ飛ぶ。
このあまりにも期待外れな射撃精度に対し、操作していた月音が一番驚く羽目となってしまう。
「うわっ、なにこれ!?もしかして不良品を掴まされた!?……いいや、武器との連動調整が甘かった!これじゃあスライム弾×床のネットリ密着甘々接吻ですって~!でも、それも悪くない!無機物同士のカップリングもオッケー!」
「ふふん!ちょっと焦りましたが、正確性に欠けていましたね!これなら至近距離勝負に持ち込んでも怖くないですよ!」
自分に分があると踏んだブルプラは、勝気な姿勢を続ける。
だが、いつまでも彼女の優勢を許すほどロゼッタは甘くなかった。
「あらあら、それは見立てが甘いわよ?私からのヘイトを買っておいて、そんなコロコロと標的を変えるのは愚策だわ」
それからロゼッタの小型ロボットは短刀を構えて、ブルプラが操作する機体へ強襲を仕掛ける。
咄嗟の判断からの突撃であり、つい今しがたブルプラ側は遠距離射撃の回避行動を強いられていたせいで素早い対応は不可能だ。
だから向けられた短刀を防ぐ手段は無い。
「悪いわね、ブルプラちゃん」
「こ、こんなことが!?ロ、ロゼッタさんんぅんん~~!ぬわぁああぁああぁ゛ぁ~!!」
ブルプラは小型ロボットが攻撃を受けると共に、オーバーリアクションしながら自身も倒れ込んだ。
まるで本当に搭乗していて撃破されたような、鬼気迫った迫真の演技だ。
実際は攻撃を受けたロボットに色が付着されただけで、両方とも何らかの損傷を受けたわけでは無い。
とにもかくにも彼女を撃破したロゼッタは、間髪入れず月音のロボットに備えた。
「次は貴女の番よ。辞世の句でも詠みなさい」
「ふっ、ふふふ……いいでしょう。これは私への試練です。社員が社長を打ち倒し、能力を認められるための試験!そう、つまりこれこそが私の入社テスト!」
「分かったわ。なら、これで採用を決めてあげる!」
長引く激戦にロゼッタも熱が入ったらしく、全力で大声をあげた。
その瞬間だ。
不意に部屋の扉が開くなり、月音とロゼッタの両ロボットは一斉銃撃を受ける。
「こ、これは……!?」
ロゼッタは驚きつつ、開放された扉の方へ視線を向けた。
するとそこには、軍隊の如く小型ロボットを引き連れた煌太が威風堂々と立っていたのだ。
「お前らな……、今は夜だぞ?しかも室内で何をしているんだ?なぁ、分かっているのか?こんな三人で楽しく騒いでよぉ」
煌太が軽く俯いているせいで、どんな表情なのか見えない。
ただ声からして昂る感情を抑えているのが伺えて、女子三人組は焦燥した。
特に月音は察するものがあったらしく、真っ先に謝り始める。
「ご、ごめんさない煌太先輩。こんな遊びができるのが嬉しくて、はしゃぎ過ぎました。いくら客人とは言え、弁えなかった私が悪いです!」
「いいえ、一番に謝るべきなのは私の方だわ。私が誘って、明日の動画撮影のために予行練習していたら熱が入ってしまって……。本当に申し訳無いわ」
「ブルプラは……えっと、ごめんなさいです?」
さすがに空気を読んだらしく、各々が一気に冷静を取り戻して謝り出す。
それによって三人の注目を集めた煌太だったが、彼が顔を上げた時はワクワクを抑えきれてない様子だった。
怒りなど微塵も感じられず、もはや夢見る少年の顔だ。
「そうじゃない。どうせなら俺も混ぜろよ」
「へ?」
素っ頓狂な声をあげたのは月音だ。
同時にロゼッタとブルプラの両名は目を見開き、ロゼッタが確認を取るようにしながらも改めて状況を解釈する。
「これは私達の気が利かなったわね。夜、女子三人の中に混ざって遊ぶ。それは年頃の男子なら叶えたい願望だわ」
「いや、そこまで思春期の気持ちが先行したわけじゃないが……。でも、こんなロボットでワイワイと盛り上がるなんて狡いだろぉ~。それにこのロボットは俺が開発研究していて、いつも一人で試遊テストしていたんだからな?」
「煌太先輩、そんな寂しいことをしていたのですね……。まともな遊び相手すら居なかったなんて。通りで、この研究データのテスト回数が少なかったわけです」
「やめろやめろ。いくら暴露したからって、俺の弱点を急に突くな。だいぶ痛いから」
さっきまで不穏そうな雰囲気を漂わせていたはずなのに、あっという間に煌太はたじろぐ。
そんな弱気となった主人の態度を見て、ブルプラは純粋な瞳で疑問を投げかけた。
「あれ?でも優羽様が居ますよね?優羽様は好奇心旺盛ですから、こういう遊びは好きそうですけど」
「あいつ、繊細さが求められる機械操作は苦手だからな。元より自分の体を動かすのが一番良いってタイプだ」
「そう言われてみれば、こうしてロボット操作するくらいなら私が直々に戦うよ、と優羽様なら言い出しそうですね~」
「実際そうだった。……さて、とりあえず三対三でやるか。俺は一人で三機を同時に操作する。こういうのは大得意だし、何より第一開発者だからな。実力を披露してやるよ」
煌太は偽りない余裕を見せつつ、特殊なコントロールパネルを手に取る。
それで彼が操作を始めると、早速技術力を魅せつけるかのように三機の小型ロボットが美しいモーションでサーカスを始めた。
完璧な連携が取れていて、文句が付けらないほどの三位一体だ。
これによりロゼッタ達は本気で挑まないと察し、真剣な表情を浮かべる。
「これは想像以上ということね。ブルプラちゃん、月音さん。最大限の力を発揮して戦うわよ。私は機動性を活かして最前線を張るわ」
「サポートはブルプラに任せて下さい!連射で他の機体を抑えてみせます!」
「それなら私は援護射撃で火力支援を担当するかな。ロゼッタ社長と一緒に集中攻撃すれば、確実に敵戦力を削れるはず!」
先程まで戦っていたからなのか、適切な役割分担ができていた。
互いの長所も理解していて、一筋縄ではいかないだろう。
仲間の力を信じ、パジャマ姿の彼女らは煌太を打ち負かそうとする。
「さぁ行くわよ!今ここで開発者を倒し、小型駆動スプラッシュロボットの世界一を証明するわ!」
「うおぉおぉお~!」
こうして一致団結するために、彼女らが勇ましく声を張り上げてから一分後のこと。
部屋の中は死屍累々と化していた。
ロゼッタ達の作戦は数瞬で崩されてしまい、煌太が一人で操作していた三機は新品同然のまま。
本当に秒殺という表現が相応しく、ロゼッタは跪きながら悔し涙をこぼしていた。
「う、ぅくぅうぅう~…!まさか、こんなことがありえるなんて………。ここまで操作が優れているなら、もう私の護衛なんて必要ないくらいよ。今すぐ未来に帰還するわ……」
これほど悔しがる姿を見せるのは、フリスビー争奪戦の一件以来だろう。
そしてブルプラはロゼッタに気を遣い、そんな悲しみに暮れる彼女の背中をさすることで慰める。
また、負け惜しみだと分かっていても反抗心を湧き立たせて抗議を始めた。
「煌太様、酷いですって!なんでブルプラを真っ先に狙うんですか!?もっと楽しませて下さいよ!」
「そりゃあ、目の前で堂々と妨害に励むと言っていたからな。厄介な相手を先に潰すのは常套手段だろ」
「さすがに本気過ぎますよ!これは親睦を深めるためのアンドロイド流パジャマパーティーなのに!そもそも、こういう時はハーレムアニメなら女性に花を持たせますよ!」
「えっ、うん?いや、でも……分からん。俺が空気を読めなかっただけなのか?結果的に乱入するだけして女子会の雰囲気を壊すとか、それだけ言ったらマジでヤバい奴認定されても仕方ないし何も反論できん」
「ということで、ブルプラは煌太様に罰ゲームを与えることを提案します!覚悟の準備をしておいてください!問答無用で受けてもらいます!いいですね!」
「こ、ここまでブルプラ相手に強く言わるのも初めての経験なんだが……。でも、そういう事なんだろうな。それだけ俺がヤバかったわけか。……本当にすまない」
そう言いながらも煌太の操作する手は止まっておらず、自分が頭を下げると共に三機のロボットには土下座させていた。
とても器用な芸当だが、見る人からすれば誠意に欠けている光景だ。
ただ、それよりもブルプラが次に出す言葉は予想を覆すものだった。
「では罰ゲーム&勝者のご褒美として、私達と一緒に寝て下さいね!」
「えぇ……。さっきから何一つ理解が追い付かないぞ」
提案内容はともかく、ブルプラなりに考えた末に思いついた事なのだろう。
だが、他人からしたら何一つ脈絡が無い発想に変わりない。
それに煌太みたくツッコミを入れたくなるのは、月音も同じだった。
「え?なにこれ?唐突にNTR展開みたいな流れだけど?もしかしてエロ同人誌?私、いつの間にかR18禁に巻き込まれちゃったの?」
「月音は月音で何を言っているんだよ………。それに、どうせブルプラはアニメの再現みたいなことをしたいだけだろ」
「ブルプラ課長はエロアニメも視聴するの?嫌だなぁ。そんなの解釈不一致なんだけど。私的に、ブルプラ課長は清廉潔白であって欲しいかな」
「悪いけど月音は少し黙っていてくれ。厄介オタクの魂が滲み出ているから」
煌太は面倒な展開にならないよう、必死に自身の平常心を取り繕う。
また、このまま押し流されないように注意を払っているらしく、やんわりと否定する姿勢を維持していた。
だが、妙な事を言い出したブルプラだったが、月音が妄想しているような思惑は一切含まれていなかった。
「いつもみたいなアニメの再現じゃないです。前にロゼッタさんが煌太様と仲良くなりたいと、ポリス相手に相談していましたので!だから、これを機に仲良くなって欲しいんです!」
「あら、ブルプラちゃん?一体、何を言い出すのかしら?」
「そしてブルプラと月音様も、もっと煌太様と仲良くなりたいわけです。それなら一緒に寝るのが一番効果的だと思い至りました!一緒に過ごすのが仲良くなる秘訣ですからね!」
明るい表情に優しい声色。
そしてブルプラの無邪気すぎる思考回路に対して、月音は神々しさを覚える他なかった。
「健気な陽キャ過ぎて眩しい。あと暖かい。そして十数秒前の私自身を殴りたい。こんな可愛い子のイメージを勝手に汚すなんて、私は酷い拗らせオタクだよ。もう私は今後一生をかけて、ブルプラ課長には逆らわないと決めました。絶対服従です」
「待て待て。なんで、ちゃっかりと月音も賛成派に回り出しているんだよ。これで良いのか?俺みたいな男が近くに居て、そう簡単に落ち着いて眠れるのか?」
「まぁ夢女子なら、あれこれ理由つけて好きな人と寝るのは鉄板シチュエーションなので。そこで煌太先輩が強引に………。あぁ、先輩が誰を選んでも私からしたら美味しい展開です」
「もう駄目だ。研究以外の時は単なる変態だった。罰ゲーム扱いだから俺の意思は尊重されないし、悲しい。俺が最後にできる抵抗は…………いや、いくら考えても残されてない気がするな」
どうしても自分の戸惑いを伝えたいのか、わざわざ煌太は迷いを言語化して言った。
その行動は、止めて欲しいという訴えに等しい。
そのはずなのに、なぜかブルプラは気にかけず条件を付け加える。
「安心して下さい。煌太様はブルプラと裸同士でベタベタしたことがあるので、今夜はロゼッタさんと月音様の間で寝て貰いますから。あと会話が一定時間行われなかったとき、このスプラッシュロボットで起します」
「誤解を誘発させることを言っておいて、そのまま流すのはやめてくれ。マッサージな?一応言っておくと、ブルプラが俺に本格マッサージしただけだからな?ベタベタって表現はオイルの事だから」
一つ一つの発言に気を付けないといけない状況が続き、寝る前から気疲れが絶えない。
よって小さな焦燥が募る一方で狼狽えてしまうのだが、それがロゼッタからしたら怪しく映った。
「必死に言い訳する辺り、ちょっと後ろめたいことがあったみたいね。ただもう長く一緒に住んでいるから、もし過ちがあっても驚かないわよ」
「ロゼッタまで勘弁してくれ。俺がアンドロイドに欲情なんてするわけ…な………」
そこで言葉が止まってしまう。
マッサージのことを思い出す心当たりがあるから、下手に断言しづらかった。
そんな嘘を吐くのが苦手な彼の様子を見かねて、月音はフォローを入れる。
「ボディメンテナンスで触れ合うのは変な話じゃないです。それで邪な気持ちが芽生えても、それは健全な男子の証拠だと私は考えます」
「今、明らかに気を遣われて女性後輩に男子を説かれてしまった………。分かった。これは、あれだ。もう全部認める!罰ゲームも受け入れるし、何でも好きに言ってくれ!」
「開き直ることで有耶無耶にしようとしている。さすが煌太先輩、素晴らしいです。ここで人生の先輩らしい貫録を披露してくれたわけですね」
「いや、ボコボコすぎる貫録だろ。あと本音を言ってしまえば、サンドバッグに徹することで早く済ませるのが得策だと考えたからだぞ」
「煌太先輩は正直者ですね。そして、もう何もかも手遅れなのが解釈一致です」
「どういう印象を俺に持っていたんだよ………。俺が知っている尊敬や憧れとは違ったのか?」
あれこれと翻弄され続けてしまい、もはや煌太は彼女ら三人に疑惑の眼差しを向けてしまう。
しかし、そんなのは全て杞憂だ。
ロゼッタは使命のことを除いても煌太を心から信頼しているし、尊敬している。
そしてブルプラは彼のことが大好きであり、それは月音も同じ感覚だろう。
これらに恋愛感情は含まれて無いものの、それでも一番の大事な相手だと言いきれる。
それにちょっとした意地悪な発言が続くのは、彼女らがあまりにも正直者で煌太の存在に甘えているだけの話だった。




