21.インスタント食品を求めた結果
煌太の自宅にて。
彼はロゼッタと一緒に昼食を食べていた。
食事全般の味付けは煌太好みにしてあり、副菜と主菜は色とりどりで一日毎の栄養バランスも考慮されていて、ここ最近作った料理と被らないよう献立が組まれている。
また、食事で得られる満足と満腹度が高くなるよう意識してあって、まさしく至れり尽くせりな食生活だ。
この完璧な配慮は、ロゼッタだからこそ成せる業だろう。
そんな彼女からの熱意と誠意が伝ってくるため、当然ながら食に対して不満があるわけでは無い。
しかし、ふと何気なく思ったことを言ってしまうのが人間だ。
「たまにはインスタントを食べたいな」
「えぇっ……!!?」
煌太に他意は無く、ほぼ考え無しに呟いただけだ。
言うならば、無意識的に発してしまった幼稚な独り言と同じであって、彼も面と向かって伝えたわけでは無い。
しかし、肝心のロゼッタは不意に余命を宣告されたかのように、自分が使っていた箸を落としてしまう。
更に彼女は目を大きく開けたまま硬直してしまうものだから、その変化に気づいた煌太は失言だったと知る。
「あぁ…、いや、今のは聞き流してくれ。ロゼッタの手料理に不満があって言ったわけじゃないからな。むしろ幸せを覚えるくらい毎食に満足している。ただ、なんというか……ごめんな」
「いえ、こちらも非難する気持ちは無いのよ。けれど……、まるでインスタントを間食として欲しているのでは無く、昼食や夕食代わりに食べたいように聞こえてしまったから」
「うん?インスタントと言っても幅広いだろ。例えカップ麺の場合に限定しても、それで普段の食事代わりに食べるのは一般的だと思うぜ」
「つまり煌太様はインスタントを食事代わりに食べたい、という意味で言ったと受け取って良いのかしら?」
「別に、そこまではっきりとした意図みたいのは無いって。気まぐれに思いついた事を、たまたま口に出しただけだしな。でも、家にインスタントがあっても悪い事では無いのも事実だ。ほら、備蓄とかにさ」
どことなく真面目な話し合いの雰囲気になりかけていたため、煌太は姿勢を崩して応えた。
口調と表情も茶化した素振りであって、まったくもって本意では無いと意思表示したつもりだ。
しかし、ロゼッタは真剣な態度で返答する。
「煌太様が求めているようなインスタントは家に無いけれど、備蓄用の缶詰ならあるわ」
「うっ、そうか……」
「でも安心して。煌太様が望むなら、インスタント食品を買って置くことに何の問題は無いわ」
「え、いいのか?まじで?」
「インスタント禁止のルールを設けて無ければ、禁止にする理由だって無いもの。何より私が出かける時間が増えた今、必ず料理を用意できるとも限らないものね。それで煌太様はどんなインスタント食品が好みなのかしら?」
彼女がインスタント食品を問題視してないと答えてくれるのは嬉しいが、改めて好みを訊かれると困ってしまう。
しかも今はインスタント食品に限定された話だから、好きな食べ物は何なのかという質問より答えづらい。
そのため、いくら悩んでも曖昧な返答しかできなかった。
「あー……えっと…、まぁ好みか……。あまり真剣に考えた事が無いし、その時の気分で変わるからな。だけど、せっかくだしジャンキー感が溢れているのが良いかな。カップ麵とか特にジャンキー感あると心が惹かれる」
「それじゃあ、この前スーパーで見かけた豚骨ら~めん山盛り燻しジャンボガーリックの油麺みそデスソース仕立てモヤシとバターチップの付け合わせに特製絞りオイルの上にラー油トッピング。というのを買うわね」
「えっ、なんだって?色々と盛り過ぎて、半分どころか豚骨ラーメンって単語しか頭に入らなかったぞ。まず、それって本当に俺が知るカップ麵なのか?」
「変わり物かもしれないけれど、間違い無くカップ麵よ。あとご当地グルメを再現したインスタント食品もあったはずだから、それで目ぼしい物があったら買うわ。場合によっては私がアレンジレシピを用意しておいても良いわね」
「もうロゼッタのセンスに任せるけど……、一応定番なカップ麺も頼む。あと胃腸薬もな」
「えぇ、必ず煌太様の期待に応えてみせるわ。楽しみに待っていてちょうだい」
それから昼食と他の家事を済ませた後、早速ロゼッタは出かけてスーパーマーケットへ向かう。
ただ実際に品を見て悩むより、事前になるべく情報収集はしておきたい。
そこでロゼッタはSNSアカウントでフォロワー等にオススメのインスタント食品を聞きつつ、自身に内臓している通信機でチサトとの連絡を取った。
「こんにちは、チサト先輩。不躾な質問で申し訳ないけれども、個人的に好きなインスタント食品は何かしら?」
「いきなりだねー…。でも、私に訊くのは良い判断だよ。何を隠そう、私はインスタント食品のスペシャリストだからねー。ちなみに一番好きなのはタコ焼き。あっ、もちろん普通の冷凍タコ焼きじゃなくて、有名なチェーン店で売られている……」
「冷凍食品じゃなく、カップ麵に限定しても良いかしら」
「カップ麺だけで?それなら最近話題にもなった豚骨ら~めん山盛り燻しジャンボガー…」
「ありがとう。また近い内にコラボ配信をしましょう」
ロゼッタは挨拶を程々にして通話を切り、次に優羽へ連絡をかける。
「こんにちは、優羽様。唐突な質問で申しわけ無いけれど、好きなインスタント食品はあるかしら?」
「ん、私~?私は即行で食べられるやつかな。飲料ゼリー系とか」
「………それってインスタントでは無いわよね?」
「そうなの?同じじゃない?」
不思議そうな声で反応する辺り、優羽の認識では手軽に食べられる物は全てインスタント食品になるようだった。
だからロゼッタは彼女が分かりやすいように訊き直した。
「ごめんなさい、質問の仕方が悪かったわ。カップ麵で好きなのは何かしら?」
「私が好きなのは塩味系かな。だけど、最近気になっているのは豚骨ら~」
「優羽様、素晴らしい返事をありがとう。とても参考になったわ。今度、煌太様の番犬が一人で覚えた芸を披露してあげるわね」
ロゼッタは早口で相手の答えを遮ったが、優羽は気にかけずに浮かれた声で返した。
その声だけで彼女の雰囲気が全て伝わってきて、まるで笑顔が見えてくるようだ。
「本当?すっごい芸を期待しているね!玉乗りとか!」
「鋭い勘をしているわね。優羽様の推察通りトランポリンの上で玉乗りして、そこから前宙しつつ、浮遊しているドローンが持っているフリスビーをキャッチする芸よ」
「んんー?ごめん、ちょっと理解が追い付かなかった。ポリスのことだよね?」
「ふふっ、見れば分かるわ。それじゃあね」
あえて勿体ぶってロゼッタは通話を切る。
ちなみに芸に関しては愛犬ポリスの事では無く、もう一人のアンドロイドであるブルプラのことだ。
そしてロゼッタはSNSで集まった意見を参考にしつつ、答えてくれた全ユーザーに個別の返事をしながら近所のスーパーへ入店した。
「さて、煌太様が好きそうなカップ麵を選ぼうかしら。通話で確認しても良いのだけれど、それだと普段は買わないという特別感が薄れてしまうものね」
そんな事をロゼッタが考えていた矢先、偶然にもスーパーの一角でカップ麵の特売を発見する。
もちろん彼女は日頃から生活費を気にかけて出費しているが、実際の生計からして節約を徹底する必要は無い。
要は節約を心掛けている程度に留めているわけだが、それでも目前の特売セールは魅力的に感じられた。
「これは凄いわ……。しかも種類が豊富で、ちょうどジャンキー感が溢れるものよ……!」
この特売セールが放つ魔力は尋常では無いほど凄まじく、ロゼッタは成す術も無く心奪われる。
それにタイミングが良い事も相まって、彼女は自分自身に向けて言い訳を口にした。
「ふ、普段しない出費だからこそ、贅沢しないで安く済ませるのもありよね!今ここで安く買えば、次はちょっと贅沢な値段でも気兼ねなく買えるもの!」
冷静に考えたら筋が通らない謎理論を展開しつつ、ロゼッタは急いでスーパーの出入り口にあったショッピングカーを取りに戻る。
それから彼女は早歩きでショッピングカーを押して行き、大量のカップ面を種類豊富に買おうとする。
その多く買おうとする気持ちばかりが先行してしまい、これまで熱心に大勢から集めていたはずの意見は半ば無意味と化していた。
そもそも予定より大量に買ってしまうのは迂闊だと普段のロゼッタなら気づけるはずなのだが、そんな想定以上の出費を気にかけないほど興奮状態だった。
「あぁ、こんな半額以下で買えるなんて………。ようやく分かったわ。きっとこれが私の本当の使命で、これを買うために未来から来たのよ!」
もはや意味不明な発言を口走る中、必死に買い漁るロゼッタの後ろ姿を眺める少女が居た。
その少女は何故かスーパーの店内であるにも関わらず研究員らしい白衣を羽織っており、長い黒髪にグリーンのメッシュを入れているのが特徴的だった。
そしてチサトでは無いにしろ小柄な方で、その身長と見た目の幼さからして十四歳くらいだと推測できる。
「あ、あの……」
白衣の少女は買い物カゴを抱えながら、入念にカップ麺を選別し続けるロゼッタに声をかけた。
やや弱気な喋り方である上に、ロゼッタにとって聞き覚えない声だ。
普通なら驚くところだが、ロゼッタは振り返った直後に柔らかい物腰で反応した。
「あら?どうかしたのかしら、お嬢さん」
「えっと、もしかして……ロゼプラのロゼッタさん…、でしょうか?」
「ふふっ、知って貰えているなんて光栄ね。えぇ、その通りよ。私がロゼプラのコミュニティ名で活動しているわ」
「合ってて良かった………。その、まだ履歴書を書いて送って無いので、分からないと思いますけど……。私、煌太先輩と同じロボット研究会に所属していて…、それで、えぇっと……」
白衣の少女は視線を激しく泳がせており、愛想ある声色だが相当吃っていた。
とは言え、彼女くらいの年齢なら過度に緊張した話し方をするのは珍しく無い。
ロゼッタは相手が慣れない畏まり方をしているせいだと思い、優しく気遣った。
「急いで無いから大丈夫よ。それに同い年の友達と話す感覚で喋ってくれて構わないわ」
「ふひっ……。あ、いえ、今の声は気が抜けた時の癖で……じゃなくて、その、やっぱり大丈夫です………!」
そう言って少女は深く俯いてしまう。
一目で分かるほど耳が赤くなっていることから筋金入りの恥ずかしがり屋で、潜在的に自己否定する気持ちが強いのかもしれない。
そんな彼女を見かねて、ロゼッタは相手の素性を把握しきれないまま親切に接し続けた。
「どこか落ち着く場所に行きましょう。ここだと人通りが多く、人の目がつきやすいものね」
「は、はい」
「そうよね。それで、どこだと話しやすいかしら?」
「か、カラオケ」
「え?カラオケ?」
少し予想外な返事でロゼッタは思わず訊き返すほどだった。
それでも二人は手短に買い物を済ませるなり、その荷物を持ったまま近くのカラオケ店へ行く。
そして、まだ名前を明かして無い少女はカラオケの個室へ入った途端、いきなり有名なアニメ曲を入力して熱唱し始めるのだった。




