16.チサトのリア凸コラボ配信
ロゼッタが訪問する家の表札には『千里』と書かれていた。
これでチサトと読むのかと思いつつ、とりあえず彼女はドアホンを押して、自分の存在を報せた。
すると早速、その家の住人からインターフォンを通して応答が返ってくる。
「はい、どちら様でしょうか?」
女性の声だが、おそらくロゼッタが知るチサト本人では無い。
年齢を感じさせる声色からして、彼女の母親だ。
そのためロゼッタは細心の注意を払いながら、礼儀正しく振る舞った。
「突然の訪問で申し訳ありません。この近くに住んでおります、ロゼッタと申します。こちらにお住いの娘さんに会いたいのですが、お呼び頂けるでしょうか?」
「娘さん?千聖の事ですか?えっと……」
どうやらチサトは名前であって、苗字では無いらしい。
つまり本名は千里チサトなのだとロゼッタは解釈し、すぐに話を合わせた。
「すみません。ロゼッタと名乗る金髪の女性が来た、とチサト様にお伝え頂ければ分かります。それまで、私はここでお待ちしますので」
「……少々お待ち下さいね。確認して参ります」
やや警戒気味の声で言われてしまった。
なにせ相手からすれば見知らぬ人、それも見慣れない容姿の人物が訪れているわけだから、距離感がある対応をするのは当然だろう。
何より、チサトの名前に確信を持っていなかった事に相手は気づいているから、余計な心配を与えてしまったはず。
それでもロゼッタが大人しく待機してから、一分足らずのこと。
扉越しから慌ただしい足音が聞こえてきて、その直後に玄関ドアが勢いよく開けられた。
「うわぁ~…!まさか本当に来るなんてヤバすぎでしょ……」
驚愕しながらも出迎えてくれたのは、つい先ほどまで通話していたチサトだった。
彼女はロゼッタより頭一つ分ほど背が低く、相当な小柄で色白だ。
また四肢が妙に細いことから、運動の類は習慣的にまったく行ってないことが窺える。
ただ長い黒髪は綺麗に整えてあり、彼女が着用しているトラを模したパーカーも清潔な状態に保たれていた。
そんな配信中だったにも関わらず受け入れてくれたチサトに向けて、まずロゼッタは丁寧にお辞儀した。
「どうも初めまして、というべきなのかしらね。こうしてチサト先輩に会える日が来るなんて、まるで夢のようだわ」
「私も会えたのは嬉しいよ。だけど、ロゼッタさんが強引に押しかけて来るから、びっくりした気持ちの方が強烈かなぁ………。と、とりあえず私の部屋に来なよ」
「ありがとう。あと、お土産を持って来たわよ。この中身はマ…」
「あっ、せっかくだから配信で披露するよ。とにかくチリを持たせているから、早く早くぅ~…!」
最初は本気で戸惑っていたチサトだったが、どうやら愉快な事態は大勢と共有したいという気持ちが勝ったらしい。
出会って数秒後にはウキウキした雰囲気に満ち足りていて、とても楽しそうにロゼッタを急かし始めていた。
「私に押しかけのファンが居るなんて、チリ達にすっごい自慢できちゃうなぁ~…。ふっふっふ~」
かなり浮かれているようだ。
しかも遠慮なく手を引いてくるほどで、積極的にネット公開しようとする姿勢は、配信者体質が身に沁みついているのが伝ってくる。
また、このちょっとしたドタバタ劇に対して新鮮なリアクションでもしたいのか、今のところ詳細を求める質問責めはしてこない。
「ママ~!友達が来たけど、飲み物とかは私が用意するから!それとロゼッタさん。配信は待機画面にしてあるからね」
「配信で喋り慣れているとは思っていたわ。でも、実際は私が思っている以上にもっと元気に喋るのね」
「あはは~、さすがの私でも常にダウナーキャラってわけじゃないよ。元より人間はムラが大きい生き物だしね?それと私、すんごい内弁慶なだけ。もっと言えば、人と接する距離感の取り方が下手なの」
「そうなの。でも、不器用ながらも一貫として自分に素直なのは、けっこう好きなタイプよ」
「ふふへっ、なにそれぇ?出会って早々、この私を口説くつもりなのかなぁ~?とにかく、入ってどうぞ」
上機嫌なチサトに案内された部屋は、彼女が日常的に過ごす自室であり、申し訳程度に防音対策が施された配信部屋でもある。
だから配信映えを意識しているのか、部屋は全体的に小綺麗であって、もはや動物園と呼べるくらいに動物のぬいぐるみ達が飾ってある。
また、部屋の出入り口がカメラアングルに納まらないよう気を付けているのみならず、どこからカメラに映し出されているのか分かるように仕切りのテープまで貼ってあった。
きっとこれは家族の入室に配慮したものなのだろう。
「じゃあカメラの視点を変えるから、そこのソファーに座ってて。もし邪魔だったら、ぬいぐるみは移動させていいから。あと、こうして二人で配信した試しが無いから、調整しないといけないかもだけど」
言われた通り、ロゼッタはソファーに居座っていた動物のぬいぐるみ達を移動させた後、静かに座り込んだ。
それから何気なくぬいぐるみを抱きかかえ、今更ながらも自分の行動について語り出した。
「私みたく、わざわざ配信中にお邪魔する人なんて居ないでしょうね。しかも初めての顔合わせで、突然の訪問だもの」
「だろうねー。そもそも私の場合、友達を家に招いた経験が無いし。まして、この状況を配信するわけでして………」
そこまで言ったとき、チサトは一つの事実に気が付く。
その事実とは、実質的にこれがロゼッタにとって初配信になるということ。
肝心の本人はまったく意識しておらず、完全に成り行きの出来事ではあるものの、ロゼッタのファンからすれば衝撃的な事件に値する。
しかし今は教えることを控えて、チサトはパソコン操作に専念するのだった。
「じゃあマイクをソファー前に移動させて……っと。先にマイクオンするから。いつもの雑談BGM、それと待機画面から変わるように…」
当然ながら手馴れたもので、チサトは喋り切る前に全ての手順を終えていた。
そしてロゼッタの隣に座り、カメラに向かって手を振る。
「やっほー、チリ達お待たせ~……。ちゃんと麗しき乙女二人の輝かしい美貌が、清く正しく映っているかな~…?」
チサトは改めて自分のリスナー達に挨拶するなり、配信画面を確認しながらソファーとパソコン前を往復することで、何度も微調整を施す。
その間も彼女は話題になりそうなコメントを拾う事で、場を途切れさせずに一人で繋いでみせる。
「え?私と比べてロゼッタの胸が大きくて、健康的に見える?うぐっ……比較対象が居ると、私のナイスバディが劣っているように見えちゃうかもね。というか、いきなりソレってどうなのかなぁー…?」
「なぜだかリスナーは大盛り上がりしているみたいね」
「当然でしょ~。リア凸なんて私の配信では前代未聞だし、しかもゲストが世間を賑わせている人だからね。とりあえず、知らない人も居ると思うから自己紹介をどうぞぉー…」
そう言いきる頃には、チサトは画面調整を終えてロゼッタの隣に座り込む。
お互いの肩が触れるほどに密着した状態だが、ロゼッタは気にかけず、催促された通りに喋り始めた。
「チリ様達、そしてその他のリスナー様方も初めまして。ライトチューブでは『ロゼッタ☆プラネット』というチャンネル名で活動しているわ。そして未来からきた戦闘アンドロイドのロゼッタよ」
「ということでロゼッタさんです!パチパチパチ~。ほら、みんなも人生で一番というくらい歓迎して。私も一生懸命するから。ドンドンパフパフ~」
チサトは自然体ながらもを愉快な振る舞いをすることで、視覚的にも聴覚的にも相手を楽しませることに徹していた。
常にソロ配信だと謳っている彼女だが、やはり盛り上がりの基本は心得ているらしい。
特にダウナー系という割には、所々流暢な受け答えをしてみせるのは流石の一言だった。
「いやぁ、それにしても、あの星マークにスターってルビが振ってあったんだ。これは知らなかったなぁ…。いつも私が放送内でアドバイスした自慢するときは、そのままロゼプラ呼びだったし」
「小さな子どもにも覚えやすく、そして理解しやすいようにしたの。星なら誰でも知っていて、誰もが見た事があるから」
「確かに。スターって何かと良いイメージで、存在自体に夢があるよねー。他でも映画スターとか言うし」
「そうね。あとプラネットについては、それだけ巨大なコミュニティを目指しているという意味合いがあるの。これはSNSで一度言った事があるわ」
「そうなんだ。ちなみに私のチャンネル名にロンリーってあるけど、もうこれだけリアルで親しい人がいるわけだから、孤独じゃなくなったかなぁ…。……って、なんか視聴者数が爆増しているような……?」
ネット配信する際、どれだけの人数がリアルタイムで見ているのかというカウントが表示される。
つまり現在の注目度が反映されているのと同意義なわけだが、今チサトの配信にしては異常な数値が叩き出されていた。
同時視聴者数が見るからに増えていく様子は異常事態と言えて、これに伴って流れていくコメント欄も激流のような有り様へ変貌している。
だから、配信慣れしているチサトでも混乱してしまうわけだが、一方のロゼッタは普段通りの態度で原因を伝えた。
「つい先ほど、私のSNSアカウントで告知したの。この配信に出るって、勝手ながらもURLを張らせて貰ったわ」
「へっ?ヤバ……。誘導したの?駆け込みが多過ぎて、私のリスナー達が少数派になりつつ……あぁ、とっくになってた。そしてコメント欄が読めない文字ばかりで、多言語化されていっている……」
「これは……、私の配慮が足りなかったかもしれないわね。チサト先輩の配信を楽しんでいる人からしたら、いきなり居心地を悪くしてしまって申しわけ無いわ。ごめんなさい」
「いや、チリ達は訓練されているから別に大丈夫だけど……。ただ天変地異ばりに地殻変動しているから、いつになく舞上がっているみたいだね。普段は800人前後が安定なのに、もう100倍以上に膨れ上がっているもん」
こんな突発的な経緯でも視聴者数が100倍以上に増加するのなら、しっかりと前々から企画として宣伝していたらどうなっていたのか、もはや想像がつかないレベルだ。
それだけに、既にロゼッタは大物の仲間入りなんだなぁと思う気持ちが、チサトに湧きたつ。
もちろん、当の本人は自身の影響力をステータスとは感じておらず、むしろ不思議がっているほどだった。
「告知してから数分も経って無いのに、案外勢いよく増えるものなのね。みんな、私が思っている以上に情報をチェックしてくれているようで嬉しいわ」
「実はロゼッタさんにとっても特別だからね。そのせいで更に勢いづいているのかも」
「どういう意味かしら?」
「だってこれ、私のチャンネルにおけるゲスト出演だけどさ。一応ロゼッタさんの初配信になるでしょ。そうなれば、誰だって興味が惹かれるよ」
「あっ………。そういえば、そうよね。すっかり失念していたわ。でも初コラボで初配信なんて、本当に忘れられない記念になるわ。しかも、一番お世話になっているチサト先輩の配信だもの。とても素敵な思い出ね」
ロゼッタはお世辞のような表向きの賛辞では無く、本心から感謝の言葉を述べた。
ここまで自分の事を喜々として褒めてくれるなんて、一生という長い期間で考えても中々に経験できるものでは無い。
そのおかげでチサトはニヤつきを隠せないまま、感慨深く応えた。
「そこまで言ってくれるなんて配信者冥利に尽きる、というより一生涯の誇りになるなぁー……。それだけに何も用意して無かったから、大したオモテナシできないのが残念」
「いきなりお邪魔したのだから、そう私に気遣わなくても大丈夫よ」
「そうはいかないって。どんな時でもオモテナシするのが日本の流儀で大和魂!大和撫子の心得!……とは言え、私が持っているゲームは基本一人プレイ専用だし…」
「本当に大丈夫よ。それより私、素晴らしい手土産を持ってきたのよ」
「そんなこと言ってたねー。何か持っているなぁとは思っていたけど、本当に持ってきてくれたんだ。私と違って律義で良い子だよー……。こんな丁寧な梱包までして、つくづく嬉しいなぁ」
ロゼッタが持ってきたプレゼントの箱は、そこそこ大きい段ボールサイズに匹敵する。
少なくとも箱のサイズから推測するに、立派な物が入っているように感じられた。
またプレゼントを受け取ったチサトは箱をカメラに収めつつ、まずは自慢気な素振りでリスナー達に見せつける。
そんな子どもっぽい事をする彼女の振る舞いを見ながら、ロゼッタは催促の言葉をかけた。
「とりあえず開けてみてちょうだい。かつてないほど自慢の一品よ」
「自信満々だねぇ。世界を股に掛けた、あのロゼッタさんが言うくらいだから世界一レベルで凄いのかも。もしかしたらダイヤモンドとか。ぐへへ~…」
「良く分かったわね。そうよ」
「えっ!?マジっすか!さすがに大層なモノ過ぎるよ。というか、いきなり用意できるものじゃないでしょ~…!」
ロゼッタが真顔で即答したため、ついチサトは真に受けて本気で驚愕する声をあげた。
はっきりと感情が露わになった瞬間ではあるが、どちらかと言えば彼女の大げさな態度はリスナーの代弁に等しい。
実際リスナー達も似たような反応で騒然としていて、妙に一体感ある光景にロゼッタは微笑んだ。
「ふふっ、どうかしらね。冗談かもしれないわ。ただ一つヒントをあげられるとしたら、アクセサリーみたいな実用品では無いわよ」
「それでも期待で胸が膨らむなぁ。うっ、こう綺麗に包装されていると……、いつも破く事に躊躇っちゃう。ここは淑女らしくハサミ使おうかな」
「豪快に破り捨てても気にしないわよ。包装は渡す側の礼儀でしか無くて、相手を不快にさせないようにするため。だから受け取った人は気にする必要なんて無いわ。それに大事なのは中身の方だもの」
「活躍している人が言うと、何でも説得力を感じちゃうよ。でもね、この梱包含めてプレゼントだからね。自己満足でも良いから綺麗に剥して……と思ったけど、面倒臭くなったからビリビリしちゃいま~す」
まるでお約束のような茶番を挟みつつ、チサトは渡されたプレゼントを力技で開封する。
この投げやりな開封の仕方はツッコミ所があるものだが、それすら愉快な雰囲気を醸し出す一因となっている。
そうして場の期待が高まる中、ついにチサトはプレゼントを箱から取り出した。
「うわぁ、色鮮やかでカワイイ!これは……、あの有名なマトリョーシカってやつでは?ヤバ。実物を見たのは初めてだし、すんごい凝ってるじゃん」
「その通りよ。ちなみにデザインは私をデフォルメしたものね。それで装飾の一部には宝石が使われているわ。それこそダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルドなどの有名どころね」
「こんなこと言ったら意地汚く聞こえるかもだけど、すんごい高そ~…!」
早速チサトはマトリョーシカと呼ばれている、ロシアの民芸品を机に置く。
それから慣れない手つきで人形を開けては、人形の中に入っている人形を更に取り出すという行為を繰り返す。
最終的には合計五体の人形となり、どれもロゼッタをモデルにしたものだが、一体毎の表情と服装が異なっていた。
「そこまで高価というわけでは無いけれど、確かに安くは無いわね。ただ、それ以上にこのマトリョーシカは世界で一品しか存在しないの。だから、とても貴重なのは間違い無いと断言できるわ」
「しかも、ロゼッタさん本人による手渡しプレゼントだからね。これはシチュエーション含めて貴重……おぉ、それぞれのマトリョーシカが喜怒哀楽になってる。そして最後はアへ顔……じゃなくて、白目のロゼッタさんだ……」
「よくよく考えたら、これって自分に自信があってプレゼントしているみたいものよね。それでも喜んでもらえたら良いのだけれども」
「嬉しいに決まっているよー。これで喜ばなかったら、私って業突く張り過ぎでしょ。とにかく、ありがとうね!」
笑顔で感謝を伝えながら、動物のぬいぐるみ達と一緒にマトリョーシカを並べる。
少し違和感ある絵面となってしまっているが、これはこれで悪くないと思いながらチサトは喋り続けた。
「そういえばコメントで思い出したけど、どうやって私の住所を特定したの?」
「それはずっと前にフリス……と思ったけれど、ここで教えたら住所バレに繋がるから、配信の後に教えてあげるわ。それに今回は遊びに来ただけじゃなく、大事な相談をしたくて来たのよ」
すっかり失念していたが、訪問した本来の目的は滞りない相談をすることだ。
しかし、それでは堅苦し過ぎるとロゼッタは思い直したらしく、交流を深める雑談スタイルに切り換えた。