24.隠しきれない奇人+後書きに短編
「なんだか不思議ね。寄り道したことを抜きに考えても、ようやく帰宅できたって感想が出てくるわ」
そうロゼッタが呟いた頃、彼女ら二人は煌太の自宅前にまで帰って来ていた。
すぐに彼女は玄関へ近づいて扉を開けようとするものの、その後ろで月音は妙に周囲を見渡しながら写真撮影している。
そんな不審者同然の行動が気配だけでも伝わってきて、ついロゼッタは振り返った。
「写真まで撮って、それほど興味惹くものでもあったかしら?」
「ん、これは記念撮影であり情報収集です。ネットマップでこの一帯の景色を見た事あるんですけど、こうして記録に残した方が妄想が捗るので」
「妄想が好きなのね」
「人間は誰しも妄想が好きですよ。そして、そこに幻想を抱いて頑張れるわけですから。これはオタクに限らず…」
またもや月音の偏屈な講釈が始まりかけたとき、さすがに彼女の扱い方を把握したロゼッタは素早く玄関扉を開ける。
それから玄関先で出くわしたのは、愛犬ポリスと追いかけっこしているブルプラだった。
そしてブルプラは相変わらずのコスプレ衣装であって、どこかの飲食店と思わしき服装を着ている。
「あら、ブルプラちゃん。ただいま戻ったわ」
「あっ!お帰りなさい、ロゼッタさん!お買い物お疲れ様です!ほら、ポリスもお帰りなさい~って!」
『お帰りなさいませ、ロゼッタお嬢様』
ポリスの言葉は、アンドロイドである二人に直接伝わるよう調整してある。
しかし、その口調は普段とは異なっていて、これに気が付いたブルプラは慌てる。
「うわわっ、ごめんさない!遊びで口調を変えさせたままでした!これで……よしっと」
『お帰りなさい、ロゼッタお姉様』
「安易に口調を変えるのはやめてあげなさいよ。しかも、まだ言葉遣いがおかしいままじゃない。………それはともかく、お客様を招かせて頂いたわ」
「お客様?わざわざ外で待っているんですか?」
「何を言って………、あれ?おかしいわね」
ロゼッタが再び振り返ったとき、玄関扉が締まっているだけで誰の姿も無かった。
まるで幻影だったみたく月音が消失していて、どこにも姿が見当たらない。
まさかとロゼッタは思いつつ玄関扉を開けると、敷地外で身を隠しながら覗き込んでいる月音の姿があった。
「ちょっと、なんで急に人見知りムーブをするのよ。それに慌てて離れた意味が分からないわ」
「わ、私………初対面の人、怖い……。それに元気な人だった……。嫌だ。陽キャは私の天敵……。私の声は届かないし、みんな見てー月音さんが笑っているよー、とか無神経に言っちゃうタイプの子」
「大丈夫よ。彼女はロゼプラの動画でも出ているじゃない。ブルプラちゃんは見た事あるでしょう?」
「動画で?あっ、やっぱり元気な子じゃないですか……。むりムリ無理カタツムリ。あのスーパー陽気に触れたら陰キャは跡形も無く蒸発しますから。太陽より危険で、これ以上は近づけないですって」
距離が開いている状態のまま二人で話していると、ブルプラは不思議そうな表情でロゼッタの肩越しから外を覗き込む。
するとブルプラの顔がチラっとでも月音の視界に入った瞬間、すかさず彼女は小さな悲鳴をあげて完全に姿を隠してしまった。
「ロゼッタさん、さっきから何しているんですかー?」
「お客様だけど、ちょっと恥ずかしがっているのよ。手間をかけさせて申し訳ないけれど、貴女が迎えに行ってあげてちょうだい」
「はい了解でーす!是非とも、この大役はブルプラにお任せ下さーい!」
ブルプラはまるで一大イベントを迎えたかのように、愛想溢れる態度で楽しそうに快諾する。
この元気があり余った声は月音にも聞こえていて、更に固く身構えた。
それどころか、ブルプラの顔が見えた直後には全力ダッシュして逃げ出しそうな様子だ。
だが、いくら身構えても相手が近づいてくる足音すら聞こえず、つい彼女は様子を伺うようにして再び家の方を覗き込んだ。
「あ、あれ?ロゼッタ社長の姿も消えた……?」
予想外の事態に気が緩み、緊張より不思議な気持ちが勝った。
それで更に様子を探ろうとした直前、彼女は後ろから肩を叩かれるのだった。
「ロゼッタさんのこと、シャチョーと呼んでいるのですかー?」
「えっ?うっふひゃ……!!?」
いつの間にかブルプラは月音の真後ろに回っていて、思わぬ場所からの登場と想像を上回る至近距離に驚く。
それは腰を抜かしかけるほどのショックが伴って、気が遠のきかけるほどだった。
「ひい、ひぃ、ふぅ。いいいいいいつの間に!?うし、うしろ。私のバッグに……!?一瞬でパーソナルスペースが浸食された!わ、私が襲われるまでの猶予はあと何秒なの!?」
「えっへへ~。驚かせたくて、ちょっと跳びました!どうやらドッキリ大成功みたいですね!」
「耳が、私の耳がキンキンとする……。それに極度の緊張で頭痛と眩暈もするし、あと吐き気も覚える……。そして笑顔が眩しい」
「大丈夫ですか?えっと……。こほん、とりあえずロゼッタさんのお客様、どうも初めまして!私はブルプラと申します!よろしければ私と友達になって下さいね!」
「トモダチ………、ともだちって何…?それって友達のこと?一緒に遊んだりする関係のやつ?」
「はい!ベストフレンドのことです!」
すかさずブルプラは親し気な雰囲気で握手を求めた。
対して月音の方は、相手が笑顔満点すぎるせいで直視することができない。
その状況も相まって根暗な感情が色濃く湧き立っていた。
「でも、絶対に私と趣味が合わないよ……。私なんて自分のことを高尚だと思っていて、他のオタクとは違うと思っているタイプの厄介オタクだし……」
「オタク趣味ですか!ちなみに私の趣味はコスプレでして、色々な衣装を手作りしていますよ!ほら、今着ている衣装も前季のアニメでして…」
「はぁあぁああぁっ……!?言われてみれば、それはカップリング厨でも人気を博している『カフェラッテトレイン』のオープニング制服!?列車内にある移動カフェ専門店の設定で、色々な訳アリお客が出てきてドタバタコメディが繰り広げられる神作品!特にアニメでは景色の描写が凄まじく繊細で、音の拘りは別アニメの音響監督が絶賛したほど!そんな場の雰囲気を大事にした作風ながらも火災事故や殺し屋問題のスパイシーな展開もあって、それでも後味爽やかに締めくくるのが最高だと満場一致の意見が出たよね!更にご当地巡りしながら現地の細かなディテール表現が素晴らしく、様々なデザインの制服を用意しながらも全てが可愛くカッコいいのがポイントで、主要キャラのオシャレに悶えちゃうオタクが続出!特にカップリング好きの私としては主要キャラ達の一緒に頑張る美しい仲間意識を描きながらも、古く儚い縁を大事にしている乗車客と対比された第三話が大好きで、揺れ動く感情を前面に押し出しながらもストーリーの芯がブレず、お約束展開のはずなのに一度に尊さの満漢全席を魅せつけたことで、胸やけを覚えるほど…」
「わ、わーお。ブルプラ、この状況を表現する言葉を知っています。猛獣の檻にうっかり足を踏み入れちゃいました……」
こうしてブルプラも、月音の獰猛なオタクモードの餌食になってしまう。
おそらく彼女と仲良くなるためには逃れられない通過儀礼であり、必要条件の一つとなってしまっているのだろう。
そんなことをロゼッタは露知らず、ブルプラに彼女の出迎えを任せたまま自分は手荷物を持ってリビングへ向かっていた。
そこには珍しくテレビを見て過ごしている煌太が居て、まずは帰宅の挨拶を交わす。
「遅くなってごめんなさい。ただいま戻ったわ」
「あぁ、お帰り。何か玄関で賑やかに話していたみたいだけど、いつも通りのことか」
「そうでも無いわ。実は街中で月音さんと偶然会って、挨拶を兼ねて連れてきたのよ」
「さん呼び?あぁ、部下になるからか。というか、月音って俺が知る月音のことなのか?あの天才と奇人が一体化した研究会最年少のスーパーガール」
「これ以上ないほどしっくりくる表現ね。言われてみれば、オタク少女で一括りできない異彩を放っていたわ」
そう話しながらロゼッタは入手したカップ麺を整理し始める。
まずは種類別に並べることで、どれが好みで何があるのか分かりやすいようにしたのだろう。
ただ、それは立派なカップ麵コーナーを作れそうなほど膨大と呼べる量であり、煌太はカップ麵の山が築き上げられていく様を眺めながら応えた。
「なんだか凄い量のカップ麵だな………。それで月音は?まさかブルプラが対応しているのか?」
「その通りよ。今頃、二人で仲良くしているんじゃないかしら」
「どうかな。月音は照れ屋だからな」
「照れ屋?……そう、煌太様の前では照れ屋なのね。普段どういうやり取りをしているのか気になるわ」
「先輩後輩として、ちょっと日常会話する程度だな。あとは研究のための報連相くらいか」
つまり最低限のコミュニケーションだけ交わしている、と認識していいのかもしれない。
思っていたより親密な関係で無いのは予想外だが、月音が立場を弁えることに徹しているとも解釈できる。
「彼女の趣味については聞いてないのね」
「一度聞かされたことあるぜ。他人様のカップルを見るのが好きだって言っていたかな。ははっ、本人は恋愛願望は無いと断言しているのに、人間観察が趣味なんて変わっているよな」
「どことなく私が抱いているイメージと剥離しているわね………。煌太様の前では大人しいのかしら」
「なんだ。そんなにロゼッタは気兼ねなく接せられるほど月音と打ち解けたのか?」
「だって彼女、開口一番に夢女子でカップリング厨だと自信満々に公言して…」
ロゼッタはカラオケで起きた出来事を教えようとする。
すると、ちょうどいいタイミングで月音が突撃して来るのだった。
「ロゼッタ社長、ちょっと待って下さい!その話は禁止事項です!」
リビングに颯爽と現れた月音だったが、なぜかブルプラに背負われている状態だった。
どんな経緯があって背負われているのか謎ではあるが、そのまま月音は格好つけながら勇ましく喋り続けた。
「私が拗らせオタクなのは煌太先輩には秘密にしているんです!まして煌太先輩と優羽のカップリングが一推しで、そのシミュレーションアプリまで開発したなんておぞましくて言えません!そして私は後輩の立ち位置で恋を応援するのが理想的で大好物だと、そう結論が出ました!」
「わざとなのかしらね。ここまで本人の前で赤裸々に語るなんて」
「………いや、俺としては月音が何を言い出しても驚かないけどな。ただ俺には理解が難しい趣味だ。もう趣味と言っていいのかも分からんが」
意外にも煌太は冷静に月音の性癖告白を聞き流していて、あまり言及しないよう努めていた。
その一方で彼女はブルプラから飛び降りるなり、煌太へ接近して遠慮なく手を掴む。
「煌太先輩!こうして面と向かって会うのは二度目ですね!久々に大好きな先輩に会えて月音は感激です!」
「さっきの言葉に反応するべきか、今の言葉に反応するべきか凄く迷う。俺はどうすればいいんだ」
彼も言葉にすることで困惑を伝えるが、月音は憧れのジャニーズアイドルと接するように嬉しそうな顔で手を握り締め続けていた。
夢女子とファンの両面が滲み出ている行動だ。
そして持て囃される事になれていない煌太に向けて、ロゼッタはアドバイスを送った。
「とりあえず事務的な会話をすれば良いと思うわ」
「そ、そうだな。久しぶり、月音」
「きゃ、きゃああぁあ!煌太先輩が私の名前を呼び捨てで呼んだぁあぁああぁ!しかも生で!目の前で私の名前を!ふひっ……、もう感激し過ぎて涙が出そう。それに私の事を覚えてくれていた……」
「なんだこれ。いや、マジでどうした?普段から呼び捨てだったし、ネットを介した時のやり取りは普通だったのに」
「だって、今の私の中では煌×ブルやロゼ×煌のカップリングが増えていて、煌太先輩の付加価値が爆上がりなんですもん!あと久しぶりに直接会ったせいなのか、こう……なんか熱い気持ちが湧き上がっています!」
「お前、さっき自分で趣味が秘密うんぬん言ってたよな……」
「お前呼び!?ネットではお前呼びされたことなかったのに、まさか直接会った時にお前呼びするなんて!これは私へのサプライズという事ですね!?ここでご褒美までくれるなんて!もう一語一句、一挙一動の全てが尊い!ついでにカップ麵を食べたくなった所すら尊い!もはや今の月音は全肯定マシーンと化しました!つまり私こそが煌太先輩に研究されるロボットだったんですね!」
先程からどころか、ロゼッタと出会った時から最初は高いテンションで押し切られてばかりだ。
何より人との距離感が皆無なのは、誰が相手でも同じだったと言えるのだろう。
それを全員が体験することになって、気が付けば煌太は達観した眼差しをしていた。
「あぁ…、俺の唯一の後輩ってこんな奴だったんだな。少なくとも、月音に対する認識を改めないといけないなんて………」
それから月音が冷静になってくれるのには長い時間が必要であり、ずっと興奮している彼女の行動を見ていた愛犬ポリスがロゼッタに問いかけた。
『発情期?』
「あながち間違いじゃないわ。どんな相手にも構わず盛っているようなものだもの」
そして月音は一通り欲望を吐き出した後、すぐに自分の暴走を恥じて悶え続けるのだった。
更に深々とした土下座の謝罪まで繰り広げられ、ますます彼女との接し方に難しさを覚えることになる。
※短編
月音と煌太のネットを介した、日常的な通話内容。
「月音。前に送った研究データを見てくれたか?」
『いくつか修正しておきました。これで演算処理の最適化が進み、前に煌太先輩が試作した機能を追加しても動作不良は起きません』
「理解が深くて助かる。じゃあ二度手間で悪いけど、追加した後も確認してくれ。それで修正後と修正前のデータも送ってくれると助かる」
『問題無いですよ。全体の動作チェックと反応速度の計測も済ませておきます』
「こっちもチェックが済み次第、研究会本部に経過レポートを提出するよ。そういえば今、カナダ支部にいるんだって?」
『あぁ、はい。そこで別件も担っていて、同時進行で仕事しています』
「大変だな。まだ子どもなんだから無理するなよ」
『あははっ、煌太先輩とは三つしか年齢が離れてないじゃないですか。それで子ども扱いだなんて、さすが先輩です』
「別に俺は自分のことを大人だと思ってないさ。俺も月音も、自分の成長期を大事にしようぜって話だ。特に俺は管理してくれるアンドロイドが同居しているから良いが、そっちは自分で済ませないことが多いだろ」
『そうでも無いですよ。カナダ支部には世話役スタッフが居ますから』
「えっ、そうなのか。俺は自宅に居るせいで他支部に行ったことが無いからな。もしかして設備も充実しているのか?」
『んー………研究面の設備は充実していますけど、生活面はさすがに杜撰ですかね。研究に没頭している人が多過ぎるせいで、生活面を改善しようとする人が少ないですから』
「それなら、やっぱり無理しないよう気を付けないとな」
『もう、こんな私を心配してくれて嬉しいです』
「そりゃあ気にかけるよ。月音は一番と言って良いほどの理解者だからな。リーウェン先輩も俺の研究を瞬時に理解してくれるけど、その先まで見透かせるのは月音だけだ」
『今ではアドバイザーとしての相棒経験が長いですからね。それにリーウェン班長が、私と煌太先輩の相性が良いと見抜いて組ませた慧眼は素晴らしいです』
「しかも唐突だったからな。あの人には頭が上がらないよ」
そんな調子で二人は会話を続けた後、事務的な挨拶で通話を切る。
そうして煌太がロゼッタ達との生活を送る中、カナダ支部で作業しているという月音は顔をにやけさせていた。
「ふひっ……、また先輩の新しいボイスデータが手に入りました。これを編集して、シミュレーションアプリに組み込んで……。あぁ、今から妄想が楽しみです」
その狂気にも近い雰囲気を彼女は放ってしまう。
すると通りかかった世話役スタッフが目撃してしまい、密かにロボット研究会内でマッドサイエンティストのレッテルが月音に張られるのだった。