22.夢女子カップリング厨の月音研究員
ちょっとした買い物をするだけのはずだったのに、なぜか白衣の少女とカラオケで交流を深める事になったロゼッタ。
また相手は単に熱唱するのみに留まらず、振り付けまで全力で踊ってみせていた。
しかも大声による勢いを重視しているらしく、丁寧な歌い方は一切せず歌声を聴かせる様子は無い。
とにかく自身が奮起するよう、そして勇気づけるようにして最初の一曲を歌い切った。
それと同時に少女はタブレットを操作して、間を置かずに次の選曲を始めてしまう。
「次の曲を入れますね~」
「ちょっと待って。気分が良くなっているところ申し訳ないけれど、そろそろ自己紹介をしてくれても良いかしら。まだ貴女の名前すら知らないままだわ」
「あぁっと、すみません!私、ロゼッタさんの事を一方的に知っているせいで、つい気兼ねない態度になっていました。それに本音を言ってしまえば、今の私は舞い上がり状態なんですよね」
「そうなのね」
「だって有名人と二人っきりですよ!そうじゃなくても美人さんと二人でカラオケなんて、こんなシチュエーションは他人からすれば羨ましいものですって。オジサン臭い考えかもしれませんが、私のテンションが爆上げなのは紛れもない事実です!」
ついさっきまでの引っ込み思案とは打って変わり、まるで別人みたく白衣の少女は積極的に語り出す。
それは主観に偏った話し方であって、自分の感性を一方的に語ってしまうタイプなのが窺えた。
つまり相手の話を結果的に聞いておらず、対話が上手では無い部類の人間だ。
実際、最初に訊いたはずの名前については未だ明かす気配は無く、平凡な相槌一つから凄まじい自分語りが続きそうだった。
だからロゼッタは、すかさず具体的な質問に内容を変えた。
「貴女のお名前を知りたいわ」
「ふひっ、お教えするのが遅れてすみません。私は紅曄 月音と言います。できれば下の名前のツキネと呼んでください。ちなみに字は月の音と書きますので」
ようやく白衣の少女は、自分の名前が月音だと教えてくれた。
初対面時から相手の名前を知るまでに長いプロセスを踏んだわとロゼッタは思いつつ、とりあえず褒める姿勢に入る。
「素敵な字面ね。それに聞き馴染みがあって、綺麗な響きだわ」
「あれ?もしかして煌太先輩から私について聞いてました?私は煌太先輩のアドバイザーでもありますけど、どちらかと言うと私の方が世話になっているんですよね。えぇ、ほんとう色々な意味で凄い世話になっていますとも」
そう言いながら月音はグイグイと距離を詰めてくる。
おそらく彼女は密室で二人っきり、尚且つ相手の事を知っていれば古き親友のように接する癖があるのだろう。
彼女の中にある人間関係が、他人か親友のどちらかに二極化していると言って良いのかもしれない。
そのせいで態度の変化ぶりに戸惑いを覚えるが、いつまでも警戒心を持たれ続けられるよりは会話しやすいものだ。
「要するに月音さんは煌太様と同じロボット研究会に所属していて、後輩に当たるのね。それならば、前々から私との繋がりがあったことになるわ」
「そうなるかもですねー。それにしても、ふひっ……。煌太先輩ステキですよね」
「あら、もしかして煌太様の優秀さに惚れ込んでいるのかしら?」
「確かに惚れていますけど、世間一般で言われているような恋心とはちょっと違うんですよね。なんというか私にとって、憧れの人物はみんな作品のキャラクターと同じ存在なんです。アニメや漫画の登場人物とでも言いましょうか」
「……えっと?」
どう考えても言っている本人にしか分からないような、客観性が欠如した説明が始まってロゼッタは反応に困る。
自分の価値観が反映された例え話ほど理解し難いものは無いが、そのまま月音は楽しそうに語ってきた。
「それでリアルに推しキャラと一緒に居れたら、もうオタク的には最高なわけですよ。しかも私の場合、推しに頼られたり協力していますからね。まさに至福。そう、何を隠そう私は夢女子なんです!」
「そう。月音は夢見がちな女子なのね」
「でもでも、私はカップリングも超が付くほど大好物でして、それを眺めたり夢想するだけでも絶頂します。もう全細胞がオーガズムを迎えて、灰色の脳みそがビクビクと震えあがるわけです。更に興奮したことで歯止めが利かなくなり、連鎖的に妄想が広がって逝きますので!あぁ、我ながら性癖を拗らせてしまっています!今も発作が止まりませんよ!だって、普通なら会えることは出来ても、こうして繋がりを持つ事なんて絶対にありえませんから!そりゃあ可能性に期待しちゃうのがオタクというか、人間という種族のサガなんですけど、もう実際に繋がりを得た今、より妄想が加速的に膨らむわけです!なにせ私は夢女子の中でも拗らせていますので、私自身が原因で私の中で構築されたカップリングが争っているという妄想が許されます!当然、ネット界隈やグループで披露したものなら、異端者として公開処刑されても文句言えないわけですけどね!私だって、そんな変態が急に現れてスピーチでも始めたものなら即刻拷問にかけます!それで話を戻すとカップリングの一人が私を優先してもおいしいし、やはりカップリング同士が一番大事ってなっても美味しすぎるシチュエーションじゃないですか!そしてカップリングがイチャイチャする度に、あぁやっぱり王道の展開こそが尊くて最高なんだなぁって思い知らされますね。ちなみに、これはNTR素質があるほど得られる絶頂なんですよ。一部界隈ではNTR要素そのものに赴きを置き過ぎて、NTRこそ至高だったり害悪だって安直な考えになっていますが、その可能性を許しつつ、結局は寝取られずにカップリングとなれば強固な関係になるわけじゃないですか!シンプルイズベストなのも好きですが、やはりカタルシス効果は大事しなければいけません!もちろん、NTRとかの不純物を匂わせること自体が嫌いってのは死ぬほど理解できますけどね。でも、私が嫌いなのは暴力系だけなので、それ以外は全て好物と言っても過言ではありませんよ!その中でも一番愛おしくて堪らないのが王道カップリング展開というわけなんです!」
おそらく本人的には一言二言だけ話した感覚なのだろう。
とても満足気で、熱意だけは伝わってきた。
それより一つの言葉に対して演説で返してくるのは予想外であって、とにかくロゼッタは明瞭な物言いで返した。
「あまり理解しきれなかったわ。けれど、二人っきりの時はあられもないことを言いたい放題しちゃう性格なのは分かったわ。それに、臆せず特殊性癖を暴露するなんて度胸あるわね」
「ありがとうございます。これが自慢なので!」
「自慢?自慢ね……。ごめんなさい、どこが自慢なのか把握できなかったわ」
「え………?も、もしかして気持ち悪かったですか?私、ずっと変な事を言ってました?」
「そうじゃないわ。実は私、オタク文化の造形には深くないのよ。夢女子やらカップリングという言葉も、今ここで初めて耳にしたわ」
「あ~、なるほど。知らないのは意外ですねー。ちなみにオタクからすれば、自分なりの拘り=自慢なんですよ。でも、まぁ仕方ないですよね。元より個人の性癖なんて他人に理解されるものじゃないですし」
月音は物分かりが良さそうな言葉で締めているが、きっと溜まっていたものを吐き出したから一時的に利口な思考になっているだけだろう。
少なくとも、これまでロゼッタが出会った人物の中でも一番繊細で極端な子だ。
遠慮なく接近する性分なのに、相手に拒絶されている可能性が僅かでも見えたら怯えてしまう。
そのため、まずロゼッタは相手との適切な距離感を探り始めた。
「私アンドロイドだから、この話を続けるのは難しいわ。それより一度、社会人らしい話をしましょう。月音さんは、煌太様から経理担当を推薦されていたわよね。若いけれど、その仕事に責任は持てると断言できるかしら」
「責任ですか。それについては大丈夫ですよ。私がいくつもの仕事を責任感持ってやり遂げていますので」
「実績があるというわけね?」
「そうです。仕事ぶりについては、あるデータを管理して、必要な手続きを処理していくだけですからね。得意分野ですし、どこでミスが起きやすいのかも理解しています」
「その答え方を聞く限りだと、相当に優秀なのね」
「さすがに優秀は言い過ぎですよ。やっぱり簿記と会計は誰かに任せないといけませんので。私が優秀だと胸を張って言えるのはオタク知識と、あとは………舞台演出?」
突拍子も無い返答が出てきて、ロゼッタは少し面をくらう。
そしてオウム返し気味に訊き返した。
「舞台演出?どうして?」
「厳密には協力ですけど、天川アンヘルさんを知っていますか?世界的に活躍している若い女性の方で、なぜかネット配信を欠かさない人なんですけど」
「天川アンヘルね………。ちょっと待って」
すぐさまロゼッタはネット検索を使い、天川アンヘルという人物について調べる。
年齢は21歳。
父親がフィリピン人で母親は日本人。
日本育ちで小学生の低学年時代までは子役タレントだったが、10歳を迎える前から某有名ダンサーとミュージシャンに憧れ、本人はアイドルを目指し始める。
その際にモデル売りしていた事務所の説得や制止を振り切ったために、協力を得られたのは両親からのみであって、その際に独立してネット活動も始める。
そこからの躍進ぶりは異例であり、アイドルになるためという熱意で自分を押し売り、更には語学と学力、運動能力、芸術的センスを劇的に高めていった。
もっともの転機はアメリカの大人気番組にて、世界に通じるスターを発掘するコンテスト番組で見事に優勝を飾り、それから更にコメディアンの才能を開花させていく。
(天川アンヘル本人曰く、コンテスト番組で多くの天才を見た経験が刺激になったのこと)
間も無くして各国のスポンサーが付いた事で、世界一周のコンサートツアーを開催できるようになり、多くのテレビ番組にも出演するようになった。
そんな激務が続く中でも、ネット配信だけは彼女の娯楽趣味として活動を続けられている。
また、天川アンヘルのチャンネルは複数あるが、その中でもライトチューブでは世界一位の登録者数を誇り、昨年度の誕生日ライブツアー公開配信で2億人を突破した。
「思い出したわ。天川アンヘルならテレビ番組で見た覚えがあるわ。そうなのね。その番組でも異彩を放っている気配があったけれど、ここまでスター性が高い女性だったのね………」
ある意味、ロゼッタより遥かに能力が高い人間で感心せざるを得ない。
どれほど熱心な人物と比べても劣らない熱意を滾らせていて、これほど自分の目標に一直線な生き様はアンドロイドには真似できない。
それに天川アンヘルの人気は、ロゼッタより遥かに前へ進んでいることが経歴の概要だけでよく分かった。
「……それで、天川アンヘルがどうしたのかしら?」
「実は私、その天川さんの舞台演出に携わっているんですよ。これは……まぁロボット研究会の事とか色々な関わりがあるんですけど、とにかく彼女はとても独創的なライブ演出を好んでいて、特殊機材が必要な場面が多いんです」
「分かったわ、そういうことね。その特殊機材とやらの用意を、月音さんがしているわけね」
「おぉ、よく察しましたね。天川さんはテストすら出来ない本番直前で変更することもあるので、その無理難題な要望に私は応えてあげる役というわけです。ちなみに彼女のワガママが通るのは、それが最高の発想だと周知の事実になっているからですね」
「熟考する私と違い、天川アンヘルは直感的なひらめきが素晴らしいのね。羨ましい話だわ」
ロゼッタの場合、羨ましいというのは心から尊敬に値するという意味合いが含まれる。
それに成功体験をしている例だから、今後の活動の参考になると彼女は思った。
同時に、ちょっとした思いつきがよぎる。
「……それなら月音さん、一つ私から頼み事をしてもいいかしら。とても個人的な頼みになってしまうのだけれども」
「はいはい、何でしょうか?」
「近い内……いえ、なるべく早く私もネット配信をしたいのよ。それでどのような形式で初配信にするべきか悩んでいた所なのだけれど、思いきって舞台形式にするわ。それで演出に協力して欲しいの」
「煌太先輩も居るなら協力は構いませんけど、その舞台形式というのは演劇ですか?それともコンサート?」
「もしかしたら演劇寄りになるかもしれないわね。とにかく誰が見ても私に興味を持ってくれて、よく知ってもらえるものにするわ」
彼女は天川アンヘルの軌跡を知り、自分が大々的な野望をもっていると初めて自覚する。
今も世界で活躍する天川アンヘルは夢を持ち、人生の一発逆転を狙うほどに全力を賭して挑戦していった。
それならば、その彼女に倣って自分も行動しなければいけない。
まずは世界一と称されている彼女と並び立つ。
そこを自分のスタート地点と見定め、ロゼッタは更に先のことを見据え始めた。
やはりロゼッタのゴールは登録者数100億人であり、そのゴール地点を妥協する気配は何も無かった。




