25.一泊するし未来の事も訊きたい+後書きに短編
ようやく月音研究員は平常心を取り戻し、またロゼッタ達に慣れを覚え始めた彼女は挨拶ついでに煌太の研究を手伝っていた。
そして一通りの作業と片付けを終えた後、煌太は後輩である月音に感謝を伝える。
「ありがとうな、月音。やっぱり同じ現場で作業した方が圧倒的に効率が良い。おかげで、いつもより研究の進みが早く感じられたぜ」
「普段だと、情報伝達をするためにも様々な手段を尽くす手間が必要ですからねー。それに直接観察した方が閃く機会が多いです。あと私的には、先輩と同じ空間に居るだけでもモチベーションが爆上がりしますし!」
「はははっ。俺なんて研究の話しかしてないのに、ずいぶんと親しみを持ってくれているんだな。それだけ、月音もロボット工学が好きってことか」
「親しみも強いですけど、その中でも憧れの気持ちが最強ですよ。この想いはLikeでありLoveでもあります!もう本当に先輩のことが大好きなんです!私にとっては世界一の男だと言っても、もはや過言ではありません!!」
卑屈で僻んだ一面が多く見られる月音だったが、自分の素直な気持ちを伝える時の表情は確実に輝いていた。
子どもらしく純真であり、少女らしく可愛らしい素振り。
そのギャップにちょっと煌太は驚きつつ、同時に彼女の大げさ過ぎる表現に戸惑った。
「ずいぶんと思いきった事を言うんだな。さすがにリップサービスが過ぎるだろ。俺はそこまで立派な人間じゃないし、何もかもが未熟だ」
「未熟な方が応援のやりがいがあります!それに煌太先輩の魅力についても、今は私だけしか知らなくて良いんです。先輩はきっと、絶対に世界に認められる研究員になると私は確信していますから」
「おいおい、なんでそこまで俺の伸びしろに期待しているんだ?いくら研究のパートナーだからって重圧の掛け方が凄いぜ。それか、俺に対して評価の補正をかけ過ぎだ」
「そんなこと無いですよ。私には分かるんです。まだ私はロボット研究会内では幼く、知識と経験も半端者です。そして他の研究員みたく新発明だって一切できません。それでも、この煌太先輩に対する予感は揺らぎませんよ。先輩は、誰よりも優秀なロボット研究員になります」
月音は断固言いきれる根拠を提示しないまま、ただ真っすぐな視線で煌太を見つめる。
煌太からすれば、相変わらず特殊な感性で語る後輩としか思えなかった。
彼女がよく主張する独自のオタク理論と同じで、謎の根拠に基づいていて、確固たる結論を自分の中で導き出してしまっている。
だから、このまま会話をしても話が噛み合わないだろうと感じ、とりあえず彼は無難な反応で返した。
「まぁ、そうなれるよう頑張るよ。絶対にありえない未来だって、強く否定する事でも無いしな。それで、もし本当に世界に認められる時が来たら是非とも俺に祝杯をあげてくれ」
「それは良い考えです!ロゼッタ社長やブルプラ課長が居ますので、盛大な祝杯パーティーをあげられるはず!そして、そこからロゼ×ブル×煌の禁断三人カップリングという展開も……むぅふふふ~」
月音は不自然に目元を緩ませ、あからさまににやつく。
その表情は独特の一言に尽き、人前で見せることに躊躇いを覚えそうなほど気が抜けていた。
そんな彼女の様子を見ていると、やはり一定の距離を置きたくなると煌太は思いながら指摘した。
「興奮した声が不審者みたいになっているって。しかも怪しい言動を隠さなくなったな………。いや、俺からしたら最初から隠しきれてなかったようなものだけどさ」
「ふひっ……、なんか仕事が一段落ついたから気が抜けたのかもしれないです。そういえば、そろそろ夕食時ですよね?」
「あぁ、ロゼッタの手作り料理だ。せっかくだから食べいけよ。というか、今日は泊まってもいいぞ。手荷物が必要ならロゼッタが用意するか、すぐ持って来てくれるからな」
「んー、じゃあお言葉に甘えて一泊だけしますね。手荷物に関しては研究会の世話スタッフに任せるので、手間をかけさません」
「分かった。でも誘っておいてアレだけど、空き部屋が無い気がするんだよな。最近は色々と活用することが増えて、どの部屋も使っているはずだから……。あとはどうだったかな」
煌太が基本的に行く部屋と言えば、せいぜい作業室とリビング、そして自室の三部屋だけだ。
他の部屋に行く事もあるが、少なくとも客人が泊まれるようになっているかどうかは記憶が定かでは無い。
そのため思い出そうとして少し悩んでいると、月音が率先して答えてきた。
「じゃあ、ロゼッタ社長に一度聞いてみますね。どんな夕食を作っているのか視察も兼ねて質問攻めします!」
「………なんか不安だな。まぁ、俺もレポートの整理が終え次第すぐに行く」
「分かりました。そして見事、煌太先輩の秘密を訊き出してみせますから。ふひっ…」
月音はわざと怪しげな態度を披露することで煌太の気を惹きつつ、早足でキッチンの方へ向かって行く。
本当に彼女が何を言い出すのか分からず、これまでの行動から考え出したら妙な不安を覚えて、つい追いかけたくなる。
しかし同時に、月音なりの子どもじみたジョークとも煌太は受け取っていて、今回は深く気にかけずレポート提出の準備を進めた。
その間、彼女は浮かれた足取りで一人歩き続ける。
「こうして人の家に泊まるなんて、すごく新鮮だなぁ。なんか友達と遊んでいる、って感じがしてワクワク!まるでアニメみたいだな~」
月音はまだ幼いが、実質的に仕事漬けの日々だ。
研究会関係で世界中を奔走することがあるし、人に雇われて作業することも多いから自由に過ごせる時間は相当少ない。
特に誰かと遊ぶこと自体が一番困難だ。
だから、こうして日常的な生活を送れるのは貴重であり、無性に楽しく感じられた。
そんな気持ちのままキッチンへ足を運び、彼女は熱心に調理を続けているロゼッタに声をかける。
「ロゼッタ社長!今夜はステキなお客様がいるから、もしかして豪勢な料理ですか~?」
「あら、本人から言い出すなんて………図々しいわね」
「うぇ!?い、嫌だなぁ~。冗談ですよ、冗談。年下……なのかは分からないですけど、まさか最底辺の役職である私が立派な社長様に贅沢を言うわけ無いじゃないですか~……。あは、あはは………はい、すみませんでした…」
「ふふっ、こちらこそ冗談よ。今日は翻弄されてばかりだったから、ちょっと意地悪な返しをしただけよ。ところで聞くのを忘れていたけど、アレルギー持ちだったかしら?」
そう聞きながら、ロゼッタは手際よく揚げ物をしていた。
その揚げられる音と調理に使われている材料を見て、月音は今日の夕食メニューを言い当てる。
「これは……、山菜が中心の天ぷらですか。それと汁物?あっ、アレルギーは無いです。ただ、ナスビは苦手ですねー。どう調理してもナスビだけは駄目です」
「そうなのね。ちなみに油物はどうかしら?もう揚げ始めてしまっているけれど」
「肉の脂身が苦手なだけで、天ぷらは大丈夫ですよ。むしろ、日本に帰って来たなぁと感じられてちょうど良いです」
「最近まで海外に出張していたのね」
「ほんの三日前までカナダに居ました。そこで研究というより色々な仕事を……。えっと…、それでいきなり話が変わって申し訳ないですけど……」
「何かしら?何でも訊いてちょうだい」
ロゼッタは調理の手を進めながら快く答える意を示した。
それでも月音は少し唸り、かなり戸惑いが見られる口ぶりで聞いてくる。
「本当に今から変な話をしますよ?本当の本当に大丈夫ですか?」
「もったいぶるわね。そう気を遣わなくても拒絶したりしないわよ?」
「では、訊きますけど……。もしかしての話ですが、ロゼッタ社長って本当に未来からきた、みたいな感じのアンドロイドですか?」
ロゼッタは『ロゼプラ』で未来からきたアンドロイドと自己紹介している。
どれも信じられてない情報だが、その中でも未来については設定に過ぎないというのが、世間において揺るぎない共通認識となっていた。
特に月音みたく博識であればあるほど、信じ難い情報だろう。
それほど時間逆行は現実的な話では無く、まして意図的なコントロールは不可能だと断言されても仕方ない。
それをロゼッタは知っているがために、まずは慎重に確認を取る。
「それは、そういう説明が煌太様からあった、と認識して良いのかしら?」
「あぁ、いえ……違います。九割は勘です。あとの一割は、ブルプラ課長との比較で何か違うと感じました。開発のコンセプトが異なっている気配、とでも言えばいいですかね」
「まぁ、信じるかどうかは自由で隠してないから答えるけれど、未来からきたのは事実よ。当然、万人が納得する証明は提示できないけれども」
「未来で何々が起きる、とかは具体的に分かりますか?」
「それは無理ね。言うならば、私は未来のパソコンに過ぎない。性能は高くても、まともな初期情報は自分と任務に関係する事だけ。そして完成直後に送られたから、情報収集するにしても現存のネット媒体を利用するしか無いわ」
そもそも護衛を想定した戦闘アンドロイドだから、どんな災害か起きた等の歴史的な情報は不要だ。
必要な時に情報収集すれば良いし、最初から多くの生活データがあったなら人付き合いや家事に悩んだりしていない。
そのため相手の疑問が解消されるような返答はできてないはずだったが、それでも月音は納得していた。
「なるほど。もう一つ質問したいんですけど、何年後の未来からきたとか教えてくれたりしますか?」
「問題無いわ。今から79年5ヶ月後よ。煌太様と出会って半年以上が経過しているから、ちょうど80年後から来たと解釈して良いわ」
「おぉー。80年後なら医療も更に発達しているでしょうし、まだ私も生きているかもですね。もしかして、未来の煌太先輩がロゼッタ社長を造り出した、とか!?きっとそうに違いありません!」
突拍子も無い発想だが、月音は煌太を高く評価しているから自然な考え方ではあった。
実際80年の月日があれば、煌太に限らず誰が開発に携わっていても不思議な話では無い。
しかし、ロゼッタは優しい口調ながらも酷な返事をする。
「ふふっ、残念ながら違うわ。それどころか、私が開発された世界では煌太様は22歳で死亡しているもの」
「……えぇ、なんか凄くハードな話です。というか22歳って……、事故か病気ってことですよね?」
「一から説明すると長くなるから教えきれないけど、結果から言えばアンドロイドに殺されたわ」
「それはつまり近い内に、アンドロイドと人間が戦争でもするのですか?アンドロイドが世界征服を考えて、それを実行するのが現実に起きて……」
これまた突飛な話になっているが、有名作品の影響というより、人間なら誰しも考えることを安直に口にしただけだろう。
そんな子どもらしい答えに対し、ロゼッタは淡々と説明をする。
「それは無いわ。どのようなプロセス変更が仕組まれても、アンドロイドは必ず人間の命令通りに実行する。アンドロイドが人間社会を支配する行為は絶対に不可能よ」
「それなら、誰かがアンドロイドを使って煌太先輩を消そうとした、くらいしか思いつかないですよ……。うぅん、自分から言っておいて嫌な話をしてます」
「……殺害したのは戦闘アンドロイドの4thシリーズ。それは大型殲滅要塞兵器で、当時は内部破壊でしか制止できなかった。その作戦に煌太様は技術工作員として特殊部隊に同伴し、要塞の崩落に巻き込まれて圧死。遺体も回収されたわ」
なるべく残酷にならないよう、ロゼッタはあっさりと伝える。
ただ、月音くらいの少女からすればグロテスクな話と変わりなく、すぐに悲惨な想像ができてしまっていた。
そのせいで、あらゆる挙動から動揺する反応が表れていた。
「えぇっ?うわぁ、こわぁ……。何らかの戦争に巻き込まれたわけですか?こう、今の話を聞いているだけでも胸がゾワゾワします……。ちなみに、それって煌太先輩は知っているんですか?」
「出会って間もない頃に訊かれて教えたわ。とは言え、今では起こりえない空想話となっているから、本人は何も気にかけてないわね。むしろ自分が英雄みたいな事していてビビる、そんな一言で済ませていたわ」
「あははは…、なんだか呑気な反応が煌太先輩らしいです。その、ロボット以外に興味が薄いのも尚更それらしく思えます」
「ふふっ、そうね。それと私の製造開発に関してだけれど、それも説明しようと思ったら酷いくらい長話になるわ。数十年に渡る研究期間を費やしたから、どれほど時間があっても語り切れないほどね。……さて、夕食の準備が整ったから煌太様を呼んでくるわ」
喋っている間に盛り付けまで終わらせ、すぐにロゼッタは暗い話を切り上げる。
ただ月音であっても、今の話を全て未来の事実だとして受け入れるのは難しかった。
それにロゼッタが居る限り、煌太がアンドロイドで死亡する未来は避けられていると思ったら、あまり気にかけないのが一番の正解なのかもしれない。
そして月音は一人で煌太の所へ伝えに行く彼女の後姿を見て、ふと思い出すのだった。
「あぁ~!?泊まることをロゼッタ社長に伝え忘れてた!超絶的に肝心な事なのに!」
※短編
同日の夜。
優羽は早寝早起きがモットーであり、入浴後のケアやストレッチを済ませて就寝していた。
いつもなら、これで朝までぐっすり。
それなのに今夜は睡眠の途中で目が覚めた上に、何とも言い表し難い胸騒ぎを覚えてしまう。
「なんだろう………。なんか今日、煌太が別の女の子と居る気がする!これは予感?いいや、直感!そして私の直感は100%当たる!今まで一度もテストのヤマを外したこと無いくらいに当たる!なにせ私は学校一の勝負師でもあるから!」
夜中であろうと自宅内だろうと、そして途中で目が覚めたのに優羽は元気ハツラツに大声をあげた。
その声に反応したのだろう。
彼女が部屋で飼っている小鳥が騒ぎ始めてしまい、すぐに優羽は正気へ戻った。
「わわっ、驚かせてごめんねモミジちゃん!よーしよし……。ほら、大丈夫だから。ね?」
少し慌ててしまったが、慣れた手つきで小鳥を可愛がる。
そして決まった仕草で触れば小鳥も平常心を取り戻して、ペットは分かりやすく甘えだした。
「夜は大人しく寝ないとね。でも……、どうしても気になるんだよねぇ。メッセージ……じゃなくて、電話をかけちゃおー」
思い立ったら行動に移すのが優羽の特徴であり、今の時間帯を気にかけながらもスマホで煌太へ通話をかける。
すると案外すぐに出てくれて、優羽はちょっと申し訳なさそうな様子で先に声をかけた。
「あっ、煌太?ごめんね、こんな夜遅く」
『…んー……、誰ですかぁ?』
「へ?女の子………。ブルプラちゃんじゃないし、ロゼッタちゃんでも無い。えぇ?はぁ、誰?」
『あっ、まずい。これ煌太先輩のスマホだった…………』
「ねぇ誰なの?」
答えを知りたい一心の優羽は、やや高圧的な声色になってしまっていたのだろう。
別に脅しをかけたいわけではなく、必死な気持ちが強くなっただけだ。
だが、それは通話先の相手を驚かせるのには充分な要素だったらしい。
『ひっ、ご……ごめんさない。切ります。はい、ごめんさない。何でも無いです。私は単なるモブ女子ですから。はい、すみません……』
「え?ごめん。ちょっと待っ……」
優羽は棘ある言い方をしてしまったと気づき、急いで事情を説明しよとした。
だが、最初の言葉を発した頃には通話は一方的に切られてしまい、モヤモヤとする気持ちだけが残る。
しかも、なぜか連絡をかけ直しても出てくれない。
「うぅ~、もう何なの~。親戚の話は聞いたこと無いし、もしかして煌太に彼女?それは……煌太の勝手だけど、でも……うぅうぅぅ~!」
そう言いながら優羽はベッドに沈み込み、一人悶えながら浅い眠りを朝まで送ることになるのだった。