2.日常のフリスビー勝負(2)
それから煌太は先程のフリスビーを回収し、二度目の投擲をしようとする。
このとき、ブルプラは当然のようにやる気満々の姿勢で構えていて、金髪少女のロゼッタは未だに戸惑っている雰囲気だった。
そのことにブルプラは気づいたらしく、今日こそ彼女に勝てると思って挑発した。
「良い機会です!これでブルプラの方が優れていて、煌太様のお供に相応しいことを証明させて頂きますから!ロゼッタさんには絶対に負けませんよ~!」
「あらあら、ブルプラちゃんに余裕を見せつけられるとワクワクしちゃうわね。良いわ。殲滅兵器3rdシリーズ、Ver2.3の真髄を披露してあげる」
「こちらこそ!2ndシリーズの初期型ですけど、性能の違いが勝敗の決定的差では無いと、教えて差し上げます!」
明らかに二人とも意気込み過ぎていて、煌太からすれば不安しかない。
なにせ、どちらとも戦場を縦横無尽に駆け巡れる機動性を持っている。
だから念のため、投げる前に一言をかける。
「頼むから、他の人に迷惑だけはかけるなよー。あとケガにも気を付けくれよなー」
口頭で注意を呼び掛けたが、本当に受け入れてくれるか怪しい所だ。
それくらい二人はライバル意識を湧き立たせて、この一戦に熱中してしまっている。
しかし、せっかくロゼッタがやる気を出してくれたのだから、ここで引くわけにはいかない。
彼女を焚きつけたのも自分だ。
そう思って煌太がフリスビーを投げた瞬間、彼女らの姿は忽然と消えてしまう。
「あ、これヤバいやつだ」
早くも悟って彼が呟いた直後、空中ではメイド服の銀髪少女ブルプラと金髪少女のロゼッタが激突していた。
お互いに仕掛ける妨害行為を紙一重で回避し、服を掴まれても振り払うのが的確で早い。
もはや二人ともフリスビーを無視していて、相手の行動を阻止することに躍起になっていた。
「もうロゼッタさん!ブルプラの輝かしい活躍を邪魔しないで下さい!優美なる勝利を煌太様にお届けしたいんです!」
「これが戦闘アンドロイド流の遊び方でしょ!そもそも、最初に攻撃を仕掛けたのはそっち!」
彼女らが大声で話している間にも、烈風が何度も巻き起こっていた。
これにより他の犬が吠えたりするわけだが、同じく川土手に来ていた人達は何故か普通に応援していた。
むしろ歓声があがるほどで、煌太はやや達観気味に呟く。
「よく分からないけど、みんなが楽しんでいるから別に良いか。コミュニケーションの取り方なんて、人それぞれだしな!」
あとは無事に済むよう祈るのみであって、投げやりな気持ちで動画撮影に徹していた。
時折、近くの川を波立たせるほどの衝撃破が迸っているような気がする。
おそらく錯覚では無いが、この小さな戦争を止められる気がしない。
それからフリスビーがまだ宙を舞っているとき、まずロゼッタが競争相手を地面へ叩き落とした。
これにより地面と衝突したブルプラは呻き声を口にするが、その口元はにやけている。
「申し訳ありませんが、ここまでがブルプラの予測通りです!」
「えっ!?」
彼女は自分より高性能であるロゼッタには、真っ向勝負では歯が立たないと分かっていた。
しかし、今回の勝利条件はフリスビーのキャッチ。
決して戦闘能力で相手を打ち負かすことでは無い。
そして地面に叩きつけられたはずのブルプラは、既にスタートダッシュの構えを取っていた。
ここで一気に駆け出して、いち早くフリスビーを入手する算段なのだろう。
一方でロゼッタは空中に居て、彼女と同じように急加速をつけることは不可能だ。
「やるじゃない」
これによって現状有利なのは、ブルプラの方となる。
ブルプラ本人も既に勝ち誇った表情を浮かべてしまっているほど、このままでは勝負の行方は明らかだ。
しかし、みすみす彼女に勝利を明け渡すわけにはいかない。
「私を熟知しているのは褒めてあげるわ!それでも私が勝つ!煌太様に褒められる事こそが、私にとって一番心地良いことだから!」
ロゼッタは大声をあげながら、どこからともなく伸縮自在の鞭を取り出した。
元より護衛目的の同伴だったから、武器の類を携帯しているのは当然だろう。
ただ武器の使用は煌太もブルプラも驚く事態であって、そのことを構い無しに彼女は鞭を振るった。
「てやぁっ!」
「あっ、足が!道具の使用はズルいですって!」
「私を理解しているなら、これも計算に織り込むべきだったわね!」
鋭く振るわれた鞭は、ものの見事にブルプラの脚を絡め取り、移動を許さない拘束具と化していた。
その間にロゼッタは降り立って、フリスビーへ向かおうとする。
だが、目標物であるフリスビーに改めて視線を向けた途端、三人は間抜けな声を発するのだった。
「あ……」
「えぇ?」
先ほどの見知らぬ飼い犬が、再びフリスビーをキャッチしていたのだ。
よほど気に入ってしまったのか分からない。
ただ確実なのは、この無関係な飼い犬が激闘の勝者だということ。
そもそも二人揃って足を引っ張りあったせいで、先に犬がキャッチしてしまったわけだ。
「あぁ~…。そ、そんなぁ~……。私が敗北するなんて。こんな、こんな卑怯な真似までしたのに……。悲しい。普通に悲しいわ………」
ロゼッタは鞭を手にしたまま、膝から崩れ落ちた。
想定外の幕引きである以上、今の勝負は無効として再試合するべきかもしれない。
だが、ロゼッタの場合はそうもいかない。
なにせ彼女に限っては、窮地に陥った土壇場で道具を使用したからだ。
更に言えば、ついさっき犬より早く取れると得意気に豪語していた。
それら複数の要因が積み重なってしまい、彼女は強烈な敗北感を味わう他なかった。
何より本気で挑んだからショックは大きく、簡単に気持ちを切り換えられない。
そうしてロゼッタが落ち込んでいる中、見知らぬ飼い犬は呑気に舐めてきていた。
「うぅ、まさか勝者に慰められるなんて……いえ、勝ち犬よね。おめでとう、あなたの勝ちだわ。そして、あなたが煌太様のお供に相応しいのね」
もはやプライドが崩壊したのか、ロゼッタは犬を優しく撫でながら勝利を讃え始めた。
そんな彼女の様子を見かねて、ブルプラは立ち上がって近づく。
「ロゼッタさん」
「ブルプラちゃん……。ごめんさない。勝利に目がくらんだ私が悪かったわ」
「いいえ、むしろ凄かったです。やっぱりロゼッタさんは、ブルプラの想像を超えるアンドロイドですよ!」
「そ、そうかしら?でも、情けない姿を見せてしまっただけで………」
「そんな事ありません!勝利に貪欲で、真剣な姿勢も尊敬に値します!だって、普段はその熱意を抑えているって事ですからね!」
言われてみれば、遊び始める前のロゼッタには渋った態度が色濃く見られた。
しかし、いざ始めれば彼女は輝かしい表情を浮かべていて、全力で勝利に一直線だった。
そこにギャップが生じるということは、つまり日常的に自分の気持ちを押し殺している場面が多くあるのだろう。
だから気ままな一面ばかり表に出すブルプラからすれば、その自制心は憧れるものだった。
「とりあえず今回は引き分けです!だから、もっと遊んで勝負を決めましょう!もちろん遊びなので、楽しむことが第一優先ですけど!」
「……そうね、分かったわ。これからも遊びましょう。ただ何があっても煌太様のお供は譲らないわ」
「ブルプラもです!私も煌太様のことが大好きですから!」
こうして二人は仲良く握手を交わす。
このシチュエーションだけ見たら、まるで不良が殴り合った後の和解シーンみたいだ。
実際はもっと凄まじい事があったわけだが、ひとまず煌太はスマホによる撮影を止めるのだった。
「輝かしい青春みたいになったな。ちょっと泥臭いというか、古臭い光景だけど。さて、今の映像を優羽に見せてやるかな……っと」
このとき、煌太は気楽な思いで映像をアップロードし、自身の友人に向けて限定公開した。
しかし、これが始まりのきっかけとなる。
彼が知らない間に動画が拡散されてしまい、ゆっくりと事態が突き動かされていくのだった。